「水曜日の事情聴取」
水曜日が来た。
朝、いつもより早く起きた。
特に何もしなかった。コーヒーを淹れた。飲んだ。
頭の中で、今日話すことを確認した。
サクとの連絡記録。何を話したか。いつ話したか。何を伝えたか。上司への確認を取ったもの、公開情報として伝えたもの。全部、整理されていた。
記録は、全部ある。
それだけだった。
家を出た。
---
事情聴取はIMP日本連絡部の施設で行われた。
MPBの法務担当が手配した弁護士が同席した。
本田捜査官と、もう一人の捜査官が向かいに座った。
三時間かかった。
---
聴取の内容は、順番に確認された。
サクとの出会い、大学時代からの知り合いであること、MPBに入庁後に申請者として再会したこと。
業務上の情報を伝えた場面については、全て記録と照合した。経産省の動きを伝えた際の白銀主任への確認、アルカナテックの申請公開の件、照合結果の説明。
本田は丁寧に聞いた。
ハルトは丁寧に答えた。
三時間の間、推測で答えたことは一度もなかった。わからないことはわからないと言った。記録として確認できることだけを話した。
---
聴取が終わった。
本田が言った。
「神崎さん、今日は協力いただきありがとうございました」
「はい」
「一点だけ、確認させてください」本田は言った。「佐久間さんがロシアに技術を流したと、神崎さんは思いますか」
ハルトは少し間を置いた。
「思いません」
「根拠は」
「佐久間さんが何をしてきたか、私は記録として知っています。申請書類の内容、研究の経緯、移送前の連絡の内容。その記録と、あの発言は一致しません」
「記録として知っている、ですか」
「はい。私は記憶から消えません。全部、残っています」
本田は少し間を置いた。
「わかりました。本日はありがとうございました」
---
施設を出た。
弁護士が言った。
「よく話せていました。記録を根拠に答えていたので、捜査官も押しにくかったと思います」
「そうですか」
「聴取の感触としては、神崎さんが共謀者という方向での調査ではないと思います。ただ、続報があれば連絡します」
「ありがとうございます」
「佐久間さんへの連絡は、引き続き弁護士経由でお願いします。制限が解除されるまで、しばらくかかると思います」
「はい。わかりました」
---
弁護士にメッセージを送った。
「佐久間さんに伝えてください。事情聴取が終わりました。記録を根拠に話しました。問題ありませんでした」
夕方、弁護士から返信が来た。
「佐久間さんに伝えました。『よかった、ありがとう。待ってる』とのことです」
ハルトはその文字を見た。
待ってる。
弁護士を通じた三文字だった。
それでも、届いた。
---
その夜、リアにメッセージを送った。
「事情聴取が終わりました。問題ありませんでした」
「そうですか。お疲れ様でした」リアは言った。「どうでしたか」
「記録を根拠に答えました。三時間でした」
「神崎さんらしいです」リアは言った。「続報があれば共有します」
「はい。ありがとうございます」
「神崎さん」
「はい」
「佐久間さんの連絡制限、もう少し続くと思います」リアは言った。「ただ、記録は動いています。直接話せなくても、記録は動きます」
「はい」
「待ちましょう」リアは言った。「一緒に」
---
ソウにも報告した。
「事情聴取が終わりました。問題ありませんでした」
「そうか。よくやった」ソウは言った。「続報が出たら連絡する。佐久間さんの件も、動きがある気がする」
「はい」
「もう少しだ」ソウは言った。「大丈夫だ」
---
夜が深くなっていた。
ハルトはデスクに座ったまま、今夜のことを頭の中に入れた。
三時間の事情聴取。本田捜査官の最後の質問。弁護士を通じた「待ってる」という三文字。リアの「記録は動いています」という言葉。
全部、残った。
サクは今夜も、施設にいる。
直接話せない日が続いていた。
ただ、記録は動いていた。
弁護士を通じて、言葉が届いていた。
寝た。
---
第六十一話 了




