「繋がった記録」
二月の第三週になった。
サクの連絡制限が解除されてから、三日が経っていた。
毎晩、電話が来た。
長くはなかった。三十分から四十分だった。
ただ、毎晩来た。
施設での十六日のこと、研究室での実験データのこと、教授との会話、アルカナテックの会見についての話。少しずつ、話せていなかったことが埋まっていった。
ハルトはそれを、頭の中に入れていた。
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水曜日の朝だった。
出勤前、スマートフォンを確認した。
弁護士からメッセージが来ていた。
「神崎さん、本日午後、IMPから正式な連絡があります。佐久間さんへの疑いが正式に解除されるとのことです。MPBにも同様の連絡が入ります」
ハルトは少し間を置いた。
メッセージを読み直した。
正式に、解除される。
頭の中に入れた。
家を出た。
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魔法庁に着いた。
堂島部長が声をかけてきた。
「神崎くん、今日の午後、IMPから連絡が来る。佐久間さんの件だ」
「はい。弁護士からも連絡をいただきました」
「一緒に聞いてくれ」堂島部長は言った。「お前が一番関係している案件だ」
「はい」
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午前中、通常業務をこなした。
藤本が声をかけてきた。
「神崎さん、今日、何かありますか。朝から少し、顔が違う気がして」
「午後、IMPから連絡があります」
「佐久間さんの件ですか」
「はい」
「いい方向の話だといいですね」藤本は言った。
「はい」
藤本はそれ以上は聞かなかった。
ただ、昼過ぎに、デスクにお茶を置いていった。
何も言わなかった。
ハルトは少し間を置いた。
「ありがとうございます」
「どうぞ」藤本は言った。それだけだった。
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午後一時、本田捜査官が来た。
堂島部長の部屋に入った。
本田は書類を持っていた。
「本日は、佐久間サクさんに関する捜査の結果をお伝えするために参りました」本田は言った。「MPBには、審査記録の提供などでご協力いただきましたので、正式にご報告します」
「はい」堂島部長が言った。
「IMPとして、佐久間サクさんへの疑いを正式に解除しました」本田は言った。「技術流出への関与は認められないという結論です」
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本田が続けた。
「捜査の過程で、複数の事実が確認されました」本田は言った。「一点目、佐久間さんの研究データに、アルカナテックの技術との直接的な共通点は認められませんでした。佐久間さんの研究は、独自に積み上げられたものです」
「はい」
「二点目、三谷コウさんの最後の言葉が、捜査の重要な端緒になりました。三谷さんのご家族から証言をいただきました。『俺じゃない、佐久間、ごめん』という言葉です」
「はい」
「この証言を受けて、三谷さんの行動の背景を調べました。三谷さんが亡くなる前の数週間、外部から継続的な接触を受けていた形跡が確認されました」
「外部からの接触、ですか」
「詳細はお伝えできませんが、三谷さんが虚偽の発言をするよう誘導されていた可能性が高いと判断しています」本田は言った。「三谷さんもまた、被害者だったと考えています」
ハルトは少し間を置いた。
「三点目です」本田は続けた。「神崎さんが事情聴取の際に提供してくれた記録、白銀主任の証言、MPBの申請記録。これらが、佐久間さんの研究の正当性を示す根拠として機能しました」
「記録が」
「はい。記録があったから、事実を確認できました」本田は言った。「神崎さんが積み上げてきたものが、役に立ちました」
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本田が書類をテーブルに置いた。
「神崎さん、一点だけ聞いていいですか」
「はい」
「今回の件を通じて、何か気づいたことはありますか」
ハルトは少し考えた。
「記録が人を守ることがある、ということを、改めて確認しました」
「記録が人を守る、ですか」
「佐久間さんが何をしてきたかは、全部記録として残っていました。研究の経緯、申請書類、実験データ。それが事実として存在していたから、疑いに対して根拠で答えられました」
「なるほど」本田は言った。「神崎さん、最後にもう一点だけ」
「はい」
「今回の件、まだ終わっていない部分があります」
「はい。ロシアへの流出の経路と、三谷さんを誘導した人物の特定です」
本田は少し間を置いた。
「そうです。引き続き、情報提供をお願いできますか」
「はい。記録として確認できることは、全てお伝えします」
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本田が帰った後、堂島部長が言った。
「神崎くん、よかった」
「はい」
「佐久間さんに、連絡してあげてくれ」
「はい。すぐします」
「それと」堂島部長は言った。「今回の件、お前が記録を正確に持っていなければ、こうはならなかった。覚えておいてくれ」
「はい」
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部屋を出た。
デスクに向かう前に、廊下で少し立ち止まった。
終わった。
正式に、終わった。
ただ、本田が言った通り、まだ続いている部分がある。
三谷を誘導した人物。ロシアへの流出の経路。
全部、まだ見えていなかった。
ただ、今日は、一つ終わった。
それで、十分だった。
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デスクに戻った。
サクに電話した。
一回のコールで出た。
「ハルトくん」
「はい。IMPから連絡がありました」
「うん。私にも、弁護士から連絡が来た」サクは言った。「正式に、疑いが解けたって」
「はい」
「終わったよ」
声が、少し震えていた。
「はい」
「終わった」サクは繰り返した。「本当に、終わった」
「はい」
しばらく何も聞こえなかった。
サクが泣いているのか、笑っているのか、わからなかった。
ただ、電話口に、息をする音だけが聞こえていた。
「サクさん」
「うん」
「よかったです」
「うん」サクは言った。「ハルトくん、ありがとう」
「私は記録を持っていただけです」
「それが全部だよ」サクは言った。「ハルトくんが記録を持っていてくれたから。白銀主任が記録を守ってくれたから。三谷くんが最後に本当のことを言おうとしてくれたから」
「はい」
「全部が重なって、ここに来た」
「はい」
「ありがとう」サクは言った。「本当に、ありがとう」
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少し間があった。
「ハルトくん」サクは言った。
「はい」
「研究、続ける。もっと本気でやる」
「はい」
「こんなことがあっても、やめなかった私の研究を、絶対に完成させる」
「はい」
「約束、まだ有効だよね」
「はい。有効です」
「じゃあ、待っていてください」サクは言った。「必ず、完成させるから」
「はい。待っています」
「ハルトくんのために完成させる、とか言ったら、重い?」
「いいえ」ハルトは言った。「嬉しいです」
サクが笑った。声を出して笑った。
「ハルトくんが嬉しいって言った」
「言いました」
「ちゃんと言えるんじゃないか」サクは言った。「よかった」
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電話が切れた。
ハルトはデスクに座ったまま、少し動かなかった。
嬉しいと言った。
言ってから、本当にそうだと思った。
本当に、嬉しかった。
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夕方、リアから連絡が来た。
「正式な連絡、受け取りましたね」
「はい。堂島部長と一緒にIMPからの報告を聞きました」
「MPBにも正式な連絡が届きました」リアは言った。「佐久間さんの申請記録と発明者記録、正確に保管されていたものが、今回の根拠の一つになりました」
「はい。本田捜査官からもそのように伺いました」
「神崎さんが一番の根拠でした」リアは言った。「あなたが佐久間さんと何を話したか、なぜ話したか、全部正確に記録されていた。それが事実として機能しました」
「白銀主任が証言してくださったことも、大きかったです」
「二人で積み上げてきたものです」リアは言った。「神崎さん、お疲れ様でした」
「はい。お疲れ様でした」
「佐久間さん、どうでしたか」
「泣いていました。笑ってもいました」
「そうですか」リアは言った。少し間があった。「よかったです」
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ソウにも報告した。
「佐久間さんの件、解決しました。IMPから正式な連絡がありました」
返信が来た。
「そうか。よかった」
「ありがとうございました。協力していただけると言っていただいて、心強かったです」
「当然のことだ」ソウは言った。「お前が何もしていないことは、わかっていた」
「はい」
「佐久間さんも、これで研究に戻れる」
「はい。続けると言っていました」
「そうか」ソウは言った。「それがいい」
少し間があった。
「お疲れ、神崎」
「はい。お疲れ様でした」
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定時になった。
コートを着た。
魔法庁を出た。
二月の夜だった。
空気が冷たかった。
ただ、少し、違う冷たさだった。
先月より、確かに違った。
歩きながら、今日のことを頭の中に入れた。
本田捜査官の「記録があったから事実を確認できた」という言葉。サクの「全部が重なって、ここに来た」という言葉。リアの「二人で積み上げてきたものです」という言葉。
全部、残った。
記録は、消えなかった。
サクの研究の記録。MPBの申請記録。ハルトの頭の中の記録。三谷の最後の言葉。
全部が重なって、今日に来た。
帰った。
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第六十五話 了




