第56話 受け取った代金
二日後の朝、工房へ来たお客さまは、戸の外を見てから包みを開いた。
擦り切れた毛織物だった。端へ手を当てると、その部分だけ向こうの指が透けて見える。
「まだ使えるところは、あるんだよ。新しく一枚買うほどではないから」
ミーナさんが残糸を取り、布へ載せた。似た色でも、並べると濃さが違う。
「直したところは、この色になります。全部を同じにはできません」
「外から見えるかね」
「見えます。ただ、この端を持っても、すぐにほつれないようにはできます」
エーリクさんが布を返し、残っている目を示した。二日前に持っていった見積りを、お客さまが懐から出す。
ミーナさんは、今日見た傷みなら、その額で収まると確かめた。
「お願いします。昼に、取りに来ればいいかい」
「はい。仕上がりを見てから、お渡しします」
お客さまは布を置き、戸口でまた一度立ち止まった。
エーリクさんは見送ってから、机を空けた。
「ハンナ、ここの古い縁をほどけるか」
「残すのは、この目まで?」
「ああ。そこはまだ、使える」
私は客用の椅子へ座った。
ハンナさんが少しずつ糸を外す。途中で細い一本を持ち上げ、父親へ見せた。彼はうなずき、次に残すところを指した。
ほどき終えた布を、娘が平らに押さえる。エーリクさんは残った目をたどり、糸を通し始めた。引く前に一度、指を止める。ハンナさんが持つ場所を変えてから、糸が静かに締まった。
ミーナさんは水と仕上げに使う布を用意し、残糸の包みを机の端へ寄せた。
「この濃い分は、もう使わない?」
「最後の端に、少し残しておいてくれ」
小さな包みは、棚へ戻らず、娘の手元へ置かれた。
しばらくして私が席を立つと、ハンナさんが肩を回した。エーリクさんも両手を膝へ下ろす。茶を飲んでから、また同じところへ戻った。
仕上げた布を窓へかざす頃には、朝の光は机から離れていた。
ハンナさんが端を持ち、ミーナさんが裏へ手を当てる。エーリクさんは少し斜めから、布の目を見た。
「ここだけ、もう一度」
娘が示したところを直してから、彼は布を机へ置いた。張った端が、すぐには丸まらなかった。
◇
昼に戻ったお客さまは、受け取った布を自分で広げた。
色の違う部分を指でなぞり、端を持ち、軽く引く。
「これなら、使える」
そう言って財布を開きかけ、通りの足音へ目を向けた。人が過ぎるまで、口紐を握っていた。
「見られて、また何か言われるのは、困るんだがね」
ミーナさんは答えを急がなかった。お客さまは、直した布を畳んだ。
「これは、頼んだ仕事の代だ」
約束の額を、エーリクさんの差し出した手へ置いた。
彼は受け取り、机へ並べた。ミーナさんが見積りと照らして数える。支払いを受けた控えを渡すと、お客さまはそれを布と別にしまった。
戸が閉まっても、硬貨はまだ机にあった。
ミーナさんが小さな袋を二つ持ってきた。
「次に使う糸の分と、食べる分。こっちは、ハンナの手間ね」
娘の前にも、取り分が置かれた。
ハンナさんは指で寄せ、いったん家計の袋のほうへ滑らせた。
「今日は、こっちへ入れておけば」
エーリクさんが手を伸ばした。袋へ入れるのかと思ったが、娘の前へ押し戻した。
「お前のした分だ。見積りにも、入れてあった」
ハンナさんが父親を見た。
「もらっておいて、いい?」
「ああ」
娘は立ち、上着から自分の財布を取ってきた。硬貨を落とさないよう、机のすぐ上で入れる。口を結び、もう一度、結び目を引いた。
ミーナさんは残りを袋に分けた。全部をしまってから、私へ顔を向ける。
「これだけで、来月まで決まったわけではありませんけれど」
「はい」
「今日は、次の糸を買えます」
彼女は机へ残った糸くずを拾い、掌にまとめた。
そのあと、隣領の担当者へ手紙を書くと言った。移住するかどうかの返事とは別に、村で織った布を買う相談を聞いてもらえるか、尋ねたいという。
エーリクさんは見積りに使った筆を洗い、妻の前へ置いた。
◇
午後、いったん工房を出て、エッダさんを訪ねた。
途中で仕事の様子を伺うと約束していた。戸を閉めてから尋ねると、彼女は検品の仕事を少しずつ受けられていると話した。布の目を見て口で伝え、記入は相手に任せる。伝票は左手で分け、刃や刷毛は持っていないという。
「少ないですけど、その日の分はいただいています。妹と、食べるものも買えています」
「震えが強くなったり、痛みが出たりは」
「ありません。前に診てもらった時と、同じくらいです」
右手を机に置いて見せてくれた。私は、今の仕事で無理がないか、もう少しだけ聞いた。
再相談は四日後の午後。予約を待たずに処置へ変えてもよいと、改めて伝えた。エッダさんはその日まで待ちたいと言い、帰りに、左手で戸を開けてくれた。
私は話を誰かへ持っていかず、相談の続きとして帳面へ記した。
◇
夕方、工房へ戻ると、机の上に小さな包みが置かれていた。
ミーナさんの手紙は、もう便へ預けたという。私が椅子へ座ると、エーリクさんが包みを開いた。
青い布だった。
白に近い細い筋が、端へ寄せて織り込まれている。指を当てると、注文したとおり、縁は狭かった。
「待たせました。合間に少しずつ仕上げて、今日、最後を確かめた」
彼は布をこちらへ押した。
「手を治してもらったから、これは」
「これを買いに来ました」
私は布の角を撫で、鞄から財布を出した。
「お代を、教えていただけますか」
ミーナさんが注文紙を棚から取り、普通に受けている仕事の代を示してくれた。私は数え、差し出した。彼女は受け取り、確認してから代金をしまった。
「ありがとうございます。手のことも、布を選んでくださったことも」
「こちらこそ。あの机へ敷くのが、楽しみです」
膝に布を広げると、青いところが上着に重なった。見本で見た時より、細い筋が長く続いている。
蹄鉄亭の机の角を思い浮かべた。窓に近いほうへ筋を向けると、朝には明るく見えるだろうか。椀を置くなら、真ん中がよかった。
「端を少し折っても、筋は見えます」
ハンナさんが言って、片側だけ折ってくれた。
「本当ですね。帰ったら、試してみます」
私は畳み直し、包みへ戻した。
その時、戸が叩かれた。
代官の出張所から来たという方が、私の名を確かめ、書面を差し出した。翌日の午前、話を聞きたいという。
「どのようなことでしょうか」
「職人の方々が隣領へ移るよう、働きかけているのか、確認を」
ミーナさんが、手にしていた注文紙を下ろした。
私は書面の行を、もう一度読んだ。
「俺も行く」
エーリクさんが椅子から立った。
「先生だけに聞いても、分からんだろう。俺が何を見に行ったかは、俺が話す」
ミーナさんも、自分が同行したことを伝えたいと言った。
使いの方は二人の名を控え、窓口へ申し出てほしいと答えた。
私は青い布を鞄へしまった。書面は別のところへ入れる。
「では、明日、ご一緒しましょう」
鞄を持ち上げると、布の分だけ、手に重みが増えていた。
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