第51話:銀狼の毛並みと、深紅のマントに込めた誓い
森の秋は、駆け抜けるようにしてその深みを増していた。
昨夜の賑やかな宴の温もりが嘘のように、夜明けとともに吹き荒れ始めたのは、肌を刺すような鋭い『木枯らし』だった。
ビューッ、と唸りを上げる冷たい風が、赤や黄金に色づいた梢を容赦なく揺さぶり、無数の落ち葉を嵐のように巻き上げていく。木々の天蓋の隙間からは、灰色を帯びた薄青い冬の空が覗き、吐き出す息は白く凍りついて宙へと溶けていった。
わずか数日前まで残っていた初秋の穏やかな日差しはどこへやら、このシルヴァ辺境の地には、確実に、そして急速に厳しい冬の足音が忍び寄っていた。
「……っ、冷たい……!」
朝の五時。
奥納戸の押し入れゲートをくぐり、異世界のログハウスへと足を踏み入れた真昼は、思わず両腕を抱いて身震いした。
古民家側も冷え込んではいたが、異世界の森の早朝の寒気は、次元が違っていた。標高の高い山頂に突然放り出されたかのような、骨の髄まで染み透る冷気。
真昼は現代の裏起毛のパーカーの上に、厚手のニットカーディガンを着込み、さらにその上から白い割烹着を羽織っていたが、それでも木枯らしが建具の隙間を抜けるたびに、首筋や足元からじわりと体温を奪われていく。
「くぅん」
足元から、出迎えるような鼻鳴らし。
見下ろすと、純白の神獣ベルが、冬毛へと生え変わりつつあるふかふかの被毛を真ん丸に膨らませ、真昼の足首へと擦り寄ってきた。ベルの温かな体温に触れ、真昼はほっと胸を撫で下ろす。
「ベル、おはよう。……急に寒くなったね。木枯らしがすごいよ」
真昼が小さく息を吐きながらベルの頭を撫でると、外から規則正しい音が聞こえてきた。
――スパーンッ! スパーンッ!
木枯らしの風音に負けない、力強く、迷いのない薪割りの音。
ジークフリートだ。
どんなに寒風が吹き荒れようと、彼は毎朝四時にここへ現れ、真昼のために黙々と薪を割り続けてくれている。
その乾いた音を聞くだけで、真昼の心臓の奥底がトクンと温かい熱を帯びる。
あの雨の日に触れ合った指先の熱。
そして昨夜、星空の下で交わした視線。
冷たい風が吹きつける朝だからこそ、彼がここにいてくれるという事実が、何物にも代えがたい安心感となって胸を満たしていた。
「よし……! こんな寒い朝は、身体の芯の芯からポカポカに温まるご飯を作らなきゃ!」
真昼は両頬を手のひらで挟んで気合を入れ、二連かまどの前へと立った。
***
今朝の主役として真昼が選んだのは、日本の冬の知恵が凝縮された、滋味あふれる一杯――『根菜と酒粕の粕汁』だった。
単なる味噌汁ではない。
発酵の力と米の旨味が凝縮された酒粕をたっぷりと溶かし込むことで、血行を促進し、冷え切った内臓を急速に温め、一度温まった体温を長時間逃さない、まさに極寒の朝のための最強の汁物だ。
「材料は……現代から持ってきた、とっておきのこれ!」
真昼が作業台の上に並べたのは、酒どころの老舗蔵元が醸造した、純米大吟醸の『板粕』だった。
袋を開けた瞬間、ふわりと台所いっぱいに広がったのは、熟成されたメロンや白桃を思わせる、信じられないほど華やかでフルーティーな吟醸香。
硬い板状の酒粕を、真昼は指先で一口大に小さくちぎり、すり鉢へと入れていく。
そこへ、あらかじめ引いておいた温かい利尻昆布と煮干しの出汁を柄杓で二杯注ぎ、すりこぎでじっくりと擂り潰していく。
――ゴリゴリ、スリスリ……。
出汁の熱を吸った酒粕が、みるみるうちにダマのない、滑らかでクリーミーなペースト状へと溶け解けていく。この丁寧なひと手間を怠らないことで、舌触りにザラつきのない、極上のシルクのような粕汁が生まれるのだ。
続いて、具材の下拵え。
大鍋に張った昆布と煮干しの出汁の中へ、次々と根菜を刻み入れていく。
厚めのいちょう切りにした『大根』と『人参』。
皮をこそげて水にさらし、香りを引き出した『ささがきごぼう』。
ぬめりを塩揉みして洗い落とし、一口大に切ったねっとり食感の『里芋』。
油抜きをして細切りにした『油揚げ』。
そして、旨味のベースとなる、細切れにした『豚バラ肉』。
「バルトさんのかまど、今朝もよろしくお願いします!」
左側の火床に薪をくべ、火力を中火へ。
大鍋をかまどに据え、根菜と豚肉をじっくりと煮込んでいく。
豚肉から澄んだ甘い脂が溶け出し、根菜のアクを丁寧にすくい取る。
里芋に竹串がスッと通るまで煮上がったところで、祖母タエ直伝の田舎味噌を溶き入れ、さらに――すり鉢で滑らかに伸ばしておいた純米大吟醸の酒粕ペーストを、お玉でたっぷりと回し入れた!
――ボワァァァッッ……!
瞬間。
大鍋から立ち上ったのは、息を呑むほどに芳醇で、甘やかな湯気の柱だった。
出汁の海の香りと、味噌の素朴な大豆の薫香。
そこに、酒粕の華やかでリッチなアルコールの香気と米の甘みが溶け合い、木枯らしが吹き抜けるログハウスの冷たい空気を、一瞬にしてあたたかな酒蔵のぬくもりで満たしていった。
弱火でコトコトと煮含め、アルコール分を優しく飛ばしながら、具材の芯まで酒粕のコクを染み込ませていく。
その間に、もうひとつの絶品おかずの調理だ。
「粕汁には、絶対にこの焼き魚!」
右側の火床の熾火の上に、魚焼き網を据える。
真昼が網の上に乗せたのは、現代の鮮魚店で手に入れてきた、見事な厚みを持つ『鮭ハラス』の切り身だった。
鮭の腹身――マグロで言えば大トロにあたる、もっとも脂がのった希少部位。
あらかじめ粗塩を振って余分な水分を拭き取ったハラスを、皮目を下にして網に乗せる。
――ジュワァァァァァッッッ!!
乗せた瞬間から、耳朶を打つ激しい焼き音とともに、純白の煙が立ち上った。
皮の下に蓄えられていた上質な鮭の脂が、炭火のような熾火の熱で瞬時に溶け出し、網の下へとポタポタと滴り落ちる。
滴った脂が熾火で爆ぜ、パチパチと香ばしいリズムを刻む。
立ち上る煙は、極上の燻製香となって鮭の身を包み込む。
皮目はパリッと、黄金色のクリスピーな焦げ目を纏い、淡い紅色の身は、内側から溢れ出る自身の脂によってふっくらと蒸し焼きにされていく。
遠火の弱火でじっくり、じっくり。
箸で触れれば、皮がパリンと音を立て、身から透明な脂がジュースのように滲み出てくる最高の瞬間を見極めて火から下ろす。
萬古焼の土鍋の蓋を開ければ、炊きたての新米白米が、ピカピカと眩い湯気を吹き上げている。
熱々の粕汁を大椀に注ぎ、仕上げに小口切りの青ネギをパラリと散らす。
長角皿には、黄金色に照り輝く鮭ハラスの塩焼きと、大根おろし。
「よしっ、完成! ……ジークさんを呼びに行こう」
真昼はお盆を手に取り、テラスの扉へと向かった。
***
ギィィ……と木の扉を開けた真昼は、思わず足を止めた。
外の薪割り台の横。
すでに芸術的なまでに太さを揃えられた薪の山が壁一面に築き上げられ、その横に――ジークフリートが佇んでいた。
今朝も、糊のきいた真っ白なリネンエプロンをきっちりと身につけている。
だが、いつもなら薪割りを終えたあと、少し照れくさそうに「おはよう、真昼」と声をかけてくるはずの彼が、今朝は微動だにせず、真っ直ぐにログハウスの扉を見つめて立っていたのだ。
木枯らしが吹き抜け、彼の金糸の髪を激しく乱す。
その逞しい腕の中には、大きな、美しい木箱が大切そうに抱えられていた。
深く艶やかな光沢を放つ銘木で作られた、細かな草木の彫刻が施された上質な木箱。
ジークフリートの青氷の瞳は、どこか張り詰めたような、けれど一片の迷いもない真摯な光を湛えていた。
「……ジークさん?」
真昼が不思議そうに呼びかけると、ジークフリートはゆっくりと歩み寄ってきた。
ウッドデッキの階段を一歩、一歩、踏みしめながら上がってくる。
寒風の中にあって、彼の吐く息は白く、けれどその表情には、凍えるような気配は微塵もなかった。
真昼の目の前に立つと、彼は静かに、抱えていた重厚な木箱を、両手で捧げ持つようにして差し出した。
「真昼」
「は、はい……?」
「……これを、受け取ってほしい」
低く、けれど大気の中を真っ直ぐに浸透してくるような、熱のこもった声音。
真昼は目をパチクリと瞬かせ、差し出された木箱を見つめた。
「これ……何ですか? すごく立派な箱ですけど……」
「開けてみてくれ」
促され、真昼はおずおずと木箱の真鍮の留め金に指をかけた。
カチリ、と澄んだ金属音が鳴る。
重みのある蓋を、ゆっくりと持ち上げた――その、瞬間だった。
「……………………っ!?」
真昼の口から、息が呑み込まれた。
言葉を失い、瞳が大きく見開かれる。
箱の中に敷き詰められた純白の薄紙の間から現れたのは――息を呑むほどに美しく、神々しいまでの存在感を放つ、一領の『防寒マント』だった。
その色彩は、深く、気高い『深紅』。
朝の光を吸い込んで、まるで熟成された極上の赤ワインか、燃え盛る紅蓮の炎のように艶やかな輝きを放っている。
真昼の震える指先が、そっと表地に触れた。
滑らかで、しっとりとしていて、驚くほど高密度に織り上げられたその布地は、冷気はおろか、いかなる暴風や豪雨すらも完全に弾き返すであろう、最高級の魔獣毛織物だった。
だが、真の驚愕はその内側にあった。
マントの裏地には、隙間なく、ふかふかの『純白の毛皮』が敷き詰められていたのだ。
触れた瞬間、指先がふわりと沈み込み、体温を吸い取られるどころか、触れた皮膚からじんわりと温もりが跳ね返ってくるような、奇跡のような柔らかさと保温力。
そして――。
首元を留めるための、重厚な銀の留め具。
そこには、精緻を極めた装飾とともに、シルヴァ辺境警備騎士団長の『階級章』たる意匠が誇らしく刻み込まれ、その中央には――。
ジークフリートの瞳とまったく同じ、抜けるような冬の空を思わせる、澄み渡った『青い魔鉱石』が、燦然と光を放ちながら埋め込まれていたのだ。
「……こ、これ……」
真昼の声が、激しく震えた。
貴族の知識などない真昼であっても、直感で分かってしまった。
これが、ただの防寒具などではないことが。
騎士の最高位の階級章を刻み、最高峰の宝石と毛皮を惜しげもなく注ぎ込んだ品――それは、貴族社会において、男が生涯をかけて守るべき『唯一の婚約者』、あるいは『生涯の伴侶』に贈るに等しい、超一級の誓いの品だった。
「森の冬は厳しい」
ジークフリートが、静かに言葉を紡ぎ始めた。
その声は、木枯らしの唸り声を切り裂いて、真昼の胸の奥底へと真っ直ぐに届く。
「こちらの世界の冬の寒さは、貴殿の住まう世界の比ではない。……これから雪が降れば、貴殿の纏っている薄い布の衣では、凍えて身体を壊してしまうだろう。……だから、仕立てさせたのだ。北方の雪山にしか生息せぬ、凶暴極まりない『雪狼』の毛皮を狩り集め……私の私費を投じて、王都で最も腕の立つ名匠に、貴殿の身体の丈に合わせて仕立て直させた」
「ジ、ジークさんの……私費で……!?」
真昼は血の気の引くような衝撃を覚えた。
雪狼の毛皮など、王都の大貴族ですら襟巻きひとつ手に入れるのに城が建つほどの金貨を積むと言われる伝説の素材だ。それを、マント一領の裏地すべてに敷き詰めるなど、一体どれほどの財貨が動いたのか想像すらつかない。
公爵家との縁を切り、自らの地位を投げ打ったばかりの彼が、自らの全財産を投じてこれを用意してくれたのだ。
「だ、ダメです……! こんな……こんな高価すぎるもの、私、受け取れません……! 私なんかが身につけていいものじゃありません!」
真昼は激しく首を振り、木箱の蓋を閉じようと後ずさった。
だが――。
ジークフリートの大きな、手袋を外した素手が、そっと真昼の手首を制した。
力任せではない。けれど、決して逃がさないという、不動の温もり。
「真昼」
ジークフリートの青氷の瞳が、真昼の目を真正面から見つめていた。
そこには、身分の差を気にする迷いも、照れ隠しの躊躇いも、欠片すら残っていなかった。
彫刻のような美貌をわずかに引き締め、彼は静かに、だが魂のすべてを注ぎ込むような熱のこもった声で、告げたのだ。
「あなたの健やかさと、温もりを守るためなら……私の全財産など、惜しくはない」
「……………………ッッ!」
「名誉も、爵位も、金貨の山も……あなたのいない世界では、ただの冷たい石ころにすぎん。……私の命を救い、私の世界に温かな色を灯してくれたのは、あなたなのだ。……頼む、真昼。私に……あなたを守らせてほしい」
胸を衝くような、真っ直ぐな告白。
それは、愛の言葉であると同時に、騎士としての、そして一人の男としての、終生の忠愛の誓いだった。
真昼の喉が、きつく詰まった。
瞳の奥がツンと痛み、視界が涙で滲んでいく。
この人は、どこまで不器用で、どこまで一途なのだろう。
打算も、駆け引きも何ひとつなく、ただ「自分が寒さに凍えないように」という、その一心だけで、己の持てるすべてを捧げてくれているのだ。
ジークフリートは木箱から、深紅のマントを両手で優しく持ち上げた。
そして――ためらうことなく、真昼の華奢な肩の上へと、そっと掛けたのだ。
――ファサッ……。
「……っ……!」
肩に乗せられた瞬間、真昼は息を呑んだ。
重くない。
ずっしりとした見た目からは信じられないほど、まるで羽毛のように軽かった。
そして――何という温もりか。
首筋に触れた純白の雪狼の毛皮から、まるで太陽の熱そのものを閉じ込めたかのような、圧倒的な温気の膜が全身を一瞬にして包み込んだのだ。
木枯らしの冷気は完全に遮断され、肌を撫でるのは、優しく、柔らかく、どこまでも心地よい極上のぬくもり。
ジークフリートが真昼の前へと回り込み、銀の留め具を、パチンと小さな音を立てて留めた。
青い魔鉱石が、真昼の胸元でキラリと誇らしげに光を放つ。
その距離、わずか数センチ。
ジークフリートの逞しい胸板の厚みと、彼が放つ清潔なリネンの香り、そして男らしい体温が、真昼の五感を埋め尽くす。
「……よく似合っている」
ジークフリートが、ふわりと目を細めた。
耳の先端を淡い桜色に染めながら、彼は心底嬉しそうに、真昼の肩の深紅の布地にそっと手を添えた。
真昼の胸の奥で、心臓がトクン、トクンと、かつてないほど激しい鐘の音を響かせていた。
肩にかかるマントの温もり。
それは、ジークフリートの愛の重みそのものだった。
***
「……さ、さあ! ジークさん、冷めないうちに朝ごはんを食べましょう!」
爆発しそうな赤面を隠すように、真昼はマントの裾をぎゅっと握りしめながら、早口で告げた。
脱ごうとはしなかった。
このあたたかな贈り物を、一秒たりとも手放したくなかったからだ。
マントを羽織ったままウッドデッキの丸太テーブルに着いた真昼の前に、ジークフリートもエプロン姿で腰を下ろした。
「今朝は……身体の芯から温まる、根菜と酒粕の粕汁と、鮭ハラスの塩焼きです!」
大椀の蓋を取ると、濛々と立ち上る純白の湯気。
純米大吟醸の酒粕と味噌、出汁が織りなす、芳醇で甘やかな香りが、木枯らしの冷気を一瞬で押し戻す。
ジークフリートは背筋を伸ばし、手を合わせると、黒檀の塗り箸を取り上げた。
「……いただきます」
まずは、熱々の粕汁を木のスプーンですくい、一口含む。
「……………………ッ」
ジークフリートの喉仏が、大きく波打った。
青氷の瞳が、驚愕と感動に見開かれる。
「……っ! な……何だ、この濃厚な深みは……!? いつもの味噌汁とは、まるで違う……!」
舌を包み込んだのは、とろりとした滑らかなポタージュのような口当たり。
昆布と煮干しの力強い出汁に、酒粕の華やかでフルーティーな甘みとコクが溶け合い、味噌の塩気と完璧に調和している。
一口飲み下した瞬間――食道を熱い帯が通り抜け、胃袋の底にドスンと温かな火の玉が落ちたかのような感覚。
身体の内側から、カーッと熱が湧き上がり、冷え切っていた指先や足先まで、一気に血潮が巡っていく。
大根や人参を噛み締めれば、出汁と酒粕のエキスをたっぷりと吸い込んだ果肉がほろりと崩れ、里芋のねっとりとした甘みが舌の上でとろける。
豚バラ肉のジューシーな脂が全体に力強いコクを与え、青ネギの清涼感が後味を鮮やかに引き締める。
「身体が……熱いほどに温まっていく……! この白い汁、まるで飲む暖炉のようだ……!」
「ふふ、酒粕が入ってるからですよ! ジークさん、この鮭ハラスもどうぞ!」
促され、ジークフリートは黄金色に照り輝く鮭ハラスへと箸を入れた。
――パリッッ!
皮が心地よい音を立てて割れ、中から溢れ出したのは、透明な極上の魚油だった。
大振りの身を口へ放り込む。
――ジュワァァァァァッッッ!!
「……っ!! 美味い……ッ!!」
ジークフリートが呻くように叫んだ。
皮の香ばしい塩気と苦み。
そして、噛む前にとろけていくような、ハラス特有の濃厚でジューシーな脂の甘み!
熾火の遠火でじっくり焼かれたことで、余分な生臭さは完全に消え去り、旨味だけが限界まで凝縮されている。
すかさず、土鍋の新米白米を口いっぱいに流し込む!
――ハフッ、モグモグッ!
米の甘みと鮭の塩気、溢れる脂が三位一体となって炸裂する。
さらに、熱々の粕汁をずずっと啜れば、鮭の脂を酒粕のまろやかさが優しく包み込み、完璧すぎる至福のループが完成した。
「……美味いな。本当に……美味い……」
ジークフリートは額にうっすらと心地よい汗を浮かべながら、夢中で箸を動かし続けた。
山盛りだった土鍋ご飯も、大椀の粕汁も、鮭ハラスも、あっという間に胃袋へと吸い込まれていく。
その時。
足元から、トコトコと歩み寄ってきた純白の毛玉――ベルが、真昼の足元で立ち止まった。
ベルは真昼の肩から垂れ下がる深紅のマント――その裏地の雪狼の純白の毛皮に、フンフンと鼻先を近づけた。
魔獣の王たる雪狼の匂い。
ベルは瑠璃色の瞳をキラリと細めると、「フンッ」と誇らしげに短く鼻を鳴らした。
『森の神獣である私の毛並みには敵わないが、まあ、真昼を守る防具としては合格点をやろう』とでも言うように、ジークフリートを一瞥する。
そして、真昼が用意しておいた、酒粕を入れる前に取り分けておいた柔らかい根菜と削りたての極上鰹節の小鉢へと向かい、嬉しそうにハフハフと食べ始めたのだった。
***
食事を終え、温かいお茶をすすりながら、ふたりは木枯らしが吹き抜ける森を見渡した。
風は依然として冷たく、木々の葉を散らし続けている。
けれど、ウッドデッキの上には、暖炉のような温もりが満ち満ちていた。
真昼の肩を包む、深紅のマント。
胸元で優しく光る、ジークフリートの瞳と同じ青い魔鉱石。
「……真昼」
「はい、ジークさん」
「……似合っている。本当に」
ジークフリートが、照れくさそうに、けれど心底愛おしそうに呟いた。
真昼はマントの襟元をぎゅっと両手で握りしめ、満面の、太陽のような笑顔を向けた。
「ありがとうございます、ジークさん。……あったかくて、優しくて……世界で一番の宝物です」
木枯らしの舞う森の中。
深紅のマントに込められた男の揺るぎない誓いと、粕汁の優しい温もり。
厳しい冬の足音を前にして、ふたつの世界を結ぶ小さな食卓の絆は、誰にも引き裂くことのできない絶対の愛となって、どこまでも強く、あたたかく燃え上がっていたのだった。




