「十一月のニュース」
十一月の第二週、月曜日だった。
朝、出勤前にスマートフォンのニュースを見た。
見出しが目に入った。
---
**ロシア、バルト三国に対し軍事行動を開始 魔法部隊が先行投入か**
---
ハルトは記事を読んだ。
ロシア軍が、エストニアとラトビアの国境付近に軍事展開を開始した。先行部隊に魔法使いが多数含まれており、通常の軍事行動とは異なる展開速度で進軍しているとのことだった。NATO加盟国への攻撃を受けて、欧州各国が緊急会議を招集しているという内容だった。
もう一本、読んだ。
**ロシア魔法部隊の戦力、従来比三倍超の推計 魔力供給源に関して各国が調査**
魔力供給源。
ハルトはその言葉を見た。
少し間を置いて、スマートフォンをポケットに入れた。
家を出た。
---
魔法庁のフロアに着いた。
空気が違った。
いつもより人が多かった。定時前なのに、半数以上がすでに出勤していた。各自がパソコンの画面を見ていた。小声で話している者が何人かいた。
藤本がハルトに気づいた。
「神崎さん、ニュース見ましたか」
「はい。朝、見ました」
「魔法庁、朝から緊張してます。対外情報の担当部署は夜中から動いていたらしくて」
「魔力供給源という言葉が記事に出ていました」
「そこ、引っかかりましたよね」藤本は声を低くした。「私も気になってます。ロシアが自国でそこまで魔法使いの戦力を増強できるとは、以前から考えにくかった」
「外部から供給された可能性があるということですか」
「あくまで推測ですが」藤本は言った。「断言できる情報は、まだないです」
---
堂島部長が朝礼を開いた。
全員が集まった。
「昨夜からのニュースは皆、把握していると思う」堂島部長は言った。「現時点で、魔法庁として公式に発表できることはない。ただ、国際連携部から情報収集の依頼が来ている。審査連携部としては、通常業務を継続しながら、国際連携部からの照会に迅速に対応してほしい」
質問が出た。
「術式の流出可能性はありますか」
「調査中だ」堂島部長は言った。「確認が取れていない段階での憶測は避けてくれ。わかったことから順次共有する」
朝礼が終わった。
フロアが静かになった。静かだが、緊張していた。
---
午前中、通常業務を続けた。
ただ、集中しきれなかった。
ニュースが更新されるたびに、フロアの空気が少し変わった。
昼前、新しい記事が出た。
**ロシア軍の魔力出力、魔石型供給装置を使用の可能性 専門家が分析**
魔石型供給装置。
ハルトはその言葉を見た。
頭の中で、一つの名前が浮かんだ。
浮かんだだけで、何も言わなかった。
確認できる情報がなかった。
---
昼休み、一人で食堂に行った。
食堂のテレビが、ニュース特番になっていた。
アナウンサーが話していた。
ロシアの魔法部隊の映像が流れた。
炎が上がっていた。建物が崩れていた。
ハルトはトレーを持ったまま、少し立ち止まった。
映像を見た。
炎の色が、通常の火系魔法とは少し違った。出力が高かった。展開速度が速かった。
頭の中で、訓練場で見た火系の術式を確認した。
標準形と、今映像で見た炎の動き方が、少し違った。
ただ、それ以上のことは、今の段階ではわからなかった。
席に座った。
食事をした。
味がよくわからなかった。
---
午後、ソウから連絡が来た。
「今話せるか」
「はい」
「今から行く」
十五分後、ソウが審査連携部のフロアに来た。
会議室に入った。
「ニュース、見ているか」
「はい」
「魔石型供給装置という言葉が出た」ソウは言った。「魔法庁の国際連携部が、情報収集を急いでいる。お前に聞きたいことがある」
「はい」
「アルカナテックの申請の中に、魔石の出力増幅に関するものはあったか」
ハルトは頭の中を確認した。
アルカナテックの申請履歴。魔石関連。出力増幅。
「魔石の精製効率に関する申請が複数あります。出力増幅という名目のものは、確認できる範囲ではありませんでした。ただ」
「ただ」
「精製効率の向上と、出力の増幅は、結果として繋がる可能性があります。精製された魔石は、より多くの魔力を蓄積できます」
「お前がそう判断するなら、そういうことだろう」ソウは言った。「ただ、今の段階では確認できない」
「はい。十八ヶ月以内の申請は非公開です。最近の申請に含まれている可能性は否定できません」
「そうだ」ソウは少し間を置いた。「お前に言えることはここまでだ。続きは、国際連携部の話になる」
「はい」
「ただ、頭に入れておいてくれ」ソウは言った。「記録の中に、手がかりがあるかもしれない」
「はい」
---
ソウが帰った後、デスクに戻った。
藤本が声をかけてきた。
「神崎さん、大丈夫ですか」
「はい」
「なんか、考え込んでいたので」
「少し、整理していました」
「何か、気づいたことがありましたか」
ハルトは少し間を置いた。
「今の段階では、確認できないことが多いです」
「そうですね」藤本は言った。「私も、映像を見て色々考えましたけど、憶測を言っても仕方ないと思って」
「はい」
「ただ」藤本は言った。「あの炎の動き、なんか変でしたよね」
「はい」
「標準的な火系とは、少し違う気がしました」
「私もそう思いました」
二人は少し間を置いた。
「記録と照合すれば、わかることがあるかもしれません」ハルトは言った。
「できますか」
「映像の情報だけでは限界があります。ただ、やれることはやります」
---
夕方、堂島部長が声をかけてきた。
「神崎くん、少しいいか」
「はい」
「国際連携部から、術式記録の緊急照会依頼が来た。映像から分析された魔法の特徴と、登録済みの術式記録との照合を頼みたい」
「いつまでですか」
「できれば、明日の午前中までだ。急で申し訳ないが」
「やります」
「助かる」堂島部長は言った。「ただ、今の段階では推測の域を出ないことも多い。わかること、わからないことを、はっきり分けて報告してくれ」
「はい」
「記録として残っていることと、残っていないことを、正確に示してくれればいい」
「それは、得意です」
堂島部長は少し笑った。
「頼りにしている」
---
定時を過ぎた。
フロアに残って、照合作業を始めた。
国際連携部から送られてきた映像分析のデータを開いた。炎の展開速度、出力の推定値、術式の特徴的なパターン。それらを、登録済みの火系術式記録と順番に照合した。
照合を続けた。
二時間かけて、三十件を確認した。
近い術式はいくつかあった。ただ、完全に一致するものはなかった。
標準形より出力が高く、展開速度が速い。それでいて、制御が安定している。
そういう術式を、ハルトは知っていた。
倉田主任の術式の特徴と、少し似ていた。
ただ、それだけでは何も言えなかった。
記録として確認できることと、推測の間に、今夜は大きな溝があった。
---
夜、サクからメッセージが来た。
「ニュース、見た。びっくりした」
「はい。こちらも対応しています」
「魔法庁でも、大変なんだね」
「はい」
「怖い」サクは言った。「エネルギー変換の技術が、こういう形で使われる世界のことを、考えたことはあったけど」
「はい」
「私の研究も、使い方によっては同じことができる。そういうことだよね」
「可能性としては、あります」
「それを、どう考えればいいのかな」サクは言った。「研究を続けることが、正しいのかどうか」
ハルトは少し考えた。
「私には答えが出ません。ただ」
「ただ」
「研究の目的が何かは、サクさんが一番知っています。目的が正しければ、続けることに意味があると思います」
「目的、か」サクは言った。「非魔法使いが、自分の力で魔力を扱えるようにすること。それが目的だった」
「はい」
「それは、今も変わってない」
「はい」
「だから、続ける」サクは言った。少し間があった。「ハルトくんに言ったら、少し整理できた」
「それはよかったです」
「ありがとう。また連絡する」
---
ハルトはスマートフォンを置いた。
照合作業に戻った。
それがハルトにできることだった。
窓の外は暗かった。
十一月の夜は、長かった。
作業を続けた。
---
第五十二話 了




