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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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「公開」

アルカナテックの発表から、四ヶ月が経った。


二月になっていた。


---


その日の朝、ハルトはいつも通り出勤した。


コーヒーを淹れた。書類を確認した。


九時過ぎに、データベースの更新通知が来た。


特許の新規公開情報だった。


毎週火曜日に届く通知だった。今週分の公開特許一覧が添付されていた。ハルトは一覧を開いた。今週は二十三件の公開があった。


一件ずつ確認した。


十七件目で、手が止まった。


アルカナテック株式会社。出願日、八ヶ月前。発明の名称、「複合エネルギー魔力変換機構」。


---


ハルトは内容を読んだ。


ゆっくり読んだ。一段落ずつ確認した。


請求項を読んだ。実施例を読んだ。図面の説明を読んだ。


三十分かかった。


読み終えた。


デスクに両手を置いた。


---


「白銀主任」


リアが顔を上げた。


「アルカナテックの申請が公開されました」


リアは立ち上がった。ハルトのデスクに来た。画面を見た。


「出願日は」


「八ヶ月前です」


「佐久間さんの申請は」


「昨年の十月、正式受理です」


「八ヶ月前というのは」リアは言った。「昨年の六月ということですか」


「はい」


リアは少し間を置いた。


「四ヶ月、先に出ていた」


「はい」


ハルトは画面を見た。


「ただ、内容を確認しました。アルカナテックの申請と、佐久間さんの申請を比較した結果を報告します」


「聞かせてください」


「アルカナテックの申請の核心は、魔石を触媒として使用した複合変換機構です。エネルギーを魔石に通すことで変換効率を高める仕組みです。サクさんの申請の核心は、素子単体での変換と、感知補助機構による動的タイミング調整です。魔石を使いません」


「技術の根本が異なる」


「はい。ただ、請求項の一部に重複する表現があります」


「どこですか」


「変換効率の向上を目的とするエネルギー魔力変換機構、という表現が、両方の申請に含まれています。目的の記述が類似しています」


「目的の類似は、技術の類似とは別物です」リアは言った。


「はい。ただ、審査の過程で指摘される可能性があります。審査官が表面的な類似を根拠に照合を要求した場合、両者の技術的な相違を説明する必要が生じます」


「佐久間さんの申請に、その説明は含まれていますか」


「部分的には含まれています。ただ、アルカナテックの申請内容が公開されていなかった時点での作成なので、直接的な比較は書かれていません」


「補足説明が必要ですね」


「はい。追加の補記を提出してもらう必要があります」


---


リアは自分のデスクに戻った。


電話をかけた。桐谷長官室だった。短い会話をした。電話を切った。


「長官に報告しました」リアは言った。「MPBとして、両申請の技術的な相違を正式に確認する手続きを取ります」


「はい」


「審査は継続します。ただし、アルカナテックの申請との照合が必要になるため、通常より時間がかかります」


「佐久間さんには連絡しますか」


「してください」リアは言った。「ただし、MPBとしての正式な連絡は私が行います。あなたは個人として、状況を伝えてください」


「はい」


「順番は、私の公式連絡が先です。その後、あなたが話せることを話してください」


---


午前中、リアがサイエンスアーク宛てに公式連絡を送った。


内容は、関連する先行特許が公開されたこと、追加の補記が必要になる可能性があること、詳細は担当者から連絡があること、の三点だった。


午後一時、ハルトはサクに電話した。


二回のコールで出た。


「ハルトくん。連絡来た、MPBから」


「はい。今日、公式連絡が届いたと思います」


「届いた。アルカナテックの申請が公開されたって。内容は見た」


「確認しましたか」


「した」サクは言った。「魔石複合型だった。私の研究とは、根本が違う」


「はい。ただ」


「ただ、出願日が先だった。六月」サクの声は落ち着いていた。「私は十月。四ヶ月、後だった」


「はい」


「先願で負けた、ということ?」


「技術の根本が異なるので、先願の問題には直接はなりません。ただ」ハルトは言った。「請求項の一部に表現の類似があります。審査で照合が必要になる可能性があります」


「どういうことか、もう少し教えてほしい」


「アルカナテックの申請と、サクさんの申請、両方に『変換効率の向上を目的とするエネルギー魔力変換機構』という表現があります。目的の記述が近い。技術は別物ですが、審査官がこの表現を根拠に比較を求める可能性があります」


「そうなったら」


「両者の技術的な違いを、書類で説明する必要があります。追加の補記を出してもらえれば、審査は続けられます」


「補記を出せば、続けられる」


「はい」


サクはしばらく黙っていた。


「負けてない、ってこと?」


「まだ決まっていません」ハルトは言った。「ただ、続けられます」


---


少し間があった。


「ハルトくん、正直に教えて」とサクは言った。


「はい」


「最悪のケースは何?」


ハルトは少し考えた。


「アルカナテックが、請求項の類似を根拠に異議申し立てを行った場合、審査が長期化します。その間に、国の管理方針が確定すると、申請の扱いが変わる可能性があります」


「長期化して、国の方針が先に決まったら」


「サクさんの申請が、国家管理の対象になる可能性があります。商用化には国の許可が必要になるということです」


「研究を続けることは」


「できます。申請も残ります。ただ、自由に商用化できなくなる可能性がある」


サクは黙っていた。


「それが、最悪のケースか」サクは言った。静かな声だった。


「はい」


「申請が残って、研究も続けられるけど、自由にできなくなる。それが最悪」


「今の段階での最悪のケースはそうだと思います」


「わかった」サクは言った。「補記、準備する。追加で書けることは全部書く」


「はい。何か確認が必要なことがあれば、聞いてください」


「うん」サクは少し間を置いた。「ハルトくん」


「はい」


「最悪を教えてくれてありがとう。知ってた方が戦えるから」


---


夕方、ソウが来た。


会議室に三人で入った。


「公開内容を確認した」ソウは言った。「魔石複合型、予想通りだ。ただ、出願日が六月というのは想定より早い」


「佐久間さんの申請より四ヶ月先です」


「技術の根本が異なるなら先願の問題にはならないが、審査が長引く可能性はある」ソウは言った。「問題はタイミングだ。国の管理方針の検討が、いつ結論を出すか」


「現状では」とリアは言った。「経産省の検討委員会が来月、中間報告を出す予定です」


「来月か」ソウは言った。「補記を出して、審査を前に進める。それしかない」


「はい」とハルトは言った。


「サイエンスアーク側は動けるか」


「動くと言っていました」


「追加の補記、技術的な相違を明確にする内容が必要だ」ソウは言った。「審査官が表面的な類似を根拠に照合を求めても、跳ね返せるだけの説明を入れておく必要がある」


「はい」


「書き方のポイントを整理して、佐久間さんに伝えられるか」


「できます」


「頼む」ソウはリアを見た。「MPB側の審査担当は」


「私が担当します」リアは言った。


「お前が直接か」


「はい。この案件は私が見ます」


ソウは少し間を置いた。


「……わかった。頼む」


---


会議室を出た後、ハルトはデスクに戻った。


補記に必要な内容を整理した。


アルカナテックの申請の請求項、サクの申請の請求項、両者の核心技術の相違点、表現の類似と技術の非類似を説明する論点。


一時間かけてまとめた。


サクにメッセージを送った。


「補記に必要な内容を整理しました。電話で説明してもいいですか」


すぐに返信が来た。


「今すぐかけて」


電話した。


サクは最初から最後まで、黙って聞いていた。


途中で一度だけ言った。


「メモしながら聞いてる。続けて」


ハルトは続けた。


三十分かかった。


「わかった」とサクは言った。「書けると思う。週末に仕上げる」


「何かわからないことがあれば、連絡してください」


「うん」サクは少し間を置いた。「ハルトくん、今日、ずっとありがとう」


「はい」


「朝から夜まで、この件を動かしてくれてた」


「仕事なので」


「半分は仕事、半分はそれ以上だと思うけど」サクは言った。「どっちにしても、ありがとう」


電話が切れた。


---


フロアに戻ると、リアがまだいた。


書類を見ていた。


「補記の説明、しましたか」


「はい。週末に仕上げると言っていました」


「わかりました」リアは書類に視線を落とした。「神崎さん」


「はい」


「今日のことは、よくやってくれました」


「ありがとうございます」


「ただ」リアは言った。「これから先が本番です」


「はい」


「経産省の中間報告が来月出ます。その内容次第で、状況が大きく変わります」リアは言った。「準備しておいてください」


「何を準備しますか」


「記録です」リアは言った。「佐久間さんの申請の記録、技術的な根拠の記録、アルカナテックとの相違の記録。全部、正確に残しておいてください。記録が、これからの戦いの武器になります」


ハルトは頷いた。


「わかりました」


---


帰り道、ハルトは歩きながら考えた。


記録が武器になる。


リアが言った言葉だった。


ハルトが記憶しているものは、全部記録だった。三十四万件を超える特許。拒絶された八万七千件。今日公開されたアルカナテックの申請。サクの申請の中身。


全部、頭の中に残っていた。


それが武器になるなら、使う。


今までもそうしてきた。これからもそうする。


帰った。


---


第三十八話 了

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