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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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「登録」

六月の第三週だった。


ハルトの帰国まで、三週間を切っていた。


IMPOでの引き継ぎが、少しずつ始まっていた。


---


土曜日だった。


サクの宿舎に来た。


いつものように、向かい合って座った。


コーヒーを飲んでいた。


---


実験の話をしていた。


今週の実験の結果を、サクが手元のノートで確認していた。


「今週も、安定していました」サクは言った。「持続時間も、少し伸びています」


「はい。感覚として、回数を重ねるごとに、記録と感覚の対応が明確になってきています」


「それは、データにも出ています」サクは言った。


少し間を置いた。


「ハルトくん、今日、少し別の話をしていいですか」


「はい。どうぞ」


「実験とは少し離れた話です。ただ、研究と繋がっている話です」


「はい」


---


「非適合者が、装置を通じて魔法を使えるようになった場合」サクは言った。「魔法庁への登録って、どうなるんでしょう」


---


ハルトは少し間を置いた。


頭の中で、関連する制度の記録を確認した。


「現行の制度では、魔法庁への登録は魔法使いと魔力保有者に対して義務付けられています」ハルトは言った。「非適合者は、登録の対象外です」


「そうですよね」サクは言った。「ただ、今回の実験で、非適合者が術式を発動できることが証明されました。その場合、登録義務はどうなりますか」


「現行の制度では、想定されていません」


「想定されていない、ですか」


「はい」ハルトは言った。「今の制度は、発現投与の適応者を前提に設計されています。後天的に、装置を通じて術式を発動できるようになった人間への対応が、制度の中にありません」


「制度の穴、ということですか」


「はい。制度の外、という言い方が正しいかもしれません」


---


「具体的には、どういう問題が起きますか」サクは言った。


「いくつかあります」ハルトは言った。「一点目、登録がなければ、どの術式を使えるかが公的に記録されません。魔法使いの場合、使える術式の範囲が登録されています。非適合者の場合、その記録がない」


「それは、問題になりますか」


「事故が起きたとき、記録がないと原因の特定が難しくなります。また、誰がどの術式を使えるかという管理ができません」


「なるほど」サクは言った。「二点目は?」


「装置を持っていること自体の管理がありません」ハルトは言った。「現行では、術式を使えるかどうかは適応の有無で判断されています。装置という道具によって後天的に使えるようになった場合、その道具の所持・使用の管理が必要になります。ただ、そのための制度がない」


「薬みたいなものですね」サクは言った。「処方箋なしに強い薬を持ち歩いているような状態」


「はい。その比喩は、正確だと思います」


---


サクは少し間を置いた。


「ハルトくん、それって、私の研究が世に出たときに、一番最初にぶつかる問題ですね」


「はい。そう思っています」


「論文が公開されて、装置が実用化された場合、制度の整備が間に合っていないと、色々な問題が起きる」


「はい。制度の整備と、研究の進展が、並行して進む必要があります」


「ただ、制度を整備しようとすると、反対する人間が出てくる」サクは言った。「魔法庁への登録が非適合者にも必要になるとなれば、それはそれで、今の区分を揺るがす話になる」


「はい。登録制度の変更は、魔法使いと非適合者の区分の再定義につながります」


「区分が変わることを嫌う人間が、必ず動く」


「はい」


---


しばらく、二人で黙っていた。


窓の外に、六月のサンフランシスコの空があった。


「ハルトくん、これって、MPBにも影響しますか」サクは言った。


「はい。影響します」ハルトは言った。「MPBの審査制度は、特許の申請者が魔法使いか非適合者かを前提に設計されています。非適合者が装置を通じて術式を使えるようになった場合、申請の区分が変わります」


「つまり、ハルトくんの仕事の前提も、変わる」


「はい。ただ、記録があれば対応できます。制度が変わっても、記録は残ります。その記録を根拠に、新しい制度を作ることができます」


「ハルトくんって、そういうとき、記録が根拠になると言うんですよね」サクは言った。少し笑った。


「事実だからです」


「うん」サクは言った。「ただ、今日これを話したのは、もう一つ理由があって」


「はい」


「論文が出る前に、ハルトくんに確認しておきたかった」サクは言った。「制度の問題として、何が起きるかを、ハルトくんの目線で聞いておきたかった」


「はい」


「私は研究者として、技術を作ることに集中してきました。ただ、技術が世に出た後のことを、ちゃんと考えていなかった部分があって」


「今日、考え始めた、ということですか」


「はい」サクは言った。「ハルトくんと話すと、自分が見えていなかった部分が見えてくる。それが、今日、また起きた」


---


「この件について、白銀主任に話をしてもらえますか」サクは言った。


「MPBとして、制度の問題として、先に把握しておいてもらう方がいいと思う。論文が出てから動くより、出る前に動いていた方がいい」


「はい。帰国後に話します」


「うん」サクは言った。「ハルトくんが話してくれると、MPBとして動けると思う。私が言うより、ずっと」


「サクさんが言っても、同じだと思います」


「同じじゃないよ」サクは言った。あっさりした言い方だった。「ハルトくんは制度の中にいる。私は外にいる。中にいる人間が言う方が、動きやすい」


「はい。わかりました。帰国後に、話します」


「よろしくお願いします」サクは言った。少し笑った。「なんか、正式にお願いしてしまった」


「はい。正式に受け取りました」


---


少し間があった。


「ハルトくん、帰国まで三週間か」サクは言った。


「はい」


「早いね」


「はい。早かったです」


「この一年、色々あった」サクは言った。


「はい。多かったです」


「まだ、終わっていないけど」サクは言った。「ハルトくんが帰っても、続けます。研究も、登録制度の問題も、全部」


「はい。続けてください」


「ハルトくんも、続けてくれる?」サクは言った。「日本で、制度の問題として動いてくれる?」


「はい。続けます」


「約束ね」


「はい。約束します」


---


夕方になった。


二人でカフェに行った。


向かい合って座った。


いつもの時間だった。


「ハルトくん、今日の話、整理しておいてもらえますか」サクは言った。


「はい。今週中に送ります」


「ありがとう」サクは言った。「登録制度の問題点を、ハルトくんの言葉でまとめてもらえると、論文の補足として使えそうで」


「はい。やります」


「ハルトくんって、こういうとき、すぐ動くんですよね」


「やれることがあれば、やります」


「それが好きです」サクは言った。あっさりした言い方だった。


「はい」


「今日も、ありがとう。話してくれて」


「はい。話してよかったです」


「また来週も来てくれる?」


「はい。来ます」


「じゃあ、また来週」


「はい。また来週」


---


宿舎に帰った。


今日のことを頭の中に入れた。


登録制度の穴。制度が生まれつきの能力を前提に設計されていること。


後天的に得た能力への対応がないこと。装置の所持・使用管理の問題。MPBの審査制度への影響。サクの「論文が出る前に動いていた方がいい」という言葉。帰国後にリアに話すという約束。


全部、残った。


今日、新しい問いが生まれた。


技術が世に出た後に、制度が追いつかない問題。


それは、今まで正面から考えていなかったことだった。


ただ、考え始めたことは、記録として残る。


帰国後、リアに話す。


MPBとして、先に動いておく。


それが、今日決まったことだった。


窓の外に、サンフランシスコの夕方があった。


寝た。


---


第九十六話 了

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