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第23話 文化祭①

「武藤くん、交代の時間だよー」

「あ、はい」

 『店番』という役にかこつけて、そこらにあった文芸誌を読んでいた武藤は、戻ってきた環に声をかけられ、本から顔を上げた。


 今日と明日は、東都翠陵大学の文化祭である。





 文芸サークルでは、文化祭の時はコミケの時と同じように出店して、文芸誌を販売する。意外とサークルに所属していない文学部の者や、時には教授が現れて文芸誌を手にしたりする。現4年生が所属する以前のものは、無料配布という形で配る。販売という目的がある以上、店番は順番に行わなければならない。

 先に4年生が遊びに行き、上から順番に店番を交代するシフト制なので、1年生がどうしても後になるのは仕方がない。30分ほど前に猫柳も自由を得て、どこかへ遊びに行ってしまっていた。

 武藤が席を立とうとした時、「おや、君は」という声が聞こえて顔を上げる。そこには、いつか古書店で出会った文学部の教授が立っていた。

「確か……古書店で会ったね?」

「はい。あの時はありがとうございました」

「どうだい?歴史ある小説を読めるようにはなったかい?」

「そうですね。大体は。源氏物語も読めるようになりました」

「ほう……それは凄い」

「ああ、オススメしていただいた『竹斎』も読みましたよ」

「本当かね!?是非君の感想を聞いてみたいな」

「……ちょうど、休憩に入れる時間なので、外で良ければ……」

「もちろん構わないさ!」

 嬉しそうな顔で笑う教授に、「ちょっと面倒くさいな」などとは言えず、それは心の中にしまったままで武藤はブースの外に出る。ちょうどその時、室内に入ってくる数名の男女がいた。


「へぇ~、ここが猫にゃんのサークル?」

「思ったより地味だねー」

「ちょっとちょっと、ここには部員もいるんだから!そこはちょっと慎もうか!?」

「だよなぁ、でも猫が文芸って意外だよ」

「そう?照れるな~」

「今の褒めてるように聞こえたか?」


 それは、猫柳とその友人たちだ。彼らは展示品や無料配布の本をぺらぺら捲っては何かを騒いでいる。

「あー……っと、君」

「武藤です。そういえば名乗っていませんでしたね。失礼しました」

「私の名前は覚えてるかね?」

「名刺を頂戴しましたので。秋吉教授でしたね」

「ああ、覚えてくれて嬉しいよ」

「すみません、ちょっと騒がしくなってきたので、外に行きましょう」

「そうだね」

 武藤がそう言うと、秋吉も頷いてついてくる。その時、ふと背中に視線を感じて武藤は振り返った。そこには、猫柳が立っていて。

 口は友だちと話しているのに、なぜか視線は自分を見ている。


(ん……?)


 その視線の意味がよく分からなくて、特に気にせず武藤は教授と共に外に出たのだった。





 外に出て、カフェを出店しているサークルのブースを適当に選んで入った。出迎えた店員がメイド服で、武藤がチョイスを間違えたと眉を顰めたが、秋吉教授は「まあまあ」と武藤を宥めて席案内に従って入っていった。さすが大人である。

 それぞれ飲み物をオーダーした後、武藤はこれまでに読んだ古い小説について語り出した。『竹斎』も面白かった。当時の時代背景も考えると、かなりユーモラスな表現が多かったと言うと、秋吉は頬を緩ませてニッコリと笑う。

「いやぁ、こんな短期間でそこまで読めるのは凄いねぇ……」

「教授がコツを教えてくださったからですよ。まぁ……おかげで苦労した部分もありますが……」

「うん?解読についてかい?」

「いえ、そうではなくて……」

 飲み物が出てきたあたりで、武藤は猫柳とのフィールドワークについて話した。変に読めるようになったせいで、あちこち連れ回されるようになってしまったと。

 それを聞いた秋吉は、恰幅の好い腹を揺らして声を上げて笑った。

「はっはっは!!それは災難だったねぇ、武藤くん」

「そろそろ諦めもつきましたが……バイトと自分の勉強と、あの馬鹿のフィールドワークの付き添いとで、結構予定が詰まってるのが困りものです」

「ああ、そういえば、法学部だったかな?将来何になろうとか、どんな仕事をしたいとか決めてるのかい?」

「いえ、そういうのは……ただ、大学にいる間に、取れる書士系の資格は取ってしまいたいなとは思ってますが」

「じゃあ、文学……小説を読むのは本当に趣味なんだねぇ」

「はい」

 メイド服の女性に出されたコーヒーを飲みながら、武藤が頷く。ちなみにブラックと言い忘れたからか、コーヒーにラテアートでハートが描かれていて、ちょっと引いた。ちなみに教授の方は本が描かれている。自分もそっちが良かった。

「趣味にとどめるにはもったいないねぇ……」

「うちは弟が2人いまして、来年の4月から上の弟が高校3年で受験生になるんです。下は今、小学6年なんですが、そっちが高校生か大学生になる頃には、そこそこの会社に入って家に仕送りしたいなぁ、なんて思ってまして」

「ふむ……しっかり考えているんだねぇ」

「と、言いますと?」

「全員とは言わないが、大学にいる人間の中には、社会人になる前の最後のモラトリアム期間だと思ってる者も多くてね。そういう者は大体3年生になって慌てることが多いんだが……君は大丈夫そうだな」

「それは……どうも」

 ぺこりと武藤が頭を下げたところで、腕時計を見た秋吉がテーブルから立ち上がった。

「すまないね、そろそろ戻らねばならんようだ。付き合わせてすまなかったね」

「いいえ、俺もいろいろ話せて楽しかったですし」

 同じように立ち上がり伝票を取ろうとすると、それをやんわりと抑えた秋吉は「ここは大人に払わせなさい」と言って会計へと向かった。

 手持ち無沙汰で室内を見回していると、いつの間にやってきたのやら、猫柳とその御一行がテーブルのひとつを陣取って騒いでいた。カフェブースなだけあって周囲の騒めきもあり、まったく気づかなかった。


(……なんだ?)


 テーブルの談笑に混じってはいるが、なぜか武藤は猫柳と目が合った。つまり、それは猫柳が武藤をずっと見ていたことに他ならない。特に視線で笑いかけるでもなく、ただまっすぐに突き刺さる視線。

 思わずたじろぐ武藤の肩をぽんと叩いた秋吉は、カフェを出ようと武藤を促す。ご馳走になった礼を述べて、武藤と秋吉はブースを出たところで別れた。





 室内での催し物はあまりピンとこなくて、武藤は屋外に出てみた。秋の日は釣瓶落とし、とはよく言ったもので、まだ太陽は西側の高い所にあるが、ここからあっという間に落ちていくのだろう。

 屋外でもあちこちで催し物が行われている。とはいえ、多くは飲食系だ。先ほどメイド喫茶のようなところでコーヒーを飲んだので、それらはすべて素通りして、一際大きな広場へと出る。その一角で、面白いものを見つけた。

「古本市……」

 風にはためくのぼりに引き寄せられ、武藤がふらふらと歩いていく。そこは、大きくも小さくもないスペースに並んだ3つのワゴンの中に、様々な本がジャンルも本の大きさもバラバラに詰め込まれていた。文庫、新書、ハードカバー。中には何かに使ったあとなのだろう、ボロボロになった資料集のようなものまである。

 古本市の醍醐味はこれだ。この無法地帯のワゴンから、まだ読んだことのないフィクション小説を探すこと。珍しくわくわくした表情で、武藤がそのワゴンに挑む。あれは読んだ、これは持ってる、それは知らないから買おう。

 そうやって新しいものを探している武藤は、きっと誰から見ても『楽しそう』と思える表情をしていた。知る者が見れば驚きを禁じ得ない、それぐらいレアな顔。

 よし、こんなものかと5冊ほど選んで買おうとした時、武藤はまた視線を感じて店番に声をかけるのを止めた。今度は横から。

 視線だけをそちらに向けると、ワゴンの向こうに古本市を開催した文学部の学生だろう男性と、猫柳が何かを話しながら立っていた。じっと、まっすぐにこっちを見つめている。用事があれば猫柳は構わず声をかけてくるはずだ。なのにそれはなく、ただ痛く、そしてどこか熱い。


(……なんなんだ、一体……)


 何か言いたいのか?何か用があるのか?猫柳が何もしてこないので、武藤にはまったく分からない。仕方なしに小さくため息を吐くと、武藤は店番に金を払って本を手に古本市を後にしたのだった。





次回へ続く!!

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