第58話:白い巨塔と魔法の箱、彼が触れた彼女の過去
「こ、ここは……ッ!? 空間転移……魔術の歪みか!?」
押し入れの襖から畳の上へと転がり落ちたジークフリートは、真昼を背中に庇うようにして瞬時に身を翻し、膝立ちの姿勢を取った。
無意識のうちに右手は腰へと伸びる。佩刀は山小屋に置いてきていたが、彼の青氷の瞳はかつての戦場で見せたような鋭利な光を放ち、部屋の四隅、鴨居、天井の梁に至るまで、一切の隙なく全方位を警戒していた。
その全身から立ち上る、万軍を屠ってきた歴戦の騎士団長としての峻烈な覇気。
――だが。
彼が敵を探して張り巡らせた索敵の神経は、次の瞬間、あまりにも異様な「敵意の不在」によって行き場を失った。
血生臭い魔獣の気配など、微塵もない。
敵対する騎士団の殺気も、王都の貴族が仕掛ける罠の毒気も、何ひとつ感じられない。
そこにあるのは、ただ――。
障子戸を優しく透かして畳の上に落ちる、初冬の柔らかな陽だまり。
天日干しされたい草の、胸の奥をすうっと解きほぐすような香ばしく清々しい匂い。
そして、黒光りする大黒柱に掛けられた古時計が刻む、一定のリズムだけだった。
――カチッ、コチッ。
――カチッ、コチッ。
「……む?」
ジークフリートが怪訝そうに眉をひそめた、その時だった。
押し入れの敷居をひょいと跨ぎ越えてきた純白の毛玉――神獣ベルが、ふたりの足元へとトコトコと歩み寄ってきたのだ。
ベルは困惑するジークフリートの顔を一瞥すると、「何を慌てているのだ」とでも言いたげに細めた瞳で小さく鼻を鳴らした。
そして、日当たりの良い畳の中央へと無防備にゴロンと横倒しになり、四肢を投げ出して「ふぁぁぁ……」と大きなあくびをひとつ放ったのである。
さらに、ざらりとした畳の感触が気に入ったのか、背中を床に擦り付けながら、喉を「ゴロゴロ、ゴロゴロ……」と重低音で鳴らし始めた。
「ベ、ベル……!? 貴様、伝説の神獣たる者が、見知らぬ異境の地で腹を見せて転がるなど……!」
狼狽するジークフリートの袖を、真昼がそっと優しく引いた。
「ジークさん、落ち着いてください。……敵なんて、どこにもいませんから」
真昼は正座したまま、困ったように、けれどどこまでもあたたかい笑みを浮かべた。
「ここはね、魔術の罠でも、危険なダンジョンでもありません。……私が生まれ育った世界――私の、おばあちゃんのお家です」
「貴殿の……世界……?」
ジークフリートの青い瞳が、信じられないものを見るように瞬いた。
彼はゆっくりと肩の力を抜き、改めて部屋を見渡した。
木枠に貼られた薄く白い障子紙。
足元に広がる、幾重にも美しく編み込まれた黄金色の床。
丸太や石で荒々しく組まれた山小屋とはまるで異なる、直線と平面で整然と構成された、静謐で洗練された空間。
真昼が毎朝くぐり抜けてくる押し入れの向こう側に、これほど穏やかで、見たこともない文化の息づく世界が広がっていたとは――。
「……これが。貴殿が生き、呼吸し、育ってきた……世界なのか」
ジークフリートの掠れた声に、真昼は静かに頷いた。
「はい。……ちょっとびっくりさせちゃいましたよね。まさか、荷物ごと転がり込んじゃうなんて思わなくて。……怪我はありませんでしたか? 立ち上がれます?」
「ああ、怪我などない。……だが、そうか……ここが……」
ジークフリートはゆっくりと立ち上がった。
百九十センチ近い長身と逞しい体躯が立ち上がると、日本家屋の天井がわずかに低く感じられる。活動服の上に糊のきいた白いリネンエプロンを着けた騎士団長は、まるでガラス細工の館に迷い込んだ巨人のように、恐る恐る足元の畳を踏みしめていた。
「せっかくこちらに来ていただいたんですから……ジークさん、台所でお茶でも飲んでいきませんか? 少しだけ、私の家をご案内しますね」
真昼が微笑みながら立ち上がると、ジークフリートは緊張した面持ちのまま、けれどその瞳に隠しきれない好奇心の光を宿して「う、うむ……案内を頼む」と小さく頷いた。
***
奥納戸を出て、磨き込まれた板張りの廊下を進む。
スリッパの擦れるパタパタという音に混ざって、ジークフリートの靴下の擦れる静かな足音が続く。
居間を抜け、辿り着いたのは――築百年の古民家にあって、先日のハーブの売上で真昼が一部リフォームを施した、清潔で広々とした台所だった。
「……む……? これは、調理場なのか?」
敷居を跨いだジークフリートが、息を呑んで立ち止まった。
彼が知る「調理場」とは、煤けた石造りのかまどと、鉄の大鍋、薪の煙が漂い、油と灰の匂いが染み付いた場所だった。
だが、真昼の台所には、煙ひとつ漂っていない。
白を基調とした清潔なシステムキッチン。磨き上げられたステンレスの天板。整然と並ぶ調味料の容器。
そして――ジークフリートの視線は、壁際にそびえ立つ、巨大な『白い直方体』へと吸い寄せられた。
「真昼……あの、そびえ立つ白い塔は何だ? 金属のようだが、継ぎ目がほとんどない……魔導具の棚か?」
「あ、これですか? これはね、『冷蔵庫』っていう家電製品ですよ」
真昼が取っ手に手をかけ、手前へと引いた。
――パシュッ。
「「……………………ッ!?」」
扉が開いた瞬間、ジークフリートが目を見張り、反射的に半歩後ずさった。
扉の内側から、ふわりと吹き出してきたのは――初冬の外気すら凌駕するような、キリリと澄んだ『絶対的な冷気』だった。
さらに、扉の開閉に連動して、庫内の天井に埋め込まれた小さな光源がパッと自動で点灯し、透明な棚に並べられた牛乳や卵、野菜たちを眩い光で照らし出したのだ。
「冷気……!? 氷の精霊石も埋め込まれておらぬのに、なぜ内側から冷風が吹き出すのだ!? それに、この光は……火を使わぬ灯火の魔術か!?」
ジークフリートの青氷の瞳が、子どものように白黒と激しく泳ぐ。
真昼はクスリと笑い、庫内から新鮮な卵のパックと、成分無調整の牛乳パックを取り出した。
「魔術じゃないですよ、ジークさん。電気っていうエネルギーを使って、機械で空気を冷やしているんです。これがあるから、夏でもお肉や魚を腐らせずに長持ちさせられるんですよ」
「で、でんき……? 雷の力を、このような箱の中に飼い慣らしているというのか……!?」
エリート騎士団長の常識が、開始数分で音を立てて崩壊していく。
だが、真昼のカルチャーショック攻撃は、それだけに留まらなかった。
「ジークさん、手を洗ってください。ここをこうやって……」
真昼がステンレスシンクの前に立ち、銀色に光るシングルレバーの蛇口に手を伸ばした。
レバーをクイと上へと持ち上げる。
――ジャァァァァァッッ……!
「水が……! 井戸の釣瓶もポンプもないのに、銀の筒から勢いよく水が……!?」
「それだけじゃないですよ。これを左に回すと――」
真昼がレバーを左へと捻ると、給湯器の作動音がカチッと鳴り、蛇口からモワモワと純白の湯気が立ち上り始めた。
「さ、触ってみてください」
「……む、湯……だと……?」
ジークフリートはおずおずと大きな手を差し出し、流れる湯の筋に指先を触れさせた。
――パシャリ。
触れた瞬間、ジークフリートの顔面が驚愕のあまり完全に凍りついた。
「な……温かい……! 薪で火を熾すこともなく、鉄鍋で湯を沸かす手間すらなく……捻るだけで、適温の湯が溢れ出すというのか……!? ば、馬鹿な……王都の豪奢を極めた大貴族の宮殿ですら、湯を浴びるには召使いが何十往復も薪と湯桶を運ばねばならんのだぞ……!?」
未知の文明の利便性に、完全に打ちのめされる王国最強の剣士。
長身を屈め、温かいお湯が流れる蛇口をまじまじと見つめるその横顔は、いつもの威厳ある騎士団長とはかけ離れた、無邪気で愛らしい大型犬そのものだった。
***
「ふふっ。文明の利器って、慣れると本当に手放せなくなるんですよ。……さあ、ジークさん。ちょっと小腹も空いたでしょう? この世界の『魔法の箱』を使って、あっという間にできるおやつを作りますね」
真昼は戸棚から、厚手の陶器製マグカップをふたつ取り出した。
作業台の上に、先ほど冷蔵庫から取り出した新鮮な卵と牛乳、そして現代のスーパーで手に入れた『ホットケーキミックス』の袋を並べる。
「今日のおやつは、『マグカップたまご蒸しパン』です!」
作り方は驚くほどシンプルだった。
マグカップの中に、卵をひとつ割り入れる。
菜箸を使い、白身と黄身を滑らかになるまで手早く溶きほぐす。
そこへ、牛乳を大さじ二杯、きび砂糖を小さじ二杯、そして風味づけの溶かしバターを少々。
さらに、ホットケーキミックスを大さじ四杯、カップの中へと直接投入する。
ミニホイッパーで、粉っぽさが消えるまでぐるぐるとかき混ぜる。
甘いバニラと卵の香りを放つ、トロリとした黄色の生地が、マグカップの底から三分の一ほどの高さまで満たされた。
「これを、火を使わずに一瞬で蒸し上げます」
真昼が向き直ったのは、キッチンのカウンターに置かれた、黒い四角い箱――『電子レンジ』だった。
取っ手を引いて扉を開け、中央の丸いガラス皿の上へ、生地の入ったマグカップを並べて置く。
バタン、と扉を閉める。
真昼は操作パネルのダイヤルを回し、ボタンを指先で押した。
――ピッ。
澄んだ電子音が鳴り響いた瞬間。
電子レンジの内部にパッとオレンジ色の明かりが灯り、低音の駆動音が響き始めた。
――ブゥゥゥゥン……。
そして、ガラス皿が、まるで生き物のようにゆっくりと円を描いて回転し始めたのだ。
「な……ッ!? 箱の中が光り……皿が、回っている……!?」
ジークフリートが息を呑み、思わずレンジのガラス窓へと額をくっつけんばかりに顔を近づけた。
青氷の瞳が、回転するマグカップを必死で追尾している。
炎の揺らめきなどどこにもない。薪も、炭も、熱風すら見当たらない。
それなのに――。
開始からわずか三十秒。
マグカップの中の黄色い生地が、まるで目に見えない巨人の息吹を吹き込まれたかのように、むくむくと、風船のように膨らみ始めたのだ!
「膨らんで……いる……!? 火もないのに、なぜ生地が熱を帯びて膨張するのだ……!? 真昼、これはどのような高位魔導具なのだ……!?」
「ふふ、電波っていう目に見えない波で、食べ物の中の水分を細かく振動させて、自分自身の摩擦熱で温めてるんですよ」
「ぶ、物質を振動させて熱を……!? もはや古代文明の超魔術ではないか……!」
ジークフリートが驚愕の声を上げている間にも、生地はカップの縁を軽々と越え、ふっくらとしたドーム状の頭を誇らしげに突き出していった。
そして、一分三十秒が経過した、その瞬間――。
――チーーンッ!!
小気味よい軽やかなベルの音が、静かな台所に響き渡った。
「はい、出来上がり!」
真昼が扉を開けると、ボワッ! と濃密な白い蒸気が溢れ出た。
立ち上ったのは、どこか懐かしく、胸が締め付けられるほど甘やかな、卵と小麦粉とミルクの蒸したての香り。
取り出されたマグカップの中には、驚くほど黄色く、ふっくらと膨らみ、表面が割れて湯気を吹き上げる、完璧な『たまご蒸しパン』が鎮座していた。
「……す、すごい……本当に、一瞬でパンが焼き上がった……」
ジークフリートが呆然と呟く。
真昼はもうひとつの準備――ハンドドリップの珈琲を手早く淹れ、深煎りのビターな薫香を台所に満たした。
「さあ、ジークさん。居間でお茶にしましょう」
***
冬の柔らかな日差しが差し込む、古民家の畳の間。
丸い木製のちゃぶ台の上に、湯気を上げるふたつのマグカップ蒸しパンと、漆黒のハンドドリップ珈琲が並べられた。
ジークフリートは長い足を窮屈そうに折り曲げ、畳の上に正座していた。
目の前に置かれた、焼き立ての蒸しパン。
真昼が「スプーンで崩しながら食べてみてください」と促すと、彼は恐る恐るスプーンを手に取り、黄色いドームの端へと沈めた。
――スッ、ほろり。
何の抵抗もなく、スプーンが吸い込まれていく。
すくい上げられたひと口分からは、閉じ込められていた熱い湯気が立ち上り、きめ細かなスポンジの気泡がぷるぷると震えている。
ジークフリートは息を吹きかけ、ゆっくりと口の中へと運んだ。
――ハフッ、ふわっ……ジュワァッ。
「……………………ッ」
ジークフリートの青氷の瞳が、ふわりと見開かれた。
口に入れた瞬間、噛む必要すらなかった。
舌の体温で、ふんわりとした生地がしっとりとほどけ、卵の優しいコクとミルクの甘みが、まるで春の陽だまりのように口いっぱいに広がっていく。
甘すぎず、重すぎず。
どこまでも素朴で、子どもの頃に誰もが愛したような、無垢で純粋な温もりの味。
「……美味いな……」
ジークフリートの喉仏が、小さく動いた。
「驚くほど柔らかく、軽い……。卵の甘みが、口の中で淡雪のように溶けていく。……先ほどの恐るべき魔導の箱から生まれたとは信じられぬほど……優しく、温かい味だ」
「ふふ、良かったです。子どもの頃、おばあちゃんがよく作ってくれた、一番簡単なおやつなんですよ」
真昼も自らのマグカップから蒸しパンをすくい、口に運んだ。
素朴な甘みが口いっぱいに広がり、胸の奥をじんわりと温めていく。
そして、深煎りの珈琲を一口。
心地よい苦みが甘みを引き締め、静寂の中に穏やかな時間が流れていく。
足元では、ベルが畳の上で丸くなり、幸せそうに「ふすー……」と寝息を立てていた。
***
障子戸の向こうで、初冬の風が庭の柿の木をかすかに揺らしていた。
空になったマグカップをちゃぶ台の上に置き、湯呑みの珈琲を両手で包み込みながら、真昼は静かに視線を伏せた。
畳の目に落ちる、冬の柔らかな光。
この部屋で過ごした、かつての記憶が、淡く胸の中に蘇ってくる。
「……ジークさん」
「……うむ」
真昼は小さく息を吸い込み、ぽつり、ぽつりと、言葉を紡ぎ始めた。
「さっきお見せした冷蔵庫や電子レンジ……すごく不思議で、魔法みたいに見えたでしょう?」
「……ああ。王都のいかなる大貴族の宝物庫にも、あのような便利な道具は存在せん。驚異的な世界だ」
「でもね……」
真昼の唇に、自嘲気味な、かすかな笑みが浮かんだ。
「あんなに便利なものに囲まれていてもね、ジークさん。……私は、この世界で完全に負け犬だったんです」
「……真昼?」
ジークフリートの眉が、わずかに動いた。
真昼は庭を見つめたまま、静かに続けた。
「私はここで生まれ育って……都会の大きな会社に就職して、営業事務として働いていました。でも、毎日毎日、朝から深夜まで怒鳴られながら書類を作って、誰の役にも立てていない気がして……。コンビニの冷たいお弁当をかじりながら、終電で帰って、泣きながら眠るだけの毎日だったんです」
淡々とした、けれど痛みを伴う告白。
「身体も心もボロボロになって、朝、ベッドから起き上がれなくなって……逃げるように会社を辞めました。そして、半年前に亡くなったおばあちゃんが遺してくれたこの家に、隠れるようにして転がり込んできたんです。……『私は誰からも必要とされていない』『何の才能もない、ただの落伍者だ』って、毎晩、この畳の上で泣いていました」
真昼は自らの両手を膝の上でぎゅっと握りしめた。
「何もない、ただの平凡な人間なんです、私は。……剣を振るって魔獣を倒せるわけでもない。高位の魔法が使えるわけでもない。……都会の荒波に耐えきれずに逃げ出してきた、ただのちっぽけな元OLなんですよ」
言ってしまえば、幻滅されるかもしれない。
白銀の甲冑を纏い、過酷な辺境を守り抜いてきた誇り高き騎士団長にとって、自分の過去など、あまりにも無様で、情けない逃亡者の記録にすぎないのではないか。
胸の奥がキュッと痛み、真昼は小さく肩を縮こまらせた。
――だが。
「……………………」
隣から、衣擦れの音がした。
ジークフリートが、静かに膝を進めていた。
そして――。
真昼が顔を上げるよりも早く。
ちゃぶ台の上で硬く結ばれていた真昼の両手を、ジークフリートの大きく逞しい両手が、包み込むようにしてそっと覆ったのだ。
「……っ!?」
真昼が息を呑んで顔を上げる。
目の前にあったのは――怒りでも、軽蔑でも、失望でもなかった。
波打つ湖面のように深く、どこまでも澄み渡り、泣き出しそうなほど強い情愛を湛えた、ジークフリートの青氷の瞳だった。
彼の傷だらけの手のひらから、熱い体温が、真昼の冷えた指先へと真っ直ぐに注ぎ込まれていく。
「ジーク……さん……?」
「……何もないなどと」
ジークフリートの声が、低く、微かに震えていた。
彼は真昼の小さな手を、壊れやすい宝物を包むかのように、慈しみを込めてぎゅっと握りしめ直した。
「……何もないなどと、二度と言うな、真昼」
「……っ……」
「貴殿がこの世界で、どれほどの重圧に耐え、どれほどの涙を流し、懸命に生きてきたのか……その痛みを、私は知らぬ。……だが、ひとつだけ、絶対に揺るがぬ真実がある」
ジークフリートは真昼の瞳を、魂の奥底まで射抜くように真っ直ぐに見つめた。
「あなたが、この世界で懸命に生き抜いて……あの押し入れの扉を開き、あの森へ来てくれたからこそ。……私は、救われたのだ」
「……………………ッッ!」
「貴殿の引く出汁が、貴殿の炊く米が……味覚を失い、胃を壊し、生きる意味すら見失っていた私の命を、心を、どれほど救い上げてくれたか。……部下たちの荒んでいた心を、どれほど温めてくれたか」
ジークフリートの指先に、さらに強い力が込められた。
男の熱い呼気が、真昼の額を優しく撫でる。
「貴殿が平凡であるはずがない。……私にとっては、我が世界にとっては……貴殿こそが、暗闇を照らし出してくれた、唯一無二の光なのだ」
胸を衝くような、絶対の肯定。
真昼が今まで抱えてきた孤独も、都会での挫折も、逃げてきた恥ずかしさも、そのすべてを――この男は、丸ごと包み込んで、愛おしい軌跡として抱きしめてくれたのだ。
「……ジーク……さん……っ……!」
真昼の瞳から、大粒の涙がポロポロと零れ落ちた。
止まらなかった。
畳の上にポタリ、ポタリと音を立てて落ちる涙。
過去の痛みが、ジークフリートの温かな手のひらによって、美しく清められ、光となって昇華していく。
ジークフリートはそっと片手を伸ばし、親指の腹で、真昼の頬を伝う涙を優しく拭った。
その眼差しには、先ほどまでの緊張はどこにもなく、真昼というひとりの女性の過去のすべてを受け止め、永遠に守り抜くという、深く、重く、揺るぎない愛の炎が宿っていた。




