第37話:王都からの不穏な風と、閉ざされた眉間
梢を渡る風の冷たさが、日ごとにその鋭さを増していた。
かつて森を埋め尽くしていた鮮やかな深緑の葉先は、いつの間にか淡い山吹色へと移ろい、朝露に濡れた木立の合間から差し込む光は、透き通るような白金色から、しっとりと落ち着いた琥珀色へと表情を変えている。
鍛冶師バルトと男たち総出で張り替えてくれたナラ材の新調された屋根は、秋の訪れを告げる冷涼な朝霧をしっかりと弾き、ログハウスの内部を心地よい木の香りと温もりで守っていた。
朝の五時。
真昼は古民家の奥納戸から押し入れゲートをくぐり、いつものように森のログハウスへと足を踏み入れた。
首から提げた真鍮の鍵が、体温を吸って微かな熱を帯びている。
足元では、純白の神獣ベルが「わふ」と短く鼻を鳴らして先導し、真昼は割烹着の袖をきゅっと引き上げながら、テラスへ通じる扉へと手を伸ばした。
――だが。
いつもなら、この瞬間に聞こえてくるはずの「心地よい生活の音」が、今朝はまるで違っていた。
――ズドォォォォンッッッ!!
空気を切り裂く、地鳴りのような凄まじい衝撃音。
普段のジークフリートが奏でる薪割りの音は、乾燥したナラの木肌が心地よく響き渡る、職人技のように軽快で乾いた「スパーン! スパーン!」という小気味よいリズムのはずだった。
しかし、今朝の広場から轟いてくるのは、まるで攻城兵器が城壁を打ち砕くかのような、破壊と殺気に満ちた重苦しい轟音だったのだ。
「……えっ!? な、なに……!?」
真昼は驚いて身を強張らせた。
ベルもまた、普段なら軽快に振っている尻尾をぴたりと止め、尖った耳を前方へピンと張り詰めて、テラスの扉を見据えている。
真昼は恐る恐る扉を押し開け、ウッドデッキの先にある広場を覗き込んだ。
朝靄が立ち込める広場の中央。
そこに立っていたのは、間違いなくジークフリートだった。
身につけているのは、いつもの紺色の活動服。その上には、彼自身が几帳面に仕立て直させ、毎朝欠かさず身につけているはずの、糊のきいた真っ白なリネンエプロン。
だが――その姿から放たれている気配は、かつて真昼が彼と初めて出会ったあの凍てつくような「死戦の戦場」そのものだった。
――ズバァァァンッッ!!
ジークフリートの両腕から振り下ろされた愛用の薪割り斧が、太い丸太の芯を一撃で粉砕した。
両断どころではない。過剰すぎる膂力と張り詰めた闘気が刃先から爆発し、ナラの丸太は木っ端微塵に弾け飛んで、周囲の地面に鋭い破片となって突き刺さっていた。
薪割り台の周囲には、すでに通常の倍、いや三倍近くの薪が荒々しく積み上げられている。
ジークフリートの金糸の髪は、激しい呼気と吹き出す汗で額にべったりと張り付いていた。
彫刻のように完璧なその顔立ち面には、血の気が引いたような青白さが浮かび、何よりも――その眉間には、深い、あまりにも深い苦渋の皺が刻み込まれていたのだ。
「ジ、ジークさん……?」
真昼がおずおずとウッドデッキの階段を下り、声をかけた。
その瞬間、ジークフリートの肩がびくりと跳ねた。
彼の手の中で、斧の柄がミシリと音を立てる。
ゆっくりと振り返った青氷の瞳には、かつて見たことがないほど鋭利な、張り詰めた光が宿っていた。だが、視界に真昼の姿を捉えた刹那、その刃のような光は慌てて引っ込められ、代わりに隠しきれない動揺と痛ましさが広がった。
「……真昼、か。……すまない、大きな音を立てた」
低く、掠れた声音。
ジークフリートは荒い呼吸を無理やり喉の奥で押し殺し、手袋を外して額の汗を手の甲で拭った。
いつもなら、真昼が姿を現せば、耳の先端をほんのり赤らめて「おはよう、真昼」と、年相応の柔らかで不器用な笑みを浮かべてくれるはずだった。
だが今朝の彼には、そんな温かな余裕など微塵も感じられなかった。
唇は固く真一文字に結ばれ、視線は真昼の顔を捉えながらも、その焦点は遥か遠くの、暗く冷たい深淵を見つめているかのようだった。
「あの……ジークさん、大丈夫ですか? 息がすごく上がってますし、顔色も……」
「……何でもない。ただの、朝の鍛錬の一環だ」
ジークフリートは言葉を遮るように斧を壁際に立てかけると、エプロンの胸元をぎこちなく正した。
嘘だった。
誰の目に見ても、彼が何か重大な、押し潰されそうな重圧に一人で耐え忍んでいることは明白だった。
足元へ歩み寄ったベルが、彼の足首に鼻先をそっと寄せ、心配そうに「くぅん」と喉を鳴らす。ジークフリートはその白い頭に手を伸ばしかけたが――自らの指先が微かに震えていることに気づいたのか、途中で拳を握りしめ、そのまま虚しく腕を下ろしてしまった。
「……腹が、減ったな。……今朝の食事を、いただいてもよいだろうか」
無理に作ったような、硬く乾いた声。
真昼は胸の奥に小さな針がチクリと刺さるような痛みを覚えながらも、決してそれを顔には出さず、努めて穏やかな笑顔を浮かべて頷いた。
「はい、すぐにできますから。……座って、少し息を整えていてくださいね」
***
キッチンスペースに戻った真昼は、静かに二連かまどの前に立った。
ジークフリートのあの痛々しい表情。
何かがあったのだ。それも、彼がひとりで抱え込み、決して他人に弱音を吐くまいと唇を噛み締めるほどの、過酷な何かが。
そんな張り詰めた心と身体に、刺激の強すぎるものや、重たい肉料理は相応しくない。
喉が詰まり、胸がつかえている時でも、すうっと自然に喉を通り、傷ついた神経を優しく撫でるような、清らかで芯のある食事――。
「……よし。シンプルだけど、一番心に染みるごはんにしよう」
真昼が選んだのは、昆布出汁の旨味を米一粒一粒に吸わせた『梅とシソの俵おにぎり』。
そして、箸休めの『大根の浅漬け』と、丁寧に淹れた熱い『深蒸し緑茶』だった。
まずは、土鍋のご飯から。
今朝炊き上げたのは、秋の気配とともに収穫されたばかりの瑞々しい新米。
真昼はただ湧き水で炊くのではなく、昨夜から水出しにしておいた極上の利尻昆布の出汁を使い、ほんの一振りの粗塩と純米酒を加えて炊き上げていた。
土鍋の二重蓋を開けると、ふわりと立ち上ったのは――新米特有の瑞々しいデンプンの甘みと、昆布の上品な磯の薫香が溶け合った、どこまでも清らかな純白の湯気。
米粒の一粒一粒が割れることなく直立し、光を浴びて真珠のように艶やかな輝きを放っている。
「熱いうちに、結ばなきゃ」
飯台にご飯をあけ、祖母タエが漬け込んだ五年熟成の南高梅の果肉を、包丁で細かく叩いたものを合わせる。
さらに、古民家の庭で摘んで塩漬けにしておいた、鮮やかな赤紫蘇の葉を細かく刻んで散らす。
しゃもじで切るように混ぜ合わせると、純白の米の中に、淡い桜色のグラデーションと、紫蘇の清涼な香気が一気に広がっていく。
手に取った手水には、ほんの少しの塩。
真昼は熱いご飯を手のひらに乗せ、ぎゅっと握りしめすぎないよう、ふんわりと空気を含ませながら、美しい円筒形の『俵型』に形作っていった。
米の輪郭を潰さず、口の中でほろりとほどける絶妙な力加減。
仕上げに、おにぎりの中央へ、細く切った黒板海苔を帯のようにくるりと巻きつける。
淡い桜色のご飯に、黒い海苔のアクセント。
大皿の上に、端正な俵おにぎりが四つ、整然と並べられた。
続いて、大根の浅漬け。
ジークフリートが以前、完璧な刃筋で面取りしてくれたあの立派な大根の残りを、薄いいちょう切りにしてある。
塩と昆布出汁、少量の薄口醤油、そして輪切りにした乾燥唐辛子をほんのひと欠片だけ揉み込み、冷暗所でじっくりと寝かせておいたものだ。
余分な水分を固く絞り、青磁の小鉢に盛り付けると、透き通るような白と赤が涼やかに映える。
最後に、深蒸し煎茶。
熱湯を湯呑みでしっかりと湯冷ましし、七十五度前後の適温にしてから、朱泥の急須へ注ぐ。
じっくりと三十秒蒸らし、最後の一滴――旨味が凝縮されたゴールデンドロップまで注ぎ切った茶は、底が見えないほどに深いエメラルドグリーンを湛えていた。
「ジークさん、お待たせしました。朝ごはんです」
真昼はお盆を抱え、ウッドデッキの丸太テーブルへと運んだ。
***
「……すまない、真昼。手間をかけた」
テーブルに着いたジークフリートは、背筋を伸ばし、ぎこちなく手を合わせた。
目の前に並べられたのは、朝の光を浴びて湯気を立てる、美しい俵おにぎりと浅漬け、そして深緑の茶。
いつもなら、彼は料理を目にした瞬間に青氷の瞳をふわりと緩め、歓喜の光を宿して箸を伸ばすはずだった。
だが今朝のジークフリートは、塗り箸を手に取ったものの、その指先は重く強張っていた。
彼は迷うように視線を彷徨わせたあと、俵おにぎりをひとつ、指先で持ち上げた。
海苔の巻かれた温かいおにぎり。
口元へと運び、ゆっくりと一口、かじり取る。
――ハフッ、ほろり……。
口に入れた瞬間、真昼が計算した通り、ご飯粒が優しくほどけた。
昆布出汁を吸って炊き上げられた新米の、ふくよかで力強い甘み。
そこへ、五年熟成の南高梅が放つまろやかで奥深い酸味と、赤紫蘇の鮮烈な清涼感が、鼻腔へと抜けていく。
海苔の磯の香りが全体を上品にまとめ上げ、重たさは微塵もない。
続いて、大根の浅漬けを一切れ。
――ポリッ、シャキッ。
澄んだ歯ごたえとともに、大根自身の瑞々しい甘みと、昆布の塩気が口内をさっぱりと潤す。
完璧な朝食。
胃袋が縮こまり、食欲を失っている時であっても、身体が自然と受け入れてしまう至高の滋味。
――だが。
「…………」
ジークフリートの咀嚼は、ひどく機械的だった。
まるで、義務として胃袋に燃料を流し込んでいるかのような、重々しい動き。
普段なら「美味いな、真昼」と、噛み締めるように吐息を漏らす彼が、ただ黙々と、喉の奥へと米を送り込んでいる。
その瞳は、おにぎりを見つめているようで、何も見ていなかった。
眉間に刻まれた深い皺は、一口食べるごとに、むしろ苦痛を堪えるように深くなっていく。
「……ジークさん」
見かねた真昼が、テーブル越しに身を乗り出し、そっと声をかけた。
ジークフリートの手が、ピタリと止まる。
「やっぱり、どこかお身体の調子が悪いんじゃないですか? 無理して食べなくても大丈夫ですよ。……何か、あったんですか?」
真昼の澄んだ、心からの心配が滲む瞳に見つめられ、ジークフリートの喉仏が激しく上下した。
青氷の瞳が激しく揺れ動く。
言いたい。
喉元まで出かかった言葉を、彼は奥歯をギリリと噛み締めることで、無理やりに飲み下した。
拳を握りしめ、顔を伏せる。
「……いや。……すまない、少し……考え事をしていただけだ」
掠れた、乾いた声。
「……味は、素晴らしい。……出汁の旨味も、梅の酸味も……五臓六腑に染み渡るようだ。……真昼の料理に、何の落ち度もない」
ジークフリートはそう言い添えると、残りの半分を一気に口へと放り込み、熱い緑茶で流し込んだ。
そして、椀と皿を綺麗に空にすると、逃げるように立ち上がったのだ。
「……美味かった。礼を言う。……午前からの警備日課があるゆえ、私はこれで失礼する」
「あ、ジークさん――」
真昼の呼び止める声も背に、ジークフリートは一度も振り返ることなく、大股でウッドデッキを降りていった。
その広い背中は、まるで目に見えない巨大な鉄の鎖に縛り付けられているかのように、痛々しく強張っていた。
広場を横切り、森の小道へと消えていく金髪の騎士団長。
足元では、ベルがテラスの端に前足をかけ、その去りゆく後ろ姿を、悲しげに瞳を細めて見送っていた。
「……どうしちゃったんだろう……」
空になった食器を見つめ、真昼はぽつりと呟いた。
あんなに苦しそうなジークフリートの顔は、初めて出会った、あの胃痙攣で倒れかけていた時以来だった。
胸の奥が、冷たい手でぎゅっと握り潰されるように痛む。
――まさに、その時だった。
「……真昼様」
藪の陰から、潜めるような、消え入りそうな声が響いた。
***
「……きゃっ!? ク、クラウスさん!?」
真昼が振り返ると、ウッドデッキの階段の脇、木立の影から、ひょっこりと顔を覗かせている人物がいた。
シルヴァ辺境警備騎士団副官、クラウスだった。
だが、いつもの生真面目で整った副官の風情はどこにもなかった。
銀縁の眼鏡の奥の瞳は血走り、その顔色は、まるで死人のように真っ青に染まっていた。
ジークフリートが森の奥へと完全に姿を消したのを見届けてから、彼は抜き足差し足で、音を立てずにウッドデッキへと駆け上がってきたのだ。
「クラウスさん、どうしたんですかそんなところで!? 朝ごはん、まだですよね? 今おにぎりを――」
「真昼様、お構いなく……! それどころでは、ないのです……ッ!」
クラウスは真昼の差し出そうとした皿を手で制すと、息を乱しながら、周囲の森を油断なく見回した。
そして、真昼の耳元へと顔を寄せ、震える声で囁いたのだ。
「……団長は、何も仰いませんでしたか?」
「え……? ええ、『少し考え事をしていただけだ』って……でも、明らかに様子が変でした。薪を粉々になるまで割って、眉間にすごく深い皺を寄せて……」
「やはり……ッ!」
クラウスは苦悶に顔を歪め、ぎゅっと両拳を握りしめた。
その爪が手のひらに食い込み、微かに白くなる。
「あの方は……すべてを、たった一人で背負い込むおつもりなのです。……真昼様に余計な心配をかけまいと、この場所の平穏を乱すまいと、必死に口を閉ざしておられるのです……!」
「クラウスさん……一体、何があったんですか!? ジークさんに、何が起きているんですか!?」
真昼の切迫した問いかけに、クラウスは深く、絶望を噛み殺すような息を吐き出した。
そして、絞り出すように真相を語り始めたのだ。
「……王都から、急報が届いたのです」
「王都から……?」
「ええ。……王都の中央貴族の意向を汲んだ『特別査察使』が、大名代として、このシルヴァ辺境伯領へ向けてすでに出発したとの知らせです」
クラウスの眼鏡の奥で、苦渋の光が明滅する。
「表向きの名目は、辺境警備騎士団の活動実態の監査、ならびに防衛予算の使途点検です。……ですが、そんなものはただの建前にすぎません。真の目的は……団長、ジークフリート様を中央へ連れ戻すことです」
「連れ戻す……? どうして……」
「ヘスラー公爵家の、血みどろの権力闘争ですよ」
クラウスは吐き捨てるように言った。
「ヘスラー公爵家は今、王都の派閥争いにおいて極めて微妙な立場に立たされています。長兄殿と次兄殿の勢力争いが激化し、公爵家の影響力を盤石にするため……家格の高い有力貴族――王都でも指折りの大貴族である『ローゼンベルク侯爵家』の令嬢との婚姻話を、強引にまとめようとしているのです」
「婚姻……政略結婚……!?」
真昼の心臓が、ドクンと嫌な音を立てて跳ね上がった。
頭の奥が、すうっと冷たくなっていく。
「そうです。本来であれば長兄殿か次兄殿が受けるべき話だった。しかし両名ともすでに正妻を迎えており、白羽の矢が立ったのが……辺境で武名を上げ、いまや王都でも英雄と称えられる独身の三男、ジークフリート団長だったのです」
クラウスの声が、怒りと悲痛で震えていた。
「団長を中央近衛軍の高官へと栄転させ、侯爵家の後ろ盾を得て公爵家の権勢を拡大する。……団長の意思など、王都の貴族どもにとっては一顧だに値しないのです。彼らにとって、団長は公爵家を利するための『都合のいい駒』にすぎない……!」
「そんな……!」
真昼の脳裏に、先日このデッキでジークフリートが語ってくれた過去が蘇った。
『感情を捨てた、研ぎ澄まされた一本の剣になれ』
『痛みを隠し、弱音を吐かず、ただ武器として生きろ』
そう命じられ、心を殺し、ようやく逃げ延びたこの辺境の地で、彼が見つけた小さな安らぎ。
それを――王都の者たちは、再び土足で踏みにじり、政争の道具として引きずり戻そうとしているのだ。
「団長は……どうされるつもりなんですか……?」
震える声で尋ねる真昼に、クラウスは痛ましい視線を向けた。
「……突っぱねるおつもりです。命を賭してでも」
「え……?」
「査察使の要求を、すべて正面から拒絶する気です。公爵家の籍を剥奪されようと、騎士の身分を奪われようと、絶対に王都へは戻らないと。……あの強情な方は、たった一人で中央の権力と戦い、すべてを投げ打ってでも……」
クラウスは喉を詰まらせ、真昼の目を真っ直ぐに見つめた。
「……この辺境の平穏と。そして何より……真昼様と過ごすこの朝食の時間を、奪われまいとしているのです」
「……………………ッッ!」
真昼の息が、完全に止まった。
胸の奥底を、巨大な衝撃が貫く。
あの強張った背中。
粉々に砕かれた薪。
喉を通らないおにぎりを、必死に飲み下していたあの横顔。
ジークフリートは――知っていたのだ。
王都からの使者が近づいていることを。
自分のささやかな幸せが、このあたたかな居場所が、理不尽な権力によって今まさに奪われようとしていることを。
そして、その過酷な現実から真昼を遠ざけるために。
彼女を巻き込まないために。
たった一人で、すべてを背負い込み、孤立無援の戦いに挑もうとしていたのだ。
「団長は、決してご自分からは真昼様に助けを求めないでしょう。『巻き込みたくない』と、頑なに仰るはずです。……ですが、真昼様」
クラウスは深々と、ウッドデッキの床板に届かんばかりに頭を下げた。
「どうか……どうか、あの方の手を、離さないでやってください。……あの方の凍てついた心を救えるのは、世界中で……真昼様、あなただけなのですから……!」
秋風が、ナラのウッドデッキを吹き抜けていく。
木々の葉がざわざわと激しく波打ち、空の青さが、痛いほどに澄み渡っていた。
真昼は胸元に手を当て、服の下の真鍮の鍵を、ぎゅっと強く握りしめた。
指先に伝わる、金属の確かな硬さと冷たさ。
けれど、真昼の胸の奥底には――かつてないほど激しく、熱い感情の炎が、静かに、だが決して消えることのない紅蓮の灯火となって、燃え上がり始めていたのだった。




