「経営会議」
六月だった。
夜だった。
東京都内の、あるビルの上層階だった。
アルカナテックの本社だった。
会議室に、数人が集まっていた。
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上座に、六十代の男性が座っていた。
白髪だった。
落ち着いたスーツを着ていた。
社長だった。
その隣に、五十代の男性が座っていた。
法務担当の役員だった。
向かいに、四十代の男性が二人いた。
広報担当と、事業開発担当だった。
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社長が口を開いた。
「今日の議題は、二点です。一点目、佐久間サクの論文への対応。二点目、今後の事業方針について」
全員が、資料を開いた。
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「一点目から始めます」社長は言った。「佐久間さんの論文が、近いうちに公開される見込みです。内容は、非適合者が装置を通じて術式を発動できる可能性を示したものです。法務から、現状の報告をお願いします」
法務担当の役員が言った。
「はい。現在、弊社として確認できていることを報告します。佐久間さんの申請は、発明者記録として正式に登録されています。弊社がサイエンスアークを買収した際に申請権利は移行しましたが、発明者はあくまで佐久間さんです。論文の内容が発表された場合、その技術的な主張と弊社の保有特許との関係を確認する必要があります」
「競合する特許はありますか」
「一部、関連する可能性のある特許があります。ただ、佐久間さんの技術の方向性は、弊社の技術とは根本的に異なります。直接的な競合にはなりにくいと見ています」
「先行特許の出願状況は」
「素子と魔石の複合変換機構に関連する先行技術について、弊社名義でいくつか出願しています。ただ、佐久間さんの申請の方が先願です。法的な優位性は、弊社にはありません」
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法務担当が資料をめくった。
「一点、申し上げにくいことがあります」
「はい。話してください」
「過去に、弊社はサイエンスアークを買収し、佐久間さんの研究の方向を変えようとしました。また、当時、内部から情報が外部に流れていた可能性があります。田島の件は、すでに当局の調査が入っています」
「はい。把握しています」社長は言った。少し間を置いた。「その件については、弊社として全面的に協力しています。隠すものは何もありません」
「はい。ただ、その経緯があるため、佐久間さんとの関係は、現時点では難しい状況にあります」
「わかっています」
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事業開発担当が口を開いた。
「社長、今後の事業方針について、一点提案があります」
「はい。話してください」
「佐久間さんの研究が普及した場合を想定して、弊社の事業の方向性を、根本から見直す必要があると思っています」
「どういう意味ですか」
「弊社は魔道具の販売会社でもあります」事業開発担当は言った。「今まで、魔道具の顧客は魔法使いと魔力保有者に限られていました。非適合者には売れなかった」
「はい」
「佐久間さんの研究が実用化されれば、非適合者にも魔道具が売れるようになります。世界人口の中で、魔法使いの割合は少ない。非適合者の割合は、はるかに多い。その全員が市場になります」
会議室が少し静かになった。
「つまり」社長は言った。
「市場が、劇的に広がります」事業開発担当は言った。「弊社にとって、佐久間さんの研究は脅威ではなく、最大のビジネスチャンスになりえます」
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広報担当が言った。
「魔石の需要についても、同じことが言えます」
「どういうことですか」
「非適合者が装置を通じて魔法を使えるようになる場合、装置に魔石が使われる可能性があります。佐久間さんの研究では、素子と魔石の複合変換機構が申請されています。弊社の高純度魔石が、その装置に使われるとすれば」
「需要が増える」
「はい。魔石事業の市場も、広がります」
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社長は少し間を置いた。
「整理しましょう」社長は言った。「佐久間さんの研究が普及した場合、弊社の魔道具事業の市場が広がる。魔石事業の需要も増える。弊社にとって、メリットの方が大きい、ということですね」
「はい。そう考えています」事業開発担当は言った。
「ただ、過去の経緯がある」
「はい。それが、一番の問題です」
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社長がテーブルの上で、少し手を組んだ。
「正直に言います」社長は言った。「過去に、弊社は佐久間さんの研究を、都合の悪いものとして扱ってきた。サイエンスアークの買収も、その流れの中にありました。ただ、今日の議論で、その判断が間違っていたことが、改めてわかりました」
「はい」
「弊社は事業会社です。イデオロギーで動く組織ではありません。事業として何が正しいかを判断する。その基準で考えれば、佐久間さんの研究は、弊社にとって支援すべきものです」
全員が、少し顔を上げた。
「ただし」社長は言った。「今すぐ直接的な接触はしません。過去の経緯があります。今の段階で弊社が動けば、佐久間さんに警戒されます。それは当然のことです」
「では、どうしますか」
「まず、様子を見ます」社長は言った。「論文が公開されて、世の中の反応を確認する。その上で、弊社としてどう動くかを判断する。焦る必要はありません」
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「一点だけ、確認しておきます」社長は言った。
「はい」
「今後、佐久間さんの研究に対して、弊社が直接的に妨害するような行動は取らない。法的な手段を使った対応が必要になる場面があれば、それは検討します。ただ、それ以外の手段は取らない。それを、この場で確認しておきます」
「はい」全員が言った。
「記録として残る形でのみ、動きます。それが弊社の方針です」
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会議が終わった。
役員たちが席を立った。
社長だけが、少し残っていた。
窓の外を見た。
夜の東京だった。
光が、あちこちにあった。
魔法式の照明と、普通の照明が混じっていた。
今の世界だった。
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佐久間サクの研究が世に出れば、この景色が変わるかもしれなかった。
魔法式の照明を使えるのが、今より多くの人間になる。
魔道具を使えるのが、今より多くの人間になる。
それは、悪いことではなかった。
むしろ、弊社にとっては、好ましいことだった。
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過去に、間違った判断をした。
イデオロギーに引きずられた人間の動きに、弊社が乗った部分があった。
それは、事業会社としての判断ではなかった。
今後は、違う。
事業として、正しい方向に動く。
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社長は立ち上がった。
コートを着た。
部屋を出た。
廊下を歩いた。
エレベーターに乗った。
降りた。
ビルを出た。
夜の東京に消えた。
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第九十八話 了




