「魔法庁、一日目」
八月の第一週、月曜日だった。
魔法庁の庁舎は、MPBから歩いて十五分のところにあった。
ハルトは八時四十五分に着いた。
建物はMPBより大きかった。エントランスが広かった。天井が高かった。魔法使いが多い組織だからか、照明の一部が魔法式だった。光の色が、MPBとは少し違った。
受付で名前を告げた。
「神崎ハルトさんですね。お待ちしていました」
案内された。
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人事担当の職員に連れられて、審査連携部のフロアに入った。
MPBの四階より広かった。デスクの数が多かった。魔法使いの割合が高いせいか、フロアのあちこちに魔法式の端末が置いてあった。非魔法式の端末と混在していた。
人事担当が言った。
「本日から一年間、よろしくお願いします。まず、部長にご挨拶を」
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審査連携部の部長は、五十代の男性だった。
水系の魔法使いだった。名前は、堂島ケイイチと言った。
「神崎くん、来てくれてありがとう」堂島は言った。「MPBとの連携、うちの部としても力を入れていきたいと思っている。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
「ソウ、いや、神宮寺主任とは仕事でよく会うね」
「はい」
「あいつから聞いている。記憶力がずば抜けているということは」堂島は言った。「うちの術式記録の管理、かなり助かると思う。量が多くて、照合に時間がかかっているんだ」
「把握している記録の量はどのくらいですか」
「登録済みの術式が約十二万件。審査中が四千件ほどある」
ハルトは少し間を置いた。
「わかりました」
「全部覚えるつもりかい」堂島は笑った。
「覚えられるものは、覚えます」
堂島は少し間を置いた。それからまた笑った。
「神宮寺の言う通りだな」
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自分のデスクに案内された。
窓際だった。MPBの自分のデスクより少し広かった。
隣のデスクは空だった。
「隣は?」と聞いた。
「結城さんのデスクです。今日からMPBに出向されるので、空いています」と人事担当は言った。
「そうですか」
「結城さんとは面識がおありですか」
「はい。四月の交流会で担当が一緒でした」
「それはよかった。何かあれば、周りの職員に声をかけてください。皆、サポートするよう言われています」
人事担当が去った。
ハルトはデスクに座った。
フロアを見回した。
何人かがこちらを見ていた。目が合うと、軽く会釈した。ハルトも会釈した。
静かだった。
MPBとは違う静かさだった。
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午前中、堂島から業務の説明を受けた。
審査連携部の主な業務は三つだった。一つ目、MPBに申請された術式の技術的妥当性の確認。二つ目、術式記録のデータベース管理。三つ目、他国の魔法庁との情報共有。
「神崎くんにはまず、術式記録のデータベース管理と照合を担当してもらう」堂島は言った。「MPBから来た申請との照合作業が、今うちでは一番手が足りていないところだ」
「はい」
「術式の内容については、隣の藤本に聞いてくれ。魔法の専門的な部分は、彼が説明できる」
紹介された藤本は、三十代の男性だった。風系の魔法使いだった。眼鏡をかけていた。
「藤本です。よろしく」藤本は言った。「術式のことで分からないことがあれば、何でも聞いてください」
「よろしくお願いします。術式の記録は、どういう形式で保管されていますか」
「テキストと図式の組み合わせです。MPBの特許書類に近い形式ですが、術式特有の表記が含まれています。最初は見慣れないと思います」
「資料はありますか」
「表記ルールの説明書があります。今日渡します」
「ありがとうございます」
藤本は少し間を置いた。
「神崎さん、非適合者ですよね」
「はい」
「術式の表記、非適合者が読むのは初めて見ます。感覚としてどうですか、難しいですか」
「まだ見ていません」
「そうですね、すみません」藤本は言った。少し笑った。「資料を見てから、また聞かせてください。参考になるので」
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昼休み、一人で食堂に行った。
席についた。
周りを見た。
魔法使いが多かった。会話の中に、術式の話が自然に出てきていた。属性の話、出力の話、訓練の話。
ハルトには直接関係のない話だった。
ただ、聞いていた。
頭の中に入れた。
知らない言葉がいくつかあった。後で調べようと思った。
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食事を終えて、デスクに戻った。
藤本から術式表記ルールの説明書を受け取った。
読んだ。
四十ページあった。
一時間かけて読んだ。
読み終えた。
MPBの特許書類の表記と、似ている部分があった。ただ、術式特有の記号と構造があった。魔力の流れを示す記号、属性の分類、出力の単位。
覚えた。
それから、データベースを開いた。
術式記録の最初の一件を開いた。
火系の基本術式だった。登録は二十年前だった。
読んだ。
図式を見た。記号の意味を、説明書と照合した。
構造が、少しずつわかってきた。
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夕方、藤本が声をかけてきた。
「神崎さん、どうですか。慣れましたか」
「少し、わかってきました」
「説明書、もう読んだんですか」
「はい。昼過ぎに」
「四十ページを」藤本は少し目を丸くした。「それで、データベースまで開いてる」
「確認したかったので」
「何件、見ましたか」
「十七件です」
「今日だけで」藤本は言った。「なるほど、神宮寺さんが言ってた意味がわかりました」
「何を言っていたんですか」
「驚くぞ、とだけ言われました」藤本は笑った。「本当でした」
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定時になった。
コートを着た。
エレベーターに向かった。
途中で、堂島が声をかけてきた。
「神崎くん、初日どうだった」
「慣れることが多いですが、業務の流れは把握できました」
「早いな」堂島は言った。「困ったことは」
「今のところはありません。ただ、一つ聞いていいですか」
「どうぞ」
「魔法庁では、非適合者の職員はどのくらいいますか」
堂島は少し間を置いた。
「審査連携部では、今のところあなただけです。庁全体でも、数名しかいません」
「そうですか」
「やりにくいと感じることがあれば、遠慮なく言ってくれ」
「はい」ハルトは言った。「今のところは問題ありません」
「頼もしいな」堂島は言った。「また明日」
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魔法庁を出た。
八月の夕方だった。
MPBに向かって歩いた。
歩きながら、今日のことを整理した。
堂島部長。藤本。術式記録、十二万件と四千件。表記ルールの説明書、四十ページ。今日確認した術式、十七件。
全部、頭の中に入れた。
MPBのビルの前を通った。
いつものビルだった。いつもの入口だった。
ただ、今日は入らなかった。
通り過ぎた。
少し、不思議な感じがした。
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家に着いた。
スマートフォンを見た。
リアからメッセージが届いていた。
「初日はどうでしたか」
返信した。
「問題ありませんでした。術式記録の表記に慣れる必要がありますが、構造は把握できました」
少し待つと、返信が来た。
「そうですか。無理しないでください」
ハルトは少し間を置いた。
「白銀主任、結城さんはどうでしたか」
返信が来た。
「今日はずっと、フロアの説明を受けていました。真剣に聞いていました。明日から本格的に業務が始まります」
「そうですか」
「神崎さんがいないフロアは、少し静かです」
ハルトはその文字を見た。
返信した。
「一年後に戻ります」
すぐに返信が来た。
「はい。待っています」
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スマートフォンを置いた。
サクからは、今日はまだ連絡がなかった。
出発して三日目だった。
向こうでの手続きや準備で忙しいのだと思った。
ハルトはデスクに座った。
今日見た術式の記録を、頭の中で確認した。
十七件。火系が五件、水系が四件、風系が三件、土系が三件、光系が二件。
全部、残っていた。
明日はもう少し進められると思った。
十二万件と四千件。
多かった。
ただ、始まったばかりだった。
記録は、積み上げるものだと思った。
今日の十七件が、最初の記録になった。
それだけのことだった。
寝た。
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第四十七話 了




