第9話 願いの答え【アイリス視点】
ひとりになって、はじめて、わたしは、自分とむきあった。
部屋の窓辺。膝を抱えて、わたしは、ずっと考えていた。
考えるのは、苦手だ。理屈は、いつもセシルがやってくれた。だから、わたしは、考え方を知らない。
でも、いまは、セシルがいない。
いないから、わたしは、わたしの胸に、じかに、聞くしかなかった。
ねえ。この気持ちは、なに?
風の精霊が、毛先を撫でる。火の精霊が、ランプのなかで、しずかに揺れる。みんな、わたしのそばにいてくれる。けれど、答えは、くれない。
答えは、わたしのなかにしか、ないからだ。
わたしは、目を閉じた。
セシルの、濃い青の瞳。インクのついた指。覗きこんできたときの、近さ。倒れこんだ胸の、あたたかさ。耳のそばの、はやい鼓動。
ぜんぶ、思い出すたびに、胸が、しめつけられる。
これは、呪いの、せい?
ロザリンドの光が、植えつけたもの?
わからない。わからないけど――わからないなら、知りたい。
消したいんじゃない。消えてほしいんじゃ、ない。
わたしは、ただ、知りたいんだ。この気持ちが、ほんものか、どうか。
そう、思った瞬間。
わたしのなかで、なにかが、ぐっと、満ちた。
精霊たちが、いっせいに、わたしのまわりに集まってくる。
風が、火が、水が、土が。今まで、感じたことのない量の魔力が、体の奥から、あふれ出す。
ちがう。これは、解呪じゃない。消す魔法じゃない。
もっと、あたらしい、なにか。
わたしは、願っていた。
消えろ、じゃなく。
――見せて。わたしの、ほんとうの気持ちを。呪いを、ぜんぶ、取りのぞいて。それでも残る、わたしだけの気持ちを、見せて。
部屋が、光に、満ちた。
あたたかい、金色の光。わたしの胸から、それは、あふれ出した。
光のなかに、わたしの気持ちが、すきとおって、浮かび上がる。ロザリンドの呪いの、赤い糸が、その光に、しゅるしゅると、ほどけていく。剥がれて、溶けて、消えていく。
呪いが、剥がれたあとに。
なにも、残らないなら。
わたしの気持ちは、呪いのせいだったってこと。
わたしは、こわごわ、光のなかを、見つめた。
赤い糸が、ぜんぶ、消えた。
そのあとに――
光が、残っていた。
金色の、あたたかい光が。わたしの胸のまんなかで、まだ、しずかに、灯っていた。消えなかった。呪いを取りのぞいても、それは、ちゃんと、そこにあった。
わたしだけの。わたしの、ほんものの気持ちが。
ああ。
涙が、ぽろりと、こぼれた。
ちがった。
呪いの、せいじゃ、なかった。
わたしは、ずっと前から。光に撃たれるよりも、もっと前から。
セシルが、好きだったんだ。
願えば生まれる、わたしの魔法。
それが、いちばん正直に、教えてくれた。わたしが、わたし自身に、いちばん隠していたこと。
胸の光が、それを、証明していた。
わたしは、立ち上がった。
もう、顔を、そらさなくていい。
もう、わからない、なんて、言わなくていい。
わたしは、知ってしまった。だから、伝えなきゃいけない。
伝えずには、いられない。
セシルは、嘘をついた。わたしより先に、わたしの気持ちを知ってて、隠した。
でも、いまなら、わかる。
セシルが、なんで言えなかったのか。
だって、わたしの気持ちを言うことは、セシルの気持ちを、言うことになるから。
あの、はやい鼓動。倒れこんだとき、耳のそばで聞いた、セシルの心臓の音。あれは、きっと――
わたしは、胸の光を、両手で、そっと包んだ。
走ろう。
いますぐ、セシルのところへ。
この光を、見せに行こう。呪いのせいじゃないって。ほんものだって。わたしが、わたしの魔法で、証明したって。
誰よりも、わたしの魔法を信じてくれる、あの人に。
扉に、手をかけた。
窓の外は、夜だった。星が、出ていた。
精霊たちが、わたしの行く先を、照らすように、ふわりと、先に飛んでいく。風が、背中を、やさしく押す。今度は、いやじゃなかった。むしろ、ありがとう、と思った。
わたしは、扉を、開けた。
胸の光を、抱いて。
いちばん安心する人の、いちばん見たかった顔へ。
わたしは、夜のなかへ、駆け出した。




