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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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「街の中の魔法」

九月になった。


IMPOでの業務が、少しずつ軌道に乗り始めていた。


翻訳辞書の試験的な照合は、ドイツの担当者と進めていた。最初の十件で、対応関係の整理ができてきた。次回の会議までに、五十件まで進める予定だった。


毎週末、サクと会っていた。


研究室の近くのカフェで話したり、大学のキャンパスを歩いたりしていた。


その週の土曜日、サクが言った。


「今日、少し遠出しない? 市内を歩いてみたい」


「はい。どこに行きますか」


「決めてないけど、街を見たい。ハルトくんと一緒に歩きたい」


「わかりました」


---


電車でサンフランシスコの市内に出た。


九月の午前中だった。


空は青かった。風が少しあった。


駅を出ると、街が広がっていた。


ハルトは少し立ち止まった。


「どうしたの?」サクは言った。


「少し、見ていました」


「何を」


「街の中の魔法です」


サクも立ち止まった。


周囲を見た。


---


通りの角に、魔法式の信号機があった。


日本の信号機と同じように、赤と青が切り替わっていた。ただ、切り替わるときに、光が滑らかに変化した。点滅ではなく、色が流れるように変わった。


「あの信号、日本と違いますね」ハルトは言った。


「そうだね」サクは言った。「日本は点滅するけど、こっちは流れる感じ。魔法の使い方が違うんだ」


「日本の信号は、術式を切り替えるタイミングが電気式に近い。こちらは、魔力の流れを制御することで、切り替えをなめらかにしているんだと思います」


「ハルトくん、信号を見てそれがわかるの?」


「記録で見た術式に、似た制御方法があります」


「さすがだな」サクは言った。「私は、きれいだな、としか思わなかった」


「きれいですね」


「ハルトくんが言うと、違う感じがする」サクは少し笑った。「じゃあ、行こう」


---


大通りを歩いた。


建物の壁面に、魔法式の広告が出ていた。


日本のデジタル広告と似ていたが、動き方が違った。


立体的に見えた。壁から飛び出すように、映像が展開されていた。


「あれ、立体広告ですね」ハルトは言った。


「うん。こっちでは普通なんだよね」サクは言った。「最初に見たとき、すごいと思った。今は慣れちゃったけど」


「日本では、まだ一部しか普及していません」


「そうなんだ。MPBで似た申請、来たことある?」


「類似の技術の申請はいくつかありました。ただ、この規模での実用化は、日本ではまだです」


「アメリカは、こういうのが早いよね」サクは言った。「魔法の応用技術の展開が、日本より速い気がする」


「規制の違いと、市場の大きさが影響していると思います」


「そっか。特許担当者らしい分析だ」サクは言った。少し笑った。


---


少し歩くと、屋台が並んでいた。


市場のような場所だった。


食べ物の屋台に、魔法式の調理台が使われていた。


炎系の魔道具だった。


コンパクトな装置から、安定した炎が出ていた。風が吹いても揺れなかった。出力が一定だった。


「あの調理台、いいですね」ハルトは言った。


「確かに」サクは言った。「日本の屋台のコンロと、全然違う。あんなに安定した炎が出るの?」


「風の影響を受けない術式が組み込まれています。出力の安定化機構も入っていると思います」


「ハルトくん、近くで見てみる?」


「はい」


屋台に近づいた。


炎をよく見た。


色が均一だった。揺れがなかった。


「これ、一般向けの魔道具ですよね」ハルトは言った。「日本では業務用でないとこの精度は出ない機材です」


「へえ」サクは言った。「アメリカでは、一般向けにこれが出回ってるんだ」


「はい。魔道具の普及速度が、日本と違います」


「研究してる立場から見ると、製品化までの道のりが短いってことかな」サクは言った。「規制が少ないのか、企業の動きが速いのか」


「両方だと思います。ただ、安全性の基準が低いわけではない」


「どうしてわかるの」


「炎の安定化機構は、安全基準を満たしていないと認可されない術式です。審査を通った上で、このスピードで普及している、ということです」


「申請の処理が速いってこと?」


「可能性があります。今度、IMPOのデータで確認してみます」


「ハルトくん、今日お休みだよ」サクは言った。笑った。「仕事の話は明日にして」


「はい。すみません」


「謝らなくていいよ」サクは言った。「ハルトくんらしくて、好きだから」


---


屋台で、サクがクレープを買った。


ハルトはコーヒーを頼んだ。


二人で、屋台の前で食べた。


「ハルトくん、今日、楽しい?」サクは言った。


「はい」


「何が一番おもしろかった?」


「信号機です」


「信号機」サクは言った。少し笑った。「観光地じゃなくて、信号機なの」


「魔力の流れを制御してなめらかに切り替える術式が、日常の場所に使われていることが、おもしろかったです」


「日本だったら、もっと特別な場所にしか使われない技術、ってこと?」


「はい。日常インフラに組み込まれているのは、日本ではまだ少ない」


「そういう視点で街を歩くの、新鮮だな」サクは言った。「私は研究者として街を見るけど、ハルトくんは審査員として見てる」


「どう違いますか」


「私は、どうやって作ったんだろうって考える。ハルトくんは、どういう術式が使われてるんだろうって考える」


「似ていると思います」


「そうかな」


「どちらも、仕組みを知りたがっています」


「それはそうだね」サクは言った。「私たち、似てるのかもしれない」


「そう思います」


「嬉しいな、それ」サクは言った。「ハルトくんと似てるって言われると」


---


午後になった。


二人で、市内を歩き続けた。


---


公共の広場に、大きな魔法式の噴水があった。


水が、複雑な形を作って噴き上がっていた。


ただ噴き上がるのではなく、水の流れが螺旋を描き、空中で一瞬止まり、また落ちていった。


「これ、すごいね」サクは言った。


「はい」


「どういう術式だと思う?」


「水系と風系の複合術式だと思います。水の流れを制御する水系と、一瞬止めて形を保つための風系が組み合わさっています」


「複合術式、か」サクは言った。「研究室でも、複合の制御は難しいって話になる。これ、公共の噴水に使ってるって、すごいな」


「はい。制御の精度が高い」


「日本でこれを作ろうとしたら、どのくらいかかると思う?」


「技術的には可能だと思います。ただ、申請から設置までの手続きを考えると、時間がかかります」


「手続きか」サクは言った。「日本は慎重だよね」


「慎重なことは、悪いことではないと思います。ただ、アメリカの展開の速さには、学べる部分があります」


「どちらがいいって話じゃなくて、それぞれの強みがあるってことだね」


「はい。記録として把握できていれば、両方の強みを活かせると思います」


「また記録の話になった」サクは言った。笑った。「でも、ハルトくんが言うと、それが正しいと思える」


---


噴水の近くのベンチに座った。


しばらく、二人で噴水を見ていた。


「ハルトくん、アメリカに来て、どう思った?」サクは言った。


「魔法の使い方が、日本と違います。日本は慎重に、制度の中で使う。アメリカは、生活の中に自然に入っている感じがします」


「研究してる立場から見ても、そう感じる」サクは言った。「日本では、新しい技術を使うとき、色々と確認することが多い。こっちでは、使ってみて、問題があれば直す、という感じ」


「それは、特許の申請数にも表れています。アメリカの登録件数は、日本の一・二倍以上あります」


「そんなに違うの」


「はい。スピードが違います」


「スピードが速いのは、いいことだと思う?」


「いいことと、そうでないことが混在していると思います。スピードが速ければ、技術の普及も速い。ただ、今回の戦争でも、技術が意図しない形で使われました。速さと安全性のバランスが、難しい」


「それって、私の研究にも当てはまる話だね」サクは言った。少し間を置いた。「早く論文を出したい。ただ、出すタイミングを間違えると、意図しない使われ方をする」


「はい。去年、そのことで保留を選びましたね」


「うん。それは、正しかったと思ってる。今でも」サクは言った。「ハルトくんに教えてもらったこと、たくさんあるな」


「私は記録を伝えただけです」


「それが全部だよ」サクは言った。「ハルトくんが伝えてくれた記録が、私の判断の根拠になってた」


---


夕方になった。


二人で夕食を食べることにした。


サクが行きつけだという店に入った。


地中海料理の店だった。


「研究室のメンバーによく来るお店」サクは言った。「おいしいよ」


「はい」


「何頼む?」


「サクさんに任せます」


「また、任せるって言う」サクは言った。「じゃあ、私が選ぶ。ハルトくんに合いそうなものにする」


「はい」


サクが頼んだ。


料理が来た。


食べながら、サクが言った。


「今日、楽しかったね」


「はい」


「ハルトくんと街を歩くの、面白かった。普通に歩いてたら気づかないことを、色々と教えてもらった」


「気づいたことを言っただけです」


「それが面白いんだよ」サクは言った。「信号機の話とか、屋台の話とか、ハルトくんが言うまで、全然意識してなかった。でも、言われてみれば、確かにそうで」


「サクさんは、どこを見ていましたか」


「私は、素材に目が行く」サクは言った。「あの噴水、水の質が日本と違う気がして。ミネラルの成分が魔力の流れに影響するかもしれないって考えてた」


「それは、私には気づけない視点です」


「そうでしょ」サクは言った。「私たち、見てるものが違う。でも、同じ場所を歩いてた。それが面白かった」


「同じ場所で、違うものを見る」


「うん。それが、一緒にいる面白さだと思う」サクは言った。「ハルトくんは、そう思わない?」


「はい。そう思います」


「よかった」サクは言った。「私だけが思ってたら、少し恥ずかしいから」


「恥ずかしいことではありません」


「ハルトくんって、そういうこと、すぐ言ってくれるよね」サクは言った。「ありがとう」


---


店を出た。


夜になっていた。


サンフランシスコの夜は、少し冷たかった。


街の明かりが、あちこちについていた。


魔法式の街灯だった。


日本の街灯より、光が柔らかかった。


ハルトは空を見た。


「街灯も、違いますね」


「また気づいた」サクは言った。笑った。


「光の色が、日本より暖かい。魔力の変換効率を上げるために、別の術式を使っているのかもしれません」


「ハルトくんって、ほんとにどこでも記録のことを考えてるんだね」


「はい」


「嫌?」


「いいえ」


「よかった」サクは言った。「私もそういうとこあるから。どこにいても研究のことを考えてる。ハルトくんが一緒なら、それでいい」


「はい」


「来週も来てくれる?」


「はい」


「また、どこか歩こう」サクは言った。「ハルトくんと歩くと、街の見え方が変わるから、楽しい」


「私も、楽しいです」


「また言ってくれた」サクは言った。嬉しそうだった。「じゃあ、来週」


「はい。来週」


---


電車で宿舎に帰った。


今日のことを頭の中に入れた。


信号機の魔力制御。立体広告。屋台の炎系魔道具。噴水の複合術式。魔法式の街灯。サクの「同じ場所で、違うものを見る、それが一緒にいる面白さ」という言葉。


全部、残った。


街の中に、記録があった。


日本で見てきた術式記録と、今日見たものが、頭の中で照合された。


似ているものがあった。違うものがあった。


日本にはない形が、ここにあった。


宿舎に帰った。


---


第七十九話 了

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