「記録が、呼ぶ」
水曜日が来た。
サクがIMPの施設に移送されてから、四日が経っていた。
連絡は取れていなかった。
弁護士から、週に一度、状況報告が届いていた。事情聴取が続いているという内容だった。それ以上のことは、わからなかった。
ハルトは通常の業務を続けていた。
続けるしかなかった。
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月曜日の朝だった。
出勤して、デスクに座った。
コーヒーを淹れた。
九時過ぎ、堂島部長がハルトを呼んだ。
「神崎くん、部長室に来てくれ」
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部長室に入った。
堂島部長がいた。
もう一人、知らない男性がいた。
四十代だった。スーツを着ていた。胸元に、見慣れないバッジをつけていた。
堂島部長が言った。
「神崎くん、こちらはIMP日本連絡部の方だ」
男性が名刺を出した。
受け取った。
**国際魔法犯罪機構 日本連絡部 捜査官 本田リュウジ**
「神崎ハルトさんですね」本田は言った。
「はい」
「少し、お話をお聞きしたいのですが、よろしいですか」
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本田が話した。
「佐久間サクさんのスマートフォンの通信記録を確認したところ、神崎さんとの連絡が複数回確認されました」本田は言った。「昨年の一月から今年の一月、施設への移送前まで、電話、メッセージ合わせて相当数の履歴があります」
「はい」ハルトは言った。「連絡していました」
「どういった関係ですか」
「個人的な知り合いです。大学の同期の友人です」
「ただ、神崎さんはMPBの審査員として、佐久間さんの申請案件にも関わっていますね」
「はい。窓口での対応と、審査の補助を担当しました」
「業務上の関係者と個人的な連絡を複数回取っていた、ということになります」
「はい」
「その連絡の中で、審査の進捗状況や、国の管理方針に関する情報を佐久間さんに伝えたことはありますか」
ハルトは少し間を置いた。
「あります」
本田が少し前のめりになった。
「具体的には」
「経産省の検討委員会の中間報告が出る前に、方針の方向性について伝えました。ただし、その情報は翌日には業界紙に掲載された内容です。公になる情報を、少し早く伝えました」
「それは、職務上知り得た情報を外部に伝えたということになりますが」
「はい。当時の上司である白銀リア主任に確認を取った上での行動です。白銀主任は、公になる情報を少し早く伝えることが問題かどうかは私が判断してほしいと言いました。私はその判断をしました」
本田はメモを取った。
「他に、業務上の情報を佐久間さんに伝えたことはありますか」
「アルカナテックの申請が公開されたことを伝えました。これも、公開されたデータです。また、先行特許との照合について説明しました。これは申請者への通常の説明の範囲内です」
「佐久間さんの申請が審査を通る可能性についての情報は」
「伝えていません。審査の内部判断に関する情報は、伝えていません」
「確認ですが、今年の一月、三谷コウさんの事件が起きた後、佐久間さんに連絡しましたか」
「はい。移送前に一度、電話で連絡しました。三谷さんの発言が事実でないことを確認し、弁護士が来るまで何も話さないよう伝えました。移送後は連絡が取れていません」
「移送後は連絡していない、ということですね」
「はい。弁護士からの週次報告で状況を把握しているだけです」
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本田はメモを見た。
「神崎さん、任意で事情聴取に応じていただけますか」
「任意、ということは、断ることもできますか」
「できます」
「弁護士を同席させることはできますか」
「任意の段階では、同席は難しいですが」
「わかりました」ハルトは言った。「一点、確認してもいいですか」
「どうぞ」
「事情聴取の目的は、私が佐久間さんと共謀してロシアに技術を流したかどうかの確認ですか」
本田は少し間を置いた。
「現時点では、神崎さんとの連絡記録が確認されたため、事実関係を確認したいということです」
「わかりました」ハルトは言った。「応じます」
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堂島部長が言った。
「神崎くん、弁護士を手配した方がいい。MPBとして、法務担当に連絡する」
「ありがとうございます」
「一人で抱え込むな」堂島部長は言った。「MPBとして、できることをする」
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部長室を出た。
デスクに戻った。
藤本が小声で言った。
「神崎さん、大丈夫ですか。部長室に呼ばれていましたよね」
「はい。少し、事情聴取を受けることになりました」
「事情聴取」藤本は言った。「佐久間さんの件ですか」
「はい」
「そうですか」藤本は少し間を置いた。「神崎さん、私に何かできることはありますか」
「今のところはありません。ただ、ありがとうございます」
「何かあれば、言ってください」藤本は言った。「本当に」
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昼前、リアに連絡した。
「白銀主任、報告があります。IMPの捜査官から事情聴取の要請が来ました。佐久間さんのスマートフォンに、移送前の私との連絡記録が複数確認されたことが理由です」
すぐに返信が来た。
「知っています。堂島部長から連絡がありました。MPBとして、法務担当が動いています」
「はい。堂島部長にも伝えていただきました」
「神崎さん」リアは言った。「一点、確認させてください」
「はい」
「業務上の情報を佐久間さんに伝えた際、私に確認を取った場面がありましたね」
「はい。経産省の動きを伝える前に、白銀主任に確認しました」
「その記録は、私の側にも残っています」リアは言った。「必要になれば、提出します」
「ありがとうございます」
「神崎さんが判断したことは、正しいことでした」リアは言った。「私がそう言えます」
「はい」
「一人で抱え込まないでください」
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ソウにも連絡した。
「IMPから事情聴取の要請がありました。佐久間さんとの移送前の連絡記録が確認されたことが理由です」
しばらく間があった。
「そうか」ソウは言った。「弁護士はいるか」
「MPBが手配してくれます」
「わかった。俺の方でも動く。お前が何もしていないことは、俺が証言できる」
「ありがとうございます」
「ただ、一つ聞いていいか」ソウは言った。
「はい」
「佐久間さんへの連絡の中で、業務上の情報を伝えたことはあるか」
「あります。ただ、全て公開情報か、上司への確認を取った上でのものです」
「記録として残っているか」
「残っています」
「ならいい」ソウは言った。「記録があれば、戦える。お前が言ってきた言葉だ」
「はい」
「大丈夫だ」ソウは言った。「俺が動く」
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午後、事情聴取の日時が決まった。
三日後、水曜日だった。
MPBの法務担当から連絡が来た。弁護士の同席が認められることになったという内容だった。
ハルトは少し間を置いた。
記録は、全部残っている。
何を話したか。いつ話したか。何を伝えたか。全部、記録として存在していた。
それを、正確に説明すればいい。
それだけのことだった。
ただ、サクに伝えたいことが、今夜もあった。
伝えられなかった。
弁護士を通じてメッセージを送ることはできた。ただ、電話のように話すことはできなかった。
ハルトは弁護士にメッセージを送った。
「佐久間さんに伝えてください。水曜日に事情聴取を受けます。記録を根拠に、正確に話します」
夜、弁護士から返信が来た。
「佐久間さんに伝えました。『わかった、ありがとう』とのことです」
ハルトはその文字を見た。
弁護士を通じた五文字だった。
それでも、届いた。
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翌週、木曜日の夜だった。
ハルトが帰宅して間もなく、スマートフォンが鳴った。
知らない番号だった。
出た。
「神崎ハルトさんですか」
女性の声だった。年配の声だった。
「はい」
「三谷コウの母です」
ハルトは少し間を置いた。
「はい」
「息子のスマートフォンに、神崎さんの名前がありました。息子と同じ業界の方だと聞いて、連絡しました」
「はい。三谷さんとは、間接的に関わりがありました。このたびは、ご愁傷様でした」
「ありがとうございます」三谷の母は言った。声が少し震えていた。「実は、お伝えしたいことがあって、電話しました」
「はい」
「息子が、亡くなる前に、一度だけ意識が戻ったんです。ほんの少しの間でしたが」
「はい」
「そのとき、息子が言ったことを、伝えなければいけないと思って」
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三谷の母は少し間を置いた。
「息子は、こう言いました」
声が揺れていた。
「『俺じゃないんだ。俺じゃない。さ……ごめん』」
ハルトは動かなかった。
「それだけでした。また意識がなくなって、そのまま」三谷の母は言った。「『さ』というのが、誰のことなのか。家族にはわかりませんでした。ただ、ごめんという言葉が、最後まで残っていて」
「はい」
「息子が誰かに嘘をついて、それを後悔していたんだと、母親として感じました。その誰かに、届けなければいけないと思って」
ハルトは少し間を置いた。
「三谷さんの最後の言葉、受け取りました」
「そうですか」三谷の母は言った。「届きましたか」
「はい。確かに届きました」
「よかった」三谷の母は言った。「息子が、誰かを傷つけてしまったなら、申し訳ないと思っています。ただ、最後にごめんと言えた息子を、誇りに思います」
「はい」
「それだけ、伝えたかったんです」
「ありがとうございます。電話してくださって、ありがとうございます」
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電話が切れた。
ハルトは部屋の中で、しばらく動かなかった。
「俺じゃないんだ。俺じゃない。さ……ごめん」
さ、という音が、誰を指しているかは、明らかだった。
佐久間。
三谷は最後に、ごめんと言っていた。
何かに追い詰められて、虚偽の発言をした。そして、後悔した。
何が三谷をそこまで追い詰めたのか、今のハルトにはわからなかった。
ただ、最後の言葉は、残った。
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サクに直接、電話することはできなかった。
ハルトは弁護士に連絡した。
「佐久間さんに、急いで伝えてほしいことがあります」
「はい。内容を聞かせてください」
「三谷コウさんのご家族から連絡がありました。三谷さんが亡くなる前に意識が戻り、最後に言葉を残していたとのことです。内容は、『俺じゃないんだ。俺じゃない。さ……ごめん』というものでした」
電話口が少し静かになった。
「それを、佐久間さんに伝えてください。三谷さんの最後の言葉が、佐久間さんに届いたということも」
「わかりました。今夜中に伝えます」
「それと、もう一点お願いがあります」
「はい」
「三谷さんのお母さんに折り返して、佐久間さんに言葉が届いたと伝えてほしいと思っています。直接伝えることが難しければ、私から伝えます」
「神崎さんから伝えていただけますか。ご家族への連絡は、弁護士より個人の方が自然だと思います」
「わかりました」
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三谷の母に折り返した。
「先ほどはありがとうございました。三谷さんの言葉を、弁護士を通じて佐久間さんに伝えました」
「そうですか」三谷の母は言った。「届きましたか」
「はい。今夜中に伝わります」
電話口で、少し息をつく音がした。
「よかった」三谷の母は言った。「息子も、少し楽になれたと思います」
「はい」
「神崎さん、ありがとうございました」
「こちらこそ、電話してくださってありがとうございました」
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翌朝、弁護士から返信が来た。
「昨夜、佐久間さんに伝えました。しばらく黙っていたあと、『三谷くん』とだけ言っていました。それ以上は話しませんでしたが、伝わっていると思います」
ハルトはその文字を見た。
弁護士を通じた言葉だった。
それでも、届いていた。
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ハルトはデスクに向かった。
今夜のことを頭の中に入れた。
三谷の母の声。「俺じゃないんだ」という言葉。「さ……ごめん」という言葉。弁護士を通じて届いた「三谷くん」という一言。
全部、残った。
窓の外は暗かった。
一月の夜は、長かった。
寝た。
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第六十話 了




