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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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「帰還と、次の場所」

一月になった。


年が明けた。


停戦合意から、二週間が経っていた。


戦況は、合意通りに動いていた。ロシア軍の撤退が始まった。バルト三国の国境付近から、部隊が引いていった。完全な解決ではなかったが、戦闘は止まっていた。


魔法庁のフロアの緊張が、少しずつほどけていった。


---


一月の第二週、火曜日だった。


朝、ニュースを確認した。


**アルカナテック、魔石応用製品の新ラインナップを発表 民生用途に特化した小型魔石デバイス**


ハルトは記事を読んだ。


発表会の映像が記事に添付されていた。


桐島社長が壇上に立っていた。


「弊社は、魔石技術の平和的利用のために研究を続けてきました。今回の新製品は、その集大成です」


新製品のラインナップが発表された。


家庭用の魔力補助デバイス。医療用の魔力安定装置。工業用の魔力変換ユニット。


全部、民生向けだった。


軍事応用を連想させるものは、一つもなかった。


---


藤本が声をかけてきた。


「神崎さん、見ましたか」


「はい」


「どう思いますか」


「民生向けに特化した発表です」ハルトは言った。「タイミングとしては、今回の件との関連を否定する意図があると思います」


「停戦後すぐの発表ですよね」


「はい。自分たちは平和的な企業だという印象を、今のうちに作りたいのかもしれません」


「実際、どうなんですか。捜査の結果は」


「国際連携部から、近日中に正式な発表があると聞いています」


---


昼前、国際連携部からメールが届いた。


件名は「アルカナテック関連案件の捜査結果について」だった。


読んだ。


---


内容を整理した。


今回の捜査において、アルカナテック株式会社および桐島社長を含む現経営陣への直接的な関与は、確認されなかった。


アルカナテックの技術が軍事転用されたことは事実として確認されたが、それは会社組織としての意思決定によるものではなく、特定の人物による不正行為だったと判断された。


逮捕されたのは、アルカナテックの関連会社の社員だった。


氏名は、田島ケンという四十代の男性だった。


田島は、アルカナテックの関連会社を通じてロシア側の仲介者と接触し、魔石の精製技術と出力増強に関するデータを提供していた。東欧のサーバーへの転送は、田島が主導していた。


アルカナテック本社の権限を使ってデータにアクセスできた経緯については、田島が複数の社員を巻き込んでいたことが確認された。その中に、アルカナテックが三谷コウに接触した経路も含まれていた。


三谷に虚偽の発言をさせるよう誘導したのも、田島だったと確認された。


---


ハルトは読み終えた。


少し間を置いた。


田島ケン。


知らない名前だった。


ただ、全部が繋がった。


田島がアクセスしたデータ。東欧のサーバー。三谷への接触。虚偽の発言の誘導。


全部、田島という人間が中心にあった。


ただ、一つだけ、まだ見えていないことがあった。


田島がなぜそうしたのか。何のために、ロシアに技術を流したのか。


メールには、その動機については捜査中と書かれていた。


---


ソウから連絡が来た。


「メール、見たか」


「はい。田島という人物が逮捕されました」


「ああ。知ってた」ソウは言った。「先週、内々に確認していた。お前に言えるタイミングを待っていた」


「動機については、捜査中とのことでした」


「そうだ。ただ、俺が把握している範囲では、田島は金銭的な動機が強かったようだ。技術を売ることで、個人として相当の利益を得ていた」


「アルカナテックとしての意思決定ではなかった、ということですか」


「会社として動いていたとは言えない」ソウは言った。「桐島は知らなかった可能性が高い。実際、桐島が今朝の発表会を開いたのも、会社としての立場を明確にするためだろう」


「民生向けに特化した発表を、今のタイミングで行った理由ですね」


「そういうことだ」ソウは言った。「アルカナテックは、田島個人の行為によって会社が巻き込まれた形を取る。それが今後の経営判断に有利になる」


「はい」


「ただ、三谷へのことは、桐島も知っていたかもしれない。そこは、まだ確認できていない」


「はい」


「いずれにせよ、捜査はここから当局が担う。俺たちの役割は一段落だ」


「わかりました」


「お前の照合記録は、捜査の根拠として正式に使われた」ソウは言った。「よくやってくれた」


「ありがとうございました」


---


夕方、サクに電話した。


二回のコールで出た。


「ハルトくん、今日の発表見た? アルカナテック」


「はい。それと、捜査の結果も確認しました」


「捜査の結果?」


「はい。伝えていいことがあります」


「うん、聞かせて」


「アルカナテックの関連会社の社員が逮捕されました。田島ケンという人物です。ロシアへの技術流出を主導していたのは、この人物だったと確認されました」


「アルカナテック本体じゃなくて、関連会社の社員、ということ?」


「はい。アルカナテック本社の経営陣への直接的な関与は、確認されなかったとのことです」


「そっか」サクは少し間を置いた。「三谷くんに嘘をつかせたのも、その人?」


「はい。三谷さんに虚偽の発言をさせるよう誘導したのも、田島だったと確認されました」


電話口が少し静かになった。


「三谷くんは、やっぱり誰かに利用されてたんだね」サクは言った。


「はい」


「悲しいな」サクは言った。「怒りとか、憎しみとかじゃなくて、ただ悲しい」


「はい」


「三谷くんのお母さんに、伝わるといいな。息子さんが何をされていたか、ちゃんと明らかになったってことが」


「捜査の結果として、記録に残ります。三谷さんが誘導されていたことも、記録として残ります」


「うん」サクは言った。「それだけでも、よかった」


少し間があった。


「ハルトくん、私が気になって調べてたことが、ちゃんと役に立てた?」


「はい。捜査の中で、重要な繋がりを示す情報として使われました」


「よかった」サクは言った。「三谷くんのことを、ずっと引っかかってたから。少しでも明らかになることに繋がれて、よかった」


「はい」


「ありがとう、ハルトくん。色々教えてくれて」


「こちらこそ、ありがとうございました」


---


電話が切れた。


ハルトはデスクに残っていた。


田島ケン。


その名前が、今夜の記録として残った。


ただ、一つだけ、頭に残っていることがあった。


田島がどこまで動いていたか。桐島が本当に知らなかったのか。


全部が明らかになったわけではなかった。


ただ、今夜は、一つの区切りだった。


コートを着た。帰った。


---


二月になった。


捜査協力の業務が、正式に一段落した。


国際連携部から、正式な礼状が届いた。


堂島部長がハルトに渡した。


「神崎くん、取っておいてくれ」


「はい」


「お前がいなければ、骨格一致の三件は見つからなかった。それは事実だ」堂島部長は言った。「魔法庁での一年半、よくやってくれた」


「一年半、ですか」


「来月で、一年半になる」堂島部長は言った。「来年三月まで延長していたが、その期間も、残りわずかだ」


「はい」


「神崎くん、MPBに戻ることについて、どう思っているか、聞いていいか」


ハルトは少し考えた。


「戻ることを楽しみにしています。ただ、ここでやってきたことも、正しかったと思っています」


「両方、思っているということか」


「はい」


「それが正直なところだな」堂島部長は言った。「魔法庁としては、お前にいてほしい気持ちがある。ただ、MPBに帰るのも、正しいことだと思っている」


「ありがとうございます」


「来月まで、よろしく頼む」


---


三月になった。


魔法庁での最終日の前日、倉田主任が声をかけてきた。


「明日で最後か」


「はい」


「引き継ぎ資料、問題なく受け取った」倉田主任は言った。「丁寧に作ってくれた」


「使ってもらえるように、できる限り整理しました」


「ギャップの整理資料は、来年度の新人研修でも使う予定だ」倉田主任は言った。「お前が整理したものが、残り続ける」


「はい」


「神崎さん、一つだけ聞いていいか」倉田主任は言った。


「はい」


「ここに来て、どうだったか」


ハルトは少し考えた。


「術式を記録として理解することができました。記録と実践のギャップが、想像より深いことがわかりました。それを埋めることに、少し貢献できた気がします」


「それだけか」


「あと」ハルトは言った。「倉田主任と一緒に仕事ができて、よかったです」


倉田主任は少し間を置いた。


「俺もそう思っている」倉田主任は言った。「お前が来るまで、記録を軽く見ていた部分があった。お前と仕事をして、それが変わった」


「はい」


「礼を言う」倉田主任は言った。それだけだった。


自分のデスクに戻った。


---


最終日、フロア全体で小さな送別会があった。


藤本が段取りをしてくれた。


飲み物とつまみが並んだ。


堂島部長が一言言った。


「神崎くん、一年半、ありがとう。また来てくれ」


拍手があった。


ハルトは頭を下げた。


「お世話になりました。ここでの記録は、全部持って帰ります」


藤本が笑った。


「神崎さんらしい挨拶だ」


「それしか言えないので」


「それが全部です」藤本は言った。「また連絡してくださいね。術式のことで聞きたいことがあれば、いつでも」


「はい。こちらからも連絡します」


---


翌週、MPBに戻った。


エレベーターを降りた。


四階のフロアに入った。


リアがデスクにいた。


顔を上げた。


「おかえりなさい」


「ただいまです」


それだけだった。


それだけで、十分だった。


---


岸本が駆け寄ってきた。


「神崎さん、お帰りなさい! 待ってました」


「待っていてくれたんですか」


「当然ですよ」岸本は言った。「一年半、長かったです。フロア、静かすぎて」


「岸本さんがいれば、静かにならないと思いますが」


「それ、褒めてますか」


「はい」


「ありがとうございます」岸本は笑った。「鶴田くんも待ってますよ」


---


鶴田がデスクから立ち上がった。


「神崎さん、お帰りなさい」


「お帰り、と言ってもらえるのは、嬉しいです」


「一年半前の、約束覚えてますか?」


「約束ですか」


「戻ってきたらまた教えてくれるって言いましたよね、一年半前」鶴田は言った。「まだ、たくさん聞きたいことがあります」


「はい。聞いてください」


「本当にいいんですか」


「はい。いつでも」


「じゃあ、今日から」鶴田は言った。あっさりした言い方だった。「よろしくお願いします」


---


昼休み、リアと第三審査室で話した。


「この一年半、色々ありましたね」リアは言った。


「はい」


「神崎さんが魔法庁にいる間に、世界が動いた気がします」


「動きましたね」


「佐久間さんの件も、戦争の件も、捜査の件も」リアは言った。「全部、神崎さんが記録を持ち続けたから、繋がった部分があります」


「白銀主任が記録を守ってくれたことも、大きかったです」


「二人でやってきたことです」リアは言った。「また、一緒に仕事ができますね」


「はい。よろしくお願いします」


「こちらこそ」リアは言った。少し間を置いた。「神崎さん、魔法庁で変わったことはありますか」


「はい。術式を記録として持つことができました。それが何かに繋がる予感がしています」


「予感、ですか」


「はい。まだわかりません。ただ、持っていることに意味がある気がします」


「そうですね」リアは言った。「記録は、必要になったときに意味を持つことがあります」


「はい。そう思っています」


---


四月になった。


MPBに戻って、一ヶ月が経った。


通常業務に戻った。


申請の受理、書類の確認、審査の補助。


いつもの仕事だった。


ただ、一年半前より、持っているものが増えていた。


三十四万件を超える特許記録。六百件を超える術式記録。訓練場で見た術式の動き。倉田主任の百十七回の試行記録。ギャップの整理資料。骨格一致の三件。


全部、頭の中にあった。


消えない場所に。


---


大学での講義も、新年度から再開した。


青山が、最前列に座っていた。


「また来ました」


「はい。待っていました」


「今年は、去年より難しい内容をやってほしいです」青山は言った。「去年の授業で、記録の基礎はわかりました。今年は、その先を知りたい」


「わかりました。考えます」


「あと」青山は少し間を置いた。「去年、最初に失礼なことを言いました。改めて、謝ります」


「はい。受け取りました」


「それと、一個だけ聞いていいですか」


「どうぞ」


「神崎さんって、なんで記録にこだわるんですか。最初からずっと、記録の話をしていますよね」


ハルトは少し考えた。


「誰かが積み上げてきたものが、正しく残るかどうかを、私が確認できる場面があります」ハルトは言った。「それが、記録にこだわる理由です」


「誰かが積み上げてきたもの、ですか」


「はい。記録がなければ、その人が何をしたかが消えます。記録があれば、残ります」


「残ることに、意味があると思っているんですか」


「はい。残ることで、次の人間が使える。繋がっていく。それが記録の本当の意味だと思っています」


青山はノートに書いた。


「わかりました」青山は言った。「今年もよろしくお願いします」


---


五月、六月と過ぎた。


業務は順調だった。


サクとの電話は続いていた。


研究の進捗が、少しずつ届いていた。


変換効率が、六十五パーセントになった。


論文の準備が、最終段階に入った。


約束が、近づいていた。


---


七月の第一週、月曜日だった。


朝、リアに呼ばれた。


第三審査室に入った。


「座ってください」


座った。


リアは書類を一枚、テーブルに置いた。


「神崎さんに、話があります」


「はい」


「先週、MPBに依頼が届きました」リアは言った。「アメリカの国際魔法特許庁、通称IMPOから、出向の依頼です」


ハルトは少し間を置いた。


「アメリカの、ですか」


「はい」リアは言った。「IMPOは、各国の魔法特許制度を統括する国際機関です。今年から、各国の実務担当者を招いた研修プログラムを始めるとのことで、日本から一名を推薦してほしいという依頼が来ました」


「はい」


「MPBとして、神崎さんを推薦しようと思っています」


「理由を聞いていいですか」


「いくつかあります」リアは言った。「一つ目、神崎さんはMPBでの特許審査経験と、魔法庁での術式記録の照合経験を持っています。両方を持っている人間は、今のMPBにいません」


「はい」


「二つ目、今回の戦争と捜査協力を通じて、神崎さんの記録照合能力は国際的にも認知されています。国際連携部からの礼状も、その根拠になります」


「はい」


「三つ目」リアは少し間を置いた。「神崎さんに一番伝えたい理由です」


「はい」


「佐久間さんが、アメリカにいます」


---


リアは続けた。


「IMPOの所在地は、サンフランシスコです。佐久間さんの研究室がある大学まで、一時間ほどの距離にあります」


ハルトは少し間を置いた。


「それを、考慮してくれたんですか」


「はい」リアは言った。「魔法庁への出向のとき、七月末という時期を選んだことがあります。今回も、神崎さんのことを考えました」


「はい」


「佐久間さんは来年の春に論文提出を予定していると、神崎さんから聞いています」リアは言った。「出向期間は一年です。来年の夏までアメリカにいることになれば、その間に近くにいられます」


「白銀主任」ハルトは言った。


「はい」


「これは、私への配慮ですか。それとも、MPBとしての判断ですか」


リアは少し間を置いた。


「両方です」リアは言った。「神崎さんが行くことで、MPBの国際的な連携が強化されます。それはMPBとして意味があります。ただ、神崎さんにとっても、意味がある時期だと思いました」


「はい」


「どう思いますか」


ハルトは少し考えた。


「行きます」


「即答ですね」リアは言った。少し笑った気配があった。


「考えることがあまりありませんでした」


「そうですか」


「MPBとしての理由も、個人としての理由も、両方あります。どちらも、行くべき理由になります」


「わかりました」リアは言った。「IMPOへの連絡は、私が進めます。出向は、八月の予定です」


「はい」


「神崎さん」


「はい」


「佐久間さんへの連絡は、あなたがしてください」


「はい」


「今回のことも含めて、ちゃんと話してください」


「はい」


---


第三審査室を出た。


フロアに戻った。


デスクに座った。


サクに電話した。


一回のコールで出た。


「ハルトくん、こんにちは。どうしたの、昼間から」


「はい。少し、話したいことがあります」


「うん、どうぞ」


「八月から、アメリカに行くことになりました」


電話口が少し静かになった。


「アメリカ、に?」


「はい。サンフランシスコにある国際魔法特許庁への出向が決まりました」


「サンフランシスコ」サクは繰り返した。「それって」


「サクさんの研究室から、一時間ほどの距離です」


また少し間があった。


「ハルトくん」


「はい」


「近くに来るってこと?」


「はい」


「一年間?」


「はい」


サクは少し間を置いた。


「それって、リアさんが考えてくれたの?」


「はい。業務上の理由と、個人的な配慮の両方があると言っていました」


「リアさん」サクは言った。「すごい人だな」


「はい」


「ハルトくんは、どう思ってる?」


「行くべきだと思っています。業務としても、個人としても」


「個人として、というのは」


「サクさんの近くにいられる時期があることは、私にとって意味があります」


サクはしばらく黙っていた。


「ハルトくん、それって」サクは言った。声が少し変わった。「嬉しいこと言うじゃないか」


「事実として言っています」


「わかってる」サクは言った。「でも、嬉しい。すごく嬉しい」


「はい」


「じゃあ、来年の春に論文出すとき、近くにいてくれるんだね」


「はい」


「約束、そのときに果たせるかもしれない」サクは言った。「研究が完成したとき、最初に使ってもらう約束」


「はい。覚えています」


「近くにいてくれるなら、もっと頑張れる」サクは言った。「絶対に、間に合わせる」


「はい。待っています」


「ハルトくん」


「はい」


「来てくれてありがとう、と、今から言っておく」


「まだ来ていません」


「予約」サクは言った。笑った声が聞こえた。「来てくれたときに改めて言うけど、今から言っておきたかった」


「はい。受け取りました」


「また話そう。今夜、電話してもいい?」


「はい」


「じゃあ、また夜に」サクは言った。「おやすみじゃないけど、また夜に」


「はい。また夜に」


---


電話が切れた。


ハルトはデスクに座ったまま、少し動かなかった。


八月から、アメリカに行く。


サクの近くに、一年いる。


論文が提出される春も、そこにいる。


---


今日のことを頭の中に入れた。


アルカナテックの発表。田島の逮捕。捜査の一段落。MPBへの帰還。青山の「今年は先を知りたい」という言葉。リアの「両方の理由があります」という言葉。サクの「来てくれてありがとう、と今から言っておく」という言葉。


全部、残った。


記録は積み上がっていた。


次の場所が、決まった。


八月、アメリカへ。


七月の空が、少し眩しかった。


帰った。


---


第七十四話 了

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