「連行」
一月の第三週、木曜日だった。
三谷コウの死から、一週間が経っていた。
報道は続いていた。三谷の発言が繰り返し引用された。佐久間サクという名前が、ニュースに出るたびに出てきた。
ただ、サクの所在は報道されていなかった。
アメリカのどの大学にいるかは、公開された情報ではなかった。
ハルトはそのことを、少し安堵していた。
---
木曜日の朝、いつも通り出勤した。
デスクに座った。
コーヒーを淹れた。
八時過ぎだった。
スマートフォンが鳴った。
サクからだった。
出た。
「ハルトくん」
声が違った。
いつもと全く違った。
「はい」
「研究室の前に、マスコミがいる」
---
ハルトは少し間を置いた。
「今、どこにいますか」
「研究室の中。窓から見えて。カメラを持った人たちが、何人もいる。日本語が聞こえる。日本のマスコミだと思う」
「建物の中にいてください。外に出ないでください」
「うん」サクは言った。声が少し震えていた。「どうして居場所がわかったんだろう。誰にも言ってないのに」
「今は考えなくていいです。教授に連絡しましたか」
「今から連絡する。ハルトくんに先に電話した」
「わかりました。すぐ教授に連絡してください。私もすぐ動きます」
「わかった」サクは言った。「ハルトくん、怖い」
「はい。ただ、建物の中にいれば、すぐには何もできません。教授に連絡してください」
「うん。する」
電話が切れた。
---
ハルトはすぐにソウにメッセージを送った。
「佐久間さんの居場所がマスコミに漏れました。アメリカの研究室前にマスコミが来ています」
一分も経たないうちに返信が来た。
「わかった。確認する」
次にリアに送った。
「佐久間さんの居場所がマスコミに特定されました。今朝、研究室前にマスコミが来ているという連絡が佐久間さんから入りました」
すぐに返信が来た。
「今すぐ動きます。MPBとして動ける範囲を確認します」
---
堂島部長に報告した。
「神崎くん、個人的な案件だが、少し聞いてくれるか」堂島部長は言った。
「はい。MPBに申請を出していた方です。昨年の三谷の発言で名前が出た佐久間サクさんです」
「知っている」堂島部長は言った。「今朝のニュース、見たか」
ハルトはスマートフォンを確認した。
まだ見ていなかった。
開いた。
---
見出しが出ていた。
**ロシア技術流出疑惑 佐久間サク氏、米国研究機関に在籍か 国際刑事機構が動向を把握**
ハルトは記事を読んだ。
国際魔法犯罪機構、通称IMPが、佐久間サクの所在を把握しており、事情聴取のための協力要請を米国当局に行ったという内容だった。
記事の中に、在籍している大学の名前が出ていた。
サクの研究室がある大学だった。
---
「大学名まで出ています」ハルトは言った。
「ああ」堂島部長は言った。「誰かが意図的に流した可能性が高い。この速さは、自然に漏れたものじゃない」
「はい」
「神崎くん、佐久間さんとは個人的な繋がりがあるね」
「はい」
「今日は、必要なら動いていい」堂島部長は言った。「業務上で動ける範囲で、俺も支援する」
「ありがとうございます」
---
十時過ぎ、サクから電話が来た。
「ハルトくん」サクは言った。「IMP、来た」
「はい。ニュースで見ました」
「教授と一緒にいる。IMPの人間が研究室に来て、任意で事情聴取に応じてほしいと言っている」
「任意ですか」
「そう言っている。ただ、断れる雰囲気じゃない」
「教授はなんと言っていますか」
「弁護士を呼ぶと言っている。弁護士が来るまで待ってほしいとIMPに伝えている」
「それは正しい判断です。弁護士が来るまで、何も話さないでください」
「わかった」サクは言った。「ハルトくん、これって、どのくらい大変なことになってる?」
ハルトは少し考えた。
「正直に言いますか」
「うん」
「大変な状況です。ただ、事実として何もしていなければ、最終的には記録が示します」
「最終的には、か」サクは言った。「その最終的が、いつになるかわからないのが怖い」
「はい。それは、怖いと思います」
「正直に言ってくれてありがとう」サクは言った。「弁護士来るまで、何も話さない。それだけ守る」
「はい。それだけでいいです」
「ハルトくん」
「はい」
「やめないよ」サクは言った。「これでも、やめない」
「はい」
「絶対に」
---
電話が切れた。
これがサクと直接話せる最後の電話になるかもしれないと、ハルトは思った。
施設に移送されれば、連絡が制限される。
だから、今のうちに伝えられることを伝えた。
事実は変わらない。記録は残る。
それだけを、頭の中に入れた。
---
ハルトはデスクを見た。
誰かが居場所を漏らした。
大学名まで出ていた。サクが在籍していることを知っていて、それを外部に伝えた人間がいた。
サクの居場所を知っていた人間。
ハルトは、頭の中で確認した。
教授。研究室のメンバー。ハルト。リア。ソウ。
ハルトがサクの研究室について話したことのある人間を、順番に確認した。
リアには伝えていた。ソウにも伝えていた。
ただ、今の段階では確認できなかった。
推測を重ねても、記録にはならなかった。
---
昼過ぎ、ニュースが更新された。
**佐久間サク氏、IMPによる事情聴取のため施設へ移送 弁護士同行**
写真が一枚あった。
建物から出てくるサクの姿だった。
スーツ姿の男性に挟まれていた。教授らしき人物が隣にいた。マスコミのカメラが向けられていた。
サクは下を向いていなかった。
まっすぐ前を見ていた。
---
ハルトはその写真を見た。
少し間を置いた。
まっすぐ前を見ていた。
---
施設に移送された以上、直接連絡は取れなくなった。
弁護士を通じてしか、サクの状況は伝わらない。
それがわかっていた。
---
夕方、ソウから連絡が来た。
「佐久間さんの件、動きを把握している。弁護士が同行しているなら、今日のところは最悪の事態にはならない」
「はい。弁護士が来るまで何も話さないよう伝えました。ただ、今は施設への移送が完了しています。連絡は制限されると思います」
「そうだ」ソウは言った。「移送後は外部との連絡が制限される。弁護士経由でしか状況は伝わらない」
「はい」
「居場所の漏洩については、俺も調べている。誰が流したか、確認する」
「はい」
「お前は心当たりがあるか」
ハルトは少し間を置いた。
「今の段階では、確認できません」
「そうか」ソウは言った。「わかった。続報が出たら連絡する。今夜は、何も動くな」
「はい」
「佐久間さんは強い。大丈夫だ」
「はい」
---
リアからもメッセージが来た。
「写真、見ました」
「はい」
「まっすぐ前を見ていましたね」
「はい。移送が完了しました。連絡が制限されます」
「はい」リアは言った。「MPBとして、佐久間さんの申請記録、発明者記録、全部正確に保管されています。必要になれば、公式に提出できます」
「ありがとうございます」
「神崎さん、今日一日、よく動きました」
「サクさんと直接話せなくなりました」
「はい」リアは言った。少し間があった。「ただ、記録は繋がっています。直接話せなくても、記録は動きます」
「はい」
「待ちましょう」
---
定時になった。
コートを着た。
魔法庁を出た。
一月の夜は冷たかった。
歩きながら、今日のことを頭の中に入れた。
朝のサクの電話。ニュースの見出し。大学名が出ていたこと。IMP。写真の中のサクがまっすぐ前を見ていたこと。施設への移送。連絡の制限。
全部、残った。
誰かが居場所を流した。
その人間が誰かは、今夜はわからなかった。
直接話せなくなった。
ただ、サクがまっすぐ前を見ていた。
帰った。
---
第五十九話 了




