第35話:森の恵みの宝箱と、小さな護衛騎士
深い森の木々を渡る風に、ほんのわずか、秋の気配を含んだ涼やかさが混ざり始めていた。
だが、頭上高くに広がる空は依然としてどこまでも青く澄み渡り、初夏から真夏へと駆け抜けた太陽の名残が、ナラのウッドデッキを白金色に染め上げている。
先日の祖母タエの日記を見つけて以来、真昼の胸の中にあった漠然とした迷いは完全に消え去っていた。
かつて同じようにこの森と小屋に救われ、神獣ベルと味噌汁の湯気を分かち合った祖母。その温かな足跡の上に、いまの自分の暮らしがある。そう思うだけで、早朝の澄んだ空気を吸い込む肺腑の奥まで、じんわりと力強い勇気が満ちてくるようだった。
「ふふ、今日もいいお天気だね、ベル」
真昼がエプロンの紐を結び直しながら声をかけると、ウッドデッキの手すりの隙間から外を眺めていた純白の毛玉――神獣ベルが、「わふっ」と短く小気味よい声を返した。
すっかり定着した朝の風景。
だが今朝は、ジークフリートたち騎士団の面々は砦の全体軍事演習のため、早朝の薪割りを済ませたあと、名残惜しそうにしながらも宿舎へと戻っていった。静寂が戻った広場には、木々の葉が擦れ合うさわさわという心地よい音だけが響いている。
そんな穏やかな午前十時前、森の奥の小道から、軽やかでリズミカルな足音が近づいてきた。
ガサリ、と熊笹の藪が元気に掻き分けられる。
「真昼さーん! こんにちはーっ!」
現れたのは、薬草採りの少年ルッツだった。
十二歳の小柄な体躯には不釣り合いなほど巨大な、植物のツルで編まれた背負いカゴを背負っている。そのカゴはずっしりと重そうに揺れ、ルッツの額には大粒の汗がキラキラと光っていた。
だが、その焦茶色の瞳は、まるで宝物を見つけた冒険者のように爛々と輝いている。
「ルッツくん! いらっしゃい。……わぁ、すごい大荷物! 大丈夫? 重たくなかった?」
「へへっ、ぜーんぜん平気! それより真昼さん、これ見てよ! すっごいもの見つけてきたんだ!」
ウッドデッキに駆け上がってきたルッツは、どすん、と誇らしげな音を立てて足元に背負いカゴを下ろした。
真昼が中を覗き込むと、思わず感嘆の声を漏らした。
「……わぁっ……! これ、全部木の実……!?」
カゴから溢れんばかりに詰まっていたのは、色も形もさまざまな、丸々と太った無数のナッツたちだった。
表面に深い溝が刻まれた、手のひらに収まるほど大粒のクルミのような実。
つるりと滑らかな赤褐色の殻に包まれた、どんぐりをひと回り大きく丸くしたようなヘーゼルナッツに似た実。
そして、尖った涙の形をした、現代のアーモンドに酷似しながらも、どこか青みがかった銀色の光沢を帯びた珍しい木の実――。
「森の東の奥、誰も近づかない切り立った崖の下があるんだけどね、そこに見事な巨木が三本も生えてたんだ! 風が吹くたびに、熟した実が雨みたいにボトボト落ちててさ! 村の薬草採りの古老が『森の雫の実』って呼んでる、すっごく栄養がある木の実だよ!」
「森の雫の実……! すごい、こんなにたくさん拾ってきたの!?」
「うん! 真昼さんに一番に見せたくて、走ってきたんだ! お姉ちゃん、いつも美味しいおやつ作ってくれるから……これ、お礼に全部プレゼントするよ!」
少年の屈託のない、真っ直ぐな笑顔。
真昼は胸を打たれ、ルッツの少し癖のある茶色い髪をわしゃわしゃと優しく撫でた。
「ありがとう、ルッツくん! こんなに立派な木の実、滅多に見られないよ。……よし、決めた! この木の実を使って、最高に美味しい『保存食のおやつ』を一緒に作ろう!」
「本当!? やったぁぁぁっ!」
ルッツが歓声を上げて飛び跳ねる。
ふたりの足元で、ベルがふんふんとカゴの匂いを嗅ぎ、異常な毒気がないことを確認すると、「よし」とばかりに短く喉を鳴らした。
***
ログハウスの作業台の上に、ざらざらと広げられた森のナッツたち。
まずは、固い外殻を割る作業からだ。
真昼は現代の古民家の納戸から持参していた小型の金槌と、鍛冶師バルトが「何かの役に立つだろう」と置いていってくれた頑丈な鉄の当て金を準備した。
「指を叩かないように気をつけてね。木の実を当て金の上に乗せて、殻の合わせ目を狙って……コンッて軽く叩くの」
「うん! 僕、村でも薪割り手伝ってるから力加減は得意だよ!」
トントントン、カチリ、パキッ――!
小気味よい音が、静かなログハウスに響き渡る。
割れた固い殻の隙間から、みずみずしい薄茶色の仁(ナッツの果肉)が顔を覗かせる。
クルミのような実は、脳のシワのように入り組んだ隙間から、竹串を使って丁寧に果肉を崩さないように掻き出す。
ヘーゼルナッツに似た丸い実は、殻を割ると中から白真珠のように艶やかな丸い実がコロリと転がり出る。
そして、アーモンドに似た『森の雫の実』は、薄い殻を剥くと、ふわりと杏仁にも似た甘酸っぱく芳醇な香気を放った。
「うわぁ……生の状態でも、すごくいい香りがする!」
「これ、渋皮を剥いて火を通すと、もっと甘くなるんだよ」
ルッツとふたりで夢中になって殻を剥くこと三十分。
大きな陶器のボウルいっぱいに、美しく選別された三種類のナッツの粒が集まった。
ここからが、ナッツの真のポテンシャルを解き放つ最重要工程だった。
「バルトさんが作ってくれたかまどで、じっくり『乾煎り(からいり)』しよう!」
真昼は二連かまどの左側の火床に、細く割ったナラの薪をくべた。
吸気弁を絶妙に絞り、強火ではなく、包み込むような均一な「中弱火」をキープする。
黒鉄の天板の上に、厚手のテフロン深型フライパンを据えた。油は一切引かない。
そこへ、たっぷりのナッツたちを一気に投入した。
――サァァァッ……。
フライパンの底に木の実が触れた瞬間、乾いた心地よい音が立ち上がる。
真昼は木べらを手に取り、絶え間なくナッツを転がし続けた。
フライパンを揺らし、木の実同士を擦り合わせるようにして、まんべんなく熱を伝えていく。
加熱すること三分。
ナッツの内部に含まれていた良質な植物性油脂が、熱によってじわりと表面に浮き出し始めた。
薄い皮がチリチリと縮み、木の実全体が艶やかな光沢を帯びていく。
――パチッ! ピチピチッ……!
フライパンの中で、木の実の粒が小さな爆ぜる音を立て始めた。
そして次の瞬間――ログハウスの空気が一変した。
立ち上ったのは、生の状態とは比較にならないほど暴力的なまでに香ばしい、濃厚な薫香だった。
クルミの深い渋みを含んだ大地の脂の香り。
ヘーゼルナッツの焦がしバターにも似たまろやかな甘み。
そして、森の雫の実が放つ、杏仁とバニラを合わせたようなエキゾチックな芳香。
三つのナッツが放つ油分がフライパンの熱で焙煎され、煙突のドラフトへと吸い込まれながら、部屋中に極上のアロマとなって満ち満ちていく。
「うわああああっ! 真昼さん、すっごく香ばしい! お腹が減ってくる匂いだ!」
「焦がさないように、ここからが勝負だよ。木べらを止めないでね!」
ルッツも木べらを握り、真昼と一緒に一生懸命フライパンを揺すった。
ナッツの表面がほんのりと濃いきつね色に色づき、香ばしさが頂点に達した瞬間――。
「火から下ろすよ!」
真昼は大きな竹ザルの上へ、熱々のナッツを一気に広げた。
パチパチと余熱で油が鳴る音。
初夏の風に当てて、一気に粗熱を奪う。急激に冷ますことで、ナッツの水分が完全に抜け、あのカリッとした最高のクリスピー食感が生まれるのだ。
***
「さあ、仕上げに入ろう!」
ナッツが人肌まで冷めたところで、真昼は古民家から運んできた特別なガラス瓶を取り出した。
熱湯で煮沸消毒し、完全に乾かした、密閉パッキン付きの広口ガラスキャニスター。
その瓶の中に、香ばしく乾煎りした三種類のミックスナッツを、八分目までたっぷりと詰め込む。
茶色と白と銀色がモザイクのように重なり合い、見ているだけで心躍るナッツの地層。
そして、真昼がエプロンのポケットから取り出したのは――黄金色に輝く、ずっしりとした重みの小瓶だった。
現代の山あいの町にある、地元の老舗養蜂場から直接仕入れた、混じり気なしの純度百パーセント『国産アカシア蜂蜜』。
加熱処理も加糖もされていない、初夏の野山に咲くアカシアの花から蜂たちが集めてきた、透き通るような淡い黄金色の液体だ。
アカシア蜂蜜は果糖の割合が高いため、気温が下がっても白く結晶化しにくく、何よりもクセのない上品で澄み切った甘みと、華やかな花の香りが特徴だった。
「これを、贅沢に注ぎます!」
真昼は瓶の蓋を開け、ゆっくりと傾けた。
――トローリ……トトトト……。
濃密な黄金の糸が、ナッツの山の上へと垂れ落ちていく。
粘り気のある蜂蜜は、ナッツとナッツの狭い隙間を、まるで生き物のように滑り落ちていった。
乾煎りされて香ばしさを極限まで高めた木の実の肌を、透明な黄金のシロップが包み込んでいく。
空気の泡がポコッ、ポコッと音を立てて浮き上がり、瓶の底から徐々に黄金色の海が満ちていく。
やがて、一番上のナッツの頭頂部まで、たっぷりと蜂蜜が覆い尽くした。
光にかざすと、ガラス瓶の中は、息を呑むほどに神秘的な美しさを放っていた。
初夏の光を乱反射して煌めく黄金色の蜂蜜の海。
その中で、香ばしくローストされたナッツたちが、まるで琥珀の中に閉じ込められた宝石のように、キラキラと輝いている。
「わぁぁぁ……! すっごく綺麗……! 宝箱みたいだ……!」
ルッツがガラス瓶に顔を近づけ、焦茶色の瞳を丸くして見惚れている。
「ふふ、名付けて『ミックスナッツの蜂蜜漬け』! このまま数日置くとナッツに蜂蜜が染み込んでさらに美味しくなるんだけど、煎りたての今食べても、カリカリして最高なんだよ」
「今食べられるの!? 食べたい食べたい!」
待ちきれない様子のルッツに、真昼は笑いながら頷いた。
「じゃあ、ウッドデッキでおやつタイムにしよう! ルッツくん、冷たいお飲み物も作ってあげるね」
***
真昼が手早く仕立てたのは、暑い森を歩き回ってきたルッツのための特製ドリンク――『手作りフレッシュレモネード』だった。
現代のスーパーで手に入れた、防カビ剤不使用の新鮮なレモンを二個。
横半分に切り、絞り器で力いっぱい果汁を絞り出す。
キュッ、と皮のオイルが弾け、台所中に鮮烈な柑橘の清涼感が満ちる。
グラスの底に、搾りたてのレモン果汁大さじ二杯。
そこへ、先ほどのアカシア蜂蜜を大さじ一杯半、そしてコクを出すためのきび砂糖を小さじ半分。
少量のお湯でしっかりと溶かし合わせ、ベースのレモンシロップを作る。
仕上げに、カチ割りの透明な角氷をグラスの縁までぎっしりと詰め、ジークフリートが汲んできてくれた「精霊の湧き水」を一気に注ぎ込んだ。
マドラーで底からくるくるとステアする。
カラン、コロン……!
涼やかな氷の音が響き、淡い黄色の液面に、森の青空と木漏れ日が映り込む。
仕上げに、薄切りにした輪切りレモンを一枚、氷の上にふわりと浮かべた。
ウッドデッキの丸太テーブルの上に並べられたのは、二つの涼やかなレモネードのトールグラス。
そして、素焼きの小皿に盛られた、現代のプレーンクラッカー。
そのクラッカーの上に、真昼はスプーンを使って、瓶からすくい上げたばかりの『ナッツの蜂蜜漬け』を、たっぷりと乗せて配った。
クラッカーの上で、蜂蜜をまとったクルミとヘーゼルナッツ、森の雫の実が、艶やかに照り輝いている。
「ルッツくん、お待たせ! どうぞ召し上がれ!」
「いただきまーすっ!」
ルッツは両手でクラッカーをつまみ上げると、大口を開けて一口で頬張った。
――カリッッッ! サクサクッッ!!
ウッドデッキに、驚くほど軽快で力強い破裂音が響き渡った。
その瞬間、ルッツの表情が、歓喜のあまりカッと輝いた。
「……………………ッッ!?」
噛み砕いた瞬間、まず訪れたのは、乾煎りされたナッツの圧倒的な『香ばしさ』と『クリスピー感』だった。
湿気など微塵もない、心地よい歯ごたえ。
そして、奥歯でナッツをすり潰すごとに、木の実が内側に閉じ込めていた濃厚でリッチな植物性の油脂が、ジュワリと口いっぱいに滲み出てくる。
そこへ――絡みつく、アカシア蜂蜜の至高の甘み!
花の香りをまとった上品でまろやかな蜜が、ナッツの香ばしい苦みと見事に溶け合い、クラッカーの微かな塩気が全体を完璧に引き締めている。
噛めば噛むほどに、ナッツのコクと蜂蜜の甘みが混ざり合い、高級なキャラメルやヌガーをも遥かに凌駕する多幸感が脳髄を駆け抜ける。
「う……うまいっ! カリッカリだ! 木の実の脂がすっごく濃厚なのに、お砂糖の蜜がジュワッと絡んで……止まらないよこれ!」
「ふふ、喉が渇く前に、レモネードも飲んでみて」
促されたルッツは、冷気で水滴のついたグラスを両手で掴み、ストローをくわえて勢いよく吸い込んだ。
――ズズッ、ゴクゴクッ……!
「…………っ!! ぷはぁぁぁぁぁっ!!」
ルッツは目を丸くして息を吐き出した。
搾りたてレモンのキュッとした鮮烈な酸味が、口の中に残っていたナッツの濃厚な脂を一瞬で綺麗に洗い流していく。
だが、ただ酸っぱいだけではない。
底に溶かされたアカシア蜂蜜の優しい甘みが酸味の角をまろやかに包み込み、冷たい湧き水が、乾ききっていた喉と食道に染み渡っていく。
甘くて香ばしいナッツをカリカリとかじり、冷たくて甘酸っぱいレモネードを煽る。
これ以上ない、初夏の完璧なおやつ。
ルッツは満面の笑顔で、二枚目、三枚目のクラッカーへと手を伸ばしていった。
***
その時だった。
――サァァッ……。
森の奥から吹き抜けてきた風の匂いが、わずかに変わった。
楽しそうにナッツを頬張るルッツと真昼の背後。
ウッドデッキの最も外側、森の小道へと続く階段の縁に――ひとつの純白の影が、音もなく立ち上がっていた。
「…………」
ベルだった。
先ほどまで床板の上でのんびりと寝そべっていた姿は、どこにもなかった。
四本の脚でしっかりと大地を踏みしめ、背筋をピンと伸ばして直立している。
その姿は子犬サイズでありながら、全身の純白の被毛がピンと張り詰め、神獣としての不可視のオーラが、陽炎のようにゆらゆらと立ち上っていた。
尖った耳は前方にピタリと向けられ、瑠璃色の瞳は、木漏れ日の斑模様を突き抜けて、森の深部――遠くの木立の隙間を鋭く射抜いている。
(……何かが、近づいている?)
真昼はグラスを置き、ベルの緊張した背中に気づいた。
風に乗って届く、微かな土煙の気配。
遠くで、枝が小さく折れる乾いた音がした。
森の外縁をうろつく野生の魔獣か、あるいは、辺境伯領の境界を嗅ぎ回る不審者か。
普通なら怯えるような場面だった。
だが――真昼の心には、不思議と恐怖は微塵も湧いてこなかった。
なぜなら、目の前に立つ小さな背中が、あまりにも頼もしかったからだ。
ベルは一歩も引かず、ウッドデッキの最前線に陣取り、森の奥へ向けて、威嚇の一歩手前のような低く重々しい神気を、ほんのわずかだけ滲ませていた。
『この聖域には、一歩たりとも近づかせない』
『真昼の穏やかな食卓を乱す者は、容赦しない』
言葉はなくとも、その小さな背中が、神話の守護神としての誇りと、真昼への深い忠愛を全身で物語っていた。
ベルの放った不可視の神気は、森の木々を渡り、遠くで蠢いていた気配を真正面から威圧したのだろう。
やがて――。
森の奥でパキリと小さな音が遠ざかり、不穏な気配は蜘蛛の子を散らすように、森の彼方へと逃げ去っていった。
風が、再び穏やかな青葉の香りに戻る。
森の小鳥たちが、何事もなかったかのように再び美しいさえずりを響かせ始めた。
「……ふぅ」
ベルは小さく息を吐き、ピンと立てていた耳の力をふっと抜いた。
周囲の安全を完璧に確認し、くるりと真昼の方を振り返る。
その瑠璃色の瞳には、先ほどの峻烈な神の眼光は消え去り、いつもの愛らしい毛玉の表情が戻っていた。
「ベル……」
真昼は胸を熱くしながら、ベンチから立ち上がり、ベルの元へと歩み寄った。
デッキの上に膝をつき、小さな頭を両手で優しく包み込む。
「守ってくれたのね。……ありがとう、ベル。本当に、世界一頼りになる小さな護衛騎士さんだね」
真昼が心からの感謝を込めて、首元の白い毛の房をわしゃわしゃと撫でてやると、ベルは誇らしげに胸を張った。
そして――。
「ふふ、そんな偉い護衛騎士さんには、特別なご褒美をあげなくちゃね」
真昼はテーブルから、クラッカーを一枚手に取った。
ナッツは犬の身体には負担になるため避け、スプーンの先で、純度百パーセントのアカシア蜂蜜だけを、ほんの数滴、ちょんとクラッカーの表面に落とす。
それを、ベルの鼻先へと差し出した。
「はい、ベル。お疲れ様」
その瞬間。
神獣の崇高な威厳は、音を立てて木っ端微塵に吹き飛んだ。
「わふぅぅぅぅぅんっ!!」
歓喜の咆哮を上げたベルは、千切れんばかりの猛烈な速度で尻尾をぶんぶんと左右に振り回した。
風が巻き起こるほどの尻尾の回転。
差し出されたクラッカーへと飛びつき、蜂蜜のついた部分を、ちろちろと夢中で舐め上げる。
アカシアの花の芳純な甘みが舌に触れた瞬間、ベルの瑠璃色の瞳がとろけそうに細められ、喉の奥から「ゴロゴロゴロ……」と猫のように甘い音を鳴らした。
あっという間にサクサクのクラッカーごと平らげると、もっと撫でてくれと言わんばかりに、真昼の膝の上へと前足を乗せ、額をすり寄せて甘え始める。
「あはは! ベル、さっきまですっごく凛々しかったのに、一瞬で甘えん坊に戻っちゃったね!」
「わぁ、神獣様、蜂蜜が大好きなんだ!」
ルッツも目を輝かせて駆け寄り、ベルの背中を優しく撫でた。
ベルはルッツの手のひらにも気持ちよさそうに目を細め、幸せそうに身を委ねている。
ウッドデッキを満たす、甘い蜂蜜と香ばしいナッツの香り。
冷たいレモネードの氷が、カランと澄んだ音を立てる。
森の恵みを詰め込んだ黄金色の宝箱と、大好きな人たちの笑顔を守る、誇り高き小さな護衛騎士。
初夏の柔らかな陽光に包まれながら、ふたつの世界を結ぶ小さな食卓の絆は、またひとつ、甘くあたたかな確信となって深まっていたのだった。




