「申請」
四月の末だった。
素子と魔石の複合変換機構の実験は、その後も続いていた。
ロスの問題は、少しずつ改善されていた。
魔石の種類を変えた。繋ぎ方を調整した。
一週間の試行の末、変換効率が安定して出るようになった。
小型装置での変換効率は、七十二パーセントだった。
通常の装置より低かった。ただ、サイズは十分の一だった。
カーター教授が言った。
「効率は今後も改善できます。ただ、今の段階で申請を出しておいた方がいい。先願主義です」
「はい」サクは言った。「ハルトくんの確認も終わっています。申請書類は、今週中にまとめます」
「よろしくお願いします」
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水曜日の午後だった。
サクから連絡が来た。
「書類、できた。一緒に確認してほしい」
「はい。今夜、見ます」
夜、宿舎でサクと二人で書類を確認した。
申請書、技術説明書、実験データ、先行技術の調査結果。
全部で三十八ページだった。
ハルトは一ページずつ読んだ。
一時間かかった。
「一点、確認させてください」
「はい」
「第三請求項の魔石との接続方式の記述です。既存の魔石接続特許と表現が近い部分があります。技術は異なりますが、審査で指摘される可能性があります」
「どう修正すればいい?」
「接続方式の目的と、既存特許との構造的な違いを、一段落加えておくと安全です」
「わかった。書く」サクは言った。「他は問題ない?」
「はい。他は問題ありません。データが丁寧にまとめられています。新規性の説明も明確です」
「ありがとう」サクは言った。「ハルトくんに確認してもらえると、安心する」
「私は確認しただけです」
「それが全部だよ」サクは言った。「何度言っても、そう言うんだよね」
「事実なので」
「うん」サクは少し笑った。「週末に申請しよう。一緒に来てくれる?」
「はい」
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週末、土曜日だった。
午前中、サクが修正を加えた書類を持ってきた。
ハルトは修正箇所を確認した。
「問題ありません。これで出せます」
「よかった」サクは言った。「じゃあ、行こう」
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IMPOに向かった。
電車で三十分だった。
電車の中で、サクは書類を膝の上に置いていた。
「緊張してる?」ハルトは言った。
「してる」サクは言った。「何回申請しても、緊張するんだよね」
「そうですか」
「ハルトくんは?」
「私も、少し」
「ハルトくんが緊張するって、珍しい」
「サクさんの申請なので」
「そういうこと言うんだよね、ハルトくんって」サクは言った。「嬉しいよ、そういうの」
「はい」
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窓口に着いた。
担当者が書類を受け取った。
確認した。
「問題ありません。受理します」
受付番号が発行された。
申請日が、今日付けで記録された。
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窓口を出た。
サクは受付番号の書かれた紙を持っていた。
「また、記録として残った」サクは言った。
「はい」
「日本での最初の申請からは、ずいぶん来たね」
「はい。かなり来ました」
「あのとき、申請が買収されて、全部なくなった気がした」サクは言った。「ただ、発明者記録は残っていた。それが、今日に繋がっている」
「はい。残った記録が、次に繋がりました」
「うん」サクは言った。「ハルトくんが言い続けてきたことが、本当だと、毎回確認できる」
「事実だからです」
「うん」サクは言った。「帰ろう。今日はお祝いしよう」
「はい。何を食べますか」
「ハルトくんに任せる」サクは言った。少し笑った。「どこでもって言わないようにしてるから、お互い任せ合うことになってる」
「では、先月行った地中海料理の店にしましょう」
「それがいい」サクは言った。「ハルトくんが選んでくれると、何でも美味しい気がする」
「気のせいだと思います」
「気のせいじゃないよ」
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地中海料理の店に入った。
向かい合って座った。
飲み物が来た。
サクがグラスを上げた。
「乾杯」
「はい。乾杯」
「何に乾杯する?」
「記録に」ハルトは言った。
「また、記録に」サクは言った。笑った。「毎回それだよね」
「毎回、それが正しいと思っています」
「うん」サクは言った。「記録に、乾杯」
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料理が来た。
食べながら、サクが言った。
「ハルトくん、帰国まで二ヶ月半になったね」
「はい」
「早い」
「はい。早かったです」
「アメリカに来たとき、一年ってすごく長い気がしてたのに」サクは言った。「あっという間だった」
「はい」
「この申請が、ハルトくんが帰る前にできてよかった」サクは言った。「一緒に出しに行けてよかった」
「はい。来られてよかったです」
「ハルトくんが確認してくれなければ、申請書の問題に気づかなかった」
「サクさんが書いた書類だから、問題は少なかったです」
「それは、ハルトくんが指摘してくれるって信頼して書いてるから」サクは言った。「私一人じゃ、確認が甘くなる。ハルトくんが最後に見てくれると思うと、丁寧に書ける」
「はい」
「そういう関係って、いいと思う」サクは言った。「一人でできることより、二人でできることの方が、大きい」
「はい。そう思います」
「帰ってからも、そういう関係でいたい」サクは言った。「離れていても」
「はい。いつでも見ます」
「約束」
「はい。約束します」
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食事が終わった。
店を出た。
夜になっていた。
並んで歩いた。
「ハルトくん」サクは言った。
「はい」
「今日、ありがとう。一緒に来てくれて」
「はい。来てよかったです」
「申請って、一人でできる作業なんだけど、一人でやると寂しいんだよね」サクは言った。「誰かと一緒に行くと、ちゃんと終わった感じがする」
「はい。私も、ちゃんと終わった感じがします」
「そっか」サクは言った。嬉しそうだった。「ハルトくんにも、そう感じてもらえてよかった」
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帰り道、電車に乗った。
窓の外に、夜の街が流れた。
サクがハルトの隣に座っていた。
肩が触れていた。
何も言わなかった。
ただ、並んで座っていた。
それで、十分だった。
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今日のことを頭の中に入れた。
書類の確認。窓口。受付番号。「また記録として残った」というサクの言葉。地中海料理の店。「記録に乾杯」。「一人でやると寂しい」という言葉。
全部、残った。
申請が、今日付けで記録された。
サクの研究が、また一つ、記録として残った。
それが今日、一番確かなことだった。
電車が進んだ。
帰った。
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第九十二話 了




