第36話:青空の下の屋根替えと、大鍋いっぱいのキーマカレー
梢を渡る風のなかに、ほんのりとした乾いた涼しさと、遠くの山々から運ばれてくる微かな湿り気が混ざり合っていた。
初夏から真夏へと駆け抜けた太陽は、徐々にその角度を傾け始め、森の緑は最も深く濃密な色合いを湛えている。
だが、この過酷なシルヴァ辺境の地において、季節の歩みは平穏なままでは終わらない。
秋の深まりとともにやってくるのは、昼夜を問わず降り続く冷たい長雨――『秋の雨季』だった。
「――おい嬢ちゃん! 屋根裏を見てみろって言ったのは、こういうことよ!」
ログハウスの裏手、梯子を器用に駆け上がった鍛冶師バルトが、屋根瓦ならぬ古い杉皮と木板の隙間に太い指をねじ込み、手荒く叩いた。
バサリ、と脆くなった腐葉土のような粉塵が舞い散る。
「下から見てる分にゃあ風情があるが、ところどころ雨水が染みて木が痩せちまってる。このまま秋の長雨を食らってみろ、一週間と経たねえうちに天井から滝のような雨漏りだ! せっかく俺が据え付けた二連かまども、灰が湿気て火がつかなくなっちまうぞ!」
「あ、雨漏りですか……!?」
ウッドデッキで見上げていた真昼は、思わず息を呑んだ。
言われてみれば、祖母タエの日記にも『九月の長雨、屋根の傷みに悩まされ、桶をいくつも並べて雨露を凌ぐ』という記述があった。
このログハウスは頑丈な丸太組みだが、屋根の葺き板だけは長年の風雪に晒され、限界を迎えていたのだ。
「放っておくわけにはいかねえ。……おい野郎ども! ぐずぐずすんじゃねえぞ、今日中にこの小屋の屋根を新品に張り替える! 一分の隙間も残さず、砦の城壁より頑丈に仕上げるぞッ!!」
バルトが太い腕を振り回して吠えると、広場に集結していた屈強な男たちから、地鳴りのような咆哮が返ってきた。
「「「おおおおおッッッ!!」」」
***
その光景は、まさに圧巻だった。
誰が号令をかけたわけでもない。バルトの「屋根を直すぞ」という一言で、この森の小屋には、辺境伯領の最高戦力と頭脳が総出で集結していたのだ。
騎士団長ジークフリート、副官クラウス、新米騎士ヨハンの騎士トリオは、重装甲冑を脱ぎ捨て、動きやすい紺色の活動服に白木綿の鉢巻きをキリリと額に巻いている。
さらに、荷車の横で羊皮紙の束を手に指図を飛ばしていたのは、財務官オズヴァルトだった。彼もまた上着を脱ぎ、ワイシャツの腕をまくって額に鉢巻きを締めていた。
「バルト殿、手配した防水用の硬質タール板、ならびに防腐処理済みのナラ材の厚板八十枚、すべて領主直轄の特別保全補給資材として正規に出納処理を完了させました。釘は錆びにくい真鍮合金を五箱。不足があれば即座に第二砦から運ばせます」
「へっ、仕事が早くて助かるぜ、堅物財務官! お前も帳面ばかり見てねえで、下で板に防腐油を塗るのを手伝え!」
「言われずともやりますよ。真昼殿の居場所に一滴たりとも雨漏りを許すわけにはいきませんからね」
オズヴァルトが眼鏡を押し上げながら腕まくりをし、刷毛を手に取る。
そこへ、身軽な薬草採りの少年ルッツが、軽やかに梯子を駆け上がっていった。
「バルトのおじちゃん! 僕、身軽だから屋根のてっぺんの古い苔剥がしをやるよ!」
「おう、頼んだぞ小僧! 足元に気をつけろよ!」
「任せてっ!」
男たちの威勢のいい掛け声が、静かな森の空を突き破るように響き渡る。
ジークフリートは地上から、大人が二人がかりで持ち上げるような重たいナラの厚板を、片手で軽々と抱え上げて屋根の上へと手渡し、クラウスが狂いのない角度でそれを梁へと噛み合わせる。ヨハンは「うおおおっ! 真昼さんのために腕立ての成果を見せるっす!」と叫びながら、巨大な木槌を力いっぱいに振るって真鍮の釘を打ち込んでいく。
ウッドデッキの隅では、純白の毛並みを持つベルが、お座りをして現場監督のように瑠璃色の瞳で屋根の上を見守っていた。時折、木屑が落ちてくると「ふすっ」と短く鼻を鳴らし、真昼の足元を離れずに護衛している。
「……みんな、私のためにあんなに一生懸命になってくれて……」
真昼は胸の奥が熱くなるのを抑えきれなかった。
誰かのために無償で汗を流し、真昼の平穏な日常を守るために団結してくれる男たち。
ならば――自分にできることは、ただひとつ。
屋根の上で限界まで体力を使い果たした男たちが、腹の底から歓喜の声を上げるような、とびきり美味しくて、スタミナのつく最高のご馳走を用意することだ。
「よしっ! 腕によりをかけて、特大の鍋いっぱいに作ろう!」
真昼は気合を込めてエプロンの紐をキュッと結び直し、ログハウスのキッチンへと飛び込んだ。
***
真昼が選んだ今日の献立は、夏の疲れを吹き飛ばし、過酷な肉体労働を終えた胃袋にダイレクトに元気を注ぎ込む――『夏野菜たっぷりのスパイシーキーマカレー』だった。
煮込みカレーのように何時間も煮込む必要がなく、水分を飛ばして炒め煮にすることで、野菜の甘みと肉の旨味を極限までギュッと凝縮できる。
それに、立ち上るスパイスの芳香は、どんな疲労困憊の人間であっても、一瞬で胃袋を狂乱させるだけの抗いがたい力を持っている。
「材料は……業務スーパーで買い揃えておいた、これ!」
真昼が作業台に並べたのは、圧巻の食材の山だった。
まずは、牛と豚のバランスが完璧な、業務用の大容量『合挽き肉』が二キログラム。
そして、野菜たち。
大玉の玉ねぎが六個、泥付きの真っ赤な人参が四本、濃い緑色が瑞々しいピーマンが十個、そして完熟した真っ赤なトマトが八個。
キーマカレーの命は、これらの野菜をすべて『細かなみじん切り』にすることだ。
「バルトさんの包丁、今こそ出番だよ!」
研ぎ澄まされた燕三条の三徳包丁を構え、真昼はまな板に向かった。
トトトトトトトトトト――!
小気味のいい高周波の刻み音が、屋根の上で響く金槌の音と協奏曲を奏でる。
玉ねぎに細かく縦横の切れ目を入れ、端から切り落とすたび、細かな白い粒が雪のようにまな板の上に積もっていく。人参も、ピーマンも、ミリ単位の細かな微塵に刻まれていく。
トマトは皮を湯剥きし、ざく切りにしてボウルに受ける。溢れ出る真っ赤な果汁が、すでに甘酸っぱい香りを放っている。
さらに、味のベースとなる香味野菜。
たっぷりの生姜と、皮を剥いた大粒のニンニク。
これを陶器のおろし金ですりおろし、小鉢に山盛りに準備した。
「さあ、バルトさんのかまどで炒めていくよ!」
真昼は二連かまどの左側の火床に、ジークフリートが割ってくれた太い薪を二本くべた。
吸気弁を全開にすると、ゴオオオオッ……! と力強い吸気音が鳴り、紅蓮の炎が黒鉄の天板を包み込む。
据え付けたのは、大人十人分の煮込みが余裕でできる、巨大な厚底のステンレス大鍋。
大鍋の底に、純正の菜種油をたっぷりと注ぎ、すりおろしたニンニクと生姜を投入する。
――シュワァァァッ!
瞬時に油が泡立ち、鼻腔をガツンと刺激する暴力的なまでの香ばしさが立ち上る。
そこへ、山盛りの玉ねぎのみじん切りを、一気に投入!
――ジュワァァァァァッッッ!!
立ち上る白い蒸気。
真昼は大きな木べらを両手で握り、かまどの強火を操りながら、絶え間なく鍋底をかき混ぜ続けた。
玉ねぎから水分が抜け、透明感を帯び、やがて甘い香りを放ちながら、薄茶色から艶やかな飴色へと変化していく。
玉ねぎが半分以下の嵩に縮み、極上の甘みペーストになったところで、二キロの合挽き肉を一気に投入した。
――ジューーーッッ! パチパチパチッ!
肉の脂が熱い鍋肌で爆ぜる。
木べらの先で塊をほぐしながら、強火で一気に炒めつける。
肉の表面が白っぽくなり、余分な水分が蒸発して、透明な澄んだ肉油が底に滲み出してきたところで、人参とピーマン、そしてざく切りのトマトをどっさりと投入した。
「ここからが、森と現代のコラボレーション!」
真昼はエプロンのポケットから、小瓶を取り出した。
先日、少年ルッツが「崖の群生地で見つけたよ!」と届けてくれた、野生の乾燥ハーブの粉末。
オレガノやタイムに似た、野趣あふれる清涼な香りを放つその森のハーブを、惜しげもなく大さじ二杯、鍋の中へ振り入れる。
さらに、日本の誇る調味料たち。
業務用のカレールー(中辛と辛口を半々にブレンドして細かく刻んだもの)を投入。
そして――真昼直伝の『隠し味』たち。
果実と野菜の旨味が凝縮されたウスターソースを大さじ三杯。
酸味と甘みを補うトマトケチャップを大さじ三杯。
味の輪郭をキリッと引き締める濃口醤油を大さじ二杯。
水を一滴も加えず、トマトと野菜自身が放つ水分だけで、カレールーをゆっくりと溶かしていく。
――グツグツ……ボコッ、ボコッ……。
木べらを通して伝わってくる、ずっしりとした重厚な手応え。
水分が飛ぶにつれ、具材がひとつに溶け合い、照り輝く濃い褐色のキーマカレーが姿を現していく。
そして――。
煙突のドラフトが吸い込みきれないほどの、凄まじいスパイスの薫煙が、開け放たれたキッチンの窓から、青空の下の広場へと一気に解き放たれたのだ!
***
「……ん? な、何だこの匂いは……!?」
屋根の上、最後の一枚のナラ板に真鍮釘を打ち込んでいた副官クラウスの手が、ピタリと止まった。
風に乗って漂ってきたのは、これまでに経験したことのない、あまりにも刺激的で、食欲の根源を直接揺さぶるような芳香だった。
数十種類の香辛料が熱い油で弾けたスパイシーな刺激臭。
飴色玉ねぎが放つ濃厚な甘み。
挽肉の力強い脂の焦げた匂い。
そして、トマトの爽やかな酸味と、森のハーブが織りなす奥深いアロマ。
「ぐ、あああっ……! な、なんすかこの匂い……!? 頭がクラクラするくらい美味そうっす!」
ヨハンが金槌を放り出しそうになりながら、大袈裟に鼻をひくつかせた。
その瞬間、ヨハンの腹の底から、雷鳴のような「グギュルルルルッ!」という腹鳴りが轟いた。
地上で板を運んでいたジークフリートも、防腐油を塗っていたオズヴァルトも、全員が一斉に動きを止め、ログハウスの煙突を見上げて喉を激しく鳴らしている。
「……野郎ども! 最後の釘を打ち込めぇぇッ! 飯の時間だぞッ!!」
バルトの怒号が響くやいなや、男たちの作業速度は神がかり的なスピードへと跳ね上がった。
カンカンカンッ! トントンッ!
あっという間に最後の釘が打ち込まれ、屋根の葺き替え作業は、完璧に完了したのだった。
***
抜けるような青空の下。
太陽の光を浴びて新調されたナラの屋根板が、誇らしげに琥珀色の輝きを放っている。
広々としたウッドデッキの上に、汗を拭い、鉢巻きを首にかけた男たちが、車座になって腰を下ろしていた。
激しい労働を終えた心地よい疲労感と、鼻腔をくすぐり続ける強烈なスパイスの匂い。
全員の視線が、ログハウスの扉へと一点集中していた。
――カラン、コロン。
「みなさん、本当にお疲れ様でした! ご飯できましたよーっ!」
真昼の明るい声とともに、巨大なお盆が運ばれてきた。
その光景を目にした瞬間、男たちの口から、一斉に感嘆のどよめきが上がった。
「「「う、おおおおおおおおっ……!!」」」
大皿の中央にこんもりと盛られていたのは、萬古焼の土鍋で炊き上げられたばかりの、ピカピカと湯気を吹き上げる真っ白な白米。
その純白の丘を覆い尽くすように、たっぷりと掛けられた――照り輝く濃褐色のキーマカレー。
細かく刻まれた人参の赤、ピーマンの緑が宝石のように散りばめられ、挽肉の一粒一粒が濃厚なスパイスのルーを纏ってキラキラと光っている。
そして、何よりも目を奪うのは――その頂点に鎮座する、芸術的なまでのトッピング。
――ぷるるん。
真昼が温泉卵の技術を応用して作った、絶妙な『半熟卵』だった。
白身はふるふると柔らかく、その中央で、今にも弾けそうなほど濃厚な黄金色の黄身が、初夏の光を浴びて艶やかに揺れている。
さらに、真昼はもうひとつの器を並べた。
氷の浮かんだ大きなガラスのピッチャーに入った、乳白色の冷たい飲み物。
「辛いカレーのあとには、これです! 手作りのプレーンラッシーですよ!」
現代のプレーンヨーグルトに、新鮮な牛乳と、きび砂糖、そしてほんの少しのレモン果汁を合わせ、氷水でキンキンに冷やしながら泡立て器で攪拌した、インドの伝統的な飲むヨーグルト。
準備は、完璧だった。
「さあ、熱いうちにどうぞ! おかわりは鍋いっぱいにありますからね!」
真昼の合図とともに、男たちが一斉に銀のスプーンを握りしめた。
全員が胸の前で手を合わせる。
「「「いただきますッッ!!」」」
先陣を切ったのは、やはり育ち盛りのヨハンだった。
大皿の端から、山盛りの白米とキーマカレーをスプーンで豪快にすくい上げ、大口を開けて放り込む!
――ハフッ、ジュワッ、モグモグッ……!
咀嚼した瞬間、ヨハンの全身の筋肉がビクンと跳ね上がった。
「……………………ッッ!?」
目が見開かれ、声が出ない。
口いっぱいに広がったのは、暴力的なまでの『旨味の塊』だった。
水を一滴も使わずに炒め煮にされたことで、玉ねぎの濃厚な甘みと、トマトの瑞々しい酸味が極限まで濃縮されている。
そこへ、噛むたびに弾ける合挽き肉のジューシーな肉汁!
粗挽きの肉の力強い弾力と、細かく刻まれた野菜たちのシャキシャキとした食感が完璧なリズムを刻む。
そして――遅れてやってくる、怒涛のスパイスの波!
ピリリッとした辛味が舌を刺激し、喉の奥を熱く焦がし、額からブワッと爽快な汗が吹き出す。
「う……うめぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」
ヨハンが絶叫した。
「な、なんすかこれぇぇっ!? 肉の旨みと野菜の甘みがギッチリ詰まってて、辛さがたまらんっす!! 噛むたびにジュースみたいに肉汁が出てきて、米が……米が止まらねぇぇぇっ!!」
ヨハンの咆哮を皮切りに、男たちが一斉にカレーへと喰らいついた。
バルトが大きなスプーンでガツガツと口へ流し込み、太い唸り声を上げる。
「……くぅぅぅっ! この辛味、ただ辛いだけじゃねえ! 奥底に潜んでるこの深いコクと甘みは何だ!? 肉の油を野菜の酸味が完璧に受け止めてやがる……! 大槌を振り回した後の身体に、力がダイレクトに染み渡っていくようだぜ!!」
「……素晴らしいな」
ジークフリートもまた、背筋を伸ばしながらも、恐ろしいスピードでスプーンを動かしていた。
青氷の瞳が、歓喜の光で満ち溢れている。
「香辛料の刺激が、汗とともに全身の疲労を吹き飛ばしていくようだ。……そして、この微かに香る森のハーブ。刺激の中にある清涼感が、後味をどこまでも気高く引き締めている……!」
「真昼さん、この卵を崩していいの!?」
ルッツが目を輝かせて尋ねると、真昼は優しく微笑んだ。
「もちろん! スプーンの先で、真ん中をプチッと割ってみて」
ルッツが半熟卵の頂点にスプーンを入れた。
――トローリ……。
鮮やかな黄金色の黄身が、決壊したダムのように溢れ出し、スパイシーなキーマカレーの海の上へと雪崩れ込んでいく。
黄身をたっぷりと絡めたカレーを、クラウスが口へと運んだ。
「……っ!! あ……ああああっ……!」
クラウスは眼鏡を曇らせ、身悶えするように天を仰いだ。
「まろやか……! スパイシーで刺激的だったカレーが、濃厚な卵の黄身と混ざり合うことで、まるで上質な宮廷の煮込みのように優しく、奥深い味わいへと変化しました……! 辛みとコクの波状攻撃……舌が、幸福で痺れそうです……!」
隣では、あの堅物財務官オズヴァルトが、一心不乱にスプーンを動かしていた。
額に玉のような汗を浮かべながら、夢中でキーマカレーを咀嚼している。
「……美味い。スパイスが胃袋を温め、消化を促進していくのが分かります。……重たい脂っこさがなく、野菜の滋養が凝縮されている。これなら……何杯でも食べられてしまう……!」
「みなさん、辛くなったらそのラッシーを飲んでみてくださいね!」
真昼が勧めると、男たちは一斉にガラスのコップを掴み、白いラッシーを喉へと流し込んだ。
カラン、と氷が鳴る。
――ゴク、ゴク、ゴクッ……!
「……っ!? ぷはぁぁぁぁぁっ!!」
ヨハンが息を吹き返したように叫んだ。
冷たくて甘酸っぱいヨーグルトの風味が、スパイスで火照った舌と喉を、まるで春の雪解け水のように優しく包み込み、辛さを一瞬でリセットしていく。
そして――口の中が爽やかになった瞬間、再びスプーンがカレーへと伸びる。
辛いカレーを頬張り、白米をかっこむ。
卵を崩してまろやかさを味わい、冷たいラッシーで喉を潤す。
そして再び、熱いカレーへ。
完璧極まりない、無限の幸福のループ。
「おかわりッ! 真昼さん、大盛りでおかわりくださいッ!」
「俺もだ! 飯を山盛りで頼む!」
「私も……もう一杯所望したい!」
大鍋いっぱいに仕込まれた二キロの合挽き肉と大量の夏野菜のキーマカレーは、男たちの凄まじい食欲の前に、まるで魔法のように消え去っていった。
土鍋の白米もおひつごと空っぽになり、最後はバルトが鍋の底に残ったルーをスプーンで綺麗に拭い去るまで、ウッドデッキの歓声とスプーンの音は途切れることがなかった。
***
「……ぐはぁぁぁぁぁっ! 食った食った! もう一歩も動けねえ!」
空になった大皿を置き、バルトはウッドデッキの上に大の字になって倒れ込んだ。
ヨハンも腹をパンパンに膨らませ、ナラの床板の上でゴロゴロと転がっている。
クラウスとオズヴァルトは、満足そうに額の汗を手ぬぐいで拭い、木漏れ日の中で穏やかな笑みを交わしていた。
ジークフリートは、真昼の隣に静かに腰を下ろした。
金糸の髪を風になびかせ、青氷の瞳を細めて、新しく張り替えられたばかりの美しい屋根を見上げている。
「……いい屋根ができたな、真昼」
「はい。……本当に、見違えるほど立派になりました」
真昼は微笑みながら、男たちの姿を見渡した。
汗を流し、大声を上げて笑い合い、真昼の作ったご飯を心の底から美味しそうに平らげてくれた仲間たち。
冷徹だった騎士団長も、神経質だった副官も、頑固だった鍛冶師も、堅物だった財務官も、育ち盛りの騎士も、小さな薬草採りの少年も。
誰もが肩書きや身分を忘れ、ただひとつの食卓を囲んで、家族のように笑い合っている。
足元では、真昼から削りたての極上鰹節をもらったベルが、男たちの間をトコトコと歩き回り、満足そうに「わふっ」と短く喉を鳴らした。
屋根を抜ける風が、青空の下で優しく吹き抜けていく。
ほんの数ヶ月前、都会の冷たいオフィスで心身をすり減らし、絶望の中で押し入れを開けたあの日。
あの時、暗闇の先に見つけた小さな山小屋は――。
いつの間にか、かけがえのない仲間たちが集い、温かい命の温もりを分かち合う、世界で一番あたたかな『我が家』になっていた。
秋の長雨が訪れようと、冬の厳しい雪が降ろうと、もう何も怖くない。
この頑丈な屋根の下で、この大好きな人たちと一緒に、明日もまた美味しい朝ごはんを作っていこう。
スパイスの香ばしい余韻が残る青空の下、真昼の心には、どこまでも澄み渡る確かな幸福と決意が、満ち足りた光となって輝いていたのだった。




