「四月、新しい人たち」
四月になった。
サイエンスアークの買収が正式に発表されたのは、三月の最終週だった。業界紙に小さく載った。アルカナテック、研究開発子会社としてサイエンスアークを完全子会社化。それだけだった。
フロアでその話題が出ることはなかった。
ただ、リアだけは、その日の朝、佐久間さんの申請ファイルを静かに閉じた。
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四月の第一週、月曜日。
新卒の入庁式があった。
今年は四名だった。
午後、ハルトは研修の担当になっていた。
会議室に四名が入ってきた。
全員、スーツだった。全員、少し緊張していた。
ハルトは名簿を見た。
魔力保有者が二名、魔法使いが一名、非魔法適性者が一名。去年と似た構成だった。
「神崎ハルトです。魔法特許庁第三審査室で審査を担当しています。今日から三日間、基礎研修を担当します」
四名がそれぞれ頷いた。
「最初に一つ聞きます。MPBに入った理由を、一人一文で言ってください」
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左端から順番に答えた。
一人目、魔法使い、水系Bクラスの女性。
「魔法技術が正しく守られる仕組みに関わりたかったからです」
二人目、魔力保有者の男性。
「祖父が昔、申請した特許が不当に却下されたと聞いていて、そういうことをなくしたいと思いました」
三人目、魔力保有者の女性。
「特に理由は決まっていなくて、公務員として安定した仕事をしたいと思ったからです」
少し正直な答えだった。
四人目、非魔法適性者の男性。眼鏡をかけていた。少し背が高かった。
「去年の説明会でMPBに来て、神崎さんの話を聞いたからです」
ハルトは少し間を置いた。
「去年の説明会ですか」
「はい。神崎さんが、方法が違うだけで到達できる場所は同じだと言っていて。それで受けようと思いました」
ハルトは名簿を確認した。
鶴田ケンジ、二十二歳、非魔法適性者。
「覚えていますか、その説明会」と鶴田は言った。少し不安そうだった。
「覚えています」ハルトは言った。「来てくれてありがとうございます」
鶴田は少し安堵した顔をした。
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研修の内容は、去年と同じ構成だった。
MPBの業務概要、申請の受理から登録までの流れ、審査基準の基礎、窓口対応の心構え。
去年、岸本たちに説明したことを、また説明した。
ただ、一点だけ、今年は付け加えた。
「申請は、記録です」ハルトは言った。「誰かが何年もかけて作った技術が、正しく記録として残るかどうかを、私たちが判断します。審査は書類の確認ではありません。記録を守る仕事です」
四名が聞いていた。
三人目の魔力保有者の女性が、メモを取っていた。
鶴田が、まっすぐ前を見ていた。
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研修の後半、窓口対応のロールプレイをした。
ハルトが申請者役、新人が審査員役だった。
一人目は手順通りにこなした。丁寧だったが、少し机の上の書類から目が離せなかった。
二人目は書類の確認が速かった。ただ、申請者への説明が短かった。
三人目は、申請者の目をよく見ていた。説明も丁寧だった。ただ、一か所、確認を飛ばした。
「確認が一か所抜けました。どこかわかりますか」
三人目は少し考えた。
「出願日の確認、ですか」
「はい。出願日は審査の基準日になります。必ず最初に確認します」
「わかりました」
四人目、鶴田の番だった。
少し緊張していた。手が書類の端を押さえていた。
ハルトが申請書を出した。
鶴田は受け取った。出願日を確認した。書類のページを順番に確認した。一か所、手が止まった。
「この記載、少し曖昧な表現があります。確認させてもらっていいですか」
「どこですか」
「術式の範囲の説明です。ここの表現だと、対象の範囲が広すぎて、既存の特許と重複する可能性があります」
ハルトは少し間を置いた。
「正しいです。よく気づきました」
鶴田は少し顔が赤くなった。
「たまたまです」
「たまたまでも、気づいたことが大切です」
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研修が終わった。
四名が会議室を出た。
鶴田が最後に残った。
「神崎さん」
「はい」
「去年の説明会のとき、魔法が使えない人間にもできますかって聞いたのは、私です」
「覚えています」
「あのとき、神崎さんが答えてくれなかったら、受けていなかったと思います」
「そうですか」
「はい」鶴田は言った。「頑張ります」
「はい」ハルトは言った。「わからないことがあれば、聞いてください」
「聞きます」鶴田は少し笑った。「たぶん、いっぱい聞きます」
「いいですよ」
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夕方、岸本が書類を持ってきた。
「神崎さん、今年の新人どうでしたか」
「よかったと思います」
「鶴田くん、説明会の子ですよね」
「はい」
「なんか、感慨深いですね」岸本は言った。「去年の自分たちを見てるみたいで」
「そうですか」
「神崎さんって、去年の説明会のとき、私のこと覚えてましたよね」
「はい。眼鏡をかけた男性が最後に受けますと言っていました」
「そういうとこですよ」岸本は笑った。「今年の新人も、ちゃんと覚えてるんでしょうね、全員」
「はい」
「なんか、すごいな」岸本は言った。「でも、それって、ちゃんと見てるってことだと思うんで。いいことだと思います」
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定時になった。
リアが帰り支度をしながら言った。
「研修、お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
「どうでしたか、今年の新人」
「鶴田という非適合者の新人が、ロールプレイで申請書の曖昧な表現を指摘しました」
「初日で、ですか」
「はい。たまたまだと言っていましたが」
「たまたまでも、目が向いていないと気づきません」リアは言った。「よかったですね」
「はい」
「神崎さん」リアは言った。
「はい」
「去年、あなたが説明会で話したことが、今日ここに来た人間を一人、作りました」
ハルトは少し間を置いた。
「それは、私が言ったことというより」
「あなたが言ったことです」リアは言った。静かに、はっきりと。「それも、記録だと思います」
エレベーターに向かった。
今日は、少し歩みがゆっくりだった。
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ハルトは一人、デスクに残った。
今日のことを頭の中に入れた。
四人の新人。鶴田ケンジの顔。去年の説明会で言った言葉が、誰かをここに連れてきたということ。リアの「それも、記録だと思います」という言葉。
全部、残った。
三月のことも、まだ残っていた。
買収。三谷コウという名前。サクの「大丈夫じゃないけど、大丈夫にする」という言葉。
消えていなかった。
ただ、今日は、新しい記録が増えた。
四月が始まった。
コートを着た。帰った。
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第四十一話 了




