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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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「訪問者」

三月の最終週だった。


エマの二回目の実験が終わった週だった。


二回目は、一回目より速く発動できた。


一分二十秒で気流が生まれた。


持続時間も、四秒に伸びた。


再現性が確認されつつあった。


---


木曜日の朝、ソウから連絡が来た。


「来週、サンフランシスコに行く。仕事で。時間があれば会いたい」


ハルトは少し間を置いた。


「はい。いつですか」


「火曜日から木曜日まで。火曜日の夜か、水曜日の夜はどうだ」


「火曜日の夜が空いています」


「じゃあ火曜日に。飯でも食いながら」


「はい。わかりました」


---


火曜日になった。


IMPOでの業務を終えた後、ソウと待ち合わせた。


市内のレストランだった。


ソウはすでにいた。


スーツだった。出張らしい格好だった。


「久しぶりだな」ソウは言った。


「はい。お久しぶりです」


「元気そうだ」


「はい。神宮寺さんも」


「まあな」ソウは言った。「アメリカは慣れたか」


「はい。生活には慣れました」


「IMPOの仕事は」


「順調です。国際術式記録データベースの共通基準の骨格が、形になってきました」


「聞いている。評判がいいらしいな」


「そうですか」


「日本でも、話が届いている」ソウは言った。「お前がいてよかったと、堂島部長が言っていた」


「ありがとうございます」


---


料理が来た。


食べながら、ソウが言った。


「今回の出張の仕事は、国際連携の会議だ。アルカナテックの件の続きで、各国の魔石関連の情報共有の枠組みを作る話が進んでいる」


「はい。IMPOの会議でも、似た話が出ています」


「そうだろうな」ソウは言った。「ただ、俺が来たのは、それだけじゃない」


「はい」


「佐久間さんのことも、確認したかった」


「佐久間さんのことですか」


「論文を出したという話は聞いた。査読中とのことだが、進捗はどうだ」


「査読の結果は、まだ来ていません。夏から秋になるかもしれないという話です。ただ、研究自体は並行して進んでいます」


「研究が並行して進んでいる、というのは」


「変換効率の向上と、関連する実証研究を続けています」


「具体的には言えるか」


ハルトは少し間を置いた。


「詳細は言える立場ではありません」


「そうか」ソウは言った。あっさりした言い方だった。「まあ、そうだろうな」


---


ソウは少し間を置いた。


「ただ、一点確認したいことがある」


「はい」


「先月、IMPOから特許の情報照会があった。佐久間さんの実証実験に関連する内容だった」


ハルトは少し間を置いた。


「特許の情報照会、ですか」


「ああ。実証実験のデータに基づいた関連特許の確認依頼だ。日本のMPBにも同様の照会が届いた。俺はそれを見た」


「はい」


「照会の内容から、非適合者が装置を通じて術式を発動したらしいということは、読み取れた」ソウは言った。「名前は書いていなかったが、お前だろう」


ハルトは少し間を置いた。


「その照会の内容が、どこから来たかは確認されましたか」


「IMPOの国際連携部から正式なルートで届いた。問題のある照会ではない」ソウは言った。「ただ、内容を見て、驚いた」


「はい」


「非適合者が術式を発動した。それが事実なら、おめでとうと言いたかった」


---


ソウはハルトを見た。


「どうだった。魔法を使ったのは」


ハルトは少し考えた。


「三秒間でした」


「三秒か」


「はい。風系基本術式第三号でした」


「よりによって、あの術式か」ソウは言った。少し笑った。「魔法庁の訓練場で、藤本がよく使っていたやつだ」


「はい。見ていたので、記録として持っていました」


「見ていたことが、役に立ったんだな」


「はい。記録が平面から立体になっていたことが、発動に繋がったと思っています」


「平面から立体、か」ソウは繰り返した。「うまい言い方だな」


「訓練場で見たとき、記録と実際の動きが繋がりました。図式として知っていたものが、空間の中で動いているのを見て、立体になりました」


「それが発動の鍵だったということか」


「はい。そう思っています」


---


料理を食べながら、ソウが言った。


「お前が魔法庁に来た理由の一つは、俺が話を通したからだ」


「はい」


「そのとき、術式記録を覚えておいた方がいいと言った。理由は説明しなかった」


「はい。覚えています」


「理由は、正直なところ、直感だった」ソウは言った。「お前が記録を積み上げていれば、いつか使う場面が来ると思った。ただ、こういう形になるとは思っていなかった」


「そうですか」


「魔法を使うことになるとは、さすがに思っていなかった」ソウは言った。「驚いた。本当に驚いた」


「はい。私自身も、驚きました」


「三秒だったと言ったが、今はもっと長くできるのか」


「実験の中では、伸びています」ハルトは言った。「ただ、詳細は言える立場ではありません」


「そうか」ソウは言った。「わかった。聞きすぎるのはよくないな」


---


食事が終わった。


お茶を飲みながら、ソウが言った。


「お前、佐久間さんとはうまくいっているか」


「はい」


「近くにいられてよかったな」


「はい。よかったと思っています」


「論文が出たとき、近くにいられたか」


「はい。一緒に食事をしました」


「そうか」ソウは言った。「それはよかった」


少し間があった。


「神宮寺さん」ハルトは言った。


「何だ」


「今日の照会について、もう少し聞いていいですか」


「どんなことだ」


「照会の内容から、非適合者が術式を発動したことが読み取れたとおっしゃいましたが、どの程度の内容が含まれていましたか」


ソウは少し間を置いた。


「実証実験の概要と、関連する特許の確認依頼だった。実験の詳細は含まれていなかった。ただ、非適合者が被験者であることと、術式が発動したという事実は、読み取れた」


「特許の確認依頼というのは、どういう内容でしたか」


「佐久間さんの申請と、関連する国際特許の照合依頼だ。実験結果に基づいて、関連する先行技術を確認したいという内容だった」


「正式なルートから来た照会だということでしたが、そのルートは確認されましたか」


ソウは少し目を細めた。


「確認はした。IMPOの国際連携部から、正式な手続きを経て届いた。問題のある照会ではない」


「はい」


「ただ、何か気になることがあるか」


ハルトは少し間を置いた。


「照会の内容が、詳しかった、ということです」ハルトは言った。「非適合者が被験者であることが読み取れた、ということは、ある程度の情報が含まれていたということです。ただ、実証実験には複数の研究室メンバーが関わっています。どの段階の情報がどういう経路で含まれたのか、気になります」


「俺も同じことを思った」ソウは言った。「ただ、照会の形式は正規のものだった。追いかけるとすれば、IMPOの内部でどういう情報の流れがあったかを確認する必要がある」


「はい」


「お前は、その件についてIMPOで確認できるか」


「できると思います。ただ、慎重にやります」


「そうしてくれ」ソウは言った。「佐久間さんの研究に関わる情報が、どういう流れをしているか、記録として持っておいてくれ」


「はい」


---


店を出た。


夜の街を少し歩いた。


「神宮寺さん」ハルトは言った。


「何だ」


「今日、来てくれてありがとうございます」


「仕事の出張のついでだ」ソウは言った。


「はい。ただ、ついでではない部分もあると思っています」


ソウは少し間を置いた。


「まあな」ソウは言った。「お前のことが、気になっていた。遠くにいると、どうしているかわからないから」


「はい」


「魔法を使えたと聞いて、直接おめでとうを言いたかった」ソウは言った。「それだけだ」


「はい。ありがとうございます」


「今年、日本に帰ってくるな」


「はい。夏に帰る予定です」


「戻ってきたら、また一緒に動こう」ソウは言った。「記録が必要な場面は、まだあると思う」


「はい。よろしくお願いします」


「ああ」ソウは言った。「気をつけて、残りのアメリカ生活を過ごせ。佐久間さんのことも、大事にしろ」


「はい」


ソウは先に角を曲がった。


振り返らなかった。


---


ハルトは一人になった。


歩きながら、今夜のことを整理した。


ソウの言葉を、頭の中で確認した。


照会の内容から、非適合者が術式を発動したことが読み取れた。


詳細は含まれていなかったが、事実は読み取れた。


正式なルートから来た照会だった。


---


ただ、引っかかることがあった。


ソウが「名前は書いていなかったが、お前だろう」と言った。


照会の内容に名前がなかったとすれば、どうしてお前だろうと確信を持って言えたのか。


日本のMPBに同様の照会が届いた、と言っていた。


MPBには、佐久間さんとハルトの関係を知っている人間がいる。


照会の内容と、その背景知識を合わせれば、推測はできる。


それが自然な推測の流れだった。


ただ、ソウの言い方は、確信があった。


推測ではなく、知っているような言い方だった。


---


もう一点、気になることがあった。


実証実験には、研究室のメンバーが複数関わっていた。


その中の誰かから情報が出た可能性はある。


意図的ではないかもしれなかった。


照会という正式な形で情報を引き出せば、研究室のメンバーが気づかないまま、情報が流れることもある。


ただ、IMPOの国際連携部が照会を出すためには、何らかの情報が先にあった必要がある。


照会が先か、情報が先か。


どちらが先かによって、見え方が変わった。


---


頭の中で繰り返した。


確認できる根拠はなかった。


推測を重ねても、記録にはならなかった。


ただ、引っかかりは残った。


記録として、持っておいた。


---


宿舎に帰った。


サクにメッセージを送った。


「神宮寺さんが来ていました。今日、食事をしました」


すぐに返信が来た。


「神宮寺さんが? どうだった?」


「色々話しました。IMPOへの特許照会の話も出ました。少し、確認したいことがあります」


「特許照会? どういうこと?」


「実証実験に関連する情報が、正式な照会の形でMPBに届いていたようです。詳細は後で直接話します」


「わかった。週末に」


「はい」


もう一点、伝えようとした。


ソウの言い方に引っかかりを感じたこと。


ただ、止まった。


確認できることがなかった。


推測を伝えることは、今ではないと思った。


記録として持っておく。


確認できることが増えてから、話す。


それが正しい順番だった。


「週末に」と送った。


「うん。待ってる」と返信が来た。


---


スマートフォンを置いた。


部屋が静かだった。


今夜のことを頭の中に入れた。


ソウの顔。照会の話。「名前は書いていなかったが、お前だろう」という言葉。「おめでとうを言いたかった」という言葉。振り返らずに去った後ろ姿。


全部、残った。


引っかかりも、残った。


確認できないことは、確認できないまま持っておく。


それだけだった。


窓の外に、サンフランシスコの夜があった。


寝た。


---


第八十七話 了

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