「国際会議」
八月の第三週、月曜日だった。
IMPOでの最初の全体会議があった。
会議室は、オフィスの最上階にあった。
窓からサンフランシスコの湾が見えた。
席についた。
テーブルの上に、小さな装置が置いてあった。
デイヴィッドが説明してくれた。
「翻訳魔道具です。装置を耳に当てると、発言者の言語が自動的に変換されて聞こえます。ただし、術式の専門用語は翻訳精度が落ちることがあります。その場合は、確認してください」
「はい。術式の表現は各国で異なることは、すでに確認しています」
「さすがです」デイヴィッドは言った。「では、始まります」
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参加者は十五名だった。
アメリカ、日本、ドイツ、フランス、イギリス、韓国、オーストラリア、ブラジル、南アフリカ、インド。各国の魔法特許担当者が集まっていた。
議長はIMPOの所長、マーカス・ライトだった。六十代の男性だった。風系の魔法使いだった。白髪だった。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」マーカスは言った。
翻訳魔道具を通じて、日本語として聞こえた。
「本日の議題は三点です。一、各国の特許登録制度の現状報告。二、先般の戦争を踏まえた術式記録の管理方針。三、魔石関連技術の国際的な取り扱いについて」
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最初の議題が始まった。
各国の担当者が、順番に自国の制度の現状を報告した。
アメリカの担当者が言った。
「米国では、魔法特許は通常特許と同じ出願システムを使用しています。術式の記録は、テキストと数値データの組み合わせで提出されます。現在、登録済みの魔法特許は四十二万件です」
翻訳魔道具が、英語を日本語に変換していた。
ドイツの担当者が言った。
「ドイツでは、術式の記録に数値データを中心としたシステムを使っています。魔法の出力を数値として記録することで、再現性の確認が容易になっています。ただし、感覚的な部分の記録が難しいという課題があります」
フランスの担当者が言った。
「フランスでは、術式の動画記録を添付することを義務付けています。実際の動きを記録として残すことで、文字や数値では表現できない部分も保存できます。ただし、データ量が大きくなるという問題があります」
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日本の番になった。
ハルトは立った。
「日本の魔法特許庁、MPBの審査連携部から参加しています、神崎ハルトです」
翻訳魔道具が機能しているはずだった。各国の担当者が聞いていた。
「日本では、特許記録はテキストと図式の組み合わせが基本形式です。現在、登録済みの特許は三十四万件を超えています。また、魔法庁が術式記録を別途管理しており、両者の照合は審査連携部が担当しています」
「非魔法適性者の方ですか」フランスの担当者が言った。
「はい」
「日本では、非適合者が審査に関わる制度があるのですか」
「はい。特許の審査は、魔法適性の有無に関わらず担当できます。私は特許記録の照合と術式記録の管理を担当してきました」
「術式記録の管理を、非適合者が」フランスの担当者は繰り返した。驚いた様子だった。「どうやって理解するのですか」
「記録を通じて理解します。術式を使う感覚は持てません。ただ、術式の構造と目的は、記録から把握できます。感覚では把握できない部分については、魔法使いの担当者と連携して補います」
「記録と連携の組み合わせ、ですか」
「はい。今回の会議でも、その考え方を提案したいと思っています」
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各国の報告が終わった後、マーカスが言った。
「神崎さん、先ほど記録と連携の組み合わせと言いましたが、具体的にはどういうことですか」
「各国の記録形式が異なることは、今日の報告でも確認できました」ハルトは言った。「テキスト、数値、動画、それぞれに長所と短所があります。形式を一つに統一することは、各国の制度に余分な負荷をかけます」
「では、どうするのですか」
「形式を統一するのではなく、照合のための共通基準を作ることが有効だと思います。各国の形式の差異を記録として持ち、その差異を踏まえた上で照合できる仕組みです」
「差異を記録として持つ、というのは、どういうことですか」
「例えば、日本の図式記録とドイツの数値記録が同じ術式を表している場合、両者がどう対応しているかを記録しておきます。一度記録しておけば、次から照合の手間が減ります。差異は消えませんが、差異の意味がわかれば、照合できます」
ドイツの担当者が言った。
「それは、翻訳に近い考え方ですね」
「はい。術式記録の翻訳辞書を作るようなものです」
「なるほど」マーカスは言った。「面白い考え方です。具体的な提案として、次回の会議に出してもらえますか」
「はい。準備します」
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二つ目の議題に入った。
先般の戦争を踏まえた術式記録の管理方針だった。
マーカスが口を開いた。
「今回の戦争で、登録済みの術式記録が無断で使用された可能性が確認されました。各国の記録が適切に管理されていなかったことが、一因と考えられています。この点について、各国の見解を聞かせてください」
イギリスの担当者が言った。
「英国としては、記録へのアクセス管理の強化が必要だと考えています。誰がどの記録にアクセスしたかを、ログとして残す仕組みが必要です」
「韓国も同様の立場です」韓国の担当者が言った。「ただ、アクセス管理を強化すると、正当な研究者の利用が制限される可能性があります。そのバランスが課題です」
マーカスがハルトを見た。
「神崎さん、日本での捜査協力の経験から、何かコメントはありますか」
ハルトは少し間を置いた。
「はい。今回の件で確認されたことを申し上げます」
室内が少し静かになった。
「術式記録の骨格と、戦場で観測された術式の特徴を照合した結果、複数の一致が確認されました。ただし、術式の出力が記録の標準形を大きく超えていました。記録そのものが流出したというより、記録の骨格を参照した上で、外部から魔力を補強した可能性があります」
「外部からの魔力補強、というのは」
「魔石を介した供給です」ハルトは言った。「記録の術式に、魔石による出力増強を組み合わせることで、標準形を超える出力が可能になります」
「それは、記録の管理だけでは防げないということですか」
「記録の管理は必要です。ただ、それだけでは不十分かもしれません。魔石の流通管理も、合わせて必要になると思います」
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室内が少し動いた。
南アフリカの担当者が言った。
「魔石の流通管理は、現在、各国が個別に行っています。国際的な統一管理は、これまで議論されていませんでした」
「そうです」マーカスは言った。「ただ、今回の件を受けて、検討が必要になりました。神崎さん、日本ではどういう状況ですか」
「日本では、魔石の流通管理は経済産業省が担当しています。ただ、今回の件を受けて、MPBと魔法庁の間で魔石関連の特許記録と照合する仕組みを整備しています」
「具体的には」
「魔石の精製技術に関する特許と、術式記録を並べて確認することで、どの技術がどの術式に影響するかを把握します。これにより、流通管理と記録管理を連動させることができます」
「それは、今回の会議でも取り入れられそうな考え方ですね」マーカスは言った。
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三つ目の議題に移った。
魔石関連技術の国際的な取り扱いについてだった。
マーカスが言った。
「今回の戦争を受けて、魔石関連技術の特許管理を国際的に統一する必要があるという意見が出ています。現在、各国が独自に管理しているため、国際的な把握が難しい状況です」
インドの担当者が言った。
「インドとしては、国際管理の枠組みには賛成ですが、各国の産業への影響を懸念しています。魔石産業は、多くの国で重要な産業です。過度な規制は、産業の発展を妨げます」
「ブラジルも同様の懸念があります」ブラジルの担当者が言った。「規制と発展のバランスが重要です」
ドイツの担当者が言った。
「ドイツとしては、軍事転用の可能性がある技術については、厳格な管理が必要だと思います。ただ、民生用途の技術については、管理を緩やかにすることで産業の発展を促進すべきです」
「軍事用途と民生用途の区別が、鍵になりますね」マーカスは言った。「神崎さん、日本での経験から、この区別についてどう考えますか」
ハルトは少し考えた。
「区別は必要だと思います。ただ、区別の基準が難しい」ハルトは言った。「同じ技術が、目的によって民生にも軍事にもなります。技術そのものを管理するより、技術の使われ方を記録として追跡することが、より現実的かもしれません」
「技術の使われ方を追跡する、というのは」
「特許として登録された技術が、どこで、どう使われたかを記録として残す仕組みです。軍事転用が確認された場合に、その記録を根拠として対応できます。事前に禁止するより、事後に確認できる仕組みの方が、産業への影響が少ないと思います」
「記録による追跡、ですか」フランスの担当者が言った。「面白いアプローチです」
「ただ、追跡の仕組みを作るには、各国の協力が必要です」ハルトは言った。「一国だけでは機能しません」
「それが、IMPOの役割ですね」マーカスは言った。「神崎さん、その追跡の仕組みについても、次回の会議で具体的な提案を出してもらえますか」
「はい。準備します」
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会議が終わった。
三時間かかった。
参加者が席を立ち始めた。
数人が、ハルトのところに来た。
ドイツの担当者が言った。
「神崎さん、術式の翻訳辞書というアイデア、具体的にどう進めるつもりですか。詳しく話せますか」
「はい。まず各国の記録を一定数、並べて確認します。同じ術式を表していると考えられる記録を照合しながら、対応関係を整理します」
「照合の基準はどうしますか。形式が違えば、比較が難しいのでは」
「術式の目的と骨格を基準にします。形式が違っても、何のための術式か、どういう構造で動くかは、共通している部分があります。そこを基準に照合します」
「なるほど」ドイツの担当者は言った。「試験的に、日本とドイツの記録で照合してみませんか。一件でも実例があれば、他の国にも提案しやすくなります」
「はい。やりましょう」
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韓国の担当者も来た。
「神崎さん、非適合者として審査に関わる経験を、研修プログラムでも話してもらえますか」
「はい。どういう内容を求めていますか」
「韓国では、非適合者の審査員の割合が少ないです。制度として増やす方向で動いていますが、実際にどう機能するかの事例が少くて。神崎さんの経験が参考になると思っています」
「わかりました。研修プログラムで話せます。ただ、制度の話だけでなく、具体的な照合事例も含めた方が、実践的だと思います」
「ぜひそうしてください」韓国の担当者は言った。「楽しみにしています」
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デイヴィッドが近づいてきた。
「神崎さん、今日の会議、どうでしたか」
「課題が明確になりました。次回の会議までに、二つの提案を準備します」
「翻訳辞書の話と、追跡の仕組みの話ですね」
「はい。どちらも、記録を積み上げることが基本になります」
「神崎さんって、どこに行っても同じことを言いますね」デイヴィッドは笑った。
「そうですか」
「いい意味です」デイヴィッドは言った。「記録が基本、というのは、誰にでもわかる言葉です。国が違っても、そこは共通しています」
「はい。そう思っています」
「今日は、神崎さんが来てよかったと、改めて思いました」デイヴィッドは言った。「マーカスも、そう思っていると思います」
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夕方、オフィスを出た。
サンフランシスコの夜が始まっていた。
歩きながら、今日のことを頭の中に入れた。
十五名の参加者。各国の記録形式の違い。翻訳辞書という考え方。戦争を踏まえた記録管理の議論。魔石の流通と記録の連動。技術の使われ方を追跡するという提案。ドイツの担当者との照合の約束。韓国の担当者からの研修の依頼。
全部、残った。
記録の話を、国際的な場でした。
言語が違っても、記録の重要さは共通していた。
形式が違っても、骨格が共通する部分があった。
それが今日、確認できた。
翻訳魔道具が言葉を変換していた。
ただ、記録という言葉は、どの言語でも同じ重さで届いていた気がした。
空が暗くなっていた。
宿舎に帰った。
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第七十八話 了




