第11話 猫柳の“猫”について
村長の厚意で、風呂と一晩の宿まで世話になることとなった。夕飯時にも関わらず、「材料なら足りるから」と二人分の食事の追加と布団、それから風呂に着替えまで。濡れた服は洗濯して乾燥機に入れるので、明日には乾いているだろうとのことだ。また後日、礼は改めてすべきだろう。
夕飯を村長と奥さんと共に4人で囲み、猫柳は村長に酒の酌をしながら神社の件で知っていることがあればと訊ね、真剣な顔で話を聞こうとしている。村長は酒が入っているからか、赤ら顔で上機嫌に古い言い伝えなどを話していた。
そんな中で、奥さんの方が武藤に声をかけた。
「おかわりは大丈夫?」
「ああ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」
「アンタもあの子と同じで文学部ってところかい?」
「……いえ。法学部です」
「あれまぁ!どうして一緒に?」
「拉致されてきました」
「ええっ!?」
「ちょっ、武藤くん!!」
慌てて猫柳が訂正しようとするも、それは村長の大笑いによって遮られる。
「はっはっは!!仲が良くていいじゃないか、ワシの学生の頃はなぁ~」
「もうお父さん、ちょっと飲み過ぎよ!二人とも、さっきの客間にお布団敷いてあるから、もう行っちゃいなさい。こうなるとお父さん長いわよ」
「あらら、お酌しすぎちゃいましたかね……すいません」
「いいのよ~、お父さんも若い子と話せて楽しかったと思うから」
「では、ごちそうさまでした。おやすみなさい」
「はいはい、お粗末さま。ちゃんと寝るのよ」
食卓をそのままお暇して、二人は先に案内されていた客間へと転がり込んだ。敷かれた布団にぽすんと大の字になって猫柳が声を上げる。
「さすがにくたびれた~」
「俺は帰りの想定をまったくしていなかったお前に心底驚いている」
「え?」
「本当にここまで馬鹿猫だったとはな……。お前は野宿でも何でもすればいい。だが俺もそれに付き合わせるつもりだったんだろ?死ぬほど反省しろ」
「うっ……それは、ごめん」
「まぁ、俺にとっては恵みの雨ではあったな。おかげで食事と風呂に寝床までありつけた」
「だろ?これって俺のコミュ力じゃんね!?」
「うるさい。これがなかったら俺は今頃家でのんびり読書でもしていたんだ。本当に反省しろ」
「……うん。ごめんなさい」
「よし」
「えっ?許すの!?」
「だって謝っただろう。お前の気が済まないなら、帰った時にもう一度飯を奢れ」
「うん……分かった」
ころんとうつ伏せに寝返りを打って、猫柳は枕に顔をうずめた。線香のような匂いがする。祖父母の家も、いつもこんな匂いがしていたのを思い出し、少し懐かしい。
この懐かしい気分のまま、猫柳は今感じている不思議な気持ちを紐解こうと考えてみた。
ねこやなぎ、という苗字は嫌いではないが、5文字の名前は非常に呼びにくい。特に子供の頃はそれが顕著だ。大体みんなあだ名をつけたがる。自分の場合はまさしく“猫”だった。呼びやすかったのだろう。つけられるあだ名なんてそういうものだ。
しかしどこかで不快感を覚えていたのも事実だった。今では自分から“猫”と呼んでくれと言っているが、それはその方が楽だからであって、イコールで『その呼ばれ方が好き』とはならない。
小学校高学年ぐらいの頃だろうか。友だちが「あ、猫!」と声を上げたので思わず振り返ってしまった。しかしそれは自分を呼んだのではなく、ブロック塀の上に寝そべっている、“動物の猫”を指していた。
その時に気づいてしまった。周りが自分を“猫”と呼ぶのは、動物の“猫”を呼ぶのと、何ら変わらない。気づいたときは幼心に傷ついたが、猫柳はそれを顔には出さなかった。笑うのは得意だ。怒るのは苦手だ。だって、笑っている方が周りの空気を壊さない。その頃から猫柳には処世術として『猫被り』が身についていたのだ。
ただ、人間というものは性格が千差万別で、『笑えばいい』だけではうまくいかないことがある。それを知ったのは中学生になってからだ。その頃から、周りに合わせて被る皮を変えるようになった。相手の性格に合わせて、より適切なものを。そうしているうちに『本当の自分はどんな人間だったのか』が分からなくなってしまった。
けれど、今回。武藤に呼ばれた“猫”は何かが違った。思い返せば『駄猫』だの『馬鹿猫』だの散々な呼ばれ方だったと思う。むしろそれは悪口じゃないのかと思うほどだ。だけどなぜだか嫌だとは思わなかった。それが不思議で仕方ないのだ。
みんなの『猫』と、武藤の『猫』。何かが違うと思うのに、その何かが掴めない。そんなことを考えているうちに、猫柳はうとうとと睡魔に呼ばれていく。すとんと意識が落ちる直前、「寝るならちゃんと布団を被れ。本当に駄目猫だな」と、猫柳の掛け布団を直しながら言う武藤の柔らかな声を聞いて、ああそうか、と少しだけ理解できたような気がした。
翌朝、朝食までお世話になって、猫柳と武藤は二人、玄関で深々と頭を下げていた。村長は朝から畑仕事に行ってしまったらしい。村長夫人の「バス停まで車で送ろうか?」という言葉には、ありがたく思いつつも遠慮した。
少しだけ武藤と二人で一緒に歩いてみたいと、猫柳は思ったのだ。
「ほら行くぞ、猫」
「うん、今行く!」
先に門を出た武藤から声がかかる。やっぱり仲良しねぇ、と朗らかに笑う村長夫人に、武藤がこっちを見ていないのを確認してから、猫柳は小さく頷いてみせたのだった。
次回へ続く!!
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