表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
88/130

「爆破」

四月になった。


エマの実験は、週に一度のペースで続いていた。


三回目では、持続時間が八秒になった。


四回目では、十五秒を超えた。


定着しつつあった。


カーター教授が言った。


「エマの発展速度は、想定より速い。訓練を続ければ、夏には安定して発動できるようになると思う」


「そうですね」サクは言った。「図式を立体として掴む力が、回数を重ねるごとに上がっています」


「センスの問題ではなく、訓練の問題だったということが、データとして出てきています」


「はい。これが再現性を持って証明できれば、論文の続報として出せます」


---


四月の第二週、水曜日だった。


その日、ハルトは午前中からIMPOで会議が入っていた。


サクは研究室だった。


カーター教授も、午前は別の講義があった。


エマはいなかった。


研究室には、サクと、いつもの研究室メンバーが数名いた。


---


午前十時過ぎだった。


サクはデスクでデータを確認していた。


変換効率の最新数値を見ていた。


七十八パーセントになっていた。


少しずつ、確実に上がっていた。


ホワイトボードに向かった。


新しい数値を書き込んだ。


その下に、今後の方向性を書いた。


**変換効率百パーセントへ**


**魔力保有者への適用可能性**


書いてから、少し考えた。


書き足した。


**訓練と記録で、誰もが術式を扱える可能性**


自分で書いておきながら、改めて見ると、大きい言葉だった。


ただ、今のデータが示している方向は、確かにここだった。


---


昼前になった。


研究室のメンバーが、昼食のために少しずつ出ていった。


サクは残った。


データの確認が終わっていなかった。


一人になった。


静かになった。


集中できる時間だった。


---


昼の十二時過ぎだった。


ドアが開いた。


サクは顔を上げた。


知らない人間だった。


男性だった。三十代くらいだった。大学のスタッフのような格好をしていた。


「すみません」男性は言った。英語だった。「空調の点検に来ました。少しよろしいですか」


「はい」サクは言った。「どうぞ」


男性は部屋に入ってきた。


天井の換気口を見上げた。


何かを確認するような仕草をした。


「少し時間がかかります。先生は一度、外に出てもらえますか。点検の機材を使うので」


「わかりました」サクは言った。


立ち上がった。


スマートフォンと財布を持った。


廊下に出た。


---


廊下のベンチに座った。


スマートフォンを確認した。


ハルトからメッセージが来ていた。


「会議が長引いています。昼は少し遅くなるかもしれません」


返信した。


「わかった。私は研究室にいます」


---


五分が経った。


部屋の中から、男性が出てきた。


「終わりました。ありがとうございました」


「お疲れ様でした」


男性は廊下を歩いていった。


エレベーターに乗った。


消えた。


---


サクは部屋に戻った。


デスクに戻った。


データの確認を再開した。


---


十分が経った。


---


爆発した。


---


音が聞こえる前に、衝撃が来た。


デスクごと、体が押し出された。


壁にぶつかった。


床に落ちた。


何かが降ってきた。


天井の一部だった。


煙が出ていた。


音がした。


警報が鳴った。


---


サクは床に倒れていた。


頭が痛かった。


壁にぶつけた部分だった。


腕が痛かった。


床に落ちたときに打った部分だった。


ただ、動けた。


煙が充満し始めていた。


立ち上がろうとした。


足に力が入らなかった。


もう一度、試した。


立てた。


---


煙の中を、ドアに向かった。


ドアが開いた。


廊下に出た。


廊下にも煙が流れてきていた。


階段に向かった。


走れなかった。


壁に手をついて、歩いた。


階段を降りた。


---


建物の外に出た。


芝生の上に座り込んだ。


空気が入ってきた。


咳が出た。


止まらなかった。


しばらく、咳をしていた。


---


周囲に人が集まってきた。


学生が来た。スタッフが来た。


「大丈夫ですか」誰かが言った。


「はい」サクは言った。英語で答えた。「たぶん、大丈夫です」


救急の人間が来た。


毛布をかけてくれた。


酸素マスクを当ててくれた。


---


サクはスマートフォンを持っていた。


ポケットに入っていた。


手が震えていた。


ハルトに電話した。


---


IMPOの会議室だった。


ハルトのスマートフォンが鳴った。


着信音を確認した。


サクからだった。


「少し失礼します」ハルトは言った。


廊下に出た。


出た。


「はい」


「ハルトくん」


声が、いつもと違った。


「はい。どうしましたか」


「研究室が、爆発した」


---


ハルトは少し間を置いた。


「今、どこにいますか」


「建物の外。芝生の上」サクは言った。「救急の人がいます」


「体は大丈夫ですか」


「頭と腕が痛い。ただ、動けます」


「他にいた人は」


「昼前にみんな出ていた。私だけだったと思う」


「建物の中に人はいませんか」


「わからない。警報が鳴っています」


「今すぐ行きます。動かないでください」


「わかった」


---


会議室に戻った。


「申し訳ありません。緊急の事態が起きました。中座させてください」


デイヴィッドが立ち上がった。


「何がありましたか」


「知人がいる研究室で爆発が起きたとの連絡が入りました」


「わかりました。行ってください」


荷物を持った。


走った。


---


電車に乗った。


一番速い路線を確認した。


三十分かかった。


電車の中で、サクにメッセージを送った。


「今向かっています。状況を教えてください」


すぐに返信が来た。


「救急が来ています。建物に他の人はいなかったようです。私が一番軽傷みたいです。頭と腕を見てもらっています」


「わかりました。到着したら連絡します」


「うん。来てくれてありがとう」


---


駅に着いた。


走った。


大学のキャンパスに入った。


研究棟の方から、煙が上がっていた。


消防車が来ていた。


救急車が来ていた。


警察も来ていた。


---


芝生のエリアに人が集まっていた。


その中にサクがいた。


毛布を肩にかけていた。


救急隊員が隣にいた。


ハルトを見た。


「来た」サクは言った。


「はい」


近づいた。


サクの頭に、ガーゼが当てられていた。


腕に、包帯が巻かれていた。


「大丈夫ですか」


「大丈夫じゃないけど、大丈夫」サクは言った。「ハルトくんに会ったら、少し落ち着いた」


「はい」


サクの手が、少し震えていた。


ハルトはその手を、少し握った。


サクは何も言わなかった。


ただ、少し、力が入ってきた。


---


救急隊員が言った。


「病院に行って、詳しく検査した方がいいです。頭を打っているので」


「はい」サクは言った。


「ハルトさんも一緒に来ますか」救急隊員が言った。


「はい。行きます」ハルトは言った。


---


救急車に乗った。


病院に向かった。


車内で、サクがハルトに言った。


「爆発する前に、空調の点検に来た人間がいた」


「はい」


「今思うと、おかしかった。事前に何も連絡がなかった。大学のスタッフかどうかも、確認しなかった」


「はい」


「点検のために外に出させられた。出てから、十分後に爆発した」


「外に出させたのは、サクさんを逃がすためだったかもしれません」


「そうかもしれない」サクは言った。「ただ、研究室は壊れた」


「はい」


「データは」ハルトは言った。「データのバックアップはありますか」


「サーバーにある。物理的な機器が壊れても、データは残る」サクは言った。「それだけが、今の救いかもしれない」


「はい。記録は残ります」


---


病院に着いた。


検査を受けた。


頭部の打撲。腕の擦り傷。軽度の煙の吸入。


入院は必要なかった。


ただ、安静にするよう言われた。


---


検査が終わった後、待合室でカーター教授が来た。


講義が終わった後に、連絡を受けてすぐに来たらしかった。


「サク、大丈夫ですか」カーター教授は言った。


「はい。軽傷でした」


「よかった」カーター教授は言った。表情が硬かった。「研究室の状況は、確認しました。爆発は天井の換気口付近が発火点だったようです。警察が調査しています」


「点検に来た男性が、何かを仕掛けたんだと思います」


「警察にも話しましたか」


「はい。救急隊員が来たときに、話しました。特徴を伝えました」


「わかりました」カーター教授は少し間を置いた。「サク、一つ確認させてください」


「はい」


「今日、研究室のホワイトボードに、何を書いていましたか」


サクは少し間を置いた。


「変換効率の数値と、今後の方向性を書いていました。魔力保有者への適用可能性のことも」


「それが見られた可能性がありますか」


「あります」サクは言った。「点検の男性が部屋にいた時間に、ホワイトボードは見えていたと思います」


カーター教授は少し黙っていた。


「わかりました」カーター教授は言った。「警察への情報提供は、慎重にやります。ホワイトボードの内容については、今の段階では外に出さないようにしましょう」


「はい」


---


待合室に三人でいた。


しばらく、誰も話さなかった。


サクが言った。


「データは残っています。サーバーにバックアップがあります。実験の記録も、全部残っています」


「はい」カーター教授は言った。


「研究室は壊れましたが、研究は壊れていません」サクは言った。「続けられます」


「続けましょう」カーター教授は言った。「ただ、環境を整える必要があります。しばらく、別の場所で作業することになるかもしれません」


「はい。どこでもいいです。続けられれば」


---


帰り際、カーター教授が先に出た。


待合室にハルトとサクだけが残った。


「ハルトくん」サクは言った。


「はい」


「今日、誰かが研究室に来た。データを見た。爆発させた」サクは言った。「それは、研究を止めようとしていた、ということだよね」


「はい。その可能性が高いと思います」


「止められなかった。記録は残った」


「はい」


「ただ、研究室は壊れた。続けるための環境が、なくなった」


「一時的に、なくなりました。ただ、記録は残っています」


「うん」サクは言った。「記録が残っていれば、また始められる。ハルトくんが言い続けてきたことだよね」


「はい」


「今日、それが本当だとわかった」サクは言った。「建物が壊れても、データが残れば、続けられる。それが、今日確認できたことだと思う」


「はい」


「怖かった」サクは言った。少し間を置いた。「ただ、続ける。やめない」


「はい」


「ハルトくんが来てくれてよかった」


「はい。来てよかったです」


「ありがとう」


---


病院を出た。


夕方になっていた。


空が少しオレンジ色だった。


二人で並んで歩いた。


サクは、まだ少し足元がふらついていた。


ハルトはサクの隣を歩いた。


しばらく、何も言わなかった。


ただ、歩いた。


---


宿舎に向かった。


今日は、ハルトの宿舎に泊まることにした。


サクが一人でいることが、今夜は心配だった。


サクも、何も言わずに、ついてきた。


---


部屋に入った。


サクはソファに座った。


ハルトはお茶を淹れた。


サクに渡した。


「ありがとう」サクは言った。


「はい」


二人でしばらく、黙っていた。


「ハルトくん、一個だけ聞いていいですか」サクは言った。


「はい」


「誰がやったと思う」


ハルトは少し間を置いた。


「わかりません。ただ、研究の内容を知っていて、止めようとした人間です」


「研究の内容を知っている人間は、たくさんいます」


「はい。ただ、今日のホワイトボードを見たとすれば、研究の方向性を今日初めて知った可能性があります」


「魔力保有者への適用可能性」サクは言った。「それを見て、止めようとしたと思う?」


「その可能性があります」


「なぜ、止めたいと思う人間がいるんだろう」サクは言った。「誰かが使えるようになることで、困る人間がいるということ?」


「はい。困る人間は、います」ハルトは言った。「今の世界では、魔法使いと非適合者の間に、明確な差があります。その差がなくなることで、失うものがある人間がいます」


「差がなくなることを、許容できない人間がいる」


「はい」


「そういう人間が、今日の爆発の後ろにいる可能性がある」


「可能性は、あります」


---


サクはお茶を飲んだ。


しばらく黙っていた。


「ハルトくん、私の研究が世界に出たとき、本当に世界が変わると思う?」


「はい。変わると思います」


「怖くない?」


「怖い部分はあります。ただ、変わるべき方向だと思っています」


「変わるべき方向、か」サクは言った。「それを信じているから、続けられるね」


「はい」


「私も、信じている」サクは言った。「だから、続けます。今日、建物が壊れても、続けます」


「はい」


「ハルトくん、一緒にいてくれる? 今夜」


「はい。います」


「ありがとう」サクは言った。「そばにいてくれると、続けられる気がする」


---


夜が深くなった。


サクは眠った。


ハルトは、しばらく起きていた。


今日のことを頭の中に入れた。


爆発の報告。病院。カーター教授の顔。「ホワイトボードの内容を見られた可能性がある」という言葉。サクの「続けます」という言葉。


全部、残った。


誰がやったのか。


ホワイトボードを見て、動いた人間。


魔法使いと非適合者の差がなくなることを、許容できない人間。


頭の中に、一つの名前が浮かんだ。


ソウ。


先週、アメリカに来ていた。


研究室を訪ねたわけではない。ただ、サンフランシスコにいた。


引っかかりは、先週からあった。


ただ、根拠はなかった。


確認できることがなければ、記録にはならない。


ただ、今夜は、その引っかかりが、先週より大きくなっていた。


消えない場所に、持っておいた。


窓の外に、サンフランシスコの夜があった。


サクの寝息が聞こえた。


それを確認してから、ハルトも目を閉じた。


---


第八十八話 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ