「四月のフロア」
四月の第三週になった。
魔法庁の新人が入庁して、一週間が経っていた。
今年の新人は六名だった。魔法使いが四名、魔力保有者が一名、非魔法適性者が一名だった。
審査連携部には、そのうち二名が配属された。魔法使いの男性と、魔力保有者の女性だった。
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月曜日の朝、フロアが少し賑やかだった。
新人研修が始まっていた。
藤本が担当だった。
会議室に新人二名を連れていく前に、フロア全体への簡単な紹介があった。
「今年から配属になりました、審査連携部の新人です。皆さん、よろしくお願いします」
新人が頭を下げた。
フロアから拍手が起きた。
ハルトも、デスクから顔を上げた。
二名の新人を見た。
緊張していた。
一年前の、岸本や鶴田を思い出した。
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ただ、ハルトは研修には入らなかった。
今年の研修担当は藤本だった。ハルトは補助に入る予定もなかった。
大学の講義業務が加わったことと、国際連携部への照会対応が続いていることで、今年は研修から離れたところで動く形になっていた。
それは、堂島部長と事前に確認していた。
「神崎くんには、研修より優先してほしい業務がある」堂島部長は言った。「新人の育成は藤本に任せる。お前は、お前にしかできないことをやってくれ」
「はい」
「ただ、新人が困ったことがあれば、声をかけてやってくれ」
「はい」
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午前中、照合作業を続けた。
国際連携部から届いていた照会案件が、三件残っていた。
アルカナテックの関連申請の追加確認依頼だった。先月の件の続きだった。
一件ずつ確認した。
会議室の方から、時折、声が聞こえてきた。
藤本の説明する声。新人が質問する声。
内容は聞こえなかった。ただ、雰囲気は伝わってきた。
真剣だった。
ハルトは手元の照合作業に視線を戻した。
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昼前、会議室から新人二名が出てきた。
藤本が言った。
「午後は窓口見学の予定です。少し休憩してから始めます」
新人の二名がデスクに戻った。
一名が、ハルトの方をちらりと見た。
魔力保有者の女性だった。二十二歳くらいだった。名前は、佐藤ミキという名前だと、朝の紹介で聞いていた。
ハルトと目が合った。
佐藤は少し固まった。
会釈した。
「あの」佐藤は言った。「神崎さん、ですか」
「はい」
「今年から配属になりました、佐藤ミキです」
「はい。よろしくお願いします」
「あの、少し聞いていいですか」佐藤は言った。
「はい」
「神崎さんは、大学でも授業をしているんですよね。藤本さんから聞いて」
「はい。今年度から担当しています」
「魔法庁に在籍しながら、大学で教えているんですか」
「はい。月に二回です」
「どんな授業ですか」
「特許制度と術式理解に関する授業です」
「術式理解、ですか」佐藤は言った。「神崎さんは、非適合者なのに術式が理解できるんですか」
「記録を通じて理解しています」
「記録を通じて」佐藤は繰り返した。「それって、どういうことですか」
「術式を使う感覚は持てません。ただ、術式の構造を記録として把握することはできます。それが理解の一つの形だと思っています」
佐藤は少し考えた。
「私は魔力保有者なので、術式は少し使えます。でも、記録として把握するという感覚は、あまりなくて」
「記録として把握する方法は、この仕事を続けていれば自然と身につくと思います」
「そうですか」佐藤は言った。「少し、楽しみになりました」
「はい」
藤本が声をかけてきた。
「佐藤さん、昼休みにしてください。神崎さんの業務の邪魔をしないように」
「すみません」佐藤は頭を下げた。それから小声でハルトに言った。「ありがとうございました」
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昼休み、一人で食堂に行った。
食堂に、もう一人の新人がいた。
魔法使いの男性だった。名前は、渡辺ショウという名前だった。一人でトレーを持って座っていた。
ハルトが隣のテーブルに座った。
渡辺が気づいた。
「神崎さん、一緒に食べてもいいですか」
「はい」
渡辺がトレーを移動させた。
しばらく、二人とも黙って食べた。
「神崎さん、新人研修には入らないんですか」渡辺は言った。
「今年は別の業務があるので」
「そうなんですか」渡辺は言った。「藤本さんから、神崎さんのことを少し聞きました」
「何を聞きましたか」
「非適合者なのに、術式記録の照合を一人でやっていたと。フロアの遅れを全部解消したって」
「藤本さんと一緒にやりました」
「でも、中心は神崎さんだったって言ってました」渡辺は言った。「俺、魔法使いなんですけど、非適合者にそういう仕事ができるとは思っていなかったんで、少し驚いて」
「記録を扱う仕事は、魔法適性とは関係ないと思っています」
「そういうもんですか」渡辺は言った。「俺、まだ魔法使いの方が色々できるって思ってました」
「できることは違います。ただ、到達できる場所は同じだと思っています」
渡辺は少し間を置いた。
「それ、どういう意味ですか」
「記録として正確に仕事をすることは、魔法使いでも非適合者でも同じようにできます。方法が違うだけです」
「方法が違うだけ、か」渡辺は繰り返した。「なんか、去年の説明会でMPBの人が言ってた言葉に似てる気がします」
「そうですか」
「神崎さん、MPBにいたんですよね。もしかして、説明会に来たことありますか」
「はい。説明会の担当をしたことがあります」
「ええ」渡辺は言った。「俺、MPBの説明会も行ったことあって。そのときに似た言葉を聞いた気がして。まさか、神崎さんだったんですか」
「年度はいつですか」
「二年前です」
「はい。担当していました」
渡辺はしばらくハルトを見た。
「じゃあ、神崎さんの言葉を、俺、聞いたことあるんですね」渡辺は言った。「魔法庁を選んだのは別の理由ですけど、なんか、繋がってる感じがして不思議です」
「そうですか」
「はい」渡辺は言った。「これから、よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします」
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午後、ハルトはデスクで照合作業を続けた。
会議室では、藤本が窓口対応のロールプレイを始めていた。
笑い声が聞こえた。
新人が何か間違えたらしかった。藤本が笑いながら指摘している声が聞こえた。
ハルトは画面を見ながら、少し耳を傾けた。
一年前、岸本と鶴田と室田に同じ研修をした。
二年前は、自分が受ける側だった。
今年は、離れたところで別の仕事をしている。
それだけのことだった。
ただ、少し、不思議な感じがした。
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夕方、藤本がデスクに戻ってきた。
「神崎さん、今日の新人、どうでしたか。少し話しましたよね」
「はい。佐藤さんと昼に渡辺さんと話しました」
「どう思いましたか」
「真剣だと思いました」
「そうですよね」藤本は言った。「渡辺くんは魔法使いとして優秀です。ただ、少し、魔法使いが上という前提が強い感じがあって」
「はい。少し話しました」
「どんな話をしたんですか」
「到達できる場所は同じだという話をしました」
「MPBの説明会で言っていた言葉ですか」
「はい。説明会で言った言葉を、研修にも使うことになりました」
「なんか、繋がってますね」藤本は言った。「神崎さんの言葉が、色々なところに届いてる」
「そうかもしれません」
「倉田主任が言ってましたよ」藤本は小声で言った。
「何を言っていましたか」
「神崎さんがいる間に、ちゃんと引き継いでおけって、新人二名に言ってたみたいです」
「倉田主任が」
「はい」藤本は言った。「あの方なりに、神崎さんのことを大切に思ってるんだと思います」
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定時になった。
新人二名が帰り支度をしていた。
佐藤が帰り際にハルトのデスクの前を通った。
「神崎さん、今日はありがとうございました」
「研修、どうでしたか」
「大変でしたが、楽しかったです」佐藤は言った。「記録を通じて理解するという話、考えながら研修を受けました」
「そうですか」
「記録として把握する方法、早く身につけたいと思いました」佐藤は言った。「また聞いてもいいですか」
「はい。いつでも」
佐藤が出ていった。
渡辺も会釈して出ていった。
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フロアが静かになった。
ハルトはデスクに残っていた。
今日のことを頭の中に入れた。
新人二名の顔。佐藤の「楽しみになりました」という言葉。渡辺の「繋がってる感じがして不思議です」という言葉。藤本の「神崎さんの言葉が、色々なところに届いてる」という言葉。倉田主任が新人に言ったという言葉。
全部、残った。
今年は研修に入らなかった。
横目で見ていた。
ただ、離れていても、少し繋がった部分があった。
MPBの説明会で言った言葉が、二年後に魔法庁の食堂で出てきた。
記録は、予想外の場所で残っていることがある。
コートを着た。
帰った。
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第六十九話 了




