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第59話:ふたつの世界を繋ぐ手と、暖炉前の誓詞

障子越しに差し込んでいた初冬の柔らかな日差しが、古民家の畳の上に長い影を落としていた。

ちゃぶ台の上で重なり合っていた手のひらから伝わる熱。真昼の過去の孤独も、都会での挫折も、そのすべてを「貴殿がここへ来てくれたからこそ、私は救われたのだ」と丸ごと抱きしめてくれたジークフリートの言葉は、冷え切っていた真昼の魂の奥底を、春の雪解け水のようにあたたかく潤していた。

真昼が指先で涙を拭い、照れくさそうに微笑むと、ジークフリートもまた、彫刻のような美貌を優しく綻ばせて立ち上がった。


「……さあ、真昼。残りの荷を、山小屋へと運ぼう」

「はい! ジークさん、手伝ってくださってありがとうございます」


ふたりで力を合わせ、一升瓶が詰まった重たい木箱と強化段ボールを、開かれた押し入れゲートの敷居を跨いで異世界側へと運び込む。

足元をすり抜けて、純白の神獣ベルが「わふっ」と軽やかに敷居を飛び越え、山小屋のナラの床板の上へと戻っていった。

荷物をすべてキッチン脇の備蓄スペースへと収め、現代側の奥納戸の押し入れの襖を、真昼は静かに引き合わせた。


――スゥッ……。


襖が閉ざされた瞬間、空間の微かな揺らぎが収まり、古民家の穏やかな空気から、再び冬の森の凛烈たる静寂へと世界が切り替わる。

木枠の窓の向こうには、どこまでも広がる白銀の雪景色。

だが、バルトが造り直してくれた二連かまどと、部屋の中央の石造りの暖炉には赤々と薪が燃え盛っており、山小屋の中は外の極寒を完全に忘れさせるほどの温もりで満たされていた。


「ふぅ……! これで、冬越しの買い出しは全部無事に終わりましたね!」


真昼がエプロンの裾を払って息をつくと、ジークフリートは山小屋の壁や暖炉、そして窓の外の雪原を、改めて噛み締めるように見回した。

彼の青氷の瞳には、ほんの数十分前まで足を踏み入れていた現代日本の光景――あの整然とした畳の間、冷気を吐き出す白い冷蔵庫、火も使わずに一瞬でパンを蒸し上げた魔法の電子レンジ――その圧倒的な文明の記憶が、未だ鮮烈な驚嘆となって焼き付いているようだった。


「……信じられんな」


ジークフリートが、低く掠れた声で呟いた。


「あの襖の向こうに、あれほど豊かで、穏やかで、進んだ世界が広がっていたとは……。夢でも見ていたかのような心地だ」

「ふふっ、本当に実在する世界ですよ。……あ、そうだ! ジークさん、向こうの世界からね、もうひとつ……とっておきのものを持ってきているんです」

「む……? まだ何かあるのか?」


「はい! 暖炉の火を少しお借りして、今から仕上げますね。……今日はね、私の大好きな、冬の草餅を焼きましょう!」


***


真昼が奥納戸から取り出してきたのは、古民家の台所の冷暗所で大切に保管されていた、竹皮の包みだった。

紐を解くと、ふわりと立ち上ったのは――冬の張り詰めた空気を一瞬で春の野山へと連れ戻すような、力強く、清々しい『よもぎ』の青い薫香だった。


「……これは、薬草の香りか?」


ジークフリートが鼻梁をわずかに動かし、竹皮の中を覗き込んだ。

そこに並んでいたのは、手のひらに収まるほどの、厚みのある丸いお餅たちだった。

だが、先ほどの白米の餅とは異なる。

深い深緑色。新芽の命をそのまま練り込んだかのような、艶やかで濃密な若草色をしていた。


「『草餅(くさもち)』です。春の初めに、古民家の裏山でおばあちゃんと一緒に摘んだ天然のよもぎを、茹でてアクを抜いて、もち米と一緒に杵で搗(つ)き込んだものなんですよ」


真昼は暖炉の前へと歩み寄った。

暖炉の熾火の上には、バルトが打ってくれた黒鉄の焼き網が渡してある。

網の上に、深緑色の草餅を二つ、静かに乗せた。


――チリチリ……パチッ……。


静かな山小屋に、炭火と餅が触れ合う微かな音が響き始める。

熱が通るにつれ、よもぎの繊維に閉じ込められていた大地の野趣あふれる香気が、温かな蒸気となって濛々と立ち上ってきた。

冬の枯れた森にあって、春の息吹そのものを凝縮したような瑞々しい芳香。

表面が白く乾き、網目の焼き目がついたところで、真昼は火箸でひっくり返す。

――ぷくぅぅぅ……。

内側から熱気が膨らみ、深緑の餅肌が一箇所、ぷっくりと風船のように膨らみ始めた。

パリッと焼けたお焦げの香ばしさと、よもぎのハーブ香が溶け合い、鼻腔を心地よく刺激する。


「お餅が焼ける間に、仕上げのタレと粉の準備!」


真昼が白磁の深皿に取り出したのは、現代の直売所で手に入れた『国産大豆の深煎りきな粉』だった。

大豆を芯までじっくりと焙煎して微粉末に挽き上げたきな粉は、黄金色を帯び、ナッツを思わせる香ばしい甘みを放っている。そこへ、ほんの少々の粗塩ときび砂糖を混ぜ合わせる。

そしてもうひとつ――小鍋で温めておいた、漆黒の蜜。

沖縄産の純黒糖と少量の水を合わせ、弱火でコトコトと煮詰めて作った、自家製の特製『極上黒蜜』だ。

スプーンですくい上げると、水飴のように糸を引いてとろりと落ち、焦がしカラメルのような濃厚で奥深いコクの香りが立ち上る。


「……焼けた!」


真昼は膨らみきった熱々の草餅を箸で挟み上げ、平皿の中央へと盛り付けた。

その上から、惜しげもなくたっぷりと、黄金色のきな粉を雪のように振りかける。

そして仕上げに――熱々の黒蜜を、円を描くようにして、タラリ……と回しかけた!


――ジュワッ……。


熱い餅の熱で黒蜜がわずかに溶け、きな粉の山を滑り落ちていく。

深緑の餅肌、黄金のきな粉、そして漆黒の艶めく黒蜜。

息を呑むほどに美しい、日本の冬の甘味の結晶。


「そして、熱いお茶を淹れよう」


真昼は萬古焼の急須に、静岡産の特上『深蒸し煎茶』の茶葉をたっぷりと入れた。

二連かまどで沸かしておいた精霊の湧き水。少し冷まして八十度ほどに落ち着かせた湯を、急須へと静かに注ぎ入れる。

三十秒。茶葉がゆっくりと開き、鮮やかなエメラルドグリーンの雫が湯呑みの底へと注がれていく。

立ち上る青々とした蒸気。

真昼はお盆を両手で抱え、暖炉の前の丸太テーブルへと運んだ。


***


「ジークさん、お待たせしました。古民家の味、『焼きたて草餅のきな粉黒蜜がけ』と、熱い緑茶です」


テーブルの上に置かれた一皿と、湯呑み。

ジークフリートは、吸い寄せられるように視線を落とした。

深緑の餅の上で、とろりと輝く黒蜜と香ばしいきな粉。

そして、急須から立ち上る、凛とした茶の薫香。

彼は真昼から手渡された木製のフォークを手に取ると、熱々の草餅の端へとそっと刃を入れた。


――サクッ、モチィィッ……。


表面のお焦げが心地よい音を立てて割れ、中から現れたのは、驚くほど滑らかで、どこまでも柔らかく伸びる深緑色の柔肌だった。

きな粉と黒蜜をたっぷりと絡め、フォークで持ち上げる。

ジークフリートは息を吹きかけ、ゆっくりと口の中へと運んだ。


――ハフッ、モチモチッ……ジュワァァッ……!


「……………………ッ」


咀嚼した刹那。

ジークフリートの青氷の瞳が、カッと見開かれた。


「……っ! な……何だ、この香りは……!?」


まず口内を突き抜けたのは、厳しい冬の寒さを一瞬で吹き飛ばすような、圧倒的な『春の大地の息吹』だった。

よもぎの爽快で清々しい青い香気が、鼻腔を突き抜けて脳髄を揺さぶる。

噛み締めるたびに、杵つき餅の力強い粘りと、米本来の清らかな甘みが弾ける。

そして――そこに覆いかぶさってきたのは、きな粉の香ばしさと、黒蜜の暴力的なまでの濃厚な甘みだった!

黒糖のミネラルを含んだ深いコクが、きな粉の大豆の風味と絡み合い、よもぎの微かなほろ苦さを完璧な大人の甘美へと昇華させていく。

サクサクとしたお焦げの食感、モチモチとした弾力、とろりとした蜜の舌触り。


「……美味い……っ!」


ジークフリートの喉仏が、激しく上下した。


「濃厚な黒い蜜と香ばしい粉が……この深緑の餅の清々しい苦みと、奇跡のように溶け合っている……! 甘いのに、決して重くない……森の精霊の果実すら霞むほどの、大地の滋養そのものだ……!」

「ふふ、喉を詰まらせないように、お茶も飲んでくださいね」


真昼に促され、ジークフリートは陶器の湯呑みを両手で持ち上げた。

立ち上る湯気を浴びながら、熱い緑茶を一口含む。

――ず、ずずっ……。

口の中に広がったのは、深蒸し茶特有の、濃厚な旨味と、キリリとした上品な渋み。

その清らかな渋みが、口の中に残っていた黒蜜ときな粉の甘美な余韻を優しく包み込み、後味をどこまでも爽快に洗い流していく。

甘い草餅を頬張り、熱い緑茶で流し込む。

冬の暖炉の前で味わう、至福の調和。


「……あぁ……温かいな。心まで、じんわりと解きほぐされていくようだ」


ジークフリートは湯呑みを置き、深く、長いため息を吐き出した。

二つあった草餅は、あっという間に彼と真昼の胃袋へと収まり、皿の上には香ばしいきな粉の余韻だけが残された。


足元では、真昼から特別に味付け前の柔らかい焼き米の小片をもらったベルが、満足そうに「ふすー」と鼻を鳴らし、暖炉の火の粉が跳ねるのを心地よさそうに見つめている。

外の白銀の世界を完全に遮断した、あたたかな山小屋。

だが――食事を終えたあと、室内に訪れたのは、これまでにないほど深い、厳かな静寂だった。


***


パチッ……パチッ……。


暖炉の薪が爆ぜる音だけが、静かに響いていた。

ジークフリートは、ふと自らの胸元へと手を伸ばした。

いつも身につけていた、あの糊のきいた真っ白なリネンエプロン。

彼は腰の後ろのリボンを静かに解くと、首からエプロンを外し、丁寧に四つ折りに畳んで丸太テーブルの上へと置いた。


そして――。

ジークフリートは椅子から立ち上がった。

活動服の襟元を正し、背筋を天に向かって真っ直ぐに伸ばす。

彼は真昼の正面、暖炉の前の床板の上へと歩み出ると――。

カチャリ、と微かな衣擦れの音を立てて、床の上に両膝をつき、端座したのだ。


「……ジーク、さん……?」


真昼が息を呑む。

そこにいたのは、甘酒を美味しそうに飲み、草餅に目を輝かせていた無邪気な青年ではなかった。

シルヴァ辺境警備騎士団長、ジークフリート・フォン・ヘスラー。

王国最強の剣士として、そして一人の男としての、極限まで研ぎ澄まされた、厳かな礼の姿勢だった。


ジークフリートは青氷の瞳を伏せることなく、真っ直ぐに真昼を見つめた。

暖炉の赤い炎が、彼の彫刻のように整った横顔を照らし出している。

彼は深く息を吸い込み、静かに、けれど魂のすべてを削り出すような重厚な声で、語り始めた。


「真昼」


「……はい」


「……貴殿の世界を、目の当たりにした」


一言、一言が、静かな山小屋の空気を震わせる。


「足元に敷かれた清らかな畳、光を透かす障子。……火を使わずに温もりを生み出し、冷気を閉じ込め、捻るだけで湯を溢れさせる、あの驚異的な道具たち。……私は、理解したのだ」


ジークフリートの喉仏が、微かに揺れた。


「貴殿の生きてきた世界は……この過酷なシルヴァの森などとは比べものにならぬほど、遥かに便利で、衛生的で、安全で、豊かな世界だということを」


「ジークさん……」


「貴殿の首元にある真鍮の鍵があれば……貴殿はいつでも、あの扉の向こうへ帰ることができる。……魔獣の咆哮に怯えることもなく、木枯らしの寒さに凍えることもなく、薪を割る苦労すら背負わずに……あの便利で温かな世界で、平穏に暮らすことができるのだ」


ジークフリートの拳が、膝の上でぎゅっと握りしめられた。

その声音には、真昼の世界の豊かさを知ってしまったからこその、痛切なまでの理解と――そして、彼女を引き止めることへの怖れが滲んでいた。

だが。

ジークフリートは目を逸らさなかった。

逃げることも、諦めることもしなかった。

彼はゆっくりと右手を胸元へと伸ばした。


彼が取り出したのは――自らの腰から外しておいた佩刀(はいとう)の鞘。

その下げ緒に、長年固く結ばれ続けていた、一本の細い紐だった。

それは、名門ヘスラー公爵家の紋章色であり、ジークフリートの瞳とまったく同じ、抜けるような冬の青空を思わせる、深く澄んだ藍青色の『絹の組み紐』だった。

騎士が自らの魂の半身たる剣に結びつけ、戦場での無事を祈るための、唯一無二の守護の紐。


ジークフリートはその青い組み紐を、愛おしそうに指先で解いた。

そして――真昼の前へと、膝を進めたのだ。

彼が差し出した両手。

ジークフリートは震える手で、真昼の左手をそっと、壊れ物に触れるかのような優しさで持ち上げた。

真昼の華奢な手首。

その白く滑らかな肌の上へ、ジークフリートは青い組み紐を回し入れ、丁寧に、決して解けぬよう、美しい結び目を編み上げていった。


「……ジーク、さん……っ」


真昼の手首に、きゅっと温かな結び目が宿る。

ジークフリートの瞳と同じ青い光が、真昼の手元で静かに息づき始めた。


ジークフリートは組み紐を結び終えると、真昼の手を自らの両手で包み込み、顔を上げた。

その青氷の瞳には、かつてないほどの熱い光が、烈火のように燃え盛っていた。


「……真昼」


大気をも震わせる、魂の誓詞。


「あちらの世界がどれほど便利であろうと……私は、貴殿を手放したくはない」


「……………………ッ」


「だが、もし……もしあなたが、この過酷な森に留まってくれるなら」


ジークフリートは真昼の手を、自らの胸板――力強く脈打つ心臓の上へと、強く押し当てた。

ドクン、ドクン、と。

男の熱い命の鼓動が、真昼の手のひらを通して直接伝わってくる。


「私は……我が命と、剣のすべてを賭して、あなたの安らぎを守り抜く」


迷いのない、絶対の誓い。


「いかなる魔獣が森を襲おうと、王都のいかなる権力が立ちはだかろうと、この身が砕け散ろうとも、貴殿を傷ひとつ負わせはしない。……世界が違えど……私の帰る場所は、あなたの隣だけだ」


ジークフリートの瞳から、大粒の雫が零れ落ち、真昼の手の甲を濡らした。

感情を殺し、鉄の仮面を被って生きてきた男が、己の誇りも、命も、魂のすべてを、たったひとりの元OLの少女へと捧げていた。


「……私の生涯を、あなたに捧げさせてほしい。……真昼」


***


「……………………ッッ!」


真昼の胸の奥底で、何かが激しく音を立てて弾け飛んだ。

言葉が、声にならなかった。

喉がきつく詰まり、視界のすべてが涙で滲んでいく。

ポロポロと、大粒の涙が止まることなく頬を伝い落ち、手首に結ばれた青い組み紐を、そしてジークフリートの傷だらけの手を濡らしていく。


便利だから、安全だから、あちらの世界へ帰る?

そんなこと――最初から、考えたこともなかった。

電子レンジがなくても、冷蔵庫がなくても。

薪を割り、かまどに火を熾し、煙に目を細めながら出汁を引く。

朝五時に扉を開ければ、そこには不器用で、真っ直ぐで、世界で一番愛おしい騎士団長が、エプロンを着けて待っていてくれる。

自分が作ったご飯を美味しそうに食べてくれて、涙を流して笑ってくれて、命をかけて守ると言ってくれる。

そんな場所を――この温もりを捨てて、一体どこへ帰るというのだろう。


真昼の心の中には、もう何の迷いも、一片の躊躇いも残っていなかった。


「……ジーク、さん……っ!」


真昼は叫ぶように名を呼ぶと、包まれていた手を振りほどくようにして――。

床に端座していたジークフリートの逞しい胸元へと、自ら、力いっぱいに飛び込んだのだ!


ドサッ……!


「……真昼……っ!?」


ジークフリートの息が止まる。

真昼の両腕が、彼の首元へとぎゅっと回された。

彼の活動服の胸板に顔を埋め、真昼はしゃくり上げながら、魂の底からの真実を叫んだ。


「私もです……! 私もです、団長さん……っ!!」


涙で濡れた声が、ジークフリートの胸板に染み込んでいく。


「あっちの世界が便利だって……そんなの、どうでもいいです……! どんなに便利な機械があっても、ひとりぼっちで冷たいご飯を食べる世界なんて、もう絶対に嫌です……っ!」


真昼は首に回した腕に、さらに力を込めた。


「私の帰る場所も……ジークさんと、ベルがいる、この食卓です……! あなたが帰ってくるこの場所が……私の、世界で一番大好きな居場所なんです……!!」


「……………………ッッ!」


ジークフリートの全身が、激しく震えた。

言葉を失い、息を詰まらせ、青氷の瞳から熱い涙が溢れ出す。

彼は――壊れやすいガラス細工を扱うように、恐る恐る、けれど二度と離さないという強い力で、真昼の華奢な背中へと両腕を回した。


ギュゥッ……と。

互いの体温が、骨の髄まで溶け合うほどの力強い抱擁。

ジークフリートは真昼の黒髪に顔を埋め、深く、深く、彼女の香りを吸い込んだ。

出汁の香り、お米の甘い匂い、そして真昼自身の優しい温もり。

ふたりの心臓の鼓動が、重なり合い、ひとつのリズムを刻み始める。

ふたつの世界を隔てていた見えない壁は、今、完全に消え去り、ふたりの魂は永遠にひとつへと結び合わされたのだ。


「……あぁ……真昼……。我が光、我が愛しい人よ……」


ジークフリートの掠れた囁きが、真昼の耳元を温かく撫でる。

真昼は彼の腕の中で、泣きながら、けれど満面の、これ以上ないほど幸せな笑顔を咲かせた。


その時だった。


「わふっ!」


ふたりの足元から、澄んだ、誇らしげな鳴き声が響いた。

見下ろすと、暖炉の前に座っていた純白の毛玉――神獣ベルが、ふたりの重なり合う影を見上げ、嬉しそうに尻尾を大きく振っていた。

いつもなら「近づきすぎるな」と邪魔立てするはずの神獣が、今宵ばかりは邪魔をすることなく、その瑠璃色の瞳に心からの祝福の光を湛えていたのだ。

ベルはふたりの足元へと歩み寄り、真昼の足首と、ジークフリートの膝へと、自らの純白の頭をそっと寄り添わせた。


パチッ、パチッ……と。

暖炉の薪が、祝福の火の粉を散らす。

赤々と燃え盛る炎が、抱き合うふたりと、足元で寄り添う白い神獣の影を、丸太の壁の上に大きく、あたたかく揺らしていた。


外は、初雪が静かに降り積もる、凍てつく冬の夜。

けれど、山小屋の中に満ちていたのは――世界中のいかなる吹雪をも溶かし尽くす、絶対の愛と、永遠の絆の温もりだった。

ふたつの世界を結ぶ手と、暖炉の前で交わされた消えることのない誓詞。

明日へと続く美味しい日々への扉は、今、確かな愛の光に包まれながら、最高の朝を迎えるために、静かに、力強く開かれようとしていたのだった。

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