「対談」
十二月の第三週、土曜日だった。
ハルトは部屋で過ごしていた。
午後、何気なくテレビをつけた。
---
報道特番だった。
タイトルは「魔力増強技術と今回の戦争、その背景を探る」だった。
画面には、スタジオのセットが映っていた。
キャスターと、向かい合って座っている男性がいた。
テロップが出た。
**アルカナテック株式会社 代表取締役社長 桐島ケンイチ氏**
ハルトはリモコンを置いた。
画面を見た。
---
桐島は、六十代だった。白髪だった。落ち着いたスーツを着ていた。表情は穏やかだった。
キャスターが話した。
「今回の戦争において、ロシア軍の魔力供給源として魔石型の装置が使われた可能性が指摘されています。アルカナテック様は国内最大の魔石関連技術の保有企業として、一部で名前が挙がっていますが、桐島社長、この点についていかがでしょうか」
桐島は少し間を置いた。
「まず、はっきり申し上げます」桐島は言った。「弊社は今回の軍事行動に、一切関与していません」
「断言されますか」
「断言します。弊社の魔石関連技術が、軍事目的で使われたという事実は、現時点では確認されていません」
「ただ、御社の技術と類似した仕組みが使われている可能性は、専門家からも指摘されています」
「類似、というのは広い言葉です」桐島は言った。穏やかな口調だった。「魔石を使ったエネルギー変換は、弊社だけが研究しているわけではありません。世界中で、似た研究が進んでいます。類似しているということが、弊社の技術だということにはなりません」
「なるほど」
「弊社は、魔石の民生利用のための研究を続けてきました。医療、工業、生活支援。そういった目的のための技術です。軍事転用を前提とした研究は、一切行っていません」
---
キャスターが資料を手に取った。
「一点、確認させてください。御社の元社員、あるいは関連する人物が、今回の件に関与している可能性については、いかがでしょうか」
桐島は少し表情を動かした。
ほんの少しだった。ただ、ハルトは見ていた。
「実は」桐島は言った。「この件については、弊社も内部調査を進めているところです」
「内部調査、ですか」
「はい」桐島は言った。「先月、弊社の魔石関連のデータに、外部からアクセスされた形跡が見つかりました」
スタジオが少し静かになった。
「データの流出、ということですか」
「流出したかどうかは、現時点では確認中です。ただ、何者かがアクセスした形跡があることは、事実です」
「それはいつの話ですか」
「アクセスの形跡が確認できたのは、先月の初旬です。ただ、実際のアクセスがいつあったかは、調査中です」
「その件と、今回の戦争との関連は」
「現時点では、断定できません」桐島は言った。「無関係である可能性もあります。ただ、タイミングとして確認が必要だと判断し、調査を進めています」
---
「もう一点」キャスターは言った。「御社を退職した人物が、別の組織でエネルギー関連の研究を行っているという情報もありますが」
桐島は少し間を置いた。
「その件についても、把握しています」桐島は言った。「弊社の元社員が、退職後にエネルギー変換系の研究に関わっているという情報があります。現在、その人物と今回の件の関連について、確認を進めています」
「その人物の名前は」
「現時点では、調査中のため、お話しできません」桐島は言った。「複数名の可能性もあります。弊社としては、事実関係の確認に最大限協力する姿勢でいます。当局からの照会があれば、持っている情報は開示します」
「もし御社の元社員が、御社の技術情報を持ち出していたとすれば」
「それが事実であれば、厳正に対処します」桐島は言った。「ただ、現時点ではあくまで確認中です。憶測でお話しすることは、関係者への影響もあるため、控えさせていただきます」
「わかりました」キャスターは言った。「最後に、視聴者の方々に向けて、一言お願いします」
桐島は少し間を置いた。
「弊社は、魔石技術の平和的な利用のために、二十年以上研究を続けてきました」桐島は言った。「今回の件で、弊社の名前が報道に出ていることは、非常に遺憾です。事実関係が明らかになるよう、最大限協力していきます。それだけです」
---
対談が終わった。
キャスターが画面に向かって話し始めた。
ハルトはテレビを消した。
---
部屋の中で、しばらく動かなかった。
頭の中で、今見たものを整理した。
桐島の発言を、順番に確認した。
弊社は無関係だ。
類似した研究は世界中にある。
魔石関連データへの外部アクセスの形跡があった。
退職した社員がエネルギー変換系の研究に関わっている。複数名の可能性もある。
現時点では断定できない。
一つずつ、頭の中に入れた。
退職した社員。エネルギー変換系の研究。複数名。
ハルトは頭の中で、二つの名前を確認した。
三谷コウ。
佐久間サク。
どちらも、アルカナテックによる買収後にサイエンスアークを去った人間だった。どちらも、エネルギー変換に関わっていた。
ただ、それだけでは何も言えなかった。
桐島が言った「退職した社員」が誰を指しているのか、今の段階では確認できなかった。
---
スマートフォンを手に取った。
サクに電話しようとした。
その前に、着信が来た。
サクからだった。
「ハルトくん、テレビ見た?」
「はい。今見ていました」
「ねえ、あれって」サクは言った。声が少し硬かった。「退職した社員がエネルギー変換系の研究をしているって言ってたけど」
「はい」
「私のことも含まれてると思う?」
ハルトは少し間を置いた。
「可能性はあります」
「そうだよね」サクは言った。「私、アルカナテックの子会社になったサイエンスアークを退職して、アメリカでエネルギー変換の研究してる。全部、当てはまる」
「はい」
「三谷くんのことも、当然含まれてると思う。でも、私も対象になってる可能性がある」サクは言った。「それを、今ハルトくんに確認したかった」
「確認してよかったと思います」
「ハルトくんも、気づいてたよね」
「はい。ただ、サクさんに先に確認したかった」
「どうして」
「サクさんが自分で気づいていた方がいいと思ったからです。私から言うより」
サクは少し間を置いた。
「そういうとこ、ハルトくんだね」サクは言った。「ありがとう、気を使ってくれて」
「気を使ったわけではありません。そう判断しました」
「うん、わかってる」サクは言った。「でも、ありがとう」
---
「どうすればいいと思う?」サクは言った。
「今の段階では、動かない方がいいと思います」
「動かない」
「桐島の発言は、調査中という言葉を何度も使っていました。確定した情報ではありません。サクさんが何かをする前に、状況が変わる可能性があります」
「何もしないで待つ、ということ?」
「研究は続けてください。ただ、桐島の発言に反応して、何かを公表したり説明したりする必要は、今はないと思います」
「なんで」
「動くことで、かえって注目が集まります。今は静かにしていた方がいい」ハルトは言った。「ただ、一点だけ、確認しておいてほしいことがあります」
「何?」
「研究に使っているデータや資料の中に、アルカナテック由来のものはありませんか」
サクは少し間を置いた。
「ない、と思う。自分で一から作ってきた研究だから」サクは言った。「ただ、念のため確認してみる」
「はい。確認しておいた方がいいと思います」
「わかった。今夜、確認する」
---
「ハルトくん」サクは言った。
「はい」
「正直に言うと、怖い」
「はい」
「アルカナテックに買収されて、研究を奪われて、会社を辞めてアメリカに来て。ようやく研究が前に進んできたところで、今度は疑われる側になるかもしれない」サクは言った。「自分が悪いことを何もしていないのに、どんどん話が大きくなっていく感じがして」
「はい」
「理不尽だと思う」
「思っていいと思います」
「うん」サクは言った。「ただ、やめない。それだけは決めてる」
「はい」
「何があっても、やめない」
「はい」
「ハルトくんが待っててくれるから」サクは言った。少し間があった。「それが、今一番の理由かもしれない」
ハルトは少し間を置いた。
「はい」ハルトは言った。「待っています」
「ありがとう」
---
電話が切れた。
ハルトはしばらく、スマートフォンを持ったままでいた。
---
ソウにメッセージを送った。
「アルカナテックの社長の対談を見ました。退職した社員という発言が気になりました」
すぐに返信が来た。
「見た。録画もしてある」
「佐久間さんも対象に含まれる可能性があります」
少し間があった。
「気づいていた。お前からも連絡が来ると思っていた」
「佐久間さんには、今は動かず、使用データの確認だけするよう伝えました」
「正しい判断だ」ソウは言った。「今の段階で出てくるな、と俺からも伝える。お前が先に動いてくれてよかった」
「はい」
「桐島の言い方が気になった。複数名の可能性、という言葉だ」
「はい。私もそこが引っかかりました」
「名前を出さずに、範囲を広く取った。疑いの網を意図的に広げた可能性がある」ソウは言った。「お前はどう思う」
「そう思います。具体的な名前を出さないことで、複数の人間を同時に牽制できます」
「そういうことだ」ソウは言った。「記録として持っておいてくれ。続報が出たら連絡する」
---
しばらくして、リアからもメッセージが来た。
「テレビ、見ましたか」
「はい」
「退職した社員という発言、気になりました」
「はい。佐久間さんにも連絡しました」
「そうですか」少し間があった。「佐久間さん、どうでしたか」
「自分が対象に含まれる可能性に、自分で気づいていました」
「そうですか」リアは言った。「強い人ですね」
「はい。研究はやめないと言っていました」
「そうですか」リアは少し間を置いた。「神崎さん」
「はい」
「佐久間さんの記録は、MPBに残っています」リアは言った。「発明者として、正しく記録されています。それは変わりません」
「はい」
「何があっても、その記録は消えません」
「はい。佐久間さんにも、同じことを伝えます」
「お願いします」
---
ハルトはスマートフォンを置いた。
今日のことを頭の中に入れた。
桐島の発言。退職した社員という言葉。複数名という言葉。サクが自分で気づいていたこと。「やめない、ハルトくんが待っててくれるから」という言葉。ソウの「疑いの網を意図的に広げた可能性がある」という分析。リアの「その記録は消えません」という言葉。
全部、残った。
疑いの網が広がっていた。
ただ、記録も積み上がっていた。
アルカナテックが何をしようとしても、サクの発明者記録はMPBに残っている。サクが積み上げてきたデータは、サクのものだ。
それは変わらなかった。
窓の外は暗かった。
十二月の夜は、冷たかった。
寝た。
---
第五十六話 了




