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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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「五月の電話」

五月になった。


サイエンスアークの買収が完了してから、一ヶ月半が経っていた。


佐久間さんからの連絡は、三月以降、途絶えていた。


ハルトから連絡することは、しなかった。


するべきかどうか、何度か考えた。ただ、サクさんが「また連絡する」と言っていた。それを待つことにした。


待っていた。


---


五月の第二週、土曜日の朝だった。


スマートフォンが鳴った。


サクさんからだった。


ハルトは少し間を置いてから出た。


「はい」


「ハルトくん」


声は、三月の夜とは違った。落ち着いていた。ただ、少し遠かった。


「はい」


「久しぶり。元気にしてた?」


「はい。サクさんは」


「まあまあ」サクは言った。「色々あったけど、まあまあ」


「はい」


少し間があった。


「報告したいことがあって、電話した」サクは言った。


「はい」


「会社、辞めた」


---


ハルトは少し間を置いた。


「サイエンスアークをですか」


「うん。買収が完了して、アルカナテックの子会社になって。しばらく様子を見てたんだけど」サクは言った。「無理だった」


「無理、というのは」


「研究の方向性が、全部変わった。非魔法使い向けの変換技術じゃなくて、魔石の効率化の方に全員が移された。私の研究も、アルカナテックの技術部門が引き継ぐって言われて」サクは言った。「引き継ぎ資料を作りながら、これは違うと思って」


「はい」


「自分の研究を、自分じゃない誰かのために整理するのが、こんなにしんどいとは思わなかった」


「はい」


「一ヶ月、続けてみた。でも、毎朝起きるたびに重くて。それで、辞めた」


---


「今は、どうしていますか」とハルトは聞いた。


「実家に一回帰って、少し休んで。今は都内のシェアハウスにいる」サクは言った。「実家には、辞めたことだけ言った。細かいことは話してない」


「お父さんとは」


「まだ、少し距離がある。でも、帰ったとき、母親がご飯作って待っててくれて。それだけで、少し楽になった」


「そうですか」


「父親も、何も言わなかった。怒られると思ってたけど、黙って夕ご飯一緒に食べてくれた」サクは言った。「それが、なんか、よかった」


「はい」


「ハルトくん、父親いる?」


「はい。静岡にいます」


「仲いい?」


「普通だと思います。正月に帰ると、一緒にご飯を食べます」


「それ、普通じゃなくていいことだと思う」サクは言った。少し笑った気配がした。「私も、そういうことがわかるようになってきた、最近」


---


少し間があった。


「ハルトくんに話したいことがあって」サクは言った。


「はい」


「アメリカに行こうと思ってる」


ハルトは少し間を置いた。


「研究を続けるためですか」


「うん」サクは言った。「日本では、今の状況だと難しいと思って。国の管理方針もあるし、アルカナテックが業界に影響力を持ちすぎてて。個人で研究を続けようとしても、資金も環境も作れない」


「はい」


「アメリカに、エネルギー変換の研究をやってる大学の研究室がある。去年から問い合わせてて、先月、受け入れてもらえることになった」


「先月、ですか」


「うん。会社を辞める前から、動いてた」サクは言った。「辞めると決めてたわけじゃなかったけど、選択肢として持っておきたかった」


「いつ出発しますか」


「七月の終わりを考えてる。ビザとか手続きとかあるから、それくらいかかる」


「七月末、ですか」


「うん」サクは言った。「それで、ハルトくんに、直接会って話したかった。電話じゃなくて」


「はい」


「来週、会える?」


「はい」


「川沿いのベンチで。土曜日の昼」


「はい」


---


電話が切れた。


ハルトは部屋の中で、しばらく動かなかった。


七月末。


今から、二ヶ月半だった。


頭の中で数えた。


二ヶ月半という時間が、長いのか短いのか、よくわからなかった。


ただ、来週、会うことになった。


川沿いのベンチで。


---


月曜日、出勤した。


リアに報告した。


「佐久間さんから連絡がありました」


「はい」リアは顔を上げた。


「会社を辞めたそうです。アメリカに行くことを決めたと言っていました。七月末の出発を考えているようです」


リアは少し間を置いた。


「そうですか」


「はい」


「研究は続けるんですね」


「はい。アメリカの大学の研究室に受け入れてもらえることになったと言っていました」


「そうですか」リアは言った。静かな声だった。「よかったです」


「よかった、ですか」


「研究をやめなかったということが、よかったと思います」リアは言った。「場所が変わっても、続けるということが大切だと思うので」


ハルトは少し間を置いた。


「白銀主任は、佐久間さんが辞めることを、残念だとは思いませんか」


リアは少し考えた。


「思います」リアは言った。「ただ、残念だという気持ちより、続けるという選択をしたことへの敬意の方が大きいです」


「はい」


「神崎さんは」


「はい」


「残念ですか」


ハルトは少し間を置いた。


「残念だと思います。ただ」


「ただ」


「佐久間さんらしいとも思います」


リアはハルトを見た。


少し間があった。


「来週、会うんですね」


「はい。土曜日に」


「そうですか」リアは言った。それだけだった。


書類に視線を戻した。


---


昼過ぎ、ソウから連絡が来た。


メッセージだった。


「佐久間さんのこと、聞いた。お前は大丈夫か」


ハルトは少し間を置いた。


返信した。


「大丈夫です」


すぐに返信が来た。


「そうか。来週会うんだろ。ちゃんと話してこい」


「はい」


「言いたいことは、言っておけ」


ハルトは少し間を置いた。


「言いたいことが何かは、まだわかりません」


しばらくして、返信が来た。


「会えばわかる」


それだけだった。


---


夕方、鶴田が書類を持ってきた。


「神崎さん、確認お願いします」


ハルトは受け取った。読んだ。


「よく書けています。一か所、表現を修正してください。申請者の意図が曖昧になっています」


「どこですか」


該当箇所を示した。鶴田はメモした。


「わかりました」鶴田は少し間を置いた。「神崎さん、今日なんか静かですね」


「そうですか」


「はい。いつもと同じなんですけど、なんか、少し違う静かさで」


「考えることがあります」


「そうですか」鶴田は言った。「聞かない方がいいですか」


「大丈夫です。仕事に関係ない話です」


「そうですか」鶴田は言った。それ以上は聞かなかった。「修正して、また持ってきます」


「はい」


鶴田が離れた。


聞かなかった。ただ、気づいた。


去年の岸本と、少し似ていると思った。


---


定時になった。


帰り支度をしながら、ハルトは今週のことを整理した。


土曜日の電話。七月末という日付。川沿いのベンチで来週会うということ。リアの「続けるという選択をしたことへの敬意」という言葉。ソウの「言いたいことは言っておけ」という言葉。


全部、残った。


コートを着た。帰った。


---


第四十三話 了

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