第22話 友人というものについて考えてみる②
遅い食事を終え、解熱剤を飲ませたら少し楽になったのだろう、猫柳は再び布団を被って眠り始めた。武藤は手の甲を猫柳の頬に当ててみる。まだずいぶんと熱い。それを確認すると、猫柳から借りた鍵を手にして静かに外に出たのだった。
必要なものはロックアイス。製氷皿1つなかった冷凍庫には、当然ながら氷なんてものはなかった。あと、要らない時には目につくが、ほしい時にはそこにないものの筆頭と言っても過言ではない、輪ゴム。それらを近くのコンビニで買うと武藤は少し足早に戻った。もし猫柳が目を覚ましてしまったら、やいのやいのとうるさいかもしれないから。
しかし戻って来てみれば、まだ猫柳は眠りの中にいた。なら今のうちかと即席の氷嚢を作ろうとして、ふと手を止める。そしてスマホで時間を確認すると、猫柳のベッドへと近づいていった。
時刻は深夜の2時過ぎだ。触れてみると、額に貼った冷えピタはすっかりぬるくなっている。剥がして掌を当ててみるが、まだ熱い。なかなか手ごわそうだ。
(だいぶ汗をかいてるな……汗を拭いて着替えさせるか)
そう考えると、武藤はもう一度猫柳の部屋に入り、適当に寝間着代わりになりそうなスウェットを見つけると、脱衣所にあったタオルも持ってリビングに戻ってきた。
(……相変わらず、この、リビングにベッドという配置、どうにかならないのか)
そんな、今はどうでもいいことを考えながら、武藤は猫柳を揺り起こす。
「おい、猫。一回起きろ」
「……ふぁ……?」
「汗をかきすぎだ。汗を拭いて着替えるぞ。とりあえず今着てるものを脱げ」
「ぅい~……」
まだ寝ぼけたままなのだろう、しかし猫柳は武藤の言うことを素直に聞くと、むくりと起き上がって、今着ている上下のスウェットを適当に脱いでベッドの下に落とす。そのままぼんやりしている猫柳の体を、武藤は乾いたタオルで丁寧に拭いてやった。そして持ってきた新しいスウェットを手に声をかける。
「ほら、猫。腕を上げろ」
「はぁい」
高熱のせいだろうか、ぽやぽやとした表情のまま、言われるままに猫柳が腕を上げると、武藤はその腕に袖を通してやる。するとそこから先は自分でできるのだろう、猫柳がもぞもぞと服に頭を突っ込む。そのままの流れでスウェットの下も着替えさせて、武藤は再び猫柳に水分を取らせてから、そっと横になるように手を添えた。
新しい冷えピタを貼り、買ってきた氷と水をビニール袋に入れ、輪ゴムでしっかり口を縛って即席の氷嚢を作る。それにタオルを巻いて首筋に置いてやると、猫柳は少し嬉しそうに笑った。
「冷たくて気持ちいい~……」
「なかなか下がらないな……。もう一度解熱剤を飲んでもらうにはまだ早いか……。もう一回寝ておけ」
「……へへ、武藤くん、お兄ちゃんみたいだねぇ」
「弟が2人いる兄だからな。ちなみに、明日になっても熱が下がらなかったら、病院に連れて行く」
「えぇ~……病院嫌い~……あー……でも」
「なんだ?」
「明日まで、いてくれるんだ……嬉しいなぁ……」
布団を口元まで引き上げてくすくすと笑う猫柳に、武藤は「寝ろ」と言って掌で猫柳の目元を覆ったのだった。
汗で湿ったスウェットを洗濯機に放り込んで一通りのことを終わらせると、静かに眠る猫柳の様子を見てから武藤はその場に座り込んだ。手には自分用にと買ったお茶のペットボトルがある。
フローリングの固くひやりとする床と、背もたれ代わりのベッドの木枠。お茶を一口飲むと、武藤はひとつ吐息を零した。
『明日まで、いてくれるんだ……嬉しいなぁ……』
誰が明日までいると言った?一回帰るとは思わなかったのだろうか。いや、それよりも、自分は一体いつまでここにいるつもりだったのか。
何気なくスマホで時間を見る。午前2時半はとうに過ぎていた。最初の連絡が23時近くだったので、帰ったら日付が変わっているだろうなという予測はしていた。しかし、恐らく0時過ぎぐらいには自宅へ帰れると思っていたのだ、あの時は。
(さすがに……この時間だと家に帰るのも億劫だな……)
熱が下がらなければ病院に連れて行くと言った手前、今から自宅へ戻ったとしても、翌朝にはまたこの部屋だ。なら、このままここにいるのが合理的ではあるが――――
「う……ん、」
もぞりと猫柳が寝返りを打つ気配を感じて、武藤は腰を上げて様子を見た。氷嚢の氷が溶けている。やれやれとその袋を手にキッチンへ行くと、氷嚢を作り直して、また猫柳の首元に置いてやった。そうしてまた、その場に座る。
(そもそも、助けを求められたのは事実だが、ここまでしてやる必要はあったのか?)
ほんの少し疲れた目を軽く閉じながら、武藤はそんなことを考えた。両親が共働きであったため、弟が体調を崩した時の面倒を見ていたのは長男である武藤だった。熱が出た時にしていた看病の内容は、今ここで猫柳にしてやったことと変わらない。しかしそれは、家族であったからこその当たり前の行動だったと思う。ならば、今の猫柳はどうだ?
(一応、俺は友人だと思っている。……が、友人にここまで世話をするだろうか)
他の人から風邪を引いたと連絡がきたら、自分はどうするだろう。きっと猫柳なら「分かった、代返は任せといて」とか「後でお見舞い持ってくよ」ぐらいで差し入れだけして帰るだろう。それは簡単に想像ができる。では、自分はどうだろうか。猫柳みたいに友人からヘルプの連絡がきた場合は。
そこで武藤は気づいてしまった。友人と呼べるほど親しい相手が、猫柳以外に思いつかないことに。同じ学部で話す相手はいるが、友人というより知り合い程度の仲だ。文芸サークルの鈴木と坂本は、友人というより同じサークルの仲間と呼ぶ方がしっくりくる。先輩たちは友人と呼ぶなどもっての外だ。恐れ多すぎる。
(……友だちって、なんだ……?)
ここまで世話を焼くのは友人だからなのか。
それとも、猫柳だからなのか。
比較する相手すらいない武藤には、その違いが分からなかった。
その朝の目覚めは、猫柳にとって驚きの連続だった。昨日の朝は発熱のだるさで決して良い目覚めとは言えなかった。しかし、今朝はどこかすっきりとしていて、思考もクリアだ。そして。
「武藤くん……いてくれたんだ……?」
夜中に起こされて、ぼんやりした頭のまま服を着替えたのは覚えている。しかしそれが何時だったのかは知らないし、会話をしたかどうかも覚えがない。
だけど、そういうのは全部どうでもいい。今、目が覚めた時にそこに武藤がいてくれた、そのことだけが嬉しくて仕方がなかった。
(…………ほんと、そういうとこだよ、武藤くん)
「おはよう、武藤くん」
「ん?ああ、起きたのか猫。体の調子はどうだ?」
「おかげさまで、元気になった……かな?」
「とりあえず熱を計ってみろ」
そう言って武藤が枕元の体温計に手を伸ばし、電源を入れて猫柳に差し出した。大人しくそれを脇に挟んで、猫柳がふと笑みを零す。
「朝までいてくれてるとは思わなかったよ」
「熱が下がらなかったら、病院に連れて行くと言った手前、放っておくわけにもいかなくてな」
「そうなんだ」
目を細めて笑いながら答えたところで、ピピピと計測完了の音を体温計が発した。それを取り出し眺め、おお、と声を零した猫柳が体温計を武藤に差し出す。
「ふむ……37度2分か。まあまあだな」
「まあまあどころか、元気!元気だよ!!」
「馬鹿言うな。まだ微熱は残ってる。手元にある風邪薬はもうしばらく飲んでおけよ」
「武藤くんは?」
「ここまで下がれば大丈夫だろう。俺は帰って寝る。飯は……レトルトのお粥と、冷蔵庫にゼリー飲料とプリンが入ってるから、適当に食え。今はなるべく消化に良いものにしておけよ」
体温計を猫柳に返すと、武藤はそう告げて立ち上がった。ひとまずもう大丈夫だろう。解熱剤は持って帰ることにする。ここに置いて帰ったら、もしまた熱が上がった時、猫柳がよく考えずに飲むかもしれない。
「武藤くん……もしかして、寝てないの?」
「……気にしなくていい。お前もまだ本調子とは言えないんだから、もうしばらく横になってゆっくりしておけよ」
そう言って、武藤はジャケットを手に取ると、少しフラフラした足取りで玄関に向かった。リビングにベッドがあるという特殊な状況もあって、猫柳のベッドからは玄関まで見通せる。
武藤が靴に足を突っ込んだところで、猫柳は思わず声を上げていた。
「武藤くん!」
「……なんだ」
「来てくれて本当にありがとう!!」
「いや、大したことじゃない」
「武藤くんも、困ったことがあったら俺に言ってよね、いつでも!」
「そうだな…………そんな機会があれば、な」
振り向かずにそう答えて、武藤は帰っていったのだった。
次回へ続く!!
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