「交流会」
四月の第三週だった。
魔法庁との合同新人研修交流会、という名目だった。
去年はなかった。昨年秋の無登録同盟による庁舎襲撃事件を受けて、MPBと魔法庁の連携強化を目的とした取り組みの一環として、今年から始まることになったらしい。
リアから話があったのは、一週間前だった。
「神崎さんに、MPB側の担当をお願いしたいと思っています」
「私がですか」
「はい。昨年の事件のとき、あなたは魔法庁との連携で動いていました。今年の新人に、その経験を伝えられる立場にあります」
「わかりました」
「魔法庁側の担当者は、あなたと同期の方です。入庁が同じ年ということで、調整されたようです」
「名前は」
「結城ミオさんです。魔法庁の審査連携部に所属しています」リアは言った。「事前に一度、打ち合わせをしておいてください」
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打ち合わせは、交流会の二日前だった。
MPBの会議室に、結城ミオが来た。
二十四歳。ハルトと同い年だった。魔法庁の制服を着ていた。髪を短く切っていた。書類を抱えていた。
会議室に入ってきて、ハルトを見た。
「神崎ハルトさんですか」
「はい」
「魔法庁審査連携部の結城ミオです」結城は言った。名刺を出した。「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
席についた。
結城は書類を開いた。手際がよかった。
「当日のスケジュール案を持ってきました。確認してください」
受け取った。読んだ。
午前中、業務内容の相互説明。昼食、合同。午後、グループワーク。夕方、まとめと質疑。
「問題ありません」
「MPB側の新人は何名ですか」
「四名です」
「魔法庁側は五名です。合計九名でグループワークを組みます」
「グループの構成は」
「MPBと魔法庁が混在するように組みます。できれば、魔法使いと非魔法適性者が同じグループになるよう調整したいと思っています」
「はい」
結城はペンを持った。メモを取り始めた。
「MPBの新人の魔法適性を教えてもらえますか」
「魔法使いが一名、魔力保有者が二名、非魔法適性者が一名です」
結城のペンが少し止まった。
「非魔法適性者が、いますか」
「はい。鶴田ケンジです」
結城は何も言わなかった。メモを再開した。
「グループ分けの際に配慮が必要ですか」
「配慮、というのは」
「非魔法適性者は、魔法庁の業務とは直接関わりが薄い場合があります。グループワークの内容によっては、参加しづらい場面が出るかもしれません」
ハルトは少し間を置いた。
「鶴田さんは、MPBの審査業務に必要な能力を持っています。グループワークの内容が審査や連携に関するものであれば、問題なく参加できます」
「そうですか」結城は言った。表情は変わらなかった。「わかりました」
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交流会当日、午前中は業務内容の相互説明だった。
MPB側はハルトが説明した。
魔法特許庁の役割、申請から登録までの流れ、審査基準の概要。去年の新人研修で説明したことと同じ内容を、魔法庁の新人向けに調整して話した。
魔法庁側は結城が説明した。
魔法庁の組織構造、審査連携部の役割、MPBとの協力体制。淀みなかった。準備が丁寧だった。
説明が終わった後、質疑があった。
MPBの新人から魔法庁側への質問が続いた。鶴田が手を挙げた。
「魔法庁の方に質問があります。魔法適性のない審査員が魔法関連の申請を審査する場合、どういう連携をしていますか」
結城が答えた。
「魔法庁側が技術的な説明を提供し、審査の参考にしてもらう形です」
「その説明は、非魔法適性者にも理解できる形で提供されますか」
結城は少し間を置いた。
「可能な限り、そうするようにしています」
鶴田は頷いた。
「ありがとうございます」
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昼食は合同だった。
大会議室にテーブルを並べた。仕出し弁当が配られた。
ハルトは結城の隣に座った。
しばらく、二人とも黙って食べた。
「神崎さん」結城が言った。
「はい」
「午前中の鶴田さんの質問、事前に用意していましたか」
「聞いていません」
「そうですか」結城は弁当を見た。「率直な質問だと思いました」
「はい」
「非魔法適性者が、ああいう質問を臆せずできるのは」結城は言った。「MPBの空気なんでしょうか」
「どういう意味ですか」
「魔法庁では、非魔法適性者が魔法関連の業務について正面から質問することは、あまりありません」結城は言った。「場の空気が、そうさせないということはあります」
「MPBでは、適性に関係なく質問できます」
「それは、意図して作っている空気ですか」
ハルトは少し考えた。
「意図しているかどうかはわかりません。ただ、MPBには非魔法適性者が記録に基づいて動ける仕組みがあります。それが自然と空気になっているのかもしれません」
結城はハルトを見た。
「神崎さんも、非魔法適性者ですね」
「はい」
「MPBに入った理由は」
「特許の記録を正しく残したかったからです」
「記録、ですか」
「はい」
結城は少し間を置いた。
「魔法庁では、記録より術式の方が重視されます。記録は補助的なものという認識があります」
「そうですか」
「神崎さんは、それをどう思いますか」
「記録がなければ、術式が誰のものかわかりません。記録は補助ではないと思います」
結城はハルトを見た。少し間があった。
「なるほど」それだけ言って、弁当に視線を戻した。
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午後のグループワークが始まった。
テーマは「MPBと魔法庁の連携が必要な場面を考える」だった。
三グループに分かれた。
鶴田は第二グループだった。魔法庁の新人が二名、MPBの新人が一名、鶴田を含めて四名だった。
ハルトは各グループを回る役割だった。
第二グループに近づいたとき、魔法庁の新人の一人が話していた。
「連携が必要な場面として、魔法の術式が申請されたとき、魔法庁側で技術的な妥当性を確認するというのはどうですか」
「それは現状でもやっていますよね」とMPBの新人が言った。
「でも、審査員に魔法の知識がない場合、確認が不十分になるリスクがあります」
鶴田が言った。
「魔法の知識がなくても、記録の照合はできます。先行技術との類似確認や、申請内容の論理的な整合性は、魔法適性に関係なく確認できると思います」
魔法庁の新人が少し間を置いた。
「でも、術式の本質的な理解は、魔法使いにしかできないと思いますが」
「術式の本質的な理解と、申請の審査は別の話だと思います」鶴田は言った。穏やかな声だった。「審査は記録の正確性を確認する仕事なので」
ハルトはその会話を聞いていた。
特に何も言わなかった。
鶴田はハルトに気づいて、少し顔が赤くなった。
「言いすぎましたか」
「言いすぎていません」ハルトは言った。「正しいことを言っています」
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グループワークの後、まとめの時間があった。
各グループが発表した。
第二グループは鶴田が発表した。
「連携が必要な場面として、術式の技術的妥当性の確認と、記録の正確性の確認を分けて考えることが重要だという結論になりました。前者は魔法庁が、後者はMPBが担う。それぞれの強みを活かした連携の形です」
発表が終わった。
結城がメモを取っていた。表情は読めなかった。
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交流会が終わった後、結城がハルトのところに来た。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
「鶴田さんの発表、聞きました」結城は言った。
「はい」
「術式の確認と記録の確認を分ける、という考え方は、魔法庁側にはあまりない発想です」
「そうですか」
「魔法庁では、術式の理解が全ての前提になっています」結城は言った。「記録は、あとからついてくるものだという認識が強い」
「それが問題になることはありますか」
「あります」結城は少し間を置いた。「昨年の事件も、記録の不備が背景にあったと、私は思っています」
ハルトは結城を見た。
「田所さんの申請が不当に拒絶されたことですか」
「はい」結城は言った。「術式の審査を優先した結果、記録の確認が疎かになった。魔法庁の側にも、その責任はあります」
ハルトは少し間を置いた。
「正直に言っていただけますか」
「何をですか」
「非魔法適性者に対して、抵抗感がありますか」
結城は少し固まった。
しばらく間があった。
「あります」結城は言った。静かな声だった。「正直に言えば、あります。魔法庁に入って、ずっとそういう環境にいたので」
「はい」
「ただ」結城は続けた。「今日、鶴田さんの質問と発表を聞いて、少し、変わった気がします」
「少し、ですか」
「少しです」結城は言った。「すぐには変わりません。ただ、少し」
「それで十分だと思います」ハルトは言った。
結城はハルトを見た。
「神崎さんって、変わった人ですね」
「そうですか」
「褒めています」結城は言った。少し表情が柔らかくなった。「来年も、この交流会があれば、また担当するかもしれません」
「その時はよろしくお願いします」
「はい」結城は言った。「こちらこそ」
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結城が帰った後、ハルトはフロアに戻った。
鶴田が後片付けをしていた。
「神崎さん、今日、どうでしたか」
「よかったと思います」
「魔法庁の方と、最後に話していましたよね」
「はい」
「どんな話でしたか」
「少し変わった気がすると、言っていました」
鶴田は少し間を置いた。
「私の発表、変でしたか」
「変ではありませんでした。正しいことを言っていました」
「魔法庁の人に、術式の理解は魔法使いにしかできないと言われたとき、言い返してよかったのかどうか」
「よかったと思います」ハルトは言った。「言わなければ、記録に残りません」
「記録、ですか」
「今日ここで言ったことが、第二グループの発表になりました。発表は議事録に残ります。それが記録です」
鶴田は少し考えた。
「なるほど」鶴田は言った。「じゃあ、言ってよかった」
「はい」
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新人たちが帰った。
フロアが静かになった。
リアも今日は早めに上がっていた。
ハルトが書類を整理していると、エレベーターが開いた。
ソウだった。
コートを着ていた。仕事帰りの様子だった。
「まだいたか」
「はい」
「少し時間があるか」
「あります」
ソウは会議室には入らず、ハルトのデスクの横に立った。椅子を引いて、逆向きに座った。
「今日の交流会、どうだった」
「うまくいったと思います」
「結城は来たか」
「はい」
「どうだった」
ハルトは少し間を置いた。
「正直な人でした」
「正直、か」ソウは言った。「どのあたりが」
「非魔法適性者への抵抗感があると、聞いたら隠さずに言いました」
「お前が聞いたのか」
「はい」
ソウは少し目を細めた。
「直接聞いたのか」
「はい。正直に言っていただけますかと聞きました」
「……そうか」ソウは言った。「で、結城はなんと答えた」
「あると言いました。ただ、今日少し変わった気がするとも言っていました」
ソウは腕を組んだ。
「そうか」
少し間があった。
「神崎」
「はい」
「結城が今回の担当になったのは、偶然じゃない」
ハルトは少し間を置いた。
「わかっています」
「わかってたか」ソウは言った。少し意外そうだった。
「同期で担当を合わせるという理由は、本当の理由ではないと思っていました。結城さんが非適合者に抵抗感を持っていることを、知った上で担当にしたのだと思います」
「誰が決めたと思う」
「神宮寺さんだと思います」
ソウは少し笑った。
「半分正解だ。俺が提案して、リアが承認した」
「白銀主任も知っていたんですか」
「知っていた。お前には言わなかったが」
ハルトは少し間を置いた。
「なぜ私に言わなかったんですか」
「知ってたら、お前が気を使いすぎる」ソウは言った。「知らない方が、自然に動ける」
「それは、正しかったと思いますか」
「今日の結果を聞く限り、正しかった」ソウは言った。「お前が結城に直接聞いたのは、想定外だったがな」
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「なぜ結城さんを選んだんですか」とハルトは聞いた。
「いくつか理由がある」ソウは言った。「一つは、結城が優秀だからだ。抵抗感はあっても、仕事は丁寧にする。今日の進行を見ていたか」
「見ていました。準備が丁寧でした」
「そうだ。感情と仕事を分けられる人間だ。それは信用できる」
「もう一つは」
「魔法庁の中に、非適合者への抵抗感を持ったまま出世していく人間がいる」ソウは言った。「それが制度の設計に影響する。昨年の事件も、その積み重ねの結果だと俺は思っている」
「田所さんの申請が拒絶されたことですか」
「それだけじゃない。非適合者の申請が、適切に扱われなかった案件は他にもある。記録を見れば、わかる話だ」
「はい」
「結城は今、若い。今のうちに、違う景色を見せておく方がいい」ソウは言った。「それが今日の交流会の、俺の目的だ」
ハルトは少し間を置いた。
「MPBを使って、魔法庁の人間を変えようとしたんですか」
「言い方が悪いが、そういうことだ」ソウは言った。「お前とMPBの空気を、結城に直接当てる機会を作った」
「私が、そういう役割だとは思っていませんでした」
「思う必要はない」ソウは言った。「お前はいつも通りやっていればいい。それが一番効く」
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少し間があった。
「神宮寺さん」とハルトは言った。
「何だ」
「結城さんは、昨年の事件について、記録の不備が背景にあったと言っていました。魔法庁側にも責任があると」
ソウは少し間を置いた。
「そう言ったか」
「はい」
「……そうか」ソウは言った。静かな声だった。「それが言えるなら、大丈夫だ」
「大丈夫、というのは」
「変われる人間だということだ」ソウは立ち上がった。「昨年の事件の後、魔法庁の中で自分たちの側の問題を認めた人間は、多くなかった。結城がそう言えるなら、今日の交流会は意味があった」
「はい」
「お前のおかげでもある」ソウは言った。あっさりした言い方だった。
「私は、いつも通りやっただけです」
「それでいい」ソウはコートを正した。「来年も続けるつもりだ。また頼む」
「はい」
「鶴田という新人、使えそうか」
「よかったと思います。グループワークで、術式の確認と記録の確認を分けるべきだという発言をしていました」
「初日でそれが言えるか」ソウは少し笑った。「お前の後輩だな」
「私とは違います」
「似てる」ソウは言った。「お前も最初から、そういうことを言う人間だった」
ハルトは何も言わなかった。
「じゃあな」ソウは言った。「お疲れ」
エレベーターに向かった。
振り返らなかった。
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ハルトは一人、デスクに残った。
今日のことを頭の中に入れた。
鶴田の質問と発表。結城の「少し変わった気がします」という言葉。ソウの「今のうちに、違う景色を見せておく方がいい」という言葉。「お前はいつも通りやっていればいい。それが一番効く」という言葉。
全部、残った。
コートを着た。帰った。
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第四十二話 了




