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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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「査読結果」

五月になった。


ハルトの帰国まで、二ヶ月を切っていた。


申請から二週間が経っていた。


素子と魔石の複合変換機構の実験は、仮の作業場で続いていた。


変換効率は、少しずつ改善されていた。


七十四パーセントまで上がっていた。


小型装置での効率としては、順調だった。


---


五月の第二週、火曜日だった。


サクから電話が来た。


午前中だった。


IMPOのデスクでデータの整理をしていたときだった。


「ハルトくん、今話せる?」


「はい。少し外に出ます」


廊下に出た。


「話せます」


「査読結果が来た」


ハルトは少し間を置いた。


「はい。どうでしたか」


「修正要求」サクは言った。「受理ではなかった」


「はい。内容は」


「三点、修正を求められた」サクは言った。「一点目は、実験データの追加。二点目は、先行研究との比較の強化。三点目は、理論的根拠の補強」サクは言った。「それぞれ、指摘は的確だと思う。ただ」


「ただ」


「再提出まで、三ヶ月の猶予がある」


「三ヶ月、ですか」


「うん。修正して、再提出する。それが通れば、受理になる」


「はい。修正できる内容ですか」


「できる」サクは言った。「全部、対応できる。ただ、追加実験が必要な部分があって、時間がかかる」


「はい」


「落ち込んでいると思った?」サクは言った。


「少し、そうかもしれないと思っていました」


「少し、落ち込んだ」サクは言った。「最初に結果を見たとき。ただ、読み返したら、指摘が全部正しくて。むしろ、ここまで細かく読んでくれたんだと思ったら、落ち込む気持ちより、やる気が出てきた」


「はい」


「これを直したら、もっといい論文になる。そう思った」サクは言った。「だから、報告しようと思った。ハルトくんに最初に言いたかった」


「はい。受け取りました」


---


少し間があった。


「三点の修正のうち、ハルトくんに手伝ってほしいことがある」


「はい。何ですか」


「二点目の先行研究との比較です」サクは言った。「今回の論文で取り上げた先行技術は、私が調べた範囲のものです。ただ、査読者から、特定の国際特許との比較が不足していると指摘されました」


「どの特許ですか」


「番号を言います」サクは番号を言った。


ハルトは頭の中を確認した。


番号に該当する特許が、すぐに出た。


「はい。知っています。二年前に登録された、ドイツの研究機関の特許です。エネルギー変換効率に関する研究で、素子の構造に類似した部分があります」


「やっぱり、知ってた」サクは言った。「その特許との比較を、論文に加えてほしい。技術的な相違点を、私が書けるように整理してほしい」


「はい。できます。今日の夜、整理します」


「ありがとう。助かる」


---


「査読者のコメント、全部読みましたか」ハルトは言った。


「うん。全部読んだ」


「何か、気になったコメントはありましたか」


「一つ、嬉しいコメントがあった」サクは言った。「この研究の方向性は、魔法科学において重要な意義を持つ可能性がある、というコメントだった」


「はい」


「査読者は、研究の価値を認めてくれていた。修正を求めながら、価値は認めてくれていた」サクは言った。「それが、一番嬉しかった。修正より、そっちが先に目に入った」


「はい。それが一番大切なことだと思います」


「うん」サクは言った。「直して、もっとよくして、また出す。それだけ」


「はい」


「ハルトくんって、こういうとき、余計なことを言わないよね」


「余計なことが何かが、わかりません」


「そこが、いいんだよ」サクは言った。「じゃあ、今夜の整理、よろしくお願いします」


「はい。夜に送ります」


---


電話が切れた。


廊下に立っていた。


修正要求。


受理ではなかった。


ただ、サクは落ち込んでいなかった。


むしろ、やる気が出てきたと言っていた。


それがサクだと思った。


壁が来たとき、壁を越えようとする。


それが、ずっと変わらなかった。


---


デスクに戻った。


業務を続けた。


昼休み、ドイツの特許を頭の中で確認した。


二年前に登録された特許。エネルギー変換効率に関する研究。素子の構造。


サクの論文との技術的な比較。


共通点と相違点を、頭の中で整理し始めた。


---


夕方、デイヴィッドが声をかけてきた。


「神崎さん、今日は少し考え込んでいますね」


「知人の論文の査読結果が届いて、修正の資料を整理していました」


「修正要求が来たんですか」


「はい」


「どんな気持ちですか、知人の方は」


「やる気が出てきたと言っていました」


「それは、いい研究者ですね」デイヴィッドは言った。「修正要求は、論文が真剣に読まれた証拠です。無視されるより、ずっといい」


「はい。そう伝えます」


「神崎さん、その知人の方の研究、査読が通れば世に出るんですね」


「はい」


「楽しみにしています」デイヴィッドは言った。「神崎さんが関わっている研究は、きっと重要なものだと思うので」


「私は、確認しているだけです」


「それが重要なんです」デイヴィッドは言った。「記録の正確さが、研究の土台になります。神崎さんがそこを担っているなら、研究の根拠が確かだということです」


---


夜、宿舎でドイツの特許との比較資料を作った。


二時間かかった。


作り終えた。


サクに送った。


「ドイツの特許との比較資料を送りました。共通点と相違点を整理しています。第三節と第四節に追加できる内容にまとめました」


少し待つと、返信が来た。


「読んだ。完璧だよ。これ、そのまま使える」


「論文の文章に合わせて調整してください」


「わかった。ハルトくん、ありがとう」


「はい」


「今夜から、修正を始める」サクは言った。「三ヶ月あるから、焦らず、でも確実に直す」


「はい」


「ハルトくんが帰る前に、修正が完了するかどうかはわからないけど」


「三ヶ月あれば、完了できると思います」


「ハルトくんが言うなら、できる気がする」


「事実として言っています。三点の修正のうち、二点は今の段階で対応できています。追加実験が必要な一点は、仮の作業場で続けています。三ヶ月で間に合う量です」


「そう分析してくれると、本当に安心する」サクは言った。「ハルトくんって、根拠があるから」


「根拠がなければ言いません」


「うん」サクは言った。「そこが好きだよ。おやすみ、ハルトくん」


「おやすみなさい」


---


スマートフォンを置いた。


今日のことを頭の中に入れた。


修正要求の電話。三点の指摘。「指摘が全部正しくて、やる気が出てきた」という言葉。「研究の方向性は重要な意義を持つ可能性がある」という査読者のコメント。比較資料の作成。「完璧だよ、そのまま使える」という返信。


全部、残った。


窓の外に、サンフランシスコの夜があった。


寝た。


---


第九十三話 了

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