「問い」
二月の第三週、月曜日だった。
論文を提出してから、一週間が経っていた。
サクは朝から研究室にいた。
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画面を開いた。
先週の実験データが並んでいた。
ハルトの実験記録だった。
一回目から四回目まで、全部のデータが揃っていた。
魔力の生成時間。出力の計測値。術式発動の成否。
眺めていた。
コーヒーを飲みながら、ただ眺めていた。
何かが、ひっかかっていた。
論文を書き上げてから、ずっとひっかかっていることがあった。
うまく言葉にできていなかった。
今朝、その感覚がまた戻ってきた。
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データの一番上を見た。
一回目の実験記録だった。
魔力生成時間、三秒。
ハルトは非魔法適性者だった。
装置を使うことで、魔力を生成した。術式を発動した。
これは、証明された。
では、なぜ可能だったのか。
装置がエネルギーを魔力に変換したから。
それは正しかった。
ただ、それだけが理由だろうか。
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サクは席を立った。
ホワイトボードの前に立った。
マーカーを手に取った。
書いた。
**「なぜ、ハルトは術式を発動できたのか」**
答えは出ていた。
装置が魔力を生成した。記録として術式を持っていた。その二つが揃ったから。
ただ、もう一つ、考えたことがあった。
書いた。
**「なぜ、魔力保有者は術式が使えないのか」**
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止まった。
この問いは、研究の最初からあった。
魔力保有者は、魔力を持っている。ただし、術式を発動する力がない。
それが、これまでの定説だった。
魔法使いは、魔力を持ち、かつ術式を発動できる。
魔力保有者は、魔力を持つが、術式を発動できない。
非適合者は、魔力も術式も持たない。
この三つの区分が、これまでの常識だった。
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ただ、今回の実験が、その常識に穴を開けた。
非適合者であるハルトが、装置を通じて魔力を生成し、術式を発動した。
つまり、魔力さえあれば、術式は発動できる可能性がある。
そうなると、一つの問いが生まれた。
魔力保有者には、魔力がある。
では、なぜ術式が使えないのか。
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サクはホワイトボードに書き続けた。
**「魔力保有者の魔力と、魔法使いの魔力は、同じものか?」**
これが、核心の問いだった。
これまで、この問いは、ほとんど議論されていなかった。
魔力保有者の魔力は弱い、という認識が一般的だった。
量的な差、という説明がされることが多かった。
魔法使いは魔力量が多く、魔力保有者は少ない。だから、術式を発動するのに足りない。
その説明で、長い間、疑問は止まっていた。
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ただ、今回の実験を見ると、疑問が残った。
ハルトは装置で生成された魔力を使った。
その魔力の量は、計測値で確認されていた。
一回目の実験での生成量は、非常に小さかった。
計測できる最小値に近い量だった。
それでも、術式は発動した。
三秒間だったが、確かに発動した。
だとすれば、魔力量が少ないことは、術式を発動できない理由として十分ではないかもしれない。
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サクは椅子を引いて座った。
メモ帳を開いた。
書き始めた。
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魔力保有者が術式を使えない理由として、これまで挙げられてきた説が三つあった。
一つ目、魔力量が不足している。
二つ目、魔力の制御能力が発達していない。
三つ目、術式の発動に必要な特殊な適性が、遺伝的に欠如している。
一つ目は、今回の実験で揺らいだ。
ハルトが使った魔力量は、魔力保有者が保有する魔力量と同程度か、それ以下の可能性があった。
二つ目は、どうか。
ハルトは記録を持っていた。術式の図式を頭の中で展開した。それが機能した。
魔力保有者は、記録を持っているか。
いや、そうではない。一般的な魔力保有者は、術式の記録を系統的に持っていない。
つまり、制御能力の問題ではなく、制御の方法を知らない問題かもしれない。
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三つ目は、最も根本的な問いだった。
遺伝的な適性の欠如。
これが事実なら、どれだけ記録を持っていても、どれだけ魔力があっても、術式は発動できない。
ただ、今回の実験は、この前提を揺るがしていた。
ハルトは、遺伝的な魔法適性を持たない非適合者だった。
それでも、術式を発動した。
装置を介していたとはいえ、発動した。
だとすれば、遺伝的な適性は、術式発動の絶対条件ではない可能性がある。
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サクはメモを置いた。
天井を見た。
頭の中で、論理を確認した。
非適合者が術式を発動できたとすれば、魔力さえあれば術式は発動できる可能性がある。
魔力保有者には、魔力がある。
では、なぜ術式を発動できないのか。
方法を知らないからか。
記録を持っていないからか。
あるいは、魔力の質が違うのか。
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ここで、新しい問いが生まれた。
**「魔力保有者に、装置を使わせたらどうなるか」**
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サクは起き上がった。
メモ帳に書いた。
手が少し速くなっていた。
魔力保有者は、自前の魔力を持っている。
ハルトの場合、装置で魔力を生成した。
魔力保有者なら、装置を使わなくても、自前の魔力を使えるはずだ。
ただ、自前の魔力を術式に使う方法を知らない。
もし、ハルトが経験したように、術式の記録を持った状態で、自分の魔力を使おうとしたら。
発動するかもしれない。
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窓を見た。
外は晴れていた。
サクは少し間を置いた。
この問いは、研究の方向を大きく変える可能性があった。
これまでの研究は、非適合者向けの装置の開発だった。
魔力を持たない人間に、魔力を届ける装置。
それが目的だった。
ただ、今の問いは別の方向を指していた。
魔力保有者は、すでに魔力を持っている。
その魔力を術式に使う方法が、わかっていないだけかもしれない。
もしそうなら、装置は必要ない。
記録と、方法さえあれば、魔力保有者は術式を発動できる可能性がある。
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サクはホワイトボードに書き足した。
**「魔力保有者は、本当に術式が使えないのか。それとも、使い方を知らないだけなのか。」**
書いてから、少し立ち止まった。
この問いが正しいとすれば、影響が大きすぎた。
世界の魔力保有者の数は、魔法使いの数より多い。
その全員が、術式の使い方を学べば、魔法を使える可能性がある。
それは、今回の研究が目指していた地点より、はるかに先だった。
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ドアが開いた。
カーター教授だった。
「サク、朝から来ていたのか」
「はい。少し、考えていました」
カーター教授はホワイトボードを見た。
少し間を置いた。
「書いたね」カーター教授は言った。
「はい。ひっかかっていたことが、今朝、少し形になりました」
「魔力保有者が、術式を使えない理由について、か」
「はい。今回の実験を見ていて、ずっと引っかかっていました」
「どこが引っかかっていた?」
「ハルトが使った魔力量が、小さかったことです」サクは言った。「計測値で見る限り、魔力保有者が持つ魔力量と同程度か、それ以下の可能性があります。それでも術式は発動した。だとすれば、魔力量の不足は、術式を発動できない理由として十分ではないかもしれない」
カーター教授はホワイトボードを見ながら、少し黙っていた。
「続けて」
「魔力保有者が術式を使えない理由として、制御能力の問題という説がありました。ただ、ハルトの場合、制御は記録によって行われました。術式の図式を持っていたから、制御できた」サクは言った。「魔力保有者が術式を発動できないとすれば、それは制御の方法を知らないからかもしれません。記録を持っていないから、制御できない」
「つまり」
「魔力保有者に、術式の記録を持たせて、使い方を教えたら、発動できる可能性がある」サクは言った。「装置を使わなくても、自前の魔力で」
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カーター教授は椅子を引いた。
座った。
ホワイトボードを見ていた。
「サク、これは大きな問いだ」
「はい。わかっています」
「この方向を追いかけると、今の研究の範囲を超える」
「わかっています。ただ、今の実験データが、この問いを立てることを許している気がしました」
「今の研究の延長として、確認できることはあるか」
「あります」サクは言った。「魔力保有者を被験者として、術式の記録を持たせた状態で、装置なしで実験することです。発動するかどうかを確認する」
「装置なしで」
「はい。魔力保有者には自前の魔力があります。装置は必要ありません。記録と方法だけを与えて、実験します」
「それが成功すれば」
「魔力量の問題ではなく、方法の問題だったことが証明されます」サクは言った。「今回の研究が、非適合者向けの装置開発から、魔力保有者への術式習得支援まで、射程を広げられる可能性があります」
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カーター教授はしばらく黙っていた。
窓の外を見ていた。
「サク、一つ聞いていいか」
「はい」
「この問いは、いつから持っていた」
サクは少し考えた。
「研究を始めたとき、最初の動機は非適合者のためでした」サクは言った。「魔法が使えない人間が、魔力を使えるようにしたかった。その動機は今も変わっていません」
「ただ」
「ただ、今回の実験で、もう一つの問いが見えてきました。非適合者だけではなく、魔力保有者も、術式を使えないまま止まっている。それが、方法の問題だとしたら」
「その人たちにも、届けたいと思った」
「はい」サクは言った。「それが、今朝、形になりました」
カーター教授は少し間を置いた。
「論文の査読が終わったら、次の研究として正式に動こう」カーター教授は言った。「倫理審査を再度通す必要がある。被験者の選定も必要だ。ただ、この方向性は、追いかける価値がある」
「はい」
「サク、よく気づいた」
「ハルトの実験データが、気づかせてくれました」サクは言った。「データが問いを立てた、という感じです」
「それが研究というものだ」カーター教授は言った。「答えを出すだけでなく、新しい問いを立てること。今日、あなたはいい問いを立てた」
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カーター教授が部屋を出た。
サクは一人になった。
ホワイトボードを見た。
**「魔力保有者は、本当に術式が使えないのか。それとも、使い方を知らないだけなのか。」**
この問いが、正しいかどうかはまだわからない。
実験してみないとわからない。
ただ、問いとして立てられた。
それが今日できたことだった。
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窓の外を見た。
キャンパスに、午前の光が差していた。
学生が歩いていた。
魔法使いも、魔力保有者も、非適合者も、混じって歩いていた。
その中に、術式を使えないまま止まっている人間が、どれだけいるか。
方法を知らないだけで、使えないと思っている人間が、どれだけいるか。
わからなかった。
ただ、今日立てた問いが、その答えに繋がるかもしれなかった。
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メモ帳を閉じた。
コーヒーを飲んだ。
冷めていた。
淹れ直した。
今日、これからやることを整理した。
先週のデータを再確認する。魔力保有者の魔力量に関する先行研究を調べる。装置なしでの実験プロトコルの草案を作る。
やることが、また増えた。
ただ、増えることは悪いことではなかった。
問いが増えることは、研究が前に進んでいることだった。
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スマートフォンを見た。
ハルトにメッセージを送ろうとして、止まった。
今日の気づきは、ハルトのデータから来ていた。
ハルトに話したかった。
ただ、今日は研究の話として話したかった。
週末にする。
今週末に会うとき、話す。
直接、向かい合って話したかった。
そう決めた。
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画面に向かった。
先週のデータを開いた。
再確認を始めた。
データを見ながら、また問いが生まれてきた。
魔力保有者の魔力の質は、魔法使いと同じか。
装置を介した魔力と、自前の魔力は、術式に対して同じように機能するか。
記録を持つことと、記録を使えることの間には、何があるか。
問いが、問いを生んだ。
サクはメモを取りながら、データを読み続けた。
キャンパスに、午前の光が続いていた。
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第八十四話 了




