「十二月」
十二月になった。
戦況は、依然として膠着していた。
停戦交渉が本格化しているという報道が増えてきた。ただ、合意には至っていなかった。魔法庁の国際連携部は引き続き動いていたが、審査連携部への照会は十一月より減っていた。
フロアの空気が、少し落ち着いてきた。
ただ、完全には戻っていなかった。
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術式記録の照合は、五百件を超えていた。
藤本が言った。
「神崎さん、今年中に六百件いけそうですね」
「そうですね」
「一年で六百件って、前任者の三倍くらいのペースですよ」
「そうですか」
「自覚してください」藤本は笑った。「おかげで、照合待ちだった案件がほぼ解消されました。来年からは、新規の申請をリアルタイムで追えるようになります」
「それはよかったです」
「神崎さんがいてくれてよかったと、部全体が思っていますよ」藤本は言った。「言葉に出さない人が多いですけど」
「倉田主任もですか」
「倉田主任も、だと思います」藤本は少し笑った。「あの方なりの表現が、先月の『よく書けていた』だったんじゃないですかね」
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十二月の第二週、木曜日だった。
昼過ぎ、堂島部長がハルトを呼んだ。
部長室に入った。
「座ってくれ」
座った。
「来年三月まで、出向の期間が延長になった」堂島部長は言った。
ハルトは少し間を置いた。
「当初は来年八月までの一年間でしたが」
「ああ」堂島部長は言った。「今回の件があって、MPBとの連携をさらに強化したいという判断が上から出た。神崎くんに引き続きいてもらいたいという話になった」
「八月が三月になるということは、期間が短くなるんですか」
「逆だ」堂島部長は言った。「再来年の三月まで、一年半になる」
ハルトは少し間を置いた。
「半年、延長ですか」
「そうだ。急な話で申し訳ないが、どうだろうか」
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ハルトは少し考えた。
「確認していいですか」
「どうぞ」
「延長の主な理由は、今回の戦争への対応ですか」
「それが直接のきっかけだが、もう一つある」堂島部長は言った。「神崎くんがここに来てから、術式記録の整備が大きく進んだ。ギャップの整理資料も、現場で活用され始めている。この流れを、もう少し続けてほしいということだ」
「結城さんとの交換留学という形は、どうなりますか」
「結城さんの方は、来年八月に戻ってもらう予定だ。神崎くんだけ、延長という形になる」
「MPBへの影響は確認されましたか」
「リア、白銀主任とは話した。了承をいただいている」
ハルトは少し間を置いた。
「わかりました。延長を受けます」
「ありがとう」堂島部長は言った。「無理を言って申し訳ない」
「仕事として、やれることがあります」ハルトは言った。「それが理由です」
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デスクに戻った。
リアにメッセージを送った。
「出向の延長について、聞きました」
すぐに返信が来た。
「はい。堂島部長から事前に相談がありました。神崎さんの意向を確認してから決めてほしいと伝えていましたが、どうでしたか」
「受けることにしました」
「そうですか」少し間があった。「一年半、よろしくお願いします」
「はい。ただ」
「はい」
「白銀主任に、一つ確認したいことがあります」
「どうぞ」
「延長を了承したのは、なぜですか」
少し間があった。
「神崎さんが魔法庁にいることで、できることがあると思っているからです」リアは言った。「それはMPBにとっても、意味があることだと思っています」
「それだけですか」
また少し間があった。
「あなたがそこにいた方がいい、という判断もあります」リアは言った。「今の時期、という意味で」
「今の時期、というのは」
「戦争があって、アルカナテックの件があって、佐久間さんの件があります」リアは言った。「その全部の記録を、あなたは持っています。その記録が必要になる場面が、来るかもしれません」
「魔法庁にいる間に、ですか」
「わかりません。ただ、記録は持っている人間がいてこそ、活きます」
「はい」
「それだけです」リアは言った。「無理しないでください」
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夕方、ソウが来た。
仕事帰りの様子だった。
「延長、聞いたか」
「はい。今日、堂島部長から話がありました」
「どうした」
「受けることにしました」
「そうか」ソウは言った。「飯、食いに行くか」
「はい」
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近くの定食屋に入った。
ソウは唐揚げ定食を頼んだ。ハルトは生姜焼き定食にした。
料理が来るまで、ソウは何も言わなかった。
料理が来た。
食べながら、ソウが言った。
「延長を受けた理由を聞いていいか」
「仕事として、やれることがあるからです」
「それだけか」
「あとは」ハルトは少し考えた。「記録が、まだ途中だと思っています」
「記録が途中、か」
「術式記録の照合もそうですが、今回の件もそうです。アルカナテックの申請との関連、魔石の供給ルート、記録として確認できていないことがまだあります」
「続きを見たいということか」
「見たいというより、確認が必要だと思っています」
ソウは少し間を置いた。
「お前がいてくれると、助かる」ソウは言った。「俺だけでは、記録の照合はできない」
「私にできることをします」
「ああ」ソウは言った。「それで十分だ」
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料理を食べ終えた。
お茶を飲みながら、ソウが言った。
「佐久間さんから連絡はあるか」
「先月、電話がありました。論文の保留について」
「その後は」
「メッセージのやり取りは続いています。研究は続けているようです」
「そうか」ソウは言った。「あの子の研究が、今回の件でさらに難しい立場になったな」
「はい」
「エネルギー変換系の研究は、国際的な監視が強まる。発表の環境が、さらに厳しくなるかもしれない」
「はい」
「それでも続けると思うか」
「はい」ハルトは言った。「続けると思います」
「なぜそう思う」
「悔しいけど、前に進むと言っていました」
ソウは少し間を置いた。
「そうか」ソウは言った。静かな声だった。「それが聞けてよかった」
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店を出た。
十二月の夜は、冷たかった。
少し歩いた。
「神宮寺主任」とハルトは言った。
「何だ」
「一つ、聞いていいですか」
「聞いてみろ」
「今回の戦争で、アルカナテックが関与している可能性について、どこまで調べが進んでいますか」
ソウは少し間を置いた。
「正式な調査は、国際連携部が担当している。俺の立場で言えることは限られる」
「はい」
「ただ」ソウは言った。「お前が照合した記録は、国際連携部に渡っている。役に立っている」
「そうですか」
「記録が、調査の根拠になっている」ソウは言った。「それだけは言える」
「わかりました」
「焦るな」ソウは言った。「時間がかかる話だ。ただ、記録は積み上がっている。それが全部、繋がる日が来る」
「はい」
「お前が覚えていることが、その日に意味を持つ」ソウは言った。「だから、続けてくれ」
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別れた後、ハルトは一人で帰った。
今夜のことを頭の中に入れた。
延長の話。リアの「記録は持っている人間がいてこそ活きる」という言葉。ソウの「記録が調査の根拠になっている」という言葉。「お前が覚えていることが、その日に意味を持つ」という言葉。
全部、残った。
来年三月まで、ここにいる。
その間に、記録がさらに積み上がる。
それが何に繋がるかは、まだわからなかった。
ただ、繋がる日が来ると、ソウは言った。
十二月の夜は、長かった。
帰った。
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その夜、サクからメッセージが来た。
「こっち、雪が積もってきた。研究室から見える景色が全部白くて、なんかきれいだった」
ハルトは少し間を置いた。
返信した。
「こちらも、今夜は冷えています」
「ハルトくん、最近どう?」
「出向が延長になりました。来年の三月まで、魔法庁にいます」
「そうなんだ」少し間があって、返信が来た。「それって、大変な話じゃなくて?」
「大変ですが、やれることがあります」
「ハルトくんらしい」サクは言った。「私も、研究続けてる。論文は保留だけど、データは積み上がってる」
「はい」
「お互い、記録を積み上げてるね」
「そうですね」
「なんかいいな、それ」サクは言った。「離れてても、同じことをしてる感じがする」
「はい」
「また連絡する。寒いから、体に気をつけて」
「はい。そちらも」
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ハルトはスマートフォンを置いた。
お互い、記録を積み上げている。
サクがそう言った。
離れていても、同じことをしている。
窓の外に、冬の空があった。
寝た。
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第五十五話 了




