第24話 折れた鍵
金物屋の机に、エーミルさんが折れた鍵を一本分並べた。私も、借りていた二つのかけらを置く。これで二本分だ。ベルナーさんはその一つを拾い、折れ口をこちらへ向けた。
「見てくださいよ。二本とも、同じところです。無理に回したんでしょう」
大きな手だった。爪のきわへ、黒い油が入りこんでいる。
エーミルさんは、自分の布を机へ広げた。
「無理に回さなくても折れた。その話と、こっちの寸法を、今日は確かめる」
「寸法も何も、いつもの品です」
「いつものと、頼んだものは違う」
戸棚の持ち主のレオンさんが、間へ入った。
「どちらにしても、明日の取り付けを延ばされると困ります。もう一週間、必要な書類を出せていません」
ベルナーさんは、折れた鍵を机へ戻す。
「うちは部品を渡した。仕上げるのは職人でしょう。新しく作る分まで、うちへ払えと言われましても」
私は二十五番の写しを出した。
「一昨日、エーミルさんの右の人差し指に、呪いがございました。『回す鍵が折れろ』。送り主は、ベルナーさんと読みました」
「もう、ないんでしょう」
「はい。ご本人の依頼で、解いております」
「なら、今さら何を見ればいいんです」
紙の上へ、ベルナーさんの指がのった。
「こちらは、そのとき拝見した記録です。消えた糸を、もう一度お出しすることはできません」
私は紙の角を押さえたまま答えた。エーミルさんが、錠前から外した部品を隣へ置く。
「糸を解いてもらったあとにも、これが引っかかった。だから持ってきた」
マリエラさんは、レオンさんの抱えた紙の束を見ていた。
「頼んだときの控えは、ございますか」
「あります。受け取りのものも」
「両方、並べてもよろしいですか」
机の上の鍵を布ごと端へ寄せ、二枚の紙を並べる。マリエラさんは、品物の数を指で追った。注文の控えには、同じ寸法で六つ。受け取りの控えでは、そのうち二つだけ、違う寸法が書いてあった。
「私には、どれがどれか分かりません。エーミルさん、見ていただけますか」
エーミルさんは物差しを出した。部品を一つずつ測って、頼んだ寸法の横へ置く。最後に、二つ余った。
「これは、ここには使えない」
ベルナーさんが、店の奥へ顔を向けた。
「ニルス。奥の箱を持ってこい」
棚の向こうから出てきたのは、袖を肘までまくった男の人だった。ひげの先に、木くずがついている。
「どの箱です」
「預かり品の箱だ。昨日、試したほう」
ニルスさんの手が止まった。
「……あれも、鍵が折れてます」
「またか」
ベルナーさんが、机を叩く。
「お前まで、力任せに回すなと言ってるだろう」
「力は、かけていません」
ニルスさんは、右の人差し指を親指でこすった。黒い糸が、指の付け根を一周していた。私はそちらへ顔を向ける。
「お手を、拝見してもよろしいですか」
ニルスさんはベルナーさんを見た。それから、私の前へ手を出す。
「お願いします。朝から、もう二つ折っているので」
端を二度ねじり、輪の下へ押しこむ。二十五番で見たのと、同じ癖だった。
「こちらにも、一本ございます。昨夜、ニルスさん宛。『回す鍵が折れろ』」
ベルナーさんの手が、机の下へ下がる。
私は結び目を確かめ、名前を読んだ。
「送り主は、ベルナーさんです」
ニルスさんは、手を引かなかった。
「昨夜、あの錠の具合を聞きに行きました。エーミルの組み方がおかしいから、明日みんなの前で回してみろと」
エーミルさんが、折れた鍵を見た。
「誰が回しても折れれば、錠前のせいにできるか」
「そんなことは言ってない」
「俺に回せとは、言いましたよ」
ニルスさんが答える。
マリエラさんは、二十五番の写しの下へ、新しい紙を敷いた。私は帳面を開き、二十六番と書く。
「ニルスさん。解くことも、お返しすることもできます」
「返してほしい」
返事は、早かった。
「返すと、ベルナーさんの回す鍵が折れます」
「俺が折った鍵の代を、給金から引くって話になってます。その手でも試してもらいたい」
私はベルナーさんへ向きなおった。
「お返ししたあとは、ご本人から解呪をお頼みいただけます。看板は、蹄鉄亭の前にございます」
ベルナーさんは、口を半分開けていた。ニルスさんへお代を告げると、銅貨六枚で頼むと言った。
結び目の両側を持ち、形を崩さずに裏返す。糸が指から抜けた。
ベルナーさんは片手を背中へ隠したが、黒い一本は机の下を通り、その右手へ巻きついた。私は手を離し、ニルスさんの指に何も残っていないことを確かめる。ベルナーさんは背中から手を戻し、指を振った。
「ばかな話だ。誰かが何か言ったからって」
「正しい部品を、出してくれ」
エーミルさんが、物差しを布へ置いた。
「この二つの寸法を見ろ。それは、お前にも見えるだろう」
ベルナーさんは紙を引き寄せた。数字を確かめ、壁に掛けた小さな鍵を取る。
「同じものなら、ここにも――」
机の下から出した小箱へ、鍵を差した。ぱき、と、小さい音がした。柄だけになった鍵が、大きな指の間に残った。
ニルスさんは口を結んだ。エーミルさんは、布の上へ置かれた四つのかけらの横を空けた。ベルナーさんは、そこへ鍵を置かなかった。
「……開けろ」
小箱が、ニルスさんの前へ押し出される。
「折れた先を出さないと、無理です」
エーミルさんが道具を出した。小箱から鍵の先を抜く仕事は、私にはできない。細い道具が二本、鍵穴へ入った。エーミルさんは箱を傾け、先を少しずつ引き出す。出てきたかけらは、さきほど空けたところへ置かれた。
ニルスさんが予備の鍵で箱を開ける。今度は折れなかった。中の部品を出し、エーミルさんが寸法を測る。紙に書いた数と合うものが、二つ見つかった。
「最初から、これを出せばよかったんだ」
レオンさんは受け取りの紙を直してもらい、使えない二つをベルナーさんへ戻した。ニルスさんは財布から銅貨を六枚出す。
「鍵の代は、もう引かないでくださいよ」
ベルナーさんは返事をせず、小箱の蓋を閉じた。鍵は差さなかった。
二十五番は、もう消えている。今日お返しした二十六番は、ベルナーさんの指にある。私はその両方を、別の欄へ記した。
エーミルさんが錠前を包もうとしたとき、ベルナーさんが言った。
「その部品でも壊れるなら、職人の責任だろう。ここで仕上げてみろ」
レオンさんが、店先の机を見る。
「今日中に確かめられるなら、私も見届けます」
エーミルさんは、錠前の包みをもう一度開いた。隣でマリエラさんが、椅子を引く。ベルナーさんの右手は、机の下で握られていた。マリエラさんはその手を一度見てから、エーミルさんのすぐそばへ座った。
面白かったら評価、ブックマークいただけると嬉しいです。




