「帰国」
爆発から三日が経っていた。
警察の調査は続いていた。
点検に来た男性の特定は、まだされていなかった。
研究室は、使用禁止になっていた。
カーター教授が大学側と交渉して、別の部屋を仮の作業場として確保してくれた。
実験装置の一部は壊れていたが、主要な装置は隣の部屋に移されていて、無事だった。
データは全部、サーバーに残っていた。
研究は、続けられる状態だった。
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サクは宿舎に戻っていた。
体の回復は、順調だった。
頭部の打撲の痛みは、三日目にはほとんどなくなっていた。
腕の擦り傷も、塞がり始めていた。
ただ、少し、静かだった。
いつもより話す量が少なかった。
ハルトは何も言わなかった。
サクが話したいときに話す。それでいいと思っていた。
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木曜日の夜だった。
ハルトが宿舎で業務の資料を確認していると、スマートフォンが鳴った。
ソウからだった。
メッセージだった。
「今、空港にいる。今夜の便で日本に帰る。連絡できないまま帰国することになってしまった。すまない」
ハルトは少し間を置いた。
メッセージを読み直した。
連絡できないまま。
爆発から三日、ソウからの連絡は一度もなかった。
爆発のことを知っているかどうかも、わからなかった。
ただ、リアの電話から三日が経っていた。
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返信を考えた。
頭の中で、整理した。
今の状況を、ソウは知っているか。
爆発については、報道されていた。大学の研究室での爆発として、ニュースに出ていた。被害者の名前は出ていなかった。ただ、調べれば、サクの研究室だとわかる情報はあった。
ソウが爆発を知っているかどうかは、わからなかった。
知っていて連絡しなかった可能性がある。
知らずに帰国する可能性もある。
どちらかは、今の段階では確認できなかった。
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返信を書いた。
「わかりました。お疲れ様でした」
送った。
それだけにした。
情報を渡さない。
リアにそう言われていた。
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数分後、ソウから返信が来た。
「出張が予想より長引いた。色々と立て込んでいて、連絡できなかった。アメリカは、どうだった」
ハルトは少し間を置いた。
「仕事は順調でした」と返信した。
「そうか。佐久間さんは元気か」
ハルトは少し間を置いた。
元気か、という質問。
爆発のことを知っているなら、こういう聞き方をするだろうか。
知らないから聞いているのか。
知っていて、知らないふりをしているのか。
どちらとも取れた。
「はい」と返信した。
それだけにした。
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またしばらくして、返信が来た。
「日本に帰ったら、また会おう。お前の帰国まで、まだ時間があるが」
「はい。よろしくお願いします」
「帰ってきたら、飯でも食おう。色々、話したいこともある」
「はい」
ハルトは返信してから、スマートフォンを置いた。
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サクが隣に来た。
「誰から?」サクは言った。
「神宮寺さんです。今夜、日本に帰るとのことでした」
サクは少し間を置いた。
「爆発のこと、言わなかった?」
「言いませんでした」
「うん」サクは言った。「それでよかったと思う」
「はい」
「神宮寺さん、爆発のこと、知っていたと思う?」
ハルトは少し考えた。
「わかりません。元気かと聞いてきました」
「それだけではわからないね」サクは言った。「知っていて聞いているかもしれないし、本当に知らなかったかもしれない」
「はい」
「ハルトくんは、どう思った?」
「どちらとも取れました。ただ、今の段階では確認できません」
「うん」サクは言った。「記録として持っておくしかない、ということだね」
「はい」
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サクはソファに戻った。
ハルトも隣に座った。
しばらく、二人で黙っていた。
「ハルトくん」サクは言った。
「はい」
「神宮寺さんのこと、どんな気持ちで返信してた?」
ハルトは少し考えた。
「難しい質問です」
「うん。難しいよね」サクは言った。「信頼していた人間だから」
「はい。ただ、今は、情報を渡さないことを最優先にしていました」
「感情より、判断を優先したということ?」
「そうかもしれません」
「それが、ハルトくんの強さだと思う」サクは言った。「ただ、辛くない?」
「辛い部分はあります」
「うん」サクは言った。「ちゃんと辛いと言えるようになったね、ハルトくん」
「そうですか」
「うん。前は、辛くないとは言えません、って言い方だったから」サクは言った。少し笑った。「少し、変わったよね」
「そうかもしれません」
「変わることは、いいことだよ」サクは言った。「ハルトくんが変わっていくのを、ずっと近くで見てきた。うれしかった」
「はい」
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少し間があった。
「ハルトくん、一個だけ聞いていいですか」サクは言った。
「はい」
「神宮寺さんが本当に黒幕だとして、なぜだと思う?」
ハルトは少し考えた。
「まだ、確認できていません」
「わかってる。ただ、ハルトくんの考えを聞きたい」
「はい」ハルトは言った。「白銀主任から聞いた話と、これまでの記録を合わせて考えると、一つの可能性があります」
「どんな可能性」
「非適合者と魔力保有者が魔法を使えるようになることへの、強い拒否感です」ハルトは言った。「今の世界は、魔法使いと非適合者の間に、明確な差があります。その差が崩れることを、許容できない人間がいます」
「それが、神宮寺さんだという可能性があるということ」
「可能性として、あります。ただ、確認できていません」
「非適合者への差別、ということ?」
「それが根本にある可能性があります。ただ、差別という言葉では整理しきれない部分があります」ハルトは言った。「魔法使いとして生きてきた人間にとって、その価値が変わることへの恐怖かもしれません」
「恐怖か」サクは繰り返した。「差別より、恐怖の方が、しっくりくる気がする」
「はい。私もそう思います」
「恐怖から来ているなら、説得できる可能性はある?」
ハルトは少し間を置いた。
「わかりません。ただ、記録を見せることはできます。事実として、魔力保有者が術式を発動しました。非適合者が術式を発動しました。その記録があります」
「記録が、恐怖に勝てるかどうかはわからない」
「はい。わかりません」
「難しいね」サクは言った。「ただ、記録があるということは、事実があるということだから。それだけは、変わらない」
「はい。変わりません」
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しばらく、二人とも黙っていた。
外で、風の音がした。
サクが言った。
「ハルトくん、帰国まで、あとどのくらい?」
「三ヶ月ほどです」
「三ヶ月か」サクは言った。「あっという間だな」
「はい」
「帰ったら、また離れるね」
「はい。ただ、連絡は続けます」
「うん」サクは言った。「ただ、ここにいる間に、もう少し色々したかったな。研究室が壊れちゃったから、実験のペースが落ちるし」
「仮の作業場で、続けられます」
「うん、続けるよ」サクは言った。「ハルトくんが帰る前に、変換効率八十パーセントは超えたい」
「はい。できると思います」
「できると思います、って言ってくれると、不思議と本当にできる気がする」サクは言った。「ハルトくんの言葉って、根拠があるから」
「事実を根拠に言っています」
「うん」サクは言った。「それがいい」
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夜が深くなった。
ハルトはもう一度、スマートフォンを確認した。
ソウからの最後のメッセージを見た。
「帰ってきたら、飯でも食おう。色々、話したいこともある」
色々、話したいこと。
何を話したいのか。
何を確認したいのか。
今の段階では、わからなかった。
ただ、三ヶ月後、日本に帰る。
そのとき、何かが動くかもしれなかった。
記録として持っておいた。
準備をしておく。
何の準備かは、まだわからなかった。
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スマートフォンを置いた。
今日のことを頭の中に入れた。
ソウからのメッセージ。「連絡できないまま帰国することになってしまった」という言葉。「佐久間さんは元気か」という質問。「帰ってきたら、色々話したいこともある」という言葉。サクの「感情より判断を優先したということ?」という言葉。「恐怖から来ているなら」という話。
全部、残った。
ソウが日本に帰った。
次に会うのは、ハルトが帰国するときだった。
三ヶ月後。
それまでに、確認できることを増やしておく。
記録を積み上げる。
それだけだった。
窓の外に、サンフランシスコの夜があった。
風の音がしていた。
サクの寝息が聞こえた。
それを確認してから、目を閉じた。
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第九十話 了




