表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
91/130

「魔石と素子」

爆発から一週間が経っていた。


仮の作業場は、隣の棟の小さな部屋だった。


机が四つ。ホワイトボードが一枚。窓が一つ。


研究室の三分の一ほどの広さだった。


主要な実験装置は移せた。ただ、大型の計測機器の一部は、爆発で損傷していた。

修理に時間がかかるという話だった。


しばらく、装置を使った実験ができない状態だった。


---


サクは、この一週間、データの整理をしていた。


実験ができない間に、できることをやる。


それがサクの判断だった。


ただ、体がまだ完全には戻っていなかった。


頭部の打撲は治っていた。ただ、集中力が続かなかった。


いつもなら三時間続けられる作業が、一時間で限界になった。


それが、少し、焦りになっていた。


---


土曜日だった。


ハルトが宿舎に来た。


サクはソファで寝転んでいた。


天井を見ていた。


「どうしたんですか」ハルトは言った。


「何もしたくない」サクは言った。「珍しいよね、私が」


「はい。珍しいです」


「なんか、ぼーっとしてる。集中しようとしても、できなくて」


「頭を打ちましたから」


「うん。わかってる。ただ、焦る」サクは言った。「何もできない自分が、嫌で」


「休んでいいと思います」


「わかってる。ただ、休み方がわからない」サクは言った。

「ハルトくんって、休み方、知ってる?」


「私も、得意ではありません」


「二人とも、不得意なんだ」サクは少し笑った。「似たもの同士だね」


---


しばらく、二人でソファに並んで座った。


何もしなかった。


ただ、座っていた。


サクが言った。


「今日、研究のこと、考えないようにしよう」


「はい」


「ハルトくんも、仕事のこと、考えない」


「はい」


「じゃあ、何を話す?」


ハルトは少し考えた。


「サクさんが、話したいことを話してください」


「研究以外で、話したいこと」サクは少し考えた。「ハルトくんって、子どものころ、どんな子だったの?」


「普通だったと思います」


「普通って言う人ほど、普通じゃないんだよ」サクは言った。「何か覚えてることは?」


「本を読んでいることが多かったです。図書館で、図鑑を読んでいました」


「何の図鑑?」


「植物、動物、魚、昆虫。全部読みました。全部、覚えました」


「全部覚えたの」サクは言った。「子どものころから、そうだったんだね」


「はい。読んだものは、全部残っていました」


「それって、楽しかった?」


「はい。知らなかったことが、知れることが、楽しかったです」


「今も、同じ?」


「はい。今も、記録を増やすことが、楽しいです」


「そっか」サクは言った。「私は、子どものころ、よく実験してた。台所で、いろんなものを混ぜてみたりとか」


「爆発しませんでしたか」


「一回、お母さんに怒られたことがある」サクは笑った。「酢と重曹を混ぜて、泡が出るのが面白くて。それをいっぱい作ったら、台所が泡だらけになって」


「それが、研究者の始まりですか」


「そうかもしれない」サクは言った。「混ぜたら何かが変わる、っていうのが、面白かったんだよね」


---


しばらく、そういう話をした。


子どものころの話。好きだった食べ物。苦手だったもの。


研究の話でも、仕事の話でもなかった。


ただ、話した。


それだけだった。


ただ、サクの顔が、少しずつ柔らかくなっていった。


---


昼になった。


二人で近くのカフェに行った。


サンドイッチを食べた。


コーヒーを飲んだ。


窓の外を見ていた。


サクが言った。


「ハルトくん、一個だけ聞いていいですか」


「はい」


「今の研究で、一番の課題って何だと思う?」


「研究のことを考えないんじゃなかったですか」


「一個だけ」サクは言った。「聞いたら、また考えないようにする」


「はい」ハルトは言った。少し間を置いた。「装置の大きさだと思います」


「大きさ、か」


「はい。今の変換素子は、装置として大型です。実用的なサイズではありません。どれだけ変換効率が上がっても、装置が大型のままでは、使える場面が限られます」


「小型化が課題、ということ」


「はい。素子の性能は上がっています。ただ、素子を動かすための周辺の機構が、まだ大きい」


「そこが、なかなか縮まらないんだよね」サクは言った。「素子自体は小さくできるんだけど、変換を安定させるための補助機構が必要で、それが大きくなる」


「はい」


「それが解決しないと、実用にならない」サクは言った。「それが、一番の課題だよね」


「はい」


「わかった」サクは言った。「考えるのは、ここまでにする」


---


カフェを出た。


午後は、散歩した。


特に目的地を決めずに歩いた。


サンフランシスコの街を、ゆっくり歩いた。


市場のそばを通った。


屋台が並んでいた。


以前、魔法式の調理台を見た場所だった。


サクが足を止めた。


「この屋台、前にも見たね」サクは言った。


「はい。九月に一緒に歩いたとき、炎系の魔道具を見ました」


「ハルトくんが、出力が安定していると言ってた屋台だ」


「はい。風の影響を受けない術式が組み込まれていると言いました」


サクは屋台の調理台を見た。


魔道具だった。コンパクトな装置から、安定した炎が出ていた。


「あれ、魔石が入ってるんだよね」サクは言った。


「はい。一般向けの魔道具には、魔石が使われているものが多いです」


「魔石が、魔力を安定して供給しているから、出力が安定する」


「はい」


「魔石って、要は魔力のバッテリーだよね」サクは言った。「エネルギーを蓄えて、安定して出す」


「はい。そう理解しています」


---


サクは少し立ち止まった。


「ハルトくん」


「はい」


「補助機構の代わりに、魔石を使えないかな」


ハルトは少し間を置いた。


「補助機構の代わりに、ですか」


「うん」サクは言った。「今の装置で、変換を安定させるための補助機構が大きくなる理由って、変換された魔力の出力を均一に保つためなんだよね」


「はい」


「それを、魔石にやらせたらどうかな」サクは言った。「素子で変換した魔力を、一度魔石に蓄える。魔石から安定した形で出す。魔石がバッファになれば、補助機構が要らなくなるかもしれない」


ハルトは少し間を置いた。


頭の中で、今の装置の構造を確認した。


変換素子。補助機構。計測部。


補助機構の役割は、変換された魔力の出力を安定させることだった。


その役割を、魔石が担えるかどうか。


---


「魔石を、バッファとして使う発想は、これまでありましたか」ハルトは言った。


「なかった」サクは言った。「というより、魔石とは全然違う方向で研究してきたから、魔石を使うことを最初から除外していた」


「はい」


「でも、今の問題は、出力の安定化なんだよね。魔石は、それが得意なんだよ。魔道具に使われてきた理由が、まさにそこだから」


「はい。魔石の出力安定化特性は、アルカナテックも研究してきた部分です。複数の特許があります」


「そっか」サクは言った。「アルカナテックの研究と、私の研究が、ここで繋がる可能性があるんだ」


「はい。ただ、アルカナテックの特許との関係は、確認が必要になります」


「うん」サクは言った。「ただ、アイデアとして、試す価値はあると思う。どう思う、ハルトくん」


---


ハルトは少し考えた。


頭の中で、関連する特許記録を確認した。


魔石の出力安定化に関する特許。アルカナテックの申請。関連する先行技術。


全部、頭の中にあった。


「魔石をバッファとして使う構造は、既存の特許の組み合わせになります」ハルトは言った。「ただ、素子と魔石を組み合わせた変換機構という発想は、既存の特許には含まれていません。新規性がある可能性があります」


「新規性がある、ということは、申請できる、ということ?」


「はい。内容によりますが、その可能性があります」


「魔石を使うことで、装置が小型化できる可能性はあると思う?」


「はい。補助機構が不要になれば、大幅に小型化できる可能性があります。魔石自体は、小さくできます。携帯可能なサイズになる可能性があります」


「携帯可能なサイズ」サクは繰り返した。「それが、実用レベルに近づくということだよね」


「はい」


---


サクはしばらく黙っていた。


屋台の調理台を見ていた。


炎が、安定して燃えていた。


「ハルトくん」サクは言った。


「はい」


「これ、もしかして、すごいことかもしれない」


「はい。そう思います」


「研究から離れていた一週間で、屋台の魔道具を見て、気づいた」サクは言った。少し笑った。「ちゃんと休んで、よかったのかもしれない」


「はい。離れることで、見えることがあったんだと思います」


「屋台を見て、気づいたって、なんか、子どものころ台所で実験していた感じに近い」サクは言った。「日常の中にあるものが、ヒントになる」


「はい。記録は、思わぬ場所で繋がることがあります」


「ハルトくんが言うと、本当にそう聞こえる」サクは言った。「魔石と素子を組み合わせる。まず、簡易的な実験をしてみたい。仮の作業場でも、小さい実験ならできる」


「はい。まず、小さく試すことから始めた方がいいと思います」


「うん」サクは言った。「月曜日から、動く」


---


月曜日になった。


仮の作業場に四人が集まった。


カーター教授、サク、エマ、ハルト。


サクがホワイトボードに書いた。


**素子+魔石の複合変換機構**


「土曜日に思いついたことを話します」サクは言った。「変換素子で生成した魔力を、魔石でバッファリングする構造です。魔石が出力安定化を担うことで、補助機構を省けるかもしれません」


カーター教授が聞いていた。


「魔石を使うのは、これまでと方向が違いますね」


「はい」サクは言った。「ただ、今の課題は出力の安定化です。それを魔石に任せるという発想は、シンプルだと思います」


「魔石のサイズはどうしますか」


「小型の魔石を使います。市販の魔道具に使われているサイズのものが、手に入ります。まず、それで試します」


「特許との関係は」


「ハルトくんが確認してくれています」サクはハルトを見た。


「素子と魔石を組み合わせた変換機構は、既存の特許には含まれていません。新規性がある可能性があります」ハルトは言った。「アルカナテックの出力安定化特許との関係は、確認が必要ですが、用途が異なるため、競合しない可能性があります」


「わかりました」カーター教授は言った。「試してみる価値があります。まず、小規模な実験から始めましょう」


---


実験の準備を始めた。


仮の作業場に、最小限の実験装置を組んだ。


変換素子。小型の魔石。計測機器。


通常の装置の十分の一ほどのサイズだった。


コンパクトだった。


サクが言った。


「これだけ小さくなった。まだ実験段階だけど、方向性が見える」


「はい」カーター教授は言った。「まず動くかどうかを確認しましょう」


---


実験を始めた。


変換素子にエネルギーを入力した。


魔石に繋いだ。


計測機器を見た。


数値が動いた。


「出力が安定しています」サクは言った。「補助機構なしで、魔石が出力を均一に保っています」


「そうですか」カーター教授は言った。画面を確認していた。


「はい。数値の揺れが、通常の装置より小さい」


しばらく、計測を続けた。


出力は安定したままだった。


「効率はどうですか」ハルトは言った。


「今の段階では、変換効率が落ちています」サクは言った。「素子から魔石に移る段階でロスが出ています。ただ、安定性は確保できています」


「ロスを減らすことは、できそうですか」


「できると思います。魔石の種類や、繋ぎ方を調整すれば、ロスを減らせる可能性があります」カーター教授は言った。


「はい。そこが次の課題です」サクは言った。「ただ、今日、一つ確認できました。素子と魔石の組み合わせが、機能するということが」


---


エマが言った。


「これが成功したら、どのくらい小さくなりますか」


「このサイズが基本形になります」サクは言った。「ロスを減らしながら効率を上げれば、このサイズのまま、実用レベルに近づく可能性があります」


「携帯できるサイズですね」


「はい」サクは言った。「非適合者が、これを持ち歩けるようになる。魔石から魔力を受け取って、術式を使える。それが、最終的なイメージです」


「魔石が、非適合者の魔力源になるということですか」


「根本的な解決ではありません」サクは言った。「自分で魔力を生成できるわけではない。ただ、魔石がある限り、魔法を使えます。それだけでも、大きな変化だと思います」


---


カーター教授が言った。


「サク、これは特許申請を急いだ方がいい」


「はい。今日の実験結果を整理して、ハルトくんに確認してもらいます」


「はい」ハルトは言った。「今日のデータをまとめてもらえれば、関連特許との照合と、申請の方向性を確認します」


「今夜中にまとめる」サクは言った。「申請は、できるだけ早く」


「わかりました」


「ハルトくん、お願いできる?」


「はい。任せてください」


---


夕方、実験を終えた。


仮の作業場を片付けた。


出る前に、サクが小型の装置を手に持った。


両手に収まるサイズだった。


「これが、始まりだ」サクは言った。


「はい」


「これを、もっと小さく、もっと使いやすくする。それが、次の目標」


「はい」


「約束、また一歩近づいた気がする」サクは言った。


「はい。近づきました」


「ハルトくんが帰る前に、申請まで持っていきたい」


「はい。やれると思います」


「根拠は?」


「今日のデータがあります。方向性が見えています。サクさんが動いています」ハルトは言った。「三つが揃っています」


サクは少し間を置いた。


「三つが揃っている、か」サクは言った。「ハルトくんって、そういうこと言うんだよね。なんか、励まされた感じがする」


「励ましではありません。事実です」


「うん」サクは言った。「わかってる。それがいい」


---


その夜、ハルトは関連特許の照合を始めた。


素子と魔石を組み合わせた変換機構に関連する先行技術。


アルカナテックの出力安定化特許との差異。


新規性がある部分の確認。


三時間かけて、整理した。


結論を出した。


素子と魔石の複合変換機構は、既存の技術の組み合わせではあるが、その組み合わせ方と用途において、新規性がある。


申請できる。


サクにメッセージを送った。


「照合が終わりました。申請できます。新規性があります」


すぐに返信が来た。


「本当に?」


「はい。明日、詳細を説明します」


「わかった。ありがとう。ハルトくんがいてよかった」


「私は照合しただけです」


「それが全部だよ」サクは言った。「おやすみ、ハルトくん。今日、すごい一日だった」


「はい。おやすみなさい」


---


スマートフォンを置いた。


今日のことを頭の中に入れた。


屋台の調理台。魔石という言葉。補助機構の代替という発想。仮の作業場での小型実験。出力が安定した数値。両手に収まるサイズの装置。申請できるという結論。


全部、残った。


サクが研究から離れていた一週間があった。


その一週間がなければ、屋台の魔道具を見る余裕はなかったかもしれない。


爆発という出来事が、研究から離れる一週間を作った。


その一週間が、今日の気づきに繋がった。


窓の外に、サンフランシスコの夜があった。


寝た。


---


第九十一話 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ