「次の場所へ」
六月になった。
七月末まで、あと二ヶ月だった。
サクとは、五月の川沿いの後、二度会った。一度は近所の喫茶店で、一度はまた川沿いで。研究の話もしたし、関係ない話もした。どちらもよかった。
ハルトはそれを、頭の中に残していた。
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六月の第二週、月曜日。
リアに呼ばれた。
第三審査室に入った。
「座ってください」
座った。
リアは書類を一枚、テーブルに置いた。
「神崎さんに、話があります」
「はい」
「魔法庁との間で、審査連携強化のための人事交流が正式に決まりました」リアは言った。「MPBから一名、魔法庁に出向。魔法庁から一名、MPBに来る。期間は一年間です」
「はい」
「MPBからの出向者として、あなたを推薦しました」
ハルトは少し間を置いた。
「私がですか」
「はい」リアは言った。「交換相手は、結城ミオさんです」
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「理由を聞いていいですか」
「いくつかあります」リアは言った。「一つ目、昨年の事件以降、MPBと魔法庁の連携強化が必要です。その橋渡しができる人間として、あなたが適任だと判断しました」
「はい」
「二つ目、魔法庁には大量の術式記録があります。申請された魔法の術式は、審査の過程で魔法庁が保管しています。連携業務として、その記録の照合と管理を担当してもらいます」
「はい」
「三つ目」リアは言った。「あなたにとって、新しい環境が必要な時期だと思いました」
ハルトは少し間を置いた。
「新しい環境、ですか」
「この一年半、多くのことがありました」リアは言った。「MPBの外を経験することが、あなたの次のステップになると思っています」
「はい」
「出向の開始はいつですか」
「八月の第一週です」
「七月末までは、ここにいられます」
ハルトはその言葉を聞いた。
七月末。
サクが出発する時期と、同じだった。
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「白銀主任」とハルトは言った。
「はい」
「七月末というのは、意図していましたか」
リアは少し間を置いた。
「出向の開始時期については、いくつか選択肢がありました」リアは言った。「八月を選んだのは、あなたにとって区切りになると思ったからです」
「区切り、ですか」
「はい」リアは言った。「同じ時期に、新しい場所へ向かう。それがあなたにとって、前に進む力になると思いました」
ハルトはリアを見た。
「私の個人的なことを、考慮してくれたんですか」
「考慮しました」リアは言った。「それが適切かどうかは、判断が難しいところですが」
「適切だと思います」ハルトは言った。
リアは少し間を置いた。
「そうですか」
「はい。ありがとうございます」
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夕方、ソウから連絡が来た。
「知ってる。俺も話を通した」
「そうでしたか」
「魔法庁は最初、やりにくいと思う。慣れるまで時間がかかるが、気にするな」
「はい」
「結城の面倒も見てやれ。MPBのやり方に戸惑うと思うから」
「はい」
「一年前のお前が戸惑ったことを、結城も戸惑う。そう思って対応しろ」
「はい」
少し間があって、返信が来た。
「サクさんとは、ちゃんと話せたか」
「はい」
「そうか。よかった」
それだけだった。
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翌日、岸本に話した。
昼休みだった。
「出向ですか」岸本は言った。「魔法庁に」
「はい。八月から一年間」
「寂しいですね」岸本は言った。「まあ、でも、帰ってくるんですよね」
「はい」
「なら、いいです」岸本は言った。あっさりした言い方だった。「その間、鶴田くんの面倒は誰が見るんですか」
「岸本さんが見てください」
「え、私が」岸本は少し困った顔をした。「私、先輩っぽいことできますかね」
「できると思います。岸本さんは、気づく人なので」
「気づく人、か」岸本は繰り返した。「それ、褒めてますか」
「はい」
「じゃあ、頑張ります」岸本は言った。「神崎さんが戻ってきたとき、鶴田くんがちゃんと育ってるようにしておきます」
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夕方、鶴田に話した。
「神崎さんが、いなくなるんですか」鶴田は言った。
「一年間です。魔法庁に出向します」
「一年間」鶴田は繰り返した。「入庁してすぐですね」
「そうなります。岸本さんがいます」
「岸本さんは、頼りになりますか」
「なります」
「神崎さんが言うなら、そうなんでしょうね」鶴田は少し間を置いた。「戻ってきたら、また教えてください。いっぱい」
「はい」
「約束ですよ」鶴田は言った。
「はい。約束します」
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七月の最終週が来た。
サクが出発する三日前、最後に川沿いで会った。
夕方だった。
二人でベンチに座った。
「いよいよだね」とサクは言った。
「はい」
「ハルトくんも、来週から魔法庁なんでしょ」
「八月第一週からです」
「同じ時期に、二人とも新しい場所に行くんだね」サクは言った。「なんか、不思議」
「はい」
「寂しいけど、なんかいい感じがする」サクは言った。「二人とも、前に進んでる感じ」
「そうですね」
川を見た。
七月の川は、五月より水が多かった。流れる音が少し大きかった。
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しばらく、二人とも黙っていた。
「ハルトくん」
「はい」
「約束、覚えてる?」
「研究が完成したとき、最初に使わせてもらう約束ですか」
「そう」サクは言った。「覚えてたね」
「覚えています」
「絶対に有効だから」サクは言った。「それだけは忘れないで」
「忘れません」
「じゃあ、私も頑張る」サクは川を見た。「ハルトくんが待っててくれるなら、帰ってくる理由になる」
「はい」
「帰ってきたとき、また、ここに来よう」
「はい」
「このベンチで」
「はい」
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帰り道、駅の前で別れた。
「じゃあ、また」とサクは言った。
「また」
「連絡、する」
「はい」
「向こうでも、ちゃんとご飯食べてね」
「はい。サクさんも」
サクは改札を抜けた。
途中で振り返った。
手を振った。
ハルトも手を振った。
サクが消えた。
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ハルトは改札前に立っていた。
七月の夜だった。
今日のことを頭の中に入れた。
川面の光。サクの「二人とも前に進んでる感じ」という言葉。「帰ってきたとき、また、ここに来よう」という言葉。
全部、残った。
八月から、魔法庁に行く。
新しい記録が増える。どのくらいになるかは、まだわからなかった。
ただ、記録は消えない。
それだけは確かだった。
このベンチで、またサクと話す日が、来る。
帰った。
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第四十六話 了 / 第一部 完




