「続報」
六月になった。
ハルトの帰国まで、一ヶ月半だった。
エマの実験は、週に一度から二週に一度のペースになっていた。
術式が定着したことで、実験というより訓練の段階に入っていた。
サクの論文修正は、着実に進んでいた。
追加実験も、仮の作業場で続けていた。
三ヶ月の期限まで、まだ余裕があった。
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六月の第一週、水曜日だった。
IMPOで午前の会議を終えた後、デスクに戻ると、デイヴィッドが声をかけてきた。
「神崎さん、少しいいですか」
「はい」
「昨日、警察から連絡がありました」デイヴィッドは言った。「先月の研究室爆発の件で、IMPOにも情報提供の依頼が来ています」
「はい」
「IMPOとしては、協力する方向で動いています。神崎さんに確認したいことがあって」デイヴィッドは言った。「爆発の前日に、研究室の周辺で不審な人物が確認されたとのことです。警察が、その人物の身元を追っています」
「はい」
「その人物が、国際的な接触のある人間の可能性があるということで、IMPOにも照会が来ました。神崎さんは、爆発前後に、研究室の周辺で見慣れない人物を見かけましたか」
「私は爆発当日、IMPOにいました。研究室の周辺にはいませんでした」
「そうでしたね」デイヴィッドは言った。「ただ、爆発前の数日間、研究室を訪問していましたか」
「はい。週末に訪問していました」
「その際、見慣れない人物を見た記憶はありますか」
ハルトは頭の中を確認した。
爆発前の数週間の記憶を、順番に確認した。
研究室への往復。キャンパスで見た顔。電車で同乗した人間。
全部、頭の中に残っていた。
「一点、確認させてください」
「はい」
「警察が追っている人物の特徴を、教えてもらえますか」
「男性、三十代から四十代、中背、黒いジャケットを着ていたとのことです」
ハルトは頭の中を確認した。
爆発前の二週間。研究室の近くで見た人間。
一人、引っかかった。
「爆発の四日前、研究室の入口近くで、その特徴に近い人物を見た記憶があります」
「そうですか」デイヴィッドは言った。「警察に伝えてもいいですか」
「はい。できる範囲で協力します」
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昼過ぎ、サクに連絡した。
「少し話せますか」
「うん。どうしたの」
「爆発の件で、警察から照会が来ました。IMPOを通じて」
「え」サクは言った。「どんな内容?」
「爆発前後に研究室の周辺で確認された不審な人物の件です。私が爆発の四日前に、その特徴に近い人物を見た記憶があると、警察に伝える予定です」
「そうなんだ」サクは少し間を置いた。「捜査、進んでいるんだね」
「はい。ただ、まだ特定には至っていないようです」
「わかった」サクは言った。「私も、爆発当日のことを再度、警察に詳しく話した方がいい?」
「はい。点検に来た男性の特徴を、できるだけ詳細に話してもらえると、捜査に役立つと思います」
「わかった。連絡してみる」
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夕方、警察の担当者とのやり取りが終わった。
ハルトが見た人物の特徴を、細かく伝えた。
身長、体格、服装の色、歩き方、持っていたもの。
全部、頭の中に残っていた。
担当者が言った。
「非常に詳細な証言をいただきました。ありがとうございます」
「役に立てれば」
「神崎さん、一点だけ確認させてください」担当者は言った。「その人物を見たとき、誰かと一緒にいましたか」
「はい。研究室からサクさん、佐久間さんと出てきたところでした。二人で電車に向かっていました」
「その際、その人物はどういう様子でしたか」
「建物の方を見ていました。ただ、こちらを見たわけではありませんでした。自然に立っていましたが、建物の入口から少し離れた場所で、何もせずにいました」
「何もせず、というのは」
「電話もしていませんでした。スマートフォンも出していませんでした。ただ、建物の方を見ていました」
「わかりました。貴重な証言をありがとうございます。続報があれば連絡します」
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宿舎に帰った。
サクから連絡が来ていた。
「私も警察に連絡した。点検の男性のこと、もう少し詳しく話せた。少し思い出せたことがあった」
「何ですか」
「点検の男性、胸元に何かをつけていた。最初は大学のIDだと思った。ただ、形が少し違った気がする。形というより、素材というか、光の反射が少し違った」
「魔道具の可能性はありますか」
「わからない。ただ、今日、警察に話したら、興味を持って聞いてくれた」
「はい。重要な情報かもしれません」
「そうだといいけど」サクは言った。少し間を置いた。「ハルトくん、一個聞いていいですか」
「はい」
「爆破事件の捜査が進んで、誰がやったかわかったとして、それは神宮寺さんと繋がる可能性があると思う?」
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ハルトは少し間を置いた。
「確認できていないことがあります。ただ、白銀主任から聞いたことと、私が感じていた引っかかりが、同じ方向を向いています。捜査が進めば、何か見えてくるかもしれません」
「見えてくるかもしれない、か」サクは言った。「断定しないんだね」
「できません。記録として確認できることがないと、断定はしません」
「うん」サクは言った。「それが正しいと思う。ただ」
「はい」
「なんか、全部が繋がっている気がしてならない」サクは言った。「神宮寺さんが照会の情報源だったかもしれない。爆破が起きた。ホワイトボードを見られたかもしれない。全部が、一人の人間の行動として繋がっている気がする」
「はい。私も、同じことを感じています」
「感じている、と言ってくれたね」サクは言った。
「はい。記録ではなく、感覚として持っているものです」
「ハルトくんが感覚として持っているなら、そうかもしれない」サクは言った。「ハルトくんの感覚って、当たることが多いから」
「そうですか」
「うん。記録に裏付けられた感覚だから」サクは言った。「ただ、今は捜査に任せるしかないね」
「はい。できることは、記録として持っておくことです」
「それだけかな、今は」
「はい。それだけです」
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しばらくして、リアから連絡が来た。
「神崎さん、爆破の捜査で、IMPOから照会が届いたと聞きました」
「はい。今日、警察の担当者と話しました」
「捜査の状況について、MPBにも情報が入っています。お伝えしたいことがあります」
「はい」
「爆破に使われた装置が、特定されました」リアは言った。「魔法式の発火装置です。換気口の内部に設置されていたものが、時限式で作動したと確認されました」
「魔法式の発火装置、ですか」
「はい。市販の魔道具を改造したものと見られています。ただ、改造には、一定の専門知識が必要です」
「魔法の知識がある人間が関与している可能性が高い、ということですか」
「はい。そう見られています」リアは言った。「もう一点、お伝えしたいことがあります」
「はい」
「装置に使われていた魔石の出所について、調査が進んでいます。使われていた魔石の品質が、一般に流通しているものより高い品質だったということが確認されました」
ハルトは少し間を置いた。
「高品質の魔石、ですか」
「はい。どこで入手したかを追っています。高品質の魔石は、流通経路が限られています。国内では、特定の研究機関か、大手の関連企業から入手できるものです」
「大手の関連企業、というのは」
「今の段階では、調査中です」リアは言った。「ただ、神崎さんが持っている記録の中に、関連する情報があるかもしれません」
「高品質魔石の流通に関連する特許や申請、ということですか」
「はい」
「確認します」ハルトは言った。「頭の中にある記録を確認して、関連するものがあれば連絡します」
「お願いします」リアは言った。「神崎さん」
「はい」
「一点だけ確認させてください。神宮寺主任から、最近、連絡はありましたか」
「帰国の際にメッセージが来ました。それ以降は、ありません」
「そうですか」リアは少し間を置いた。「もし連絡があっても、研究や捜査に関する情報は伝えないでください」
「はい。そうしています」
「わかりました」リアは言った。「続報があれば、また連絡します。気をつけてください」
「はい。ありがとうございます」
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電話が切れた。
頭の中で、高品質の魔石に関連する特許記録を確認した。
アルカナテックの特許。高純度魔石の精製技術。出力安定化。
一年前、捜査協力で照合した記録が、頭の中に残っていた。
アルカナテックの高純度魔石の精製技術。
その技術で作られた魔石は、一般流通品より品質が高かった。
爆破に使われた魔石の品質が、高品質だったとリアは言った。
直接の証拠ではなかった。
ただ、記録が、また一つの方向を向き始めた。
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リアにメッセージを送った。
「アルカナテックの高純度魔石の精製技術に関連する特許記録が、頭の中にあります。爆破に使われた魔石の品質の記述と、照合できる可能性があります。詳細を共有していただけますか」
少し待つと、返信が来た。
「確認します。ただ、今の段階では、慎重に進めてください。記録として持っておいてください」
「はい。わかりました」
「神崎さん、もう少しで帰国ですね」
「はい。一ヶ月半後です」
「帰国したら、話したいことがあります」リアは言った。「それまで、気をつけてください」
「はい。わかりました」
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スマートフォンを置いた。
今日のことを頭の中に入れた。
デイヴィッドからの連絡。爆発前に見た人物の証言。サクが思い出した胸元の光の反射。魔法式の発火装置。高品質の魔石。アルカナテックの精製技術との繋がりの可能性。リアの「帰国したら、話したいことがあります」という言葉。
全部、残った。
記録が、また積み上がった。
繋がる日が来る。
それが、いつかはまだわからなかった。
ただ、確実に近づいていた。
ソウが言っていた言葉を、もう一度頭の中で聞いた。
「お前が覚えていることが、その日に意味を持つ」
あのとき、ソウは魔法庁に来たハルトにそう言った。
今日、その言葉が別の意味を持って聞こえた。
ハルトが覚えていることが、今日の照合に繋がった。
ただ、それを言ったのが、ソウだったという事実も、記録として残っていた。
消えない場所に、持っておいた。
窓の外に、六月の夜があった。
寝た。
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第九十五話 了




