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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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「施設の中で」

サクの視点で、少し遡る。


---


施設に連れてこられた日のことを、サクはよく覚えていた。


一月の第三週、木曜日だった。


研究室を出るとき、マスコミのカメラが向けられていた。


下を向こうとした。


ただ、やめた。


下を向いたら、負けた顔になる。


まっすぐ前を見た。


それだけだった。


---


施設は、思ったより静かだった。


個室が与えられた。ベッドと机と、小さな窓があった。窓の外には、灰色の空が見えた。


弁護士が同行してくれていた。教授が手配してくれた弁護士だった。四十代の女性で、落ち着いた人だった。


「何も話す必要はありません」弁護士は言った。「私が同席している場面では、私の指示に従ってください」


「はい」


「事情聴取は任意です。ただし、誠実に対応することが、結果的に有利になります」


「わかりました」


「あなたは何もしていない。それだけを覚えておいてください」


サクはその言葉を、頭の中に入れた。


私は何もしていない。


---


最初の事情聴取は、連行された翌日だった。


IMPの捜査官が二人、向かいに座った。


研究の内容について聞かれた。アルカナテックとの関係について聞かれた。三谷コウとの関係について聞かれた。


サクは弁護士の指示に従いながら、答えた。


研究は自分が積み上げてきたものだと言った。アルカナテックによる買収は自分の意志ではなかったと言った。三谷とは同僚だったと言った。


ただ、三谷の名前が出るたびに、少し胸が痛かった。


三谷は死んでいた。


インタビューで、サクの名前を出した。その後、亡くなった。


怒ろうとした。ただ、怒れなかった。


何かに追い詰められていたんだと、思った。


---


施設での生活は、単調だった。


事情聴取が午前中に行われた。

午後は個室で過ごした。


スマートフォンは没収されていた。


外部との連絡は、弁護士経由でしかできなかった。


最初の数日は、それが一番しんどかった。


ハルトに電話できなかった。


研究室の教授にも、直接連絡できなかった。


弁護士を通じて伝言を送ることはできた。

ただ、それは会話ではなかった。


---


三日目の夜、弁護士が伝言を届けてくれた。


「神崎さんから、メッセージが届いています」


「何て」


「『水曜日に事情聴取を受けます。記録を根拠に、正確に話します』とのことです」


サクはその言葉を聞いた。


少し間を置いた。


「ハルトくんも、事情聴取されるんだね」


「はい。佐久間さんとの連絡記録が確認されたとのことです」


「私のせいで」


「神崎さんは、自分の判断で連絡していたと言っています」弁護士は言った。「あなたのせいではないとも」


サクはしばらく黙っていた。


「ハルトくんらしい」サクは言った。


小さく笑った。

「そういうとこ、本当に」


「返信はありますか」


「わかった、ありがとう。待ってると伝えてください」


---


四日目だった。


弁護士が夜、部屋に来た。表情が少し違った。


「佐久間さん、伝えなければならないことがあります」


「何ですか」


「三谷さんのご家族から、神崎さんに連絡があったそうです。神崎さんから、私を通じて伝えてほしいとのことでした」


サクは少し体が固くなった。


「三谷くんの、家族から」


「はい」弁護士は言った。「三谷さんが亡くなる前に、一度意識が戻った時間があったそうです」


「はい」


「その時に、言葉を残していました」


弁護士は少し間を置いた。


「『俺じゃないんだ。俺じゃない。さ……ごめん』という言葉だったそうです」


---


サクはしばらく、動かなかった。


弁護士も何も言わなかった。


部屋が静かだった。


窓の外は暗かった。


「三谷くん」サクは言った。


声が出た。それだけだった。


「神崎さんから、三谷さんの最後の言葉が佐久間さんに届いたということも、ご家族に伝えてほしいとのことでした」弁護士は言った。「よろしいですか」


「はい」サクは言った。「届きました。ちゃんと届きました」


「伝えます」


弁護士が部屋を出た。


---


一人になった。


サクはベッドに座ったまま、しばらく天井を見ていた。


三谷くん。


最後に、俺じゃないと言った。


さ、ごめんと言った。


何かに追い詰められて、嘘をついた。そして、後悔した。


何があったのか、サクにはわからなかった。


ただ、最後にごめんと言った三谷のことを、怒ることは、もうできなかった。


怒りより、悲しかった。


ずっと、悲しかった。


---


七日目だった。


事情聴取の内容が、研究データの詳細に移ってきていた。


捜査官が、実験ノートの提出を求めてきた。


サクは弁護士と相談した。


「提出していいですか」


「内容を確認してから判断します」弁護士は言った。「ただ、あなたの研究データが独自のものだということが示せるなら、提出することが有利に働く可能性があります」


「アルカナテックの技術と、私の研究は別物です」サクは言った。「それはデータを見ればわかります」


「では、提出しましょう」


実験ノートを提出した。


捜査官がページをめくった。


サクは向かいに座って、見ていた。


自分が積み上げてきたデータだった。


日本で積み上げたもの。アメリカに来てから積み上げたもの。全部、ここにあった。


これが、私の記録だ。


そう思った。


ハルトが言っていた言葉が、頭の中で聞こえた気がした。


記録は嘘をつかない。


---


十日目だった。


夜、弁護士が部屋に来た。


「神崎さんの事情聴取が終わったとのことです。問題なかったとのことです」


「そうですか」サクは言った。「ハルトくん、大丈夫だった」


「はい。『記録を根拠に話した。問題なかった』とのことです」


「そっか」サクは言った。「よかった」


「返信はありますか」


「よかった、ありがとう。待ってると伝えてください」


弁護士が部屋を出た。


サクはベッドに横になった。


待ってる、という言葉を、二度使った。


ハルトも待っていると言っていた。


お互い、待っていた。


それが、今夜は少し温かかった。


---


十四日目だった。


その日の午後、弁護士が部屋に来た。少し表情が違った。


「佐久間さん、少し状況が動きました」


「何がありましたか」


「アルカナテックが、緊急記者会見を開きました」


サクは少し体を起こした。


「内容は」


「技術流出に関連して、別の元社員が特定されたという発表です。その人物が弊社のデータに不正アクセスしていた記録があると」


「別の人間、ですか」


「はい。桐島社長が、佐久間さんと三谷さんは今回の件への関与が確認されていないとも発言しました。佐久間さんへの謝罪も、会見の中でありました」


サクはしばらく黙っていた。


「謝罪」


「はい」


「アルカナテックが、私に謝罪した」


「はい」


サクは少し間を置いた。


「信用できると思いますか」


弁護士は少し考えた。


「不正アクセスの記録は、事実だと思います。アクセスログは消せません。ただ、その人物がロシアへの流出と直接繋がるかどうかは、今の段階では確認されていません」


「スケープゴートの可能性がある、ということですか」


「あり得ます」弁護士は言った。「ただ、この発表を受けて、IMPの捜査の方向が変わる可能性があります。佐久間さんへの事情聴取が一時中断されるかもしれません」


「中断」


「はい。今夜か明日、IMPから正式な連絡が来ると思います」


---


その夜、IMPの捜査官が部屋に来た。


「佐久間さん、本日のアルカナテックの発表を受けて、事情聴取を一時中断します」捜査官は言った。「連絡制限についても、近日中に解除する方向で検討しています」


「はい」


「引き続き、移動については制限がありますが、施設内での行動は自由になります」


「わかりました」


捜査官が出ていった。


弁護士がサクを見た。


「よかったです」


「まだ終わっていないですよね」


「はい。ただ、方向が変わりました」


---


その夜、弁護士経由でハルトへのメッセージを送った。


「会見の内容は確認しました。もう少しで話せます、と神崎さんに伝えてください」


翌朝、返信が届いた。


「神崎さんから、『うん、待ってる』とのことです」


サクはその文字を見た。


弁護士を通じた四文字だった。


ハルトが言いそうな言葉じゃないと思った。


私が「待ってる」と言ったから、同じ言葉を返してくれたんだと気づいた。


少し笑った。


---


十六日目だった。


朝、弁護士が部屋に来た。


「連絡制限が解除されます」


「いつからですか」


「今日からです」


サクはしばらく弁護士を見た。


「今日から、ハルトくんに電話できますか」


「はい。できます」


「スマートフォンは」


「今日、返却されます」


---


昼過ぎ、スマートフォンが返ってきた。


十六日ぶりだった。


電源を入れた。


通知がたくさん来た。


教授からのメッセージ。研究室のメンバーからの言葉。日本のニュースのリンク。


全部、後で確認しようと思った。


ハルトに電話した。


---


二回のコールで出た。


「サクさん」


ハルトの声だった。


いつもの声だった。


それだけで、少し泣きそうになった。


「ハルトくん」


「はい。制限、解除されましたか」


「うん。今日から」サクは言った。「十六日ぶりだよ、声を聞くの」


「はい」


「弁護士経由の伝言って、なんか不思議な感じがした。ちゃんと届いてるのに、届いてない感じがして」


「はい。私もそう思っていました」


「ハルトくんが待ってる、って返してくれたの、なんかハルトくんらしくないなと思って」サクは言った。「私が言ったから、同じ言葉を返してくれたんでしょ」


「はい」


「そういうとこ、好きだよ」サクは言った。「ハルトくんって、ちゃんと受け取ってくれるから」


「はい」


---


少し間があった。


「ハルトくん」サクは言った。


「はい」


「三谷くんの言葉、弁護士経由で届いた。ちゃんと届いた」


「はい」


「ハルトくんが間に入ってくれたから、届いた」


「三谷さんのお母さんが電話してくれたから、です」


「それを私に届けてくれたのは、ハルトくんだよ」サクは言った。「ありがとう」


「はい」


「三谷くんのこと、まだ整理できてないけど」サクは言った。「最後にごめんって言えた三谷くんを、怒れない。ただ、悲しい」


「はい」


「何かに追い詰められてたんだと思う。誰かに何かをされて」


「はい。そう思います」


「その誰かが誰なのか、いつかわかりますか」


ハルトは少し間を置いた。


「わかると思います。記録は残っています。全部、繋がる日が来ると思います」


「ハルトくんが言うなら、そうだと思う」サクは言った。「ハルトくんが信じてるものを、私も信じる」


「はい」


「研究、続ける。十六日、何もできなかった分も、取り戻す」


「はい」


「約束、まだ有効だよね」


「はい。有効です」


「じゃあ、完成させないとね」サクは言った。「待たせすぎたら、申し訳ないから」


「待てます」


「どのくらい」


「サクさんが完成させるまで」


サクはしばらく黙っていた。


「ハルトくん」サクは言った。


「はい」


「好きだよ」


ハルトは少し間を置いた。


「はい」


「それだけ?」サクは言った。少し笑った。


「私も、好きです」


「ちゃんと言えた」サクは言った。笑い声が聞こえた。「よかった」


---


電話が少し続いた。


研究のこと。施設での十六日のこと。ハルトの事情聴取のこと。アルカナテックの会見について、二人で話した。


話すことが、たくさんあった。


ただ、今夜は全部話さなくてもいいと思った。


また話せる。


それだけで、十分だった。


「また明日、電話していい?」サクは言った。


「はい」


「毎日かけたら、迷惑?」


「迷惑ではありません」


「じゃあ、かける」サクは言った。「おやすみ、ハルトくん」


「おやすみなさい」


---


電話が切れた。


サクは個室のベッドに横になった。


窓の外は暗かった。


ただ、昨日までの暗さとは、少し違った。


十六日ぶりに、ハルトの声を聞いた。


施設の天井を見ながら、今日のことを整理した。


制限解除。ハルトの声。三谷くんのこと。研究を続けること。約束のこと。


全部、残った。


まだ終わっていなかった。


アルカナテックの件も、ロシアへの流出も、スケープゴートの可能性も、全部まだ続いていた。


ただ、今夜は、ハルトの声が聞けた。


目を閉じた。


---


第六十四話 了

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