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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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「一月の朝」

年が明けた。


一月の第二週だった。


停戦交渉は続いていた。合意の見通しは立っていなかった。


魔法庁のフロアは、年明けから動いていた。国際連携部への照会対応が、年末より増えていた。


ハルトは通常の業務を続けていた。


---


火曜日の朝だった。


出勤前、スマートフォンのニュースを確認した。


一つの見出しが目に入った。


**元サイエンスアーク社員、インタビュー中に転落 意識不明の重体**


ハルトは記事を開いた。


---


記事を読んだ。


昨夜、都内のビルの屋上で、フリーの報道記者が元サイエンスアーク社員の男性にインタビューを行っていた。インタビューの途中、男性が屋上の縁から転落した。男性は搬送されたが、意識不明の重体だという内容だった。


氏名は、三谷コウ、二十五歳。


ハルトはその名前を見た。


記事を最後まで読んだ。


インタビューの内容の一部が、記事に引用されていた。


三谷は言ったとのことだった。


「ロシアにアルカナテックの技術を流したのは、佐久間サクだ」


---


ハルトは少し間を置いた。


頭の中で、記事の内容を確認した。


三谷コウ。インタビュー。佐久間サクの名前。転落。意識不明。


全部、残った。


家を出た。


---


魔法庁に向かって歩きながら、サクに電話した。


アメリカは夜中のはずだった。


四回のコールで出た。


「ハルトくん、こんな時間に」サクは言った。眠そうな声だった。


「起こしてしまって申し訳ありません。ただ、今すぐ伝えた方がいいと判断しました」


サクの声のトーンが変わった。


「何があったの」


「今朝のニュースで、三谷コウさんの名前が出ました」


「三谷くんが?」


「昨夜、インタビュー中に転落しました。意識不明の重体です」


電話口が静かになった。


「え」


「記事の中に、インタビューでの発言が引用されていました」ハルトは言った。「サクさんの名前が出ていました」


「私の」


「はい。ロシアにアルカナテックの技術を流したのは佐久間サクだという発言です」


しばらく、何も聞こえなかった。


「それって」サクは言った。声が変わっていた。「三谷くんが、私の名前を出したってこと?」


「はい」


「そんな、三谷くんが、なんで」


「今の段階では、わかりません」


サクはしばらく黙っていた。


「三谷くんは、今どうなの」


「意識不明の重体と報道されています。それ以上の情報はありません」


「そっか」サクは言った。小さな声だった。「三谷くん」


---


少し間があった。


「ハルトくん」サクは言った。


「はい」


「私、どうすればいい」


「今は何もしないでください」ハルトは言った。「発言の内容は事実ではありません。ただ、今の段階で否定や説明をすることは、かえって状況を複雑にします」


「黙ってるの?」


「はい。ただ、一点だけ確認してほしいことがあります」


「何」


「研究室の教授に、今朝のニュースを伝えてください。状況を共有しておいた方がいいと思います」


「教授に」


「はい。サクさんを守るために動ける立場にある人に、今の状況を知っておいてもらう必要があります」


「わかった」サクは言った。「今日、話す」


「はい」


「ハルトくん、三谷くんの発言って、本当に事実じゃないって思う?」


「はい」ハルトは言った。迷わずに言った。「思います」


「なんで」


「サクさんが何をしてきたか、私は記録として知っています。その記録と、あの発言は一致しません」


サクはしばらく黙っていた。


「ありがとう」サクは言った。「それだけで、少し、落ち着いた」


---


魔法庁に着いた。


フロアはすでに動いていた。


藤本がハルトを見てすぐに近づいてきた。


「神崎さん、ニュース見ましたか」


「はい。来る途中に確認しました」


「三谷コウという人物、神崎さんは知っていますか」


「はい。元サイエンスアークの社員です」


「やっぱり」藤本は声を低くした。「インタビューでの発言、見ましたか」


「はい」


「佐久間という名前が出ていましたが、神崎さんの知り合いですか」


ハルトは少し間を置いた。


「はい。MPBに申請を出していた方です」


「そうですか」藤本は言った。「大変なことになりましたね」


「はい」


「神崎さん、大丈夫ですか」


「仕事をします」


---


堂島部長がフロア全体に声をかけた。


「今朝のニュースについて、国際連携部から照会が来る可能性がある。通常業務を継続しながら、対応の準備をしておいてくれ」


フロアが動き始めた。


ハルトはデスクに座った。


パソコンを開いた。


ただ、少し間を置いた。


三谷コウ。


インタビューで、サクの名前を出した。


なぜそういう発言をしたのか。


三谷がサイエンスアークでスパイとして動いていたことは、ハルトの中では確認できていた。ただ、その後の動向は知らなかった。


桐島が対談で言っていた。退職した社員がエネルギー関連の研究をしていると。


三谷は退職後、どこにいたのか。


アルカナテックの使いから指示を受けていた可能性が、頭に浮かんだ。


ただ、確認できる根拠はなかった。


記録として確認できることだけを持っておく。


デスクに向かった。


---


昼前、ソウから連絡が来た。


「今朝のニュース、見たか」


「はい」


「佐久間さんには連絡したか」


「今朝、電話しました。今は何もしないよう伝えました。教授に状況を共有するよう伝えました」


「正しい判断だ」ソウは言った。「俺からも確認しておく。あの発言、事実無根だ」


「はい」


「ただ、一度報道に出た言葉は、簡単には消えない」ソウは言った。「今後の動き次第では、佐久間さんの研究環境に影響が出るかもしれない」


「はい。それが心配です」


「当局が三谷の発言を正式に取り上げるかどうか、今日中に動きがあると思う。続報が出たら連絡する」


「はい」


「佐久間さんのことは、俺も動く」ソウは言った。「お前一人で抱え込むな」


「はい。よろしくお願いします」


「ああ」ソウは言った。「大丈夫だ」


---


午後、続報が出た。


三谷コウは搬送先の病院で、意識を回復しないまま亡くなったという内容だった。


ハルトはその記事を見た。


少し間を置いた。


三谷コウ、二十五歳。


サイエンスアークで、サクと同じ職場にいた人間だった。


何がそうさせたのか、今のハルトにはわからなかった。


ただ、二十五歳という数字が、頭の中に残った。


---


夕方、サクから電話が来た。


「続報、見た」サクは言った。


「はい」


「三谷くん、亡くなったんだね」


「はい」


電話口が少し静かになった。


「悲しい」サクは言った。「怒りより、悲しい」


「はい」


「三谷くんが、なんであんな発言をしたのか。本当のことを言えば、私が犯人になるわけないのに。なんで」サクは言った。「わからない」


「わからないことが、たくさんあります」


「うん」サクは言った。「教授には話した。状況を把握してもらえた。研究は続けていいと言ってもらえた」


「よかったです」


「研究室の人たちも、信じてくれてる。あの発言は事実じゃないって」


「はい」


「ただ」サクは言った。「外には、知らない人がたくさんいる。報道だけ見た人は、私が何かしたと思うかもしれない」


「はい」


「それが、少し怖い」


「はい」


「ハルトくん、記録って、こういうときにも意味があるの?」


ハルトは少し考えた。


「あります」ハルトは言った。「サクさんが何をしてきたかは、記録として残っています。MPBへの申請記録、研究室での実験データ、論文の草稿。全部、サクさんが積み上げてきた記録です。それは、事実として存在しています」


「それが、守ってくれる?」


「全部を守ることはできないかもしれません。ただ、事実を示すことはできます。記録は、嘘をつきません」


サクはしばらく黙っていた。


「うん」サクは言った。「そうだよね。私がやってきたことは、全部残ってる」


「はい」


「ありがとう、ハルトくん」サクは言った。「また怖くなったら、電話していい?」


「はい。いつでも」


「ありがとう」


---


電話が切れた。


ハルトはデスクに残っていた。


フロアはほとんど静かになっていた。


今日のことを頭の中に入れた。


朝のニュース。三谷コウという名前。インタビューでのサクの名前。サクへの電話。三谷が亡くなったという続報。サクの「怒りより、悲しい」という言葉。


全部、残った。


三谷がなぜあの発言をしたのか、ハルトにはわからなかった。


ただ、何かに追い詰められていたことは、想像できた。


二十五歳だった。


ハルトと、一つしか違わなかった。


それが、重かった。


---


リアからメッセージが来た。


「今日のニュース、見ました。佐久間さんには連絡しましたか」


「はい。朝と夕方に話しました。研究は続けられる状況です」


「よかったです」少し間があった。「神崎さん、大丈夫ですか」


「はい。大丈夫です」


「三谷さんのこと、複雑な気持ちだと思います」


「はい」


「何があったとしても、二十五歳だったということは、事実ですね」


「はい」


リアはそれ以上は言わなかった。


それだけで、十分だった。


---


コートを着た。


魔法庁を出た。


一月の夜は、冷たかった。


空は晴れていた。


星が見えた。


歩きながら、今夜は何も整理しなかった。


記録として持っておく、ということだけ、決めた。


帰った。


---


第五十八話 了

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