「年の瀬」
十二月の最終週になった。
魔法庁は二十八日が仕事納めだった。
戦況は、停戦交渉が継続中という状態だった。合意には至っていなかったが、進軍は止まっていた。年を越しても続く見通しだという報道が増えていた。
アルカナテックの件は、その後大きな動きがなかった。桐島の対談以降、新しい情報は出ていなかった。
ただ、ハルトの頭の中には、先週見たものが全部残っていた。
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二十六日、火曜日だった。
昼過ぎ、藤本が声をかけてきた。
「神崎さん、今日の夕方、少し時間ありますか」
「はい」
「フロアで、軽く忘年会をやろうという話になって。神崎さんにも来てほしいと思って」
「フロア全体でですか」
「そうです。堂島部長も来ます」藤本は少し間を置いた。「倉田主任も来ます」
「はい」
「神崎さん、来てもらえますか」
「はい。行きます」
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定時後、フロアの端のスペースにテーブルが並べられた。
仕出しのつまみと、缶ビールと、ノンアルコールの飲み物が並んだ。
十五名ほどが集まった。
堂島部長が最初に言った。
「今年は色々あった年だった。皆、よく動いてくれた。来年もよろしく頼む。乾杯」
乾杯した。
それだけだった。長い挨拶はなかった。
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ハルトはノンアルコールの飲み物を持って、藤本の隣に立った。
「神崎さん、今年一年、お疲れ様でした」
「お疲れ様でした。藤本さんには、色々教えてもらいました」
「こちらこそ、助かりました。神崎さんが来てから、照合の遅れが全部解消しましたよ」藤本は言った。「来年も延長が決まって、正直、ほっとしています」
「そうですか」
「部全体でそう思っていると思いますよ」藤本は言った。「言葉に出す人が少ないだけで」
「ありがとうございます」
しばらく、二人で飲みながらフロアを見ていた。
堂島部長が若い職員と話していた。笑い声が聞こえた。
倉田主任は、少し離れたところに立っていた。一人でグラスを持っていた。
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少しして、倉田主任がハルトの方に近づいてきた。
藤本が少し目を丸くした。
倉田主任はハルトの隣に立った。
「神崎さん、来年も続くと聞いた」
「はい。来年三月まで延長になりました」
「そうか」倉田主任は言った。グラスを少し傾けた。「先月の報告書、国際連携部で使われたそうだ」
「そうですか」
「わかることとわからないことをはっきり分けた報告が、現場では一番使いやすいと言われたと聞いた」
「堂島部長に言われた通りに書きました」
「それを実行できるのは、簡単ではない」倉田主任は言った。「わからないことをわからないと書けない人間が多い。確認できていないことを、確認したように書きたがる」
「記録として残すなら、事実だけの方が意味があります」
「そう思う」倉田主任は言った。少し間を置いた。「来年も、頼む」
それだけ言って、倉田主任は元の場所に戻った。
藤本が小声で言った。
「今の、すごいことですよ」
「そうですか」
「倉田主任が、部外の人間に頼むって言ったの、私が知る限り初めてです」
「そうですか」
「本当にそうなんですよ」藤本は言った。「神崎さん、変えましたね、あの人を」
「記録の話をしただけです」
「それが大事だったんだと思います」
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忘年会が終わった。
帰り支度をしていると、堂島部長が声をかけてきた。
「神崎くん、少しいいか」
「はい」
「廊下でいい」
二人で廊下に出た。
「来年の話をしておきたかった」堂島部長は言った。「国際連携部から、来年の照会業務が増える見込みだと連絡が来ている。アルカナテックの件も、続報が出る可能性がある」
「はい」
「神崎くんには、引き続き記録の照合を担当してもらうが、国際連携部の案件でも動いてもらうことが増えるかもしれない」
「はい。やります」
「無理だと思ったら言ってくれ」堂島部長は言った。「一人で抱え込まないように」
「はい」
「それと」堂島部長は少し間を置いた。「今年、よくやってくれた。本当に助かった」
「ありがとうございます」
「ソウ、いや、神宮寺主任から話を聞いて、正直、最初は半信半疑だったんだ」堂島部長は言った。「非適合者に術式記録の照合が務まるかどうか」
「はい」
「ただ、来てもらってよかった。それは間違いない」堂島部長は言った。「来年もよろしく頼む」
「はい。よろしくお願いします」
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魔法庁を出た。
十二月の夜は冷たかった。
歩きながら、スマートフォンを取り出した。
リアにメッセージを送った。
「今日、フロアの忘年会がありました。倉田主任に、来年も頼むと言っていただけました」
少し待つと、返信が来た。
「そうですか。よかったです」
「堂島部長にも、よくやってくれたと言っていただきました」
「当然だと思います」リアは言った。「神崎さんが今年一年やってきたことは、記録として残っています。そういう評価になって当然です」
「ありがとうございます」
「MPBも、静かに動いています」リアは言った。「来年、また色々あると思いますが、よろしくお願いします」
「はい。こちらこそ」
「神崎さん」
「はい」
「今年一年、お疲れ様でした」
「白銀主任も、お疲れ様でした」
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ソウにもメッセージを送った。
「今日、忘年会がありました。堂島部長から、来年も国際連携部の案件で動いてほしいという話がありました」
返信が来た。
「そうか。ちょうどよかった。俺からも来年の話をしようと思っていた」
「はい」
「年明けに会おう。話したいことがある」
「はい」
「今年一年、よくやった」
「ありがとうございます」
「お前が魔法庁に来てくれてよかった」ソウは言った。「本当に、そう思っている」
ハルトは少し間を置いた。
「私も、来てよかったと思っています」
「そうか」ソウは言った。「ならよかった。よいお年を」
「よいお年を」
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家に向かって歩いた。
しばらくして、サクからメッセージが来た。
「こっち、クリスマス一色だよ。研究室の人たちとパーティーしてきた」
「そうですか」
「ハルトくんは?」
「フロアの忘年会でした」
「どうだった?」
「よかったと思います」ハルトは言った。「一年前には話しかけてこなかった人が、来年も頼むと言ってくれました」
「それって、すごいことじゃない」
「そうかもしれません」
「絶対そうだよ」サクは言った。「ハルトくんって、そういうの自覚しないよね」
「そうですか」
「うん。でも、それがハルトくんのいいところでもある」サクは言った。少し間があった。「ハルトくん、今年一年、ありがとう」
「はい」
「私が日本にいたとき、色々助けてもらった。アメリカに来てからも、話を聞いてもらった。全部、助かってた」
「そうですか」
「そうだよ。受け取って」
「はい。受け取りました」
「よかった」サクは言った。「来年も、よろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
「サクさんも」ハルトは言った。「今年一年、お疲れ様でした」
「ありがとう」サクは言った。「また連絡する。よいお年を」
「よいお年を」
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家に着いた。
コートを脱いだ。
今年のことを、頭の中で確認した。
四月、魔法庁に来た。術式記録の照合を始めた。藤本と連携した。訓練場で初めて術式を見た。倉田主任と会議で向き合った。記録で示した。ギャップの整理が進んだ。十一月、戦争が始まった。照合記録が国際連携部に渡った。アルカナテックの九件という数字。桐島の対談。サクが疑われる可能性に自分で気づいた。
全部、残っていた。
今年積み上げた記録の総量は、ハルトには正確にはわからなかった。
ただ、確実に積み上がっていた。
来年、それが何かに繋がるかもしれなかった。
繋がらないかもしれなかった。
窓の外に、十二月の夜空があった。
雲が少なかった。
星が見えた。
寝た。
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第五十七話 了




