第15話:頼れる男手と、木漏れ日の特等席
朝の澄み切った冷気が、森の木立の間をさらさらと吹き抜けていく。
奥納戸の押し入れゲートをくぐり、ふかふかの苔の絨毯へ足を踏み出した真昼は、思わず足を止めて目を丸くした。
まだ薄藍色の朝靄が立ち込めるログハウスの前。
そこには、いつものように糊のきいた真っ白なリネンエプロンをきっちりと身に纏い、直立不動で待機するジークフリートの姿があった。
――そして、その斜め後ろ。
同じく濃紺の騎士団服に身を包み、額に真新しいガーゼを貼り付けた副官クラウスが、一分の隙もない姿勢でビシッと直立していたのだ。
昨日のような敵意や殺気は微塵もない。むしろ、まるで神殿の巫女を迎える敬虔な信徒のように、背筋を限界まで伸ばし、胸を張っている。
「……おはようございます、ジークさん。……それに、クラウスさんも」
「おはよう、真昼」
ジークフリートが氷河を思わせる青い瞳をふわりと緩め、年相応の柔らかな笑みを浮かべる。
その直後、クラウスが弾かれたように右手を胸当てへと叩きつけ、雷鳴のような勢いで頭を下げた。
「おはようございます、真昼様!! 本日より私クラウス、団長の護衛任務を名目に、真昼様の専属荷物持ち兼雑用係として馳せ参じました! いかなる重労働、汚れ仕事であっても、この身に代えて完璧に遂行することをお誓い申し上げますッ!」
「あ、あはは……クラウスさん、声が大きいです。森の鳥たちがびっくりしちゃいますよ」
真昼が苦笑いしながら手を振ると、足元から現れたベルが「わふ」と短く鼻を鳴らした。
クラウスはベルの姿を見るやいなや、さらに深々と腰を折り、「神獣様、今朝も麗しゅうございます!」と恭しく平伏する。昨日の朝、焼き立てのスコーンとルミナスベリーのジャムを口にして涙を流した副官は、完全に真昼の胃袋の軍門へと下っていた。
「クラウス、騒々しいぞ。真昼が困惑しているではないか」
「し、しかし団長! 真昼様のような至宝をお守りし、そのご負担を減らすことこそが、辺境警備騎士団の最優先防衛事項かと!」
「それはそうだが……」
大真面目に言い合う騎士団のツートップ。
長身で逞しい二人の男が、小さなログハウスのテラスに並ぶと、それだけで空間が手狭に感じられた。
真昼は昨日購入したばかりのステンレス作業台で、ジークフリートが汲んできてくれた湧き水をやかんに入れ、カセットコンロで手早くお湯を沸かした。今朝は目覚まし代わりに、香ばしいほうじ茶を淹れる。
木製の丸テーブルに湯呑みを三つ並べ、湯気とともに立ち上る茶葉の焙煎香に包まれながら、三人はベンチに腰を下ろした。
「……美味い。ほうじ茶、というのだったか。緑の茶とはまた違い、香ばしさが際立っているな」
「ほ、本当に……身体の芯にすっと染み渡るようです。温かい茶を朝一番にいただくことが、これほど贅沢なものだったとは……」
湯呑みを両手で大事そうに包み込み、目を細める二人。
その穏やかな横顔を眺めながら、真昼はテラスの周囲へと視線を巡らせた。
祖母タエが使っていた頃のままのログハウスは、一人で過ごすには十分な広さがある。だが、こうして大柄な騎士が二人並び、さらに真昼が調理器具を持ち込むとなると、テラスの木製テーブル周辺は少々窮屈だった。
真昼は湯呑みを置き、何気ない調子で小さく呟いた。
「ジークさん、クラウスさん。……このテラス、もう少し広かったらいいのになって、ちょっと思ってたんですよね」
「テラスを、か?」
「はい。これから夏に向けて風も気持ちよくなりますし、森の木漏れ日を浴びながら、もっと広々とした場所でお茶を飲んだり、ご飯を食べられたら最高だなあって。……でも、大工仕事なんて私にはできないですし、ただの思いつきなんですけどね」
真昼としては、本当にただの雑談のつもりだった。
都会にいた頃、ベランダに小さなウッドチェアを置いてお茶を飲む生活に憧れていた、ささやかな名残のような言葉。
だが――。
その言葉が口から零れ落ちた瞬間、ジークフリートとクラウスの空気が一変した。
ピシリ、と大気が張り詰める。
二人の騎士が同時に顔を上げ、視線が交錯した。
青氷の瞳と、鋼色の瞳。
そこには、国家の存亡を賭けた軍事作戦を前にした軍人のような、恐ろしいまでの闘志と決意が宿っていた。
「……クラウス、聞いたな」
「ハッ! 一言一句漏らさず、鼓膜に刻み込みました!」
「真昼が、広々としたテラスを所望されている。……これ以上の急務が、現在のシルヴァ領内に存在するだろうか」
「断じて存在しません!! 直ちに作業に取り掛かるべき着甲事項ですッ!!」
「ちょ、ちょっと待ってください!?」
立ち上がり、隊服の袖を乱暴に捲り上げる二人を見て、真昼は慌てて割って入った。
「私、ただの独り言のつもりで言ったんですよ!? ウッドデッキを作るなんて、どれだけ大変か……木材だってないですし、ノコギリやカナヅチだって――」
「木材ならば、森にいくらでも転がっている」
ジークフリートは事も無げに言うと、テラスの隅に立てかけてあった愛用のアウトドア斧を手に取った。
「周辺の風倒木の中に、樹齢百年を超える見事なナラの巨木が数本ある。火持ちが良いだけでなく、油分を含んで水に強く、建材として最高峰の耐久度を誇る木だ。……クラウス、鋸と削り用の短剣はあるか」
「抜かりありません! 工兵用の大型鋸と楔、測量具一式を携帯しております!」
「真昼様」
ジークフリートが真昼に向き直り、真剣そのものの瞳で告げた。
「我ら騎士の腕力を、どうか存分に利用してほしい。……日頃の極上の食事に対し、薪割り程度では到底釣り合いが取れんと思っていたのだ。この小屋の前に、大隊が乗ってもビクともしない最高の木床を設営してみせる」
「真昼様は、どうぞ温かいお茶を飲んで日陰でお待ちください! 我らの筋肉は、真昼様のためにありますッ!」
そう叫ぶやいなや、二人の男は脱兎の勢いで広場へと飛び出していった。
呆気にとられる真昼の横で、ベルが「やれやれ」とでも言いたげに、テラスの手すりから身を乗り出してあくびをひとつ漏らした。
***
そこから繰り広げられたのは、常識を遥かに超越した「騎士団工兵作業」だった。
「行くぞ、クラウス! 東の谷底にある倒木を搬出する!」
「了解! 根元の切断、私が受け持ちます!」
ズドォォンッ! ドガァァッ!
森の奥から、凄まじい地響きと木々の擦れ合う音が響いてくる。
数分後、広場に戻ってきた二人の姿を見て、真昼は悲鳴を上げそうになった。
大人が三人掛かりでも抱えきれないほどの太さを持つ、長さ十メートル以上の巨木の丸太。それを、ジークフリートとクラウスが一本ずつ、まるで軽い竹竿でも担ぐかのように肩に乗せて運んできたのだ。
「ふんっ……!」
ドォンと地面に下ろされた丸太の前に、ジークフリートが立つ。
彼は斧を振り上げると、寸分の迷いもなく振り下ろした。
――スパーンッ!!
目にも留まらぬ速度。チェンソーどころの騒ぎではない。
正確無比な刃筋が、巨木を一定の長さに次々と両断していく。
続いてクラウスが、工兵用の大型鋸と手斧を振るい、丸太の外周の鬼皮を一瞬で剥ぎ取っていく。シュシュシュッと小気味のいい音を立てて樹皮が飛び散り、中から淡い琥珀色の、滑らかで強靭な木肌が露出する。
さらにジークフリートが、身の丈ほどもある大剣を抜き放った。
魔力を帯びた刀身が陽光を浴びて青白く輝く。
――ヒュッ、ヒュッ、ギィンッ!
神速の斬撃が、丸太を縦方向に正確無比な厚みの板材へとスライスしていく。製材所の最新機械ですら敵わないほどの、ミリ単位の狂いもない厚板が、瞬く間に何十枚も地面に積み上げられていった。
クラウスは短剣の刃を寝かせ、カンナのように板の表面を滑らせていく。ささくれひとつない、絹のように滑らかな感触へと仕上げられていく木材たち。
「……す、すごすぎる……」
真昼はテラスから身を乗り出し、開いた口が塞がらなかった。
これが、異世界屈指のエリート騎士団の力。
本来ならば敵国の城門を破り、巨大な魔獣を討伐するための超人的な身体能力が、今や全力で「真昼のウッドデッキ作り」へと注ぎ込まれていた。
初日の午前中で、基礎となる強固な束石の据え付けと、極太の土台の組み上げが完了。
二日目の朝には、ジークフリートが完璧に面取りしたナラの厚板を、クラウスが木組みの技術で寸分の隙間もなく噛み合わせ、釘一本使わずに頑丈な床面が張り巡らされていった。
二人の額からは大粒の汗が滝のように流れ、活動服は汗でびっしょりと張り付いている。
だが、その表情には微塵の疲労感もなく、むしろ少年が秘密基地を建設しているかのような、無邪気で誇らしげな熱気が満ち溢れていた。
(あんなに一生懸命作ってくれてるんだもの……。私も、最高の『お礼のごはん』を作らなきゃ!)
真昼の心に、料理人としての情熱が激しく燃え上がった。
あれだけの凄まじい肉体労働をこなした男たちの胃袋が求めているのは、気取った料理ではない。
失われた塩分とミネラルを一瞬で補い、疲弊した筋肉の細胞を修復し、白米を底なしに吸い込ませるような――圧倒的な『スタミナ飯』だ。
***
二日目の昼前。
真昼は押し入れゲートをくぐり、古民家の台所と業務スーパーで調達してきた食材を、ログハウスのステンレス作業台へと並べた。
「今日の主役は、これ!」
業務スーパーで買い込んできた、肉厚の『豚バラ肉の薄切り』がたっぷり六百グラム。
そして、鮮やかな濃緑色が美しい、束になった『ニンニクの芽』だ。
中華料理やスタミナ炒めの定番食材であるニンニクの芽は、シャキシャキとした心地よい歯ごたえと、独特の食欲をそそる香味を持ち、ビタミンや疲労回復成分が凝縮されている。
さらに、古民家の庭の湧き水でキンキンに冷やしておいた、完熟の真っ赤なトマトが三個。
「まずは、お口直しから準備しよう」
真昼は冷たい井戸水からトマトを引き上げ、まな板の上で等分のくし形に切り分けた。
包丁を入れると、熟れた果肉から瑞々しい果汁がじわりと溢れ出る。
青磁の深皿に、真っ赤なトマトを花びらのように美しく並べる。余計なドレッシングはかけない。ただ、粗塩を指先でひとつまみ、パラパラと高い位置から振りかけるだけ。
これだけで、トマト本来の濃厚な甘みと酸味が引き立ち、こってりとした肉料理の最高の箸休めになる。
続いて、メインの『豚肉とニンニクの芽の甘辛炒め』の仕込みに入る。
ニンニクの芽は、食べやすい四〜五センチの長さに手早く切り揃える。
豚バラ肉は、一口大の長さにカット。脂身と赤身のバランスが美しい豚肉に、少量の酒と塩コショウを振り、軽く揉み込んでおく。
そして、味の決め手となる『特製スタミナ甘辛ダレ』の調合だ。
小鉢を取り出し、調味料を計量していく。
業務用の濃口醤油を大さじ三、純米本みりんを大さじ二、酒を大さじ二、きび砂糖を小さじ二。
そして、隠し味にして最大のコク出し要員――『オイスターソース』を大さじ一と半分。
さらに、すりおろしたばかりの新鮮な生姜とニンニクを小さじ一杯ずつ溶かし込む。
菜箸で混ぜ合わせると、オイスターソースの濃厚な牡蠣の旨味と、醤油の香ばしさが混ざり合い、それだけで喉が鳴るような黒褐色の秘伝ダレが完成した。
「よしっ、土鍋のご飯も完璧に蒸らし終わった!」
萬古焼の土鍋の中には、ジークフリートが汲んできてくれた湧き水で炊き上げた、ピカピカの白米が四合分、雪山のように炊き上がっている。
準備はすべて整った。
カセットコンロのつまみを回し、強火でフライパンを一気に熱する。
――カンカンッ!
中華鍋のように深いフライパンに、ごま油を大さじ一杯回し入れる。
煙がうっすらと立ち上った瞬間、まずは下味をつけた豚バラ肉を豪快に投入した。
――ジュワァァァァァッッッ!!
凄まじい快音とともに、立ち上る白い煙。
強火で一気に炒めると、豚バラ肉の表面がキュッと縮み、良質な脂がパチパチと音を立てて溶け出してくる。
肉の色が八割ほど変わった絶妙のタイミングで、鮮やかな緑のニンニクの芽をどっさりと放り込んだ。
――ジャッ、ジャッ、ジャッ!
真昼は手首を利かせ、フライパンをリズミカルに煽る。
豚肉から溢れ出た熱い脂を、ニンニクの芽の一本一本にコーティングしていく。油を吸ったニンニクの芽が、まるでエメラルドのように鮮やかな光沢を放ち始める。火を通しすぎてはいけない。あのシャキッとした快感を残すため、強火で一気に炒め合わせるのだ。
そして、クライマックス。
真昼は小鉢の特製甘辛ダレを、鍋肌に沿って円を描くように一気に回し入れた。
――バチバチバチッッッ! ジュワァァァァッ!!
その瞬間だった。
熱された鉄肌で醤油とオイスターソースが焦げ、暴力的なまでに強烈な、甘辛い煙が立ち上った。
ニンニクの芽が放つ鮮烈な香味と、生姜の刺激、そして豚肉の脂とオイスターソースの濃厚なコクが渾然一体となり、ログハウスの窓から森の広場へと、怒涛の勢いで吹き荒れていく。
***
「……ぐっ!?」
「な……なんだ、この匂いは……!?」
広場で最後の床板を固定していたジークフリートとクラウスが、同時にピタリと手を止めた。
風に乗って漂ってきたのは、かつて嗅いだことのない、内臓を直接鷲掴みにされるような匂いだった。
香ばしい油の匂い。鼻腔を突き抜けるニンニクの鮮烈な薫香。そして、濃厚な肉の脂が焦げる甘美な誘惑。
二日間にわたる激しい力仕事で、二人の全身の筋肉は限界まで糖分とアミノ酸を渇望していた。
その枯渇した肉体に、この匂いはもはや致死量の劇薬だった。
グギュルルルルッ! と二人の腹の虫がユニゾンで大合唱を響かせる。
「か、完成したぞ、クラウス……!」
「は、はい……! 完璧に組み上がりました……!」
道具を放り出し、汗だくの男二人が吸い寄せられるようにログハウスの正面へと駆け戻ってきた。
そこに広がっていたのは――。
以前の小さなテラスの四倍以上、ゆうに三十畳はあろうかという、広大で美しい木肌のウッドデッキだった。
木漏れ日がナラの厚板を斑模様に照らし、周囲の木々の緑と見事に調和している。釘一本使われていない床面は、触れれば吸い付くように滑らかで、大人十人が同時に飛び跳ねてもビクともしない重厚な安定感を誇っていた。
そこへ、ログハウスの扉が開いた。
両手に大きなお盆を抱えた真昼が、満面の笑顔で姿を現す。
「ジークさん、クラウスさん! お疲れ様でした! ウッドデッキ、信じられないくらい広くて素敵です……! さあ、作業の後のがっつりスタミナご飯、できましたよ!」
新しいウッドデッキの中央に、真新しい丸太テーブルが据え付けられる。
そこへ、どんと置かれた二つの大きな丼。
「…………っ!!」
ジークフリートとクラウスの喉仏が、同時に激しく上下した。
大きな丼の底には、土鍋で炊き上げられたばかりの熱々の白米が山盛りに盛られている。
そしてその上を、完全に覆い尽くしているのは――。
照り輝く琥珀色のタレをたっぷりと纏った、香ばしい豚バラ肉の山。
その合間から顔を覗かせる、エメラルドグリーンの鮮やかなニンニクの芽。
仕上げに散らされた白い炒りごまが、香ばしさを添えている。
熱々の具材から滲み出た濃厚なタレと肉汁が、下の純白の白米へとじわり、じわりと染み込んでいき、米粒を琥珀色に染め上げていた。
隣には、冷たい井戸水で冷やされた真っ赤な冷やしトマトの小皿。
「『豚肉とニンニクの芽の甘辛炒め丼』です! 冷めないうちに、思い切りかき込んでください!」
真昼が言うが早いか、二人の騎士は無言でベンチに腰を下ろし、胸の前で手を合わせた。
「「いただきますッ!!」」
もはや箸を揃える時間すら惜しいとばかりに、二人は丼を左手でガッシリと鷲掴みにした。
ジークフリートが、豚バラ肉とニンニクの芽、そしてタレの染みたご飯を、箸で豪快にひと塊すくい上げ、口の中へと放り込む。
――ハフッ、ジュワァァッ!!
刹那。
ジークフリートの青氷の瞳が、カッと見開かれた。
口いっぱいに弾け飛んだのは、強火で一気に閉じ込められた豚バラ肉の、熱くジューシーな脂の甘み。
そこへ、オイスターソースの重厚なコクと醤油の香ばしさが絡みつき、濃厚な旨味の津波となって舌を制圧する。
だが、脂っこさは微塵も感じられない。
――シャキッ、シャキッ!
絶妙な火加減で炒められたニンニクの芽が、噛むたびに心地よい快音を響かせ、爽快な香味を解き放つからだ。
そして何よりも――そのすべてを受け止める、タレの染みた白米。
肉汁とオイスターダレを吸い込んだ米粒を噛み締めるたび、炭水化物の甘みが爆発し、脳の奥底が多幸感で痺れていく。
「……っ! う、美味い……ッ!!」
ジークフリートの口から、呻きのような声が漏れた。
もはや言葉など紡いでいる暇はなかった。
ガツガツ、ガツガツッ!
大口を開け、猛烈な勢いで丼飯をかき込んでいく騎士団長。
隣では、クラウスが目を白黒させながら、我を忘れて箸を動かしていた。
「な、なんですかこの破壊力は……ッ!? 肉の脂とタレが染みたこの飯……噛むのをやめられませんッ! ニンニクの芽の歯ごたえがたまらない……! 身体の奥から、力が、湯水のように湧き上がってくるようですッ!!」
男二人は、完全に無言の捕食機械と化していた。
丼に顔を埋めんばかりの勢いで、豚肉を喰らい、ニンニクの芽を噛み砕き、琥珀色の白米を胃袋へと流し込んでいく。
合間に、冷やしトマトを一切れ口へ放り込む。
――サクッ、ジュワッ。
ひんやりと冷たいトマトの果汁と、ほのかな粗塩の塩気。
濃厚なタレで満たされていた口内が、一瞬で爽快にリセットされ、再び新たな一口への飢餓感が爆発する。
まさに、悪魔の永久機関。
山盛りだったはずの四合の白米は、文字通り「消える」ようにして、屈強な男たちの胃袋へと吸い込まれていった。
「…………ふはぁぁぁぁっ……!」
丼の底を最後の一粒まで綺麗に平らげたジークフリートが、空の器を置き、天を仰いだ。
滝のように流れていた汗がすっきりと引き、その表情には、極限まで肉体を酷使した者だけが味わえる、至上の恍惚と満足感が満ちていた。
彼は真新しいナラのウッドデッキの木肌をそっと掌で撫で、心底からの実感を込めて呟いた。
「……労働の後の飯が、これほど美味いとは……我が人生で、知る由もなかった」
「団長……私、騎士になって本当によかったです……!」
クラウスは空になった丼を抱きしめ、感極まって涙ぐんでいた。
足元では、真昼から鰹節をもらったベルが、真新しいデッキの上で気持ちよさそうにゴロゴロと背中を擦り付けている。
頭上からは、初夏の柔らかな木漏れ日が降り注ぎ、広々とした特等席を優しく照らし出していた。
真昼が淹れ直した冷たいお茶をすすりながら、三人は心地よい沈黙の中で、森のざわめきに耳を澄ませる。
ただの荒れた森の小屋だった場所が、男たちの確かな腕力と、真昼のあたたかな家庭料理によって、かけがえのない最高の「我が家」へと進化を遂げた瞬間だった。




