↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女様がいらしたので、身代わりはもう不要だそうです。では、十年分の呪いをお返ししますね。  作者: 堀吉 蔵人
第2部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
63/87

第63話 残っていた授業代

 

 その日の午後遅く、私はマリエラさんと、ベネディクトさんの旧宅を訪ねた。

 持ってきたのは、昼の便で届いていたクラウスさんの追加の返事だった。最初の抜き書きのあとも、宮廷の原記録を照らしてくださっていたという。

 師の孫にあたる方が、封筒を置く場所を空けた。トーマさんは窓辺の椅子から立ち、古い帳面を一冊、卓へ運んだ。


「今度は、年も確かめられたのかい」

「はい。前にいただいた抜き書きの、契約の変わり目まで」


 私は追加の紙を開いた。

 王家の方々に向けられた呪いの返却を、町の術師へ依頼した記録。その支払いを終え、加護と預かりへ費用を移した年月が記されていた。地方の仕事帳で、王宮からの入金が途切れた時期と重なる。

 前には近いとしか言えなかった二つの年を、今は一つずつ指で確かめられた。


「村の方の呪いまで、預かることになったわけではないのですね」


 マリエラさんの問いに、私は対象の書かれたところを示した。


「王家ご自身への呪いです。こちらも、同じですね」


 彼女は最後まで読み、うなずいた。

 紙にあるのは百年ほど前の契約だった。今の王や王太子が出した命令ではない。私はその年代を口にしてから、地方の仕事帳を開いた。

 トーマさんは、眼鏡を直した。


「その頃のことは、私には話せないね。生まれるずっと前だ」

「こちらは、祖父より前の教え手から受け継いだものです」


 持ち主が、帳面の裏の書き込みを見せてくれた。

 家から家へ渡る時に、残した冊数と持ち主の名を書いてある。最後のほうだけ、ベネディクトさんの筆跡だった。

 私は授業に出ていたカーヴェルの名を探した。見覚えのある行は、前と同じ場所にあった。

 宮廷の紙を読み返す。そこには、私の家が受け取った金を、何に使ったかは書かれていない。どれほど宮廷へ通い、どれほど町へ出ていたかも分からなかった。


「お家のことは、ありましたか」


 マリエラさんが尋ねた。


「今回の紙では、家の収支までは分かりません。村へ来なくなった理由を、これだけで決めることもできません」


 私は家名を見たまま答えた。

 もう少し先まで読めば、家の人の顔も分かるような気がしていた。頁はそこまで続いていなかった。

 持ち主が、別の束を運んできた。


「こちらには、ほかの町から届いた授業の控えも残っています。来られる日を相談したものです」


 私は顔を上げ、そちらを見るために椅子を寄せた。


 ◇


 古い控えには、次の授業をどこで開くか、誰が道具を運ぶかが書かれていた。

 同じ教え手の名が、村の帳面にもある。最初は何度も出てきた開催の記載が、年を進めると間遠になった。こちらが減った時に別の町へ移っただけかと思ったが、そちらの控えでも、開けなかった日の相談が続いていた。

 マリエラさんが年を読み、私が村の帳面で確かめる。

 王宮からの入金がなくなったあとも、授業そのものは続いていた。泊まる費用が減り、食事に使える分も少なくなり、それでも同じ名が何度か残っている。


「辞めた日が、一日だけ書いてあるのかと思っていました」


 マリエラさんが言った。

 私は頁の角をそっと持ち上げた。


「その前から、開くたびに、工夫が要ったのでしょうね」


 トーマさんは黙っていた。

 古い束を閉じ、次にベネディクトさん自身の仕事帳を開いた時、ようやく手を伸ばした。


「この字なら、覚えている」


 そこからは、四十五年ほど前の記録だった。

 遺族が話してよいとしてくれた範囲を、私たちはもう一度確かめた。家族の名は広めない。返却後に仕事が減り、家を手放した経過は、教えてもらっている。

 返却を終えた日の後に、同じ人の相談があった。術をもう一度頼んだ記載ではなかった。雇い口と売り先を失ったことを、師が短く書き留めていた。


「戻ってきた時にも、手は動いていたよ」


 トーマさんはその行を見て言った。


「私には、何を渡したらよいか分からなかった。水を出したと思う。そこは、はっきり覚えていない」


 私は筆を取らず、続きを待った。


「棚を運んだ日は覚えている。あの方は、自分でも荷を持っていた。手が使えないせいで、家を出たのではなかった」


 前に聞いた、引越しの話だった。

 彼の指は、仕事帳へ触れる直前で止まった。

 その後の頁では、返却の相談が減っていた。途中まで入っていた授業の日も、少なくなる。弟子の名の横には、別の仕事へ移ったことが書かれていた。

 トーマさんの名もあった。

 荷運び、とある行の前で、マリエラさんが手を止めた。すぐ下には、まだ食事代が記されている。


「ここにも、食べに来ていたんですか」

「うん。仕事のない日に、少しだけ。師匠は、残りがあると言ってね」


 トーマさんは目を細め、余白へ詰められた字を見た。


「本当に残ったのか、私の分を残してくれたのか。今は、聞けない」


 食事の欄が、次の頁にもあった。

 同じ小さな字で、払った分が続いていた。マリエラさんは数字の下を指で追い、帳面を閉じずに置いた。


「私が辞めたから、最後の一人になったと、ずっと思っていたんだが」


 トーマさんがつぶやいた。

 私は古い冊子の背へ手を置いた。


「トーマさんが学ぶ前から、教えられる日も、お金も減っていました。そのあと、返して手が戻っても、働く場所を奪われた方がいた。相談が減り、先生が退いて、学ぶ人も別の仕事へ移った。その順は、ここで追えます」


 彼はすぐに返事をしなかった。

 窓の光が、食事代の行を外れた。マリエラさんが灯りを近づけようとして、持ち主に、まだこちらへ動かせば見えると言われる。二人で帳面を少しずらした。

 トーマさんは、その頁をもう一度読んだ。


「治せなかった、とだけ書かれなくて、よかった」


 私はうなずいた。

 返す手はあった。その手を習い続けるための暮らしが、少しずつ失われていた。


 ◇


 読み終えた帳面を、持ち主が棚へ戻した。

 私は許可を得て写した部分を確かめ、今日見せてもらったことへの礼を言った。家の名があった頁も、食事代の行も、原本はここに残る。

 トーマさんは帽子を取ったが、すぐにはかぶらなかった。


「一つ、頼んでいいかい」

「はい」

「知らなかったことまで、私の話にはしないでほしい。百年前の話は、今日ここで初めて知った分も多い」


 私は手帳を開き、自分が書いた見出しを彼へ見せた。史料で確かめた年代と、トーマさんが見た出来事は、別の欄になっていた。


「ご自身でご覧になったことだけ、伺います」

「なら、その頃のことは話せる。あの教材を、どう持って教わったかもね」


 マリエラさんが卓に残った一冊を取ろうとすると、トーマさんが先に持った。棚まで運び、空いたところへ収める。背を一度撫でてから、戸口へ向かった。

 外では、領内の担当者が私たちを探していた。

 明日の調査は、伯爵ご自身も出席し、村の会所で行うことになったという。先ほど聞いた予定に、会場と出席者が加わった。

 渡された案内の初めには、領主向け毛織物の納入について、とあった。


「エッダさんと、エーリクさんのお話をする時間もございますね」

「用意します。ご本人たちにも、これからお知らせします」


 私は、その連絡の時に持参するものを一緒に確かめたいと頼んだ。

 トーマさんは帽子をかぶり、私へ道を譲った。


「明日の人たちは、自分で話せるといいね」


 案内を鞄へ入れる前に、私は初めの行をもう一度見た。

 納める布のことも、その布を作れなかった手のことも、明日は同じ部屋で聞いてもらう必要があった。


面白かったら評価、ブックマークいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。