「爆破」
四月になった。
エマの実験は、週に一度のペースで続いていた。
三回目では、持続時間が八秒になった。
四回目では、十五秒を超えた。
定着しつつあった。
カーター教授が言った。
「エマの発展速度は、想定より速い。訓練を続ければ、夏には安定して発動できるようになると思う」
「そうですね」サクは言った。「図式を立体として掴む力が、回数を重ねるごとに上がっています」
「センスの問題ではなく、訓練の問題だったということが、データとして出てきています」
「はい。これが再現性を持って証明できれば、論文の続報として出せます」
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四月の第二週、水曜日だった。
その日、ハルトは午前中からIMPOで会議が入っていた。
サクは研究室だった。
カーター教授も、午前は別の講義があった。
エマはいなかった。
研究室には、サクと、いつもの研究室メンバーが数名いた。
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午前十時過ぎだった。
サクはデスクでデータを確認していた。
変換効率の最新数値を見ていた。
七十八パーセントになっていた。
少しずつ、確実に上がっていた。
ホワイトボードに向かった。
新しい数値を書き込んだ。
その下に、今後の方向性を書いた。
**変換効率百パーセントへ**
**魔力保有者への適用可能性**
書いてから、少し考えた。
書き足した。
**訓練と記録で、誰もが術式を扱える可能性**
自分で書いておきながら、改めて見ると、大きい言葉だった。
ただ、今のデータが示している方向は、確かにここだった。
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昼前になった。
研究室のメンバーが、昼食のために少しずつ出ていった。
サクは残った。
データの確認が終わっていなかった。
一人になった。
静かになった。
集中できる時間だった。
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昼の十二時過ぎだった。
ドアが開いた。
サクは顔を上げた。
知らない人間だった。
男性だった。三十代くらいだった。大学のスタッフのような格好をしていた。
「すみません」男性は言った。英語だった。「空調の点検に来ました。少しよろしいですか」
「はい」サクは言った。「どうぞ」
男性は部屋に入ってきた。
天井の換気口を見上げた。
何かを確認するような仕草をした。
「少し時間がかかります。先生は一度、外に出てもらえますか。点検の機材を使うので」
「わかりました」サクは言った。
立ち上がった。
スマートフォンと財布を持った。
廊下に出た。
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廊下のベンチに座った。
スマートフォンを確認した。
ハルトからメッセージが来ていた。
「会議が長引いています。昼は少し遅くなるかもしれません」
返信した。
「わかった。私は研究室にいます」
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五分が経った。
部屋の中から、男性が出てきた。
「終わりました。ありがとうございました」
「お疲れ様でした」
男性は廊下を歩いていった。
エレベーターに乗った。
消えた。
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サクは部屋に戻った。
デスクに戻った。
データの確認を再開した。
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十分が経った。
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爆発した。
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音が聞こえる前に、衝撃が来た。
デスクごと、体が押し出された。
壁にぶつかった。
床に落ちた。
何かが降ってきた。
天井の一部だった。
煙が出ていた。
音がした。
警報が鳴った。
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サクは床に倒れていた。
頭が痛かった。
壁にぶつけた部分だった。
腕が痛かった。
床に落ちたときに打った部分だった。
ただ、動けた。
煙が充満し始めていた。
立ち上がろうとした。
足に力が入らなかった。
もう一度、試した。
立てた。
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煙の中を、ドアに向かった。
ドアが開いた。
廊下に出た。
廊下にも煙が流れてきていた。
階段に向かった。
走れなかった。
壁に手をついて、歩いた。
階段を降りた。
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建物の外に出た。
芝生の上に座り込んだ。
空気が入ってきた。
咳が出た。
止まらなかった。
しばらく、咳をしていた。
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周囲に人が集まってきた。
学生が来た。スタッフが来た。
「大丈夫ですか」誰かが言った。
「はい」サクは言った。英語で答えた。「たぶん、大丈夫です」
救急の人間が来た。
毛布をかけてくれた。
酸素マスクを当ててくれた。
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サクはスマートフォンを持っていた。
ポケットに入っていた。
手が震えていた。
ハルトに電話した。
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IMPOの会議室だった。
ハルトのスマートフォンが鳴った。
着信音を確認した。
サクからだった。
「少し失礼します」ハルトは言った。
廊下に出た。
出た。
「はい」
「ハルトくん」
声が、いつもと違った。
「はい。どうしましたか」
「研究室が、爆発した」
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ハルトは少し間を置いた。
「今、どこにいますか」
「建物の外。芝生の上」サクは言った。「救急の人がいます」
「体は大丈夫ですか」
「頭と腕が痛い。ただ、動けます」
「他にいた人は」
「昼前にみんな出ていた。私だけだったと思う」
「建物の中に人はいませんか」
「わからない。警報が鳴っています」
「今すぐ行きます。動かないでください」
「わかった」
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会議室に戻った。
「申し訳ありません。緊急の事態が起きました。中座させてください」
デイヴィッドが立ち上がった。
「何がありましたか」
「知人がいる研究室で爆発が起きたとの連絡が入りました」
「わかりました。行ってください」
荷物を持った。
走った。
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電車に乗った。
一番速い路線を確認した。
三十分かかった。
電車の中で、サクにメッセージを送った。
「今向かっています。状況を教えてください」
すぐに返信が来た。
「救急が来ています。建物に他の人はいなかったようです。私が一番軽傷みたいです。頭と腕を見てもらっています」
「わかりました。到着したら連絡します」
「うん。来てくれてありがとう」
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駅に着いた。
走った。
大学のキャンパスに入った。
研究棟の方から、煙が上がっていた。
消防車が来ていた。
救急車が来ていた。
警察も来ていた。
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芝生のエリアに人が集まっていた。
その中にサクがいた。
毛布を肩にかけていた。
救急隊員が隣にいた。
ハルトを見た。
「来た」サクは言った。
「はい」
近づいた。
サクの頭に、ガーゼが当てられていた。
腕に、包帯が巻かれていた。
「大丈夫ですか」
「大丈夫じゃないけど、大丈夫」サクは言った。「ハルトくんに会ったら、少し落ち着いた」
「はい」
サクの手が、少し震えていた。
ハルトはその手を、少し握った。
サクは何も言わなかった。
ただ、少し、力が入ってきた。
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救急隊員が言った。
「病院に行って、詳しく検査した方がいいです。頭を打っているので」
「はい」サクは言った。
「ハルトさんも一緒に来ますか」救急隊員が言った。
「はい。行きます」ハルトは言った。
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救急車に乗った。
病院に向かった。
車内で、サクがハルトに言った。
「爆発する前に、空調の点検に来た人間がいた」
「はい」
「今思うと、おかしかった。事前に何も連絡がなかった。大学のスタッフかどうかも、確認しなかった」
「はい」
「点検のために外に出させられた。出てから、十分後に爆発した」
「外に出させたのは、サクさんを逃がすためだったかもしれません」
「そうかもしれない」サクは言った。「ただ、研究室は壊れた」
「はい」
「データは」ハルトは言った。「データのバックアップはありますか」
「サーバーにある。物理的な機器が壊れても、データは残る」サクは言った。「それだけが、今の救いかもしれない」
「はい。記録は残ります」
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病院に着いた。
検査を受けた。
頭部の打撲。腕の擦り傷。軽度の煙の吸入。
入院は必要なかった。
ただ、安静にするよう言われた。
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検査が終わった後、待合室でカーター教授が来た。
講義が終わった後に、連絡を受けてすぐに来たらしかった。
「サク、大丈夫ですか」カーター教授は言った。
「はい。軽傷でした」
「よかった」カーター教授は言った。表情が硬かった。「研究室の状況は、確認しました。爆発は天井の換気口付近が発火点だったようです。警察が調査しています」
「点検に来た男性が、何かを仕掛けたんだと思います」
「警察にも話しましたか」
「はい。救急隊員が来たときに、話しました。特徴を伝えました」
「わかりました」カーター教授は少し間を置いた。「サク、一つ確認させてください」
「はい」
「今日、研究室のホワイトボードに、何を書いていましたか」
サクは少し間を置いた。
「変換効率の数値と、今後の方向性を書いていました。魔力保有者への適用可能性のことも」
「それが見られた可能性がありますか」
「あります」サクは言った。「点検の男性が部屋にいた時間に、ホワイトボードは見えていたと思います」
カーター教授は少し黙っていた。
「わかりました」カーター教授は言った。「警察への情報提供は、慎重にやります。ホワイトボードの内容については、今の段階では外に出さないようにしましょう」
「はい」
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待合室に三人でいた。
しばらく、誰も話さなかった。
サクが言った。
「データは残っています。サーバーにバックアップがあります。実験の記録も、全部残っています」
「はい」カーター教授は言った。
「研究室は壊れましたが、研究は壊れていません」サクは言った。「続けられます」
「続けましょう」カーター教授は言った。「ただ、環境を整える必要があります。しばらく、別の場所で作業することになるかもしれません」
「はい。どこでもいいです。続けられれば」
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帰り際、カーター教授が先に出た。
待合室にハルトとサクだけが残った。
「ハルトくん」サクは言った。
「はい」
「今日、誰かが研究室に来た。データを見た。爆発させた」サクは言った。「それは、研究を止めようとしていた、ということだよね」
「はい。その可能性が高いと思います」
「止められなかった。記録は残った」
「はい」
「ただ、研究室は壊れた。続けるための環境が、なくなった」
「一時的に、なくなりました。ただ、記録は残っています」
「うん」サクは言った。「記録が残っていれば、また始められる。ハルトくんが言い続けてきたことだよね」
「はい」
「今日、それが本当だとわかった」サクは言った。「建物が壊れても、データが残れば、続けられる。それが、今日確認できたことだと思う」
「はい」
「怖かった」サクは言った。少し間を置いた。「ただ、続ける。やめない」
「はい」
「ハルトくんが来てくれてよかった」
「はい。来てよかったです」
「ありがとう」
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病院を出た。
夕方になっていた。
空が少しオレンジ色だった。
二人で並んで歩いた。
サクは、まだ少し足元がふらついていた。
ハルトはサクの隣を歩いた。
しばらく、何も言わなかった。
ただ、歩いた。
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宿舎に向かった。
今日は、ハルトの宿舎に泊まることにした。
サクが一人でいることが、今夜は心配だった。
サクも、何も言わずに、ついてきた。
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部屋に入った。
サクはソファに座った。
ハルトはお茶を淹れた。
サクに渡した。
「ありがとう」サクは言った。
「はい」
二人でしばらく、黙っていた。
「ハルトくん、一個だけ聞いていいですか」サクは言った。
「はい」
「誰がやったと思う」
ハルトは少し間を置いた。
「わかりません。ただ、研究の内容を知っていて、止めようとした人間です」
「研究の内容を知っている人間は、たくさんいます」
「はい。ただ、今日のホワイトボードを見たとすれば、研究の方向性を今日初めて知った可能性があります」
「魔力保有者への適用可能性」サクは言った。「それを見て、止めようとしたと思う?」
「その可能性があります」
「なぜ、止めたいと思う人間がいるんだろう」サクは言った。「誰かが使えるようになることで、困る人間がいるということ?」
「はい。困る人間は、います」ハルトは言った。「今の世界では、魔法使いと非適合者の間に、明確な差があります。その差がなくなることで、失うものがある人間がいます」
「差がなくなることを、許容できない人間がいる」
「はい」
「そういう人間が、今日の爆発の後ろにいる可能性がある」
「可能性は、あります」
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サクはお茶を飲んだ。
しばらく黙っていた。
「ハルトくん、私の研究が世界に出たとき、本当に世界が変わると思う?」
「はい。変わると思います」
「怖くない?」
「怖い部分はあります。ただ、変わるべき方向だと思っています」
「変わるべき方向、か」サクは言った。「それを信じているから、続けられるね」
「はい」
「私も、信じている」サクは言った。「だから、続けます。今日、建物が壊れても、続けます」
「はい」
「ハルトくん、一緒にいてくれる? 今夜」
「はい。います」
「ありがとう」サクは言った。「そばにいてくれると、続けられる気がする」
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夜が深くなった。
サクは眠った。
ハルトは、しばらく起きていた。
今日のことを頭の中に入れた。
爆発の報告。病院。カーター教授の顔。「ホワイトボードの内容を見られた可能性がある」という言葉。サクの「続けます」という言葉。
全部、残った。
誰がやったのか。
ホワイトボードを見て、動いた人間。
魔法使いと非適合者の差がなくなることを、許容できない人間。
頭の中に、一つの名前が浮かんだ。
ソウ。
先週、アメリカに来ていた。
研究室を訪ねたわけではない。ただ、サンフランシスコにいた。
引っかかりは、先週からあった。
ただ、根拠はなかった。
確認できることがなければ、記録にはならない。
ただ、今夜は、その引っかかりが、先週より大きくなっていた。
消えない場所に、持っておいた。
窓の外に、サンフランシスコの夜があった。
サクの寝息が聞こえた。
それを確認してから、ハルトも目を閉じた。
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第八十八話 了




