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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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「想定」

翌週の火曜日だった。


サクがカーター教授に連絡を取った。


「先週、ハルトくんと話していて、一点、気になることが出てきました。少し時間をもらえますか」


「はい。どんな話ですか」


「登録制度の問題です。研究が世に出たとき、制度が追いついていない可能性があります。ただ、私には制度の知識が足りなくて。ハルトくんと、もう一人、制度に詳しい人間を交えて話してみたい」


「誰がいいと思いますか」


「デイヴィッドさんはどうでしょう。IMPOとして、各国の制度を把握しています。ハルトくんも信頼できると言っていました」


「ただ、研究の内容は話せません」


「はい。制度の問題を、仮の話として整理してもらう形でいいと思っています」


「わかりました。神崎さんに確認してみましょう」


---


サクからハルトに連絡が来た。


「教授と話しました。デイヴィッドさんを交えて、制度の話をしたいとのことです。研究の内容は話さない。仮定の話として整理してもらう形でどうでしょう」


ハルトは少し考えた。


デイヴィッドは、信頼できる人間だった。


ただ、今の段階で何かを動かせる立場ではなかった。


研究が発表されていない以上、制度の議論も、仮定の話にとどまる。


それでも、整理しておく意味はあった。


「はい。問題ありません。仮定の話として進めることを、最初に確認しておきます」


「わかりました」


---


木曜日の午後だった。


カーター教授の研究室に、四人が集まった。


カーター教授、サク、ハルト、デイヴィッド。


「今日の話は、仮定の話として聞いてほしいんですが」サクは言った。「具体的な内容については、今はお伝えできません」


「わかりました」デイヴィッドは言った。「仮定の話として聞きます」


---


ハルトが口を開いた。


「仮に、非適合者が後天的に、ある手段を通じて術式を発動できるようになったとします。その場合、魔法庁への登録はどうなると思いますか」


デイヴィッドは少し間を置いた。


「仮定として答えます」デイヴィッドは言った。「現行の制度では、魔法庁への登録は魔法使いと魔力保有者に対して義務付けられています。非適合者は対象外です。後天的に術式を発動できるようになった人間への対応は、どの国の制度にも存在しません」


「なぜ存在しないんですか」サクは言った。


「制度は、発現投与への適合結果を前提に設計されています」デイヴィッドは言った。「投与を受けて適合した人間が魔法使いになる。その結果が、登録の根拠になっています。ただ、一度適合しなかった人間が後から術式を使えるようになる、または適合はしたが使えていなかった人間が使えるようになるという事態を、制度が想定していません。適合の結果は変わらないという前提で、全てが設計されている」


「はい」


「だから、後天的な変化が起きた場合の手続きが、どの制度にも書かれていません」


---


「具体的に、どういう問題が起きますか」カーター教授は言った。


「いくつか考えられます」デイヴィッドは言った。「一点目、登録がなければ、どの術式を使えるかが公的に記録されない。事故の際の原因特定が難しくなります。二点目、手段となる道具がある場合、その所持・使用の管理制度がない。適合の結果が変わらないという前提で設計されているため、道具を介した変化への対応がありません」


「MPBへの影響は」ハルトは言った。


「申請者が魔法使いか非適合者かという区分が変わります。特許申請の前提が変わると、審査の基準も変わります。これは、国際的にも影響します」


---


「過去に、似たような事例はありましたか」サクは言った。「魔力保有者として登録していた人間が、後天的に術式を使えるようになったとか、そういうケースです」


デイヴィッドは少し間を置いた。


「散発的には、報告されています」デイヴィッドは言った。「ただ、件数が少ないため、制度として問題になるほどの規模にはなっていません。各国とも、個別対応で済ませてきました」


「日本では、どうですか」サクはハルトを見た。


「日本では、そういった事例はほとんど発生していません」ハルトは言った。「発現投与の管理が厳格で、適合の記録も整備されているため、後天的な変化が表面化しにくい環境にあります。ただ、ごくまれに、窓口で判断に迷うような申請が来ることはあります。件数が少ないため、担当者が個別に対応して終わっています。制度として問題になるほどの規模には、なったことがありません」


「他の国でも、似たような状況です」デイヴィッドは言った。「散発的に発生するため、制度として整備する必要性が、これまで認識されてこなかった。今日まで、誰も本格的に議論してこなかった問題です」


---


「各国で起きた事例は、どう処理されましたか」ハルトは言った。


「主に二つのパターンがありました」デイヴィッドは言った。「一つ目、魔力保有者として登録していたが、長年の訓練を経て術式が使えるようになったというケースです。本人が申告せず、後から発覚したものが多かった」


「申告しなかった理由はわかりますか」


「再登録の手続きが明確でなかったからです。使えるようになったとき、どこに連絡して、何の手続きをすればいいかが、制度の中に書かれていなかった。本人も、どうすればいいかわからなかったという事例が多い」


「虚偽申告ではなく、制度の穴だったということですか」


「大半はそうです。意図的に隠していたケースも一部ありましたが、多くは制度の対応が曖昧だったことが原因でした」


---


「二つ目のパターンは」ハルトは言った。


「特定の状況や経験を経て、突然使えるようになったというケースです」デイヴィッドは言った。「こちらは本人も予期していなかった変化なので、申告が遅れることが多かった」


「発覚した場合、どう対応しましたか」


「各国でばらばらでした」デイヴィッドは言った。「再登録を認めたケース、注意指導にとどめたケース、そのまま放置されたケース。統一した基準がないため、対応が担当者によって変わっていました」


「罰則は適用されましたか」


「それも、まちまちです。そもそも、非適合者から変化した人間や、魔力保有者から変化した人間に登録義務があるかどうかが、制度上は曖昧です。根拠となる条文がないため、解釈で対応するしかなかった」


「解釈で対応した結果、不利益を受けた人間はいますか」


「います」デイヴィッドは言った。「再登録の手続きが不明確なために、術式が使えるようになったにもかかわらず、制度として認められなかったケースが複数あります。能力はあるのに、制度の外に置かれたままになっている人間が、各国に散在しています」


---


「つまり」サクは言った。「後天的に術式が使えるようになるという事態は、過去にも起きていた。ただ、件数が少なかったから、制度の整備が進まなかった。対応がまちまちで、制度の外に置かれた人間が生まれた」


「はい。そういうことになります」デイヴィッドは言った。


「今回の研究が実用化されれば、同じ問題が大規模に起きる」


「はい。個別対応で乗り切れる規模ではなくなります」デイヴィッドは言った。「ただ、発表されない限り、何も始まりません。今日は、想定したということです」


---


「仮定の話として聞いていますが、近い将来、現実の話になる可能性がある、ということですか」デイヴィッドは言った。


「今の段階では、お答えできません」カーター教授は言った。


「わかりました」デイヴィッドは言った。「それ以上は聞きません。ただ、一点だけ言わせてください」


「はい」


「今日、想定できたことの意味はあります」デイヴィッドは言った。「過去の事例を知っていることと、知らないことは、違います。現実の話になった日に、何が起きるかを、今日少し整理できた。それだけです」


---


デイヴィッドが帰った。


三人が残った。


しばらく、誰も話さなかった。


サクが言った。


「過去に、すでにいたんですね。制度の外に置かれた人間が」


「はい」ハルトは言った。


「その人たちは、今もそのままですか」


「はい。制度が整備されていないので、変わっていません」


サクは少し間を置いた。


「それが、研究を続ける理由の一つになりました」サクは言った。静かな声だった。「今まで気づいていなかったけど、今日、気づいた」


「はい」


「じゃあ、発表します」サクは言った。「ちゃんと発表して、世の中を動かします。それしかない」


「はい。それが、今日の結論だと思います」


---


カーター教授が言った。


「今日の話は、この場だけにとどめてください。研究が発表される前に、外に出ることは避けたい」


「はい。わかりました」ハルトは言った。


「デイヴィッドさんには、最初にそう伝えてありました。念のため」


「はい」


---


研究室を出た。


ハルトとサクの二人になった。


廊下を並んで歩いた。


「今日、よかったです」サクは言った。


「はい。よかったです」


「デイヴィッドさんの『発表されない限り、何も始まらない』という言葉、正直でよかった」サクは言った。


「はい。余計なことを言わなかった」


「そういう人が、信頼できると思いました」サクは言った。


「はい。一年間、一緒に働いてきた記録として、知っています」


「過去に制度の外に置かれた人間がいるという話、頭に残っています」サクは言った。


「はい」


「その人たちのためにも、ちゃんと発表しないといけない」サクは言った。「技術を作るだけじゃなくて、世に出さないといけない」


「はい。出してください」


「出します」サクは言った。「絶対に」


---


宿舎に帰った。


今日のことを頭の中に入れた。


発現投与への適合結果を前提に設計された制度。後天的な変化を想定していないという穴。過去の散発的な事例。件数が少なかったために議論されてこなかったこと。対応がまちまちだったこと。制度の外に置かれた人間が今もいること。デイヴィッドの「発表されない限り、何も始まらない」という言葉。サクの「その人たちのためにも、ちゃんと発表しないといけない」という言葉。


全部、残った。


今日、想定できることが整理された。


何かが動いたわけではなかった。


ただ、問題を知っていることと、知らないことは、違った。


過去の記録の中に、制度の外に置かれた人間の痕跡があった。


その痕跡は、ずっとそこにあった。


ただ、今日、初めて、意味を持って見えた。


記録は、必要になったときに意味を持つ。


それが今日も、確かだった。


窓の外に、サンフランシスコの夕方があった。


少し風があった。


寝た。


---


第九十七話 了

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