「教壇」
三月の第三週だった。
堂島部長に呼ばれた。
「神崎くん、少し話がある」
部長室に入った。座った。
「来年度から、新しい業務が加わる」堂島部長は言った。「国立大学からの依頼だ」
「大学からですか」
「ああ」堂島部長は書類をテーブルに置いた。「国立魔法科学大学から、魔法庁に講義の依頼が来た。内容は、特許制度と術式理解に関する講義だ。対象は法学部と魔法科学部の合同授業で、三年生と四年生が対象になる」
「はい」
「月に二回、半期の予定だ。四月から九月まで、合計十二回」堂島部長は言った。「担当者として、神崎くんを推薦した」
ハルトは少し間を置いた。
「私がですか」
「ああ」
「理由を聞いていいですか」
「いくつかある」堂島部長は言った。「一つ目、お前はMPBで特許の記録を扱い、魔法庁で術式記録の照合をしてきた。その両方を持っている人間が、今の魔法庁にはほとんどいない」
「はい」
「二つ目、お前は非適合者だ」堂島部長は言った。「法学部の学生には、魔法適性のない学生も多い。そういう学生に、特許と術式の関係を教えられる立場にある」
「三つ目は」
「三つ目は、俺の直感だ」堂島部長は少し笑った。「お前が教えると、伝わる気がする」
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「講義の内容は、どの程度決まっていますか」
「大学側からの要望は、大まかな方向性だけだ」堂島部長は書類を開いた。「特許制度の基礎、術式記録の仕組み、特許と術式の関係性、実際の審査事例。この四つのテーマを軸に、あとは担当者が組み立てる形だ」
「はい」
「ただ、お前には一点、追加でお願いしたいことがある」
「はい」
「理論だけじゃなく、記録と実践のギャップについても触れてほしい」堂島部長は言った。「お前がここで一年かけて整理してきたことが、学生にとって一番実践的な話になると思う」
「わかりました」
「やれるか」
ハルトは少し考えた。
「やります」
「よかった」堂島部長は言った。「大学側には、そう伝える」
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デスクに戻った。
藤本が声をかけてきた。
「神崎さん、部長室でどんな話でしたか」
「来年度から、国立大学で講義をすることになりました」
「講義」藤本は言った。「神崎さんが、大学で」
「はい。特許制度と術式理解に関する授業です。月に二回、半期の予定です」
「それはすごいですね」藤本は少し間を置いた。「神崎さん、授業って、やったことありますか」
「ありません」
「どうするんですか」
「準備します」
「そうですよね」藤本は笑った。「神崎さんって、そういうとこ、ぶれないですよね」
「準備するしかないと思っています」
「手伝えることがあれば言ってください」藤本は言った。「術式の説明が必要な部分は、一緒に考えます」
「ありがとうございます。お願いするかもしれません」
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その夜、リアに連絡した。
「来年度から、国立魔法科学大学で講義を担当することになりました」
少し待つと、返信が来た。
「聞いていました。堂島部長から事前に連絡がありました」
「そうですか」
「どう思いましたか」
「準備が必要だと思っています。ただ、やれることだと思います」
少し間があった。
「神崎さんに一点、伝えてもいいですか」
「はい」
「去年の説明会で、神崎さんが話した言葉が、今年の新人を一人、連れてきました」リアは言った。「鶴田さんのことです」
「はい」
「神崎さんの言葉が、誰かの選択を動かすことがあります。それを、覚えておいてください」
「はい」
「講義も、同じだと思います」リアは言った。「記録と同じです。神崎さんが話したことが、誰かの中に残ります」
「はい」
「頑張ってください」リアは言った。「応援しています」
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ソウにも連絡した。
「来年度から、国立大学で講義をすることになりました」
返信が来た。
「知ってる。俺も一枚かんでいる」
「そうでしたか」
「魔法庁側から大学に打診したのは俺だ」ソウは言った。「お前に向いている仕事だと思った」
「なぜですか」
「お前は記録を説明するのが得意だ。難しい話を、事実として整理して伝える。それは教える仕事に必要なことだ」ソウは言った。「それと、非適合者が術式と特許の両方を扱える立場で話すことは、学生にとって意味がある。魔法使いには言えないことが、お前には言える」
「魔法使いには言えないこと、ですか」
「魔法が使えなくても、記録を通じて術式を理解できるということだ」ソウは言った。「それを体現しているのは、今の魔法庁でお前だけだ」
「はい」
「うまくやれ」ソウは言った。「お前ならできる」
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翌日、倉田主任が声をかけてきた。
珍しいことだった。
「神崎さん、大学の講義の話、聞いた」
「はい。来年度から担当することになりました」
「術式理解の部分、手伝えることがあれば言ってくれ」倉田主任は言った。
ハルトは少し間を置いた。
「ありがとうございます」
「俺の術式の改良経緯、ギャップの整理資料に載せた」倉田主任は言った。「あれを教材として使ってもいい」
「それは、大変助かります」
「百十七回の試行記録だ」倉田主任は言った。「記録として残ったものが、教材になるなら、意味があると思う」
「はい。使わせていただきます」
「ただ、一点だけ」倉田主任は言った。
「はい」
「非適合者が術式を教える、ということになる。学生から反発が出るかもしれない」
「そうかもしれません」
「そのときは、記録で示せ」倉田主任は言った。「それがお前のやり方だろう」
「はい」
倉田主任は自分のデスクに戻った。
藤本が小声で言った。
「神崎さん、今の聞きました」
「はい」
「倉田主任が、神崎さんを後押しした」
「はい」
「本当に変わりましたね」藤本は言った。「この八ヶ月で」
「記録が積み上がれば、見えてくるものがある、と思っています」
「それ、神崎さんがよく言う言葉ですよね」藤本は笑った。「その通りだと思います」
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週末、サクに電話した。
一回のコールで出た。
「ハルトくん、こんにちは」
「はい。少し話していいですか」
「うん、どうぞ」
「来年度から、国立大学で講義をすることになりました」
「えっ」サクは言った。「ハルトくんが、大学で授業するの?」
「はい。特許制度と術式理解に関する授業です。月に二回、半期の予定です」
「すごいじゃないか」サクは言った。「ハルトくんが先生になるんだ」
「先生というより、担当者という形ですが」
「でも、学生に教えるんでしょ。先生だよ」サクは言った。「どんな授業にするつもり?」
「まだ準備中ですが、記録と実践のギャップについて話そうと思っています。特許の記録がどう機能するか、術式の記録と実際の動きの違いは何か。そういう内容です」
「ハルトくんらしいね」サクは言った。「記録の話をするんだ」
「それしかできないので」
「それが一番大事だと思うけど」サクは言った。「ハルトくん、授業が楽しみだな。私も聞きたいくらい」
「サクさんが来たら、困ります」
「なんで」
「緊張します」
サクが笑った。声を出して笑った。
「ハルトくんが緊張するんだ」
「サクさんが相手だと、緊張します」
「初めて言ってくれたね、そういうこと」サクは言った。嬉しそうだった。「受け取った」
「はい」
「じゃあ、私は行かないであげる。その代わり、授業が終わったら報告して」
「はい」
「どんな学生がいたか、どんな質問が出たか、全部聞きたい」
「わかりました」
「楽しみにしてる」サクは言った。「ハルトくん、先生似合うと思う」
「そうですか」
「うん。絶対似合う」サクは言った。「頑張ってね」
「はい」
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電話が切れた。
ハルトは部屋の中で、少し考えた。
講義の準備、何から始めるか。
特許制度の基礎。術式記録の仕組み。特許と術式の関係性。実際の審査事例。記録と実践のギャップ。
全部、頭の中に材料があった。
三十四万件を超える特許記録。六百件を超える術式記録。倉田主任の百十七回の試行記録。訓練場で見た二十三の術式。
全部、使える記録だった。
教えることは、記録を伝えることだとハルトは思った。
自分が積み上げてきた記録を、誰かに渡すことだ。
それは、やれることだと思った。
ただ、どう伝えるか。
言葉の選び方、順番の組み立て、具体的な事例の出し方。
それは、まだわからなかった。
わからないことを、わからないまま持っておく。
準備しながら、考える。
それだけのことだった。
ノートを開いた。
書き始めた。
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第六十七話 了




