第30話 外套を畳む人
伯父は、昼の鐘が鳴る少し前に来た。
戸口で帽子を取り、ヒルデさんに私の名前を告げる。奥の席へ案内されると、座る前に外套の留め具を外した。右の端を内側へ折り、襟が床につかないように畳む。
私は、その手を見ていた。顔より先に、外套の端へ目がいった。
「ノエラ」
「お久しぶりです」
伯父は、椅子の背へ置きかけた外套を膝へ戻した。白いものの混じった髪を、手で押さえる。
「会いたいと、知らせをもらえるとは思わなかった」
「伺いたいことがございます。こちらは、弟子のマリエラさんです。一緒にいていただいても、よろしいですか」
「もちろん」
マリエラさんが頭を下げ、私の隣へ座った。伯父の目が、肩の鳥へ移る。鳥は、首をかしげただけだった。
私は先に、礼拝堂で見た書面の写しを出した。
「私を王宮へ連れていったのは、伯父様ですね」
「ああ。私が連れていった。書面にも、署名した」
「そのとき、私に何と話しましたか」
伯父は自分の名前のところを見た。
「お母さまが休んでいるあいだ、手伝ってほしい、と。新しい聖女が見つかれば帰れると話した」
「八つの私に」
「……そうだ」
湯呑みが三つ、机へ置かれた。伯父は礼を言い、手をつけずに続けた。
「頷いたから、分かっていると思った。別れるときにも泣かなかった。私は、そのまま帰った」
私が覚えているのは、大広間の冷たい床だった。伯父と別れた場所は、思い出せない。頷いたかどうかも、今は分からなかった。
私は、次の問いの書かれた紙へ指を置いた。
「最初の冬に、私が塔を出た夜のことは、ご存じですか」
伯父が顔を上げた。
「覚えていたのか」
「雪が降っていたことと、外套にくるまれて戻ったことだけです」
「連れ戻したのは、私だ」
膝に置かれた外套の上で、伯父の指が動いた。
「冬の服を届けた帰りだった。門へ向かう途中で、お前を見つけた。靴が濡れていて、左の靴の紐がほどけていた。結びなおそうとしても、足を下ろすと痛いと言うので、外套の端で靴ごと包んだ」
私は、自分の左の靴を見た。
頬に当たった布が、重かった。抱き上げられたとき、足先が一度だけ外へ出て、すぐに布の中へ戻された。その部分は、覚えている。
「中庭を通りましたか」
「風が強かったので、礼拝堂の北側を回った。灯りを借りて、塔まで上がった」
伯父は外套を持ち上げ、端を折る手を途中で止めた。
「これと、同じ包み方をした。あのころの外套は、もう着ていないが」
聞いた道順と、靴を包んだ端が、雪の夜の断片につながった。
私は紙に、エーヴァルト、と書いた。呪いの送り主の欄には、まだ書かなかった。
◇
「なぜ、家へ連れていってくださらなかったのですか」
伯父は、すぐには湯呑みを取らなかった。
「あの晩、お前の体がひどく冷えていた。ミルデまで連れて帰ることは考えられず、すぐに暖めてもらえる塔へ戻した。母親のところも、急に子どもを預けられる具合ではなかった」
「母は、その晩のことを?」
「私が知らせた。その足で、療養先へ行った」
私はペンを止めた。
「泣いていた。次に一人で外へ出たら、誰も見つけられないかもしれないと言った。塔にいれば、食事もあり、居場所も分かると」
「そのあと、母は何をしましたか」
「その晩、私がいたあいだは、寝台から出ていない。帰ったあとのことは見ていない」
伯父はようやく湯呑みを取り、一口飲んだ。
鳥の羽が、頬の横で動く。塔へ戻されたすぐあとに、左手首へ茨が浮いた。その日の記録を、私は伯父へ向けた。
「私は、それから十年、門へ行こうとしませんでした」
伯父は、八つの私が書いた字を見ていた。
「王宮からは、毎朝務めていると聞いていた。妹も、家へ帰りたいと言わなくなったと聞いて、落ち着いたのだと思っていた」
「私には、聞いてくださらなかったんですね」
「聞かなかった。会って、確かめるべきだった」
母の療養が長引くあいだ、伯父は暮らしの用事を引き受けていたという。私のことは、王宮から届く知らせで済ませた。母の具合が少し戻ってからも、そのままだった。
私は紙の隅を押さえた。十年分を書くほど、今日は広く空けていなかった。
「雪の中から拾っていただいたことは、分かりました。ありがとうございます」
伯父が口を開きかけたので、私は続きを尋ねた。
「この糸を結んだのは、伯父様ですか」
鳥を手へ移し、机の上へ近づける。黒い羽の下に、棘の重なった結び目があった。
「私ではない」
伯父は首を横に振った。
「こんな姿になったものを見るのは、初めてだ。ただ、その折り返しには、見覚えがある」
「どこで、ご覧になりましたか」
「家で。妹に、紐で教わった留め方に似ている。私は務めに出なかったので、できるのは手順の一部だけだ」
私は、母の名前を書いた紙へ目を落とした。
「母が、私に送ったのでしょうか」
「送るところは見ていない。あの夜の話をしたことと、その留め方を妹が知っていたことなら、言える」
伯父は私を見たまま答えた。
「母は、今もご存命ですか」
「ああ。長く床についたが、今は家の中のことはできる。王都の、同じ親族の家にいる」
伯父は、療養先の住所を確かめた。今もここへ届くと印をつけ、手紙を取り次ぐ人の名も書く。
「会いたいと伝えるなら、明日の朝に出る便を頼める」
「私から、書きます。届け方を教えてください」
伯父は、便を頼む店の場所を紙の裏へ書いてくれた。
◇
私は練習用の紐を出した。伯父が教わったという手順を、ここで見せてもらうためだ。
伯父は両端をそろえ、輪を作った。一度交差させたあと、片方を外へ抜かず、内側へ折り返す。見えていた端が、輪の向こうへ隠れた。
マリエラさんが湯呑みを端へ寄せ、私の帳面を紐の隣へ置いた。手のまわりに、光はない。
「ここまでは、覚えている。先は、家にある結び図を見れば確かめられる」
「今の折り返しを、もう一度お願いします」
伯父は紐を戻し、同じところをゆっくり折った。
私は鳥の羽の下へ指を差し入れた。端を抜かず、外側の輪を少しよける。昨日マリエラさんが指した短い線の先に、折り返した細い部分があった。
引かずに指を止め、紐の形と見比べる。同じ向きへ戻っている。
「こちらにも、ありました」
マリエラさんが帳面の絵へ印をつけた。
まだ、名前は読めない。だが、端だと思っていたところから、糸は内側へ続いていた。私は鳥の輪を元へ戻し、伯父の紐をもう一度見た。
外に見えている部分よりも、ずいぶん長い紐を使っている。伯父の指の下には、まだ輪が一つ残っていた。
「その下の輪は、何を留めるのですか」
伯父は、紐を畳まずに机へ広げた。
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