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魔法特許庁ーーその魔法、違法ですーー  作者: にけ


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「水曜日」

火曜日の夜、ハルトは早めに床についた。


眠れなかった。


天井を見ていた。頭の中でいくつかのことが繰り返された。


アルカナテックの発表、明日。サクの補記書類、今朝受理完了。申請日、今日付けで記録済み。


記録は残った。


ただ、アルカナテックが十八ヶ月以内に申請を出していた場合、先願になる。その可能性が、消えていなかった。


日付が変わる少し前に、目を閉じた。


---


水曜日の朝、ハルトはいつもより三十分早く出勤した。


フロアにはまだ誰もいなかった。


デスクに座った。コーヒーを淹れた。


八時過ぎに、リアが来た。


「おはようございます」


「おはようございます。早いですね」


「神崎さんの方が早かったですね」


それだけ言って、リアもデスクに座った。コーヒーを淹れた。


二人で、静かに仕事をした。


何も言わなかった。


---


アルカナテックの発表は、午前十時だった。


プレス向けの発表会だった。業界紙の記者、関係各社の担当者が集まっているらしかった。魔法庁からも観察として担当者が出向いていた。


ソウが現場にいた。


九時五十分、ソウからメッセージが来た。


「今から始まる。随時連絡する」


リアがメッセージを見た。ハルトも見た。


二人で画面を見た。


---


十時十五分。


ソウからメッセージが来た。


「発表内容、確認中。詳細を送る」


十時二十二分。


「アルカナテックの発表は『魔石複合型エネルギー変換システム』。魔石とエネルギー変換素子を組み合わせた複合技術。魔石の精製技術と、外部エネルギーの変換を同時に行う仕組み」


十時二十五分。


「変換効率の数値発表あり。魔石複合型で一日あたりのロスを四時間以内に抑えることを目標とするとのこと。現状の試作段階では八時間のロス」


リアがメッセージを読んだ。ハルトも読んだ。


「魔石複合型」とリアは言った。


「はい」


「佐久間さんの研究とは、技術の根本が違います」


「はい」ハルトは言った。「サクさんの研究は魔石を介さない。素子単体での変換です。アルカナテックは魔石ありきの構造です」


「技術の方向性が、別物ですね」


「別物だと思います」


---


十時四十分。


「発表終了。記者からの質疑応答中。追加情報あれば送る」ソウからメッセージが来た。


十時五十分。


「質疑で、先行特許の有無について質問が出た。アルカナテック側の回答は、関連特許は申請済みとのこと。申請日は非公開」


ハルトはその一文を読んだ。


申請日は非公開。


申請済み、ということは、申請は存在する。ただ、申請日が非公開ということは、まだ公開前の段階にある。公開前ということは、申請から十八ヶ月以内。


「白銀主任」


「はい」


「アルカナテックは申請済みと言っています。申請日が非公開ということは、十八ヶ月以内の申請です」


「はい」


「アルカナテックの申請と、佐久間さんの申請、どちらが先かは」


「今の段階では確認できません」リアは言った。「アルカナテックの申請が公開されてから、照合します」


「公開まで、最長十八ヶ月かかります」


「はい」


ハルトはデスクを見た。


「その間、佐久間さんの申請はどうなりますか」


「通常通り審査を進めます。アルカナテックの申請と同一技術かどうかの判断は、公開後に行います」リアは言った。「ただし、技術の根本が異なるなら、競合しない可能性が高い」


「可能性が高い、というのは確定ではない」


「確定ではありません。公開されるまでわかりません」


---


十一時過ぎ、ソウが四階に戻ってきた。


会議室に三人で入った。


「発表内容は見たか」とソウは言った。


「はい」


「魔石複合型だ。魔石を使う構造は、サイエンスアークの申請とは別物だろう」


「技術の根本が違います」とハルトは言った。


「ただ、申請済みという回答が出た。公開前の申請がある」ソウは腕を組んだ。「申請内容が公開されてみないとわからないが、今日の発表内容を見る限り、直接競合する可能性は低いと見ている」


「直接競合しなくても」とリアは言った。「国の管理方針が決まった場合、どちらの申請も影響を受けます」


「そっちの問題は残るな」ソウは言った。「経産省の動きは、アルカナテックの発表でむしろ強まる可能性がある。実用化が具体的になれば、国として管理したい理由が増える」


「アルカナテックの発表は、国の動きを加速させる意図もある、ということですか」とハルトは言った。


「あり得る。自分たちが先に旗を立てることで、国の管理の枠組みの中で有利なポジションを取ろうとしているかもしれない」


室内が少し静かになった。


「今日の発表の一番の目的は、それかもしれませんね」とリアは言った。


「俺もそう思う」ソウは言った。「技術を世に出すのが目的じゃなく、国の管理の枠組みを自分たちに都合よく作るための布石だ」


---


昼前、ハルトはサクに電話した。


すぐに出た。


「見た。アルカナテックの発表」サクは言った。


「はい。技術の内容は確認しましたか」


「した。魔石複合型だった。魔石を使う構造は、私の研究とは別物だよ」


「はい。直接競合する可能性は低いと思います」


「よかった」サクは言った。少し息をついた。「正直、今朝からずっと緊張してた」


「そうでしたか」


「昨日の夜から緊張してた。補記を書きながら、手が震えてた」


「補記、ちゃんと届きました。今朝、正式受理しました」


「ありがとう。ハルトくんが確認してくれると思って、頑張って書いた」


ハルトは少し間を置いた。


「ただ、一点、伝えておくことがあります」


「何?」


「アルカナテックは申請済みと発表しました。申請日は非公開です。公開されるまで、技術の詳細がわかりません」


「私の申請と競合するかどうかも、わからない、ということ?」


「はい。技術の方向性は別物だと思いますが、公開されるまで確定しません」


「それまで、どのくらいかかる?」


「最長十八ヶ月です。ただ、アルカナテックが今日発表を打ったということは、申請からある程度時間が経っている可能性があります。公開が早まるかもしれません」


「わかった」サクは言った。「待つしかないんだね」


「今の段階では」


「うん」サクは少し間を置いた。「ハルトくん、正直に教えてくれてありがとう。最悪じゃなかったけど、安心もできない、って感じだよね」


「そうです」


「そういう状況を、ちゃんとそういう状況だって言ってくれる人がいるのは、助かる」


---


午後、フロアは静かだった。


通常の業務が続いた。申請の受理、書類の確認、照会への対応。


ハルトはデスクで作業しながら、今日のことを整理していた。


アルカナテックの発表。魔石複合型という技術。申請済みという回答。サクの補記、正式受理。


最悪の事態は、今日は来なかった。


ただ、終わってもいなかった。


---


夕方、岸本が書類を持ってきた。


「神崎さん、今日なんか重そうな空気でしたね、フロア全体」


「そうでしたか」


「はい。何かあったんですか、聞いていいなら」


「業界で大きな発表があって、関連する案件があったので」


「それで」岸本は頷いた。「解決しましたか」


「今日のところは、最悪ではなかったです」


「最悪ではなかった、か」岸本は言った。「それって、よかったってことですよね」


「そうだと思います」


「じゃあよかったじゃないですか」岸本は言った。あっさりとした言い方だった。「最悪じゃなかったなら、次を考えられますよね」


ハルトは岸本を見た。


「そうですね」


「前向きすぎますか」


「いいえ。そうだと思います」


---


定時になった。


リアが帰り支度をしながら言った。


「今日、お疲れ様でした」


「お疲れ様でした」


「最悪の事態は、今日は来ませんでした」リアは言った。


「はい」


「ただ」


「ただ」


「これで終わりではありません」リアはコートを着た。「国の動きは続きます。アルカナテックの申請が公開されれば、また判断が必要になります」


「はい」


「神崎さん」リアは言った。「佐久間さんの申請は、今日付けで正式に記録されました。何があっても、その記録は残ります」


「はい」


「それだけは、確かです」


リアはエレベーターに向かった。


---


ハルトはデスクに残った。


フロアが静かになった。


今日一日のことを頭の中に入れた。


アルカナテックの発表。魔石複合型という技術。申請済みという回答。サクの補記、正式受理。岸本の「最悪じゃなかったなら、次を考えられる」という言葉。リアの「その記録は残ります」という言葉。


全部、残った。


「最悪じゃなかったけど、安心もできない」


コートを着た。


帰った。


---


第三十七話 了

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