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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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「七十五パーセント」

十二月になった。


アメリカに来て、四ヶ月が経っていた。


IMPOでの業務は、着実に進んでいた。


翻訳辞書の試験照合は、ドイツとの間で百件を超えた。フランスとイギリスも加わり、国際術式記録データベースの共通基準の骨格が見えてきていた。


毎週末、サクと会っていた。


その週の土曜日、サクから連絡が来た。


「今日、研究室に来てほしい。話したいことがある」


いつもと少し違うメッセージだった。


「カフェではなく、研究室ですか」


「うん。研究室で話したい」


「わかりました。行きます」


---


研究室に着いた。


扉を開けると、サクが待っていた。


いつもより少し、目が輝いていた。


「来た」サクは言った。


「はい」


「入って。見せたいものがある」


---


研究室の中に入った。


実験装置の前に立った。


サクが画面を開いた。


データが表示されていた。


ハルトは画面を見た。


変換効率の数値が並んでいた。


一番新しいデータを見た。


「七十五パーセント、ですか」


「うん」サクは言った。「今週、出た」


ハルトは少し間を置いた。


「七十五パーセント」


「はい」サクは言った。少し笑った。「ハルトくん、何か言って」


「よかったです」


「もっと言って」サクは笑った。「七十五パーセントだよ。最初に出会ったころ、二十三時間以上ロスしてたのに」


「はい。最初は二十三時間十五分でした」


「覚えてる」サクは言った。「ハルトくんは全部覚えてるから、聞いてよかった。それが今、六時間のロスになった」


「二十四時間のうち、六時間だけロスが残っている」


「うん。まだ完成じゃないけど、七十五パーセントは、一つの大きな節目だって教授にも言われて」


「論文はどうなりますか」


「来年の二月に提出する予定、確定した」サクは言った。「教授と話して、二月の第二週に出す。今週、決めた」


「二月第二週、ですか」


「うん」サクは言った。「ハルトくん、まだアメリカにいるよね」


「はい。来年の夏までいます」


「だったら、提出するとき、近くにいてくれる」


「はい。います」


「よかった」サクは言った。「それが聞きたかった」


---


サクが椅子を引いた。


二人で実験装置の前に座った。


「ハルトくん、話したいことがあって、今日研究室に来てもらった」サクは言った。


「はい」


「七十五パーセントになって、次のステップに進めることになった」


「次のステップ、というのは」


「実証実験です」サクは言った。「実際に、人間がこの装置を使って魔力を変換できるかどうか、試す段階に入る」


「はい」


「これまでは、機械的な測定だけだった。変換素子がエネルギーを魔力に変換できているかどうかを、数値で確認してきた。次は、実際に人間が使って、それが機能するかどうかを確かめる」


「人間を対象にした実証実験、ですか」


「うん」サクは言った。「教授とも相談して、倫理審査も通った。来月から始める予定」


「どういう実験ですか」


「装置を通じて生成された魔力を、実際に使えるかどうかを確認する。魔法使いなら、自分で感覚として確認できる。ただ」サクは少し間を置いた。「魔法使いだけに試しても、非適合者に機能するかどうかはわからない」


ハルトは少し間を置いた。


「はい」


「非適合者での実証実験も、必要なんです」サクは言った。「というより、私の研究の一番の目的は、非適合者が魔力を使えるようにすることだから。非適合者での実験が、一番重要な実験になる」


「はい」


「非適合者での実験は、これが初めてになります」サクは言った。「この研究を始めてから、ずっとやってみたかった実験」


---


少し間があった。


サクはハルトを見た。


「ハルトくんに、頼みたいことがあります」


「はい」


「実証実験に、参加してほしいんです」サクは言った。「非適合者として、最初の被験者になってほしい」


ハルトは少し間を置いた。


「私に、ですか」


「うん」サクは言った。「ハルトくんに頼むのは、理由があって」


「聞かせてください」


「一つ目は、ハルトくんが非適合者だということ。それは当然の理由だけど」サクは言った。「二つ目は、ハルトくんが術式の記録を大量に持っていること」


「術式の記録が、関係するんですか」


「うん」サクは言った。「実験の中で、実際に魔力を使えた場合、何かの術式を試してみることになる。そのとき、術式を知っている人間の方が、実験の精度が上がる。術式の記録を持っていない人が魔力を初めて手にしても、どう使えばいいかわからない」


「術式を記録として持っていれば、魔力が生成されたときに、それを使う方法が頭の中にある、ということですか」


「そう」サクは言った。「ハルトくんは、六百件以上の術式記録を持っている。もし魔力が生成されたとき、それを使える可能性が、記録を持っていない人より高い」


ハルトは少し間を置いた。


「それは、仮説ですか」


「まだ仮説です。ただ、教授も同じ考えで、術式記録を持っている被験者を探していた。ハルトくんのことを教授に話したら、ぜひ参加してほしいと言ってもらえた」


「教授も知っているんですか」


「うん。ハルトくんのことは、色々話してる。MPBでの仕事のことも、魔法庁での照合のことも」サクは言った。「教授は、ハルトくんが最適な被験者だと思ってる」


---


ハルトはしばらく考えた。


実証実験。非適合者として最初の被験者。術式の記録を持つことが、実験の精度に影響する。


頭の中で整理した。


「安全性はどうですか」


「倫理審査を通っています。装置は、人体に影響を与えるエネルギーの出力には設計上の制限があります。万が一、変換が機能しなくても、体への影響はないことが確認されています」


「機能した場合は」


「魔法使いの被験者での試験では、問題は確認されていません。ただ、非適合者での試験は初めてなので、最初は短時間から始める予定です」


「段階的に進めるということですか」


「はい。一回目は、装置を使って魔力が生成されるかどうかの確認だけ。二回目以降に、実際に術式を試すという順番」


「はい」


「ハルトくん、怖い?」とサクは言った。


ハルトは少し考えた。


「わかりません。経験したことがないので、どう感じるかが想像できません」


「そっか」サクは言った。「正直に言ってくれてありがとう」


「はい」


「私も怖い」サクは言った。「ハルトくんに何かあったらと思うと、正直怖い。ただ、この実験は安全を確認した上でやる。それでも怖いという気持ちは、正直にある」


「はい」


「だから、無理に頼んでいるわけじゃない」サクは言った。「断っても、気持ちは変わらない。ただ、ハルトくんに頼みたかった」


---


ハルトは少し間を置いた。


「一つ、確認していいですか」


「はい、どうぞ」


「術式の記録を持つことが、実験の精度に影響するということでしたが、私が持っている術式記録は、この実験の目的に合っていますか」


「どういう意味?」


「私が記憶している術式は、主に登録済みの術式です。実際に魔力が生成されたとき、その術式を使えるかどうかは、記録があれば可能だとサクさんは考えているんですよね」


「うん」


「記録として持っていることと、実際に使えることは、別のことかもしれません。私はこれまで、記録を読む側でした。使う側になれるかどうかは、わかりません」


「そうだよ」サクは言った。「それを確かめたい、というのが、実験の目的の一つでもある。記録を持っている人間が、実際に魔力を手にしたとき、記録が機能するかどうか」


「私を被験者にすることで、それが確認できる」


「うん」サクは言った。「ハルトくんが一番適切な被験者だと思ってる。記録の量と正確さで言えば、世界で一番かもしれない」


ハルトは少し間を置いた。


「わかりました」


「え」


「参加します」


「本当に?」


「はい」ハルトは言った。「サクさんの研究の最初の非適合者被験者になることは、約束の一部だと思っています」


「約束、って」


「研究が完成したとき、最初に使わせてもらう約束です」ハルトは言った。「完成の前の段階ですが、最初の被験者になることは、その約束の延長だと思います」


サクはしばらくハルトを見ていた。


「ハルトくんって」サクは言った。声が少し変わった。「そういうことを言うんだね」


「はい」


「約束の延長、か」サクは繰り返した。「そう言ってくれると、この実験が、ただの実験じゃない気がする」


「ただの実験ではないと思います」


「うん」サクは言った。「私も、そう思う」


---


少し間があった。


「ハルトくん、一個だけ聞いていいですか」


「はい」


「もし実験がうまくいって、魔力が生成されたら、どの術式を使ってみたいですか」


ハルトは少し考えた。


「決めていませんでした」


「今、考えてみて」


ハルトは頭の中を確認した。


六百件を超える術式記録。火系、水系、風系、土系、光系。複合術式。改良術式。


全部、頭の中にあった。


「一つ、決めました」


「何ですか」


「風系の基本術式第三号です」


「なんで、それ?」


「魔法庁の訓練場で、藤本さんが使っていた術式です。最初に術式を直接見た日に、一番印象に残ったものです。記録と実際の動きの違いを、初めて体感した術式です」


サクはしばらくハルトを見ていた。


「ハルトくんって、そういうことを覚えてるんだね」


「はい。全部残っています」


「最初に見た術式を、最初に試したい」サクは言った。「それ、なんかいいな」


「はい」


「じゃあ、一緒に確かめよう」サクは言った。「来月、実験の日程を教授と決めたら、連絡する」


「はい」


「ありがとう、ハルトくん」サクは言った。「参加してくれて」


「はい。楽しみにしています」


「楽しみ、か」サクは言った。少し笑った。「私も楽しみだけど、やっぱり少し怖い」


「怖くていいと思います」


「ハルトくんは?」


「楽しみな気持ちの方が、今は大きいです」


「そっか」サクは言った。「ハルトくんがそう言うなら、安心した」


---


研究室を出た。


十二月の夕方だった。


キャンパスに、少し冬の空気があった。


二人で並んで歩いた。


「ハルトくん、今日来てくれてよかった」サクは言った。


「はい。来てよかったです」


「七十五パーセントの話も、実験の話も、ハルトくんに最初に伝えたかった」


「はい。受け取りました」


「全部、ハルトくんに最初に伝えたくなるんだよね、なんか」サクは言った。「なんでかな」


「わかりません。ただ、嬉しいです」


「また言えた」サクは言った。笑った。「慣れてきたね、嬉しいって言うの」


「少し、慣れてきました」


「いいことだよ」サクは言った。「じゃあ、また来週」


「はい。また来週」


---


電車に乗った。


窓の外に、サンフランシスコの夜が広がっていた。


今日のことを頭の中に入れた。


七十五パーセントという数字。二月第二週の論文提出。実証実験の話。非適合者での最初の被験者。風系基本術式第三号。サクの「全部、ハルトくんに最初に伝えたくなる」という言葉。


全部、残った。


来月、実験がある。


魔力が生成されるかどうか、わからなかった。


ただ、生成されたとき、頭の中に記録がある。


六百件を超える術式記録が、全部そこにある。


記録を使う日が、来るかもしれなかった。


ソウが言っていた言葉が、頭に浮かんだ。


「覚えておいた方がいい。そういう気がする」


窓の外の夜が、静かに流れていった。


---


第八十話 了

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