「中間報告」
三月になった。
経産省の検討委員会が中間報告を出すと予告していた月だった。
フロアの空気が、二月とは少し違った。重くはなかった。ただ、どこか待っている感じがした。
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佐久間さんの補記が届いたのは、二月の最終週だった。
三十八ページだった。先月送ったよりも、二十ページ近く増えていた。
リアが受け取った。確認した。ハルトにも見せた。
「よく書けています」とリアは言った。
「はい」ハルトは読んだ。「アルカナテックの申請との技術的相違が、具体的に説明されています。魔石を介する変換と、素子単体での変換の構造的な違いが図入りで整理されています」
「これなら、表現の類似を指摘されても跳ね返せます」
「はい」
「審査を前に進めます」
リアは補記を受理した。審査継続の記録をつけた。
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三月の第二週、火曜日。
午前中に、経産省のウェブサイトに中間報告が掲載された。
タイトルは「エネルギー魔力変換技術の研究開発と国家管理に関する中間整理」だった。
ハルトは昼休みに読んだ。三十二ページあった。
読み終えた。
リアのデスクに行った。
「読みましたか」
「はい」リアは言った。「要点を整理しています」
「私も整理しました。確認しますか」
「聞かせてください」
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ハルトは読んだ内容を順番に話した。
「中間報告の論点は三点です。一点目、エネルギー魔力変換技術は安全保障上の重要技術として位置づける。二点目、民間での研究開発は継続を認めるが、実用化・商用化には国の審査を必要とする新たな枠組みを設ける。三点目、既存の特許申請については、新枠組みの施行前に登録が完了したものは従来通りの扱いとし、施行後に登録されるものは新枠組みの対象とする」
「三点目が重要ですね」リアは言った。
「はい。施行前に登録が完了したものは、従来通りの扱いになります。つまり、早く審査を完了させれば、新枠組みの対象にならない可能性があります」
「新枠組みの施行時期は」
「中間報告には、早ければ来年度中に施行する方向で検討とあります」
「来年度中、ということは、早ければ一年以内」
「はい」
リアは少し間を置いた。
「審査を速めることはできますか」
「通常の審査期間は六ヶ月から八ヶ月です。現在、佐久間さんの申請は五ヶ月目に入っています。補記も揃いました。順調に進めれば、来年度の施行前に登録が完了する可能性はあります」
「ただし」
「アルカナテックが異議申し立てをした場合、審査が長引きます。その場合、施行に間に合わない可能性が出てきます」
「異議申し立ては、いつでも出せますか」
「審査中であれば、いつでも出せます」
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午後、ソウが来た。
中間報告を読んできたようだった。
「三点目が肝だな」ソウは開口一番で言った。
「はい。施行前に登録が完了すれば、従来通りの扱いになります」
「アルカナテックがそれをわかっていれば、審査を遅らせに来る」
「異議申し立てを出す可能性があります」
「出してくる」ソウは断言した。「あいつらは中間報告の内容を事前に知っていたかもしれない。発表のタイミングが綺麗すぎる」
「どういうことですか」
「アルカナテックが発表を打ったのは十月。中間報告が出たのが三月。半年近くある。ただ、十月の時点でアルカナテックが国の方針の方向性を知っていたとしたら、早めに旗を立てておく理由がある」
「国の管理枠組みの中で、自分たちが有利なポジションを取るために」
「そうだ。既存の申請者として先に名前を出しておけば、枠組みの設計に影響を与えられる可能性がある」
リアが言った。
「であれば、佐久間さんの申請の審査を遅らせることで、新枠組みの対象にさせようとする動きがあるかもしれません」
「ある」ソウは言った。「準備しておいた方がいい」
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夕方、ハルトはサクに電話した。
三回のコールで出た。
「ハルトくん、中間報告、読んだ」
「はい。確認しましたか」
「した。三点目が大事だよね。施行前に登録が完了すれば、従来通りになる」
「はい」
「私の申請、間に合う?」
「順調に進めば間に合う可能性はあります。ただ、一点、伝えておくことがあります」
「何?」
「アルカナテックが審査の遅延を狙って異議申し立てを出す可能性があります」
電話口が少し静かになった。
「出してくると思う?」
「可能性はあると思います」
「出てきたら、どうなる?」
「審査が長引きます。場合によっては、施行に間に合わなくなります」
「その場合は」
「サクさんの申請が、新枠組みの対象になる可能性があります。商用化に国の許可が必要になるということです」
サクはしばらく黙っていた。
「出てきたら、戦えるの?」
「戦えます」ハルトは言った。「補記は技術的な相違を十分に説明できています。異議申し立ての根拠が表現の類似だけなら、跳ね返せる可能性があります」
「可能性」
「確実ではありません。ただ、戦える根拠はあります」
「わかった」サクは言った。「来たら、来たで戦う」
「はい」
「ハルトくん、一個聞いていいですか」
「どうぞ」
「ハルトくんは、私の申請が通ると思う?」
ハルトは少し間を置いた。
「わかりません。ただ」
「ただ」
「通るべき申請だと思っています」
電話口で少し間があった。
「……そっか」サクは言った。小さな声だった。「ありがとう」
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電話が終わった。
リアが書類から顔を上げた。
「どうでしたか」
「状況を伝えました。来たら戦うと言っていました」
「そうですか」リアは言った。「強い人ですね」
「はい」
リアは少し間を置いた。
「神崎さん、一つ確認したいことがあります」
「はい」
「通るべき申請だと思っているのは、技術的な根拠からですか。それとも別の理由もありますか」
ハルトは少し考えた。
「両方あると思います」
「技術的な根拠は」
「核心技術がアルカナテックの申請と異なること、補記の内容が審査の基準を満たしていること、類似の拒絶理由を跳ね返せる根拠があること、以上です」
「別の理由は」
「非魔法使いが魔力を使える技術は、必要とされている人がいます。その人たちのために、記録として残るべきだと思います」
リアはハルトを見た。
少し間があった。
「よくわかりました」リアは言った。「私も、そう思います」
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その日の夜、岸本がデスクを片付けながら言った。
「神崎さん、最近ずっと忙しそうですね」
「少し立て込んでいます」
「あの、余計なことかもしれないんですけど」岸本は言った。「神崎さん、ちゃんと休んでますか」
「休んでいます」
「ならいいんですけど」岸本は少し間を置いた。「なんか、背負いすぎてる感じがして。仕事の話だけじゃなくて」
ハルトは岸本を見た。
「背負いすぎている、というのは」
「うまく言えないんですけど、いつもより少し、重そうで」岸本は言った。「別に何かしてあげられるわけじゃないんですけど、言いたかっただけで」
「ありがとうございます」
「ほんとに何もできないんですけど」岸本は笑った。「とりあえず、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
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フロアが静かになった。
ハルトは一人でデスクに残った。
今日のことを頭の中に入れた。
中間報告の三点。施行前登録の重要性。異議申し立ての可能性。佐久間さんの「来たら戦う」という言葉。リアの「私も、そう思います」という言葉。岸本の「背負いすぎてる感じがして」という言葉。
全部、残った。
コートを着た。帰った。
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第三十九話 了




